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初恋.画策されてた恋心

 私・クロエ15才。

 マティアス23才。

 ある意味、年齢的にはちょうどいい頃合いなのかもしれない。

 思春期の娘と、それが憧れるにちょうどいい大人な男性。

 師と、その受講者として、日々ともにいる時間があり、かつその距離が一対一と間近にあれば、やはり気持ちはふわつくもの。

 私のために呼ばれた師は3人、男2人に女1人。全員が医師の資格を持っているのは、私の運動能力の低さ、思考能力の低さを考慮してのことだったのだろう。他の2人は年齢もかなり上で……もしかしたらもとから、私がマティアスへと思いを向けるよう仕組まれていたのかもしれない。

 そもそも、5年づつの激変を体感しながら、なんら作為的なものを感じていないのもまたおかしいのかもしれない。

 私の過去は、すべて、”設定”というもので縛られていたのだろう。


 彼の紹介を受けたのは、お祈りを終えた直後だった。

 だから、私は主教としての正装をしており、かなり気取って歩いており、私にしては上出来にできていた方だった。

 聖句を唱え定番のそそのかしを向け、微笑みを浮かべ部屋を出る。

 それだけのことに意識を集中し、一歩一歩が優雅に見えるよう必死に歩いていた。

 必死に気取っていたせいもあり、紹介を受けた時も、型どおりのあいさつを向けたはずだった……。

「ぶかっこう……としか言いようがない。失礼ですが、姿勢や立ち姿についての講師は別にいらっしゃったはず。その方は、まだ何も指導されていないのですか?」

2人の師からは、先だってから支持を受けていて、歩き姿も必死に覚えたところだった、ようやっと合格をもらえるようになったところだった。だから、その言葉は酷く反抗心をあおられた。

「しかも、読み上げるだけの聖句に台本通りのセリフ、それをぎこちなく言うだけとは、サルでもできる所業でしょう」

「……さぅに……でき……る……はずが……」

「なんだねその言い様は、言葉遣いが多少悪いとは言われたが、あいうえおから指導する必要があるとは聞いてない。発音発声から始めなくてはいけないのかい? それとも、いっそ呼吸の仕方から指導が必要かね?」

「ない!」

「ない? 何がないというのだね? それともその言葉は、先の言葉の続きであり、今君は、僕の言葉の一辺すらも聞かず、ただ、反論のため、そののんびりとした頭を使っていたのかね? 僕はそののんびりとした時間に捕らわれるわけにはいかなのだが、そのあたりは考慮に入れてもらえるだろうか。つまり、今後一切、僕の言葉を遮り、余計なことを考えたりせぬよう、お願い申し上げたい」

私がたった一言告げる間に、彼は早口で言葉をまくしたて、私を黙らせる。

 なんだこの失礼なやつ! もちろん、彼の印象は最悪だった。

 そのくせ、その声のよさ、その響きに、少しだけ心が揺さぶられていたのも事実。そして、私がぐぅの音も出せずに黙ったのを見て、ふっと笑ったその様に、無様にも見惚れてしまいかけたのもまた事実だった。


 嫌みな奴、嫌な奴、そのくせ、教え方は丁寧で、冗談ではなく呼吸方法から指導を受けた。

 腹式呼吸に発声方法、途切れず言葉を発するために、考える時間を、間を取るべく、微笑みや視線誘導の方法。しゃべる技術を得る前に、そんな当たり前なことにかなりの時間を費やしてくれ、おかげで、聞き辛いだけだった私の言葉は、少しずつ”のんびりした話様”という程度に抑えられていった。


 ゲームの中のクロエは、冗談のように冗長した離し方をする人だった。

「私は……クロエと言うの。どうぞ、お見知りおき、くださいませ……ね?」

点々が多いとか、なんか空気が一瞬止まったようだとか、クリステルに散々つっこまれまくっていたけれど、今にして思えば、それすら努力の成果だったのだ。

 そこにいきつくことすら、私には多大な努力を要した……それは、私の基本スペックというもののせいなのか、それともゲームの強制力というものだったのか、そんなものはわからない。

 でも、自分が前世でゲームをしていた際には、冗長し過ぎていて面倒くさいと思っていたクロエのセリフ、それがこれほどの努力の上のことだったとは……なんだか涙が出てくる。


 そして、あれだけ嫌みを言いながらも、あきれ顔を向ける周囲など気にもかけぬ様子で、私に付き合いつづけ、同じ指導を繰り返し、低い成果に時折盛大なご褒美を……。

「よくがんばった」

そう言って頭を優しくなでてくれる、その手の暖かさと優しい微笑みは、まがい物なんかではない甘い優しさを含んだもの。

 それに心がとろかされぬはずもなく、面倒臭そうに嫌そうにしながらも、変に面倒見がいい彼に、心が向かわぬわけがない。

 いつしか、嫌な奴という気持ちは、嫌みだけどいい人というものに変わり、そのうちその意地悪なところも癖になるぐらい……好きというものに変わっていた。


 私の一日は、私の世話をするメイドたちがカーテンを開け放つところから始まる。

 朝食はベッドの上でとり、着替えさせてもらいながら果物を楽しみ、机に座れば彼が来る。

 ほかの師たちは、決まった時間の決まった場所でしか会わないのだが、彼だけはいつからか私の生活にガッツリと食い込んできていた。それは、私の甘えもあり、懇願もあり、彼のもくろみもあり……今にして思えば、彼に依存させるための”設定”でもあったのだろう。

 彼から本日の予定や今後のことについての説明を受け、朝の礼拝に向かう。それが済んだらほかの師からの指導を受け、昼食をて夕方の礼拝時間まで自由になる。

 体力のない私は、3日に一度はお昼寝で過ごしてしまうが、出かけたりする際には彼もついてくることが多い。

 出かける先は、王宮であったり、貴族の館であったり、食事の配給活動であったり……そこに彼も同伴し、そして、むしろ私が話すよりも彼が彼のやりたいように話を持っていき、私はただそばで微笑んでいるだけということが多かった。

 利用されているのが丸わかりな状況ながら、それでも、私は彼がそばにいてくれることが嬉しくて、時折なにかが上手くいったとニヤつく姿も嬉しくて、褒められでもしたら天にも昇れるような心地だった。


 彼の役に立てることが嬉しくて、彼の側にいられることが嬉しくて、でも、彼にこの気持ちが一切理解されていないのだということはわかっていた。

 彼にとって、私は本当に物覚えが悪くぐずな生徒でしかなく、利用できる手ごまでしかなく、便利な道具という目でしかみていない。

 そのくせ、その口は言うのだ……空々しいまでに……

「僕にとって、あなたはとても大切なお方だ。教団にとっても、民にとっても……いや、王侯貴族にとってすら、あなたという人に対し、無視できやしない……とても……とてもとても、重要なお方だ」

キーン教団の主教だから、元王女と元将軍の娘だから、現将軍の娘だから、現国王と現宰相の妹だから……私は、象徴として、肩書として、駒として……とても、とても重要らしい。

 でも、私自身という人間を、誰も見るわけもなく、私自身という人間は、あまりにつまらなくて低スペックでぐずでのろまでおおばかで……どうしようもない。

 わかっているから、だから、せめてそのきらびやかな手駒としての役割で、彼の側にいられることだけを望みと必死に頑張ってきた。

 それが、それこそが、破滅の道を進む一歩だということに……気づいていたのかどうか……自分でもわからない。


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