現状.ゲームのクロエは
定番の悪役令嬢……つまりはそれでそれでいいのだとは思うのだけど、ルチェロワの悪役は令嬢じゃないしハイスペックじゃないし、悪役顔でもなかった。
おばかで幼顔のかわいいお飾り主教……それが、クロエだ。
ただ初恋に惑い何もできず、主人公に目の前で掠め取られ、陰で泣いてばかり……意を決して告白するも受け入れてもらえず、2人のハッピーエンドを痛々しい笑顔で見送る。
そんな、情けないぐらい普通の女の子でしかなかった。
ストロベリーブロンドとかピンクグレージュとか、そんなおしゃれな色じゃない、どちらかといえばベビーピンクとかサーモンピンクとかサクラ色とか、淡いけれど色鮮やかな髪。背中の中ほどどころか尻も通り過ぎてしまうほどに長いそれは、緩やかにウェーブしている。
現実にあれば格別の違和感と、染色による髪の痛みを心配すること間違いなしな髪色のはずなのだが……二十年ほどの付き合いのせいか、意外にも自分の頭についていて違和感がない。さらりと流れるその髪は、くしけずればくせのせいであちらこちら引っかかりはするものの、痛んだ様子もなくつややかなもの。
ピンクは淫乱とか、狂人異人に人外さん、超能力者や特殊能力者などの異質なキャラにもちいられがちだが、幸いにも色合いが淡いせいか、そこまでのインパクトもない。
そこに緑色のくりっとした大きな目、ぷっくりした朱色の唇、愛らしい幼顔……普通ならばヒロインにあてはめられるその特徴が、ルチェロワではなぜか悪役であるクロエに当てはめられていた。
綿菓子かなにかのようにふわふわ可愛らしいくせ「地獄におちればいいのに」とか、ぼそっとつぶやくその毒舌っぷりはなんともミスマッチで、さらに面倒くさがりでだらしがなくておばかで……しまった、外見だけであとはいいとこなしだ。
そう、外見は、本当にお人形のよう。
前世は十人並みよりおちるぐらいだったせいもあり、鏡を見るのが少し好きになった。ただし、すぐに吹き出物はできるし、朝起きれば髪の毛が鳥の巣状態。切ると文句を言われるせいで伸ばしっぱなしの髪は、お手入れも面倒くさいし、抜け毛が部屋のすみでとぐろを巻いている。
体毛が淡いピンクなもので、眉毛も睫もそうである。化粧をするときに茶色を乗せているとはいえ、全体ぽやぽやっとした印象になるのは否めない。
なってみればこのかわいらしい外見は、ちょっとばかり残念だった。
どちらかといえばヒロイン風な容貌のクロエに対し、ルチェロワの本当のヒロイン・クリステルは、青紫のストレートロングに少し釣り目の赤い瞳という苛烈な印象。
ゲーム中、メッセージウインドウから飛び出して、サポートキャラを蹴り倒すことすらあるキャラクターだった。
大口を開けて笑い、はちゃめちゃなダンスを踊り、人のために大泣きする。明るくて感情の起伏は激しくて、でもかわいらしいクリステル。
なんというか、下手すれば愛のない政略結婚か、一生独身で終わるような輩ばかりのルチェロワのキャラは、相手がクリステルだからこそ恋に落ちたのだと思えて嬉しかった。
クロエの父親はジェネラル、でも、血の繋がりは全くない。
母は前国王の妃だったのだが、浮気し私を孕んだすぐ後に、ジェネラルに下賜されたからだ。
ちなみにジェネラルとキャラクター紹介にあったし、メッセージウインドウ上でもジェネラルとなっていたが、本当は将軍・アルマン・グレゴワールだ。クロエもクロエとしか表記されていなかったが、クロエ・グレゴワールとなる。
母は前々国王の一人娘で、王位は男子直系の継承が基本となることから、前々国王の弟の子……つまり従兄妹と結婚した。その従兄妹が前国王となり、その間にできた子が、現国王のジェラルドだ。
本来ならば傍系となる前国王は、婚姻により王となり、妻の不貞を知り追い出した。事実はそのままなのだが、母を支援する面々からは、傍系の王子が簒奪したと捉えている。
そして、母の浮気相手は現宰相の父であり、当時の将軍セレスタン・エヴラールであった。つまるところ、父にとっては信頼する上司とお姫様。そして前国王は簒奪者であり、その子こそが不義の子であり、私こそ誠の王の血を引く者と考えていたのだ。
私が5歳で母が亡くなった……それまで父は、それはもうお姫様のように母を大切にあつかっていた。子どもの目にも、愛と崇拝をもって見ていたと思った。だが、そのくせ引退させられた前将軍が来れば、二人きりにさせるその態度と、前将軍に見せる母のとろけるような表情に、常々疑問を覚えていた。
おそらく、私がただの子であったならば、複雑なその状況に心を歪めていたかも知れぬほど。
父は、母の死後、私を守るために神殿に放り込み、お飾りの主教の座に据えた。多大なるお金と、王族にまつわる血とで彩ったその地位に。
それは、教団の運営その他、何に関しても関与できず、そのくせどんな活動の一端においてもその顔を使われる、なんとも不自由な代物だった。
そうして私を守りながら、父は、簒奪者を排斥せんと働きかけたのだが……手を下すその前に、前国王は病に倒れた。
そのため、矛先は現国王に向き、いつか私を国王に祀り上げんと考え……だからこそ起きたクーデターだったのだ。
つまるところ、クロエにとって国王ジェラルドと宰相セドリックは、血を分けた兄である。
ジェラルドは母が同じ、セドリックは父が同じ……そして2人の間は、仲のいい幼馴染であった。だからこそ、母と元将軍とが出会うことができたと言っても過言ではないほど。そして、それは、母の不貞があって一時期離れはしたものの、今もなお続いている。
そして、ジェラルドがセドリックと交流がとりにくくなった後にご学友としてあげられた騎士ガエルは、ジェラルドの側にいながら、セドリックや私を気にかけてくれていた。ある意味、彼がいたからこそ、ジェラルドとセドリックがぎこちないままとならずにすんだとも言えようか。
そして、ジュエルは私の部下だし、マティアスは私の初恋の人……攻略相手は、全員が私と密に係わり合いがあるということになる。
故に、クロエは、クリステルを彼らの側より追い払うため、彼女が偽者であることをぶちまける。
それにより自分も……教団への信頼が損なわれ、面倒なことが起こるだろうと分かっていながら、ぶち壊してしまおうとするのだ。
暗殺もクーデターも、裏から手を引いたのはマティアス。でも、暗殺集団は教団のものだし、クーデターを企てた軍部はジェネラルのもの。そして使われた金はドン・デジレのもの。
マティアスは、自らの手を汚さず、私……いや、教団や父を使って、それらを操作し引き起こした。
その結果、父が全ての罪を負って、流刑になる。
教団は解体となるが、私はお飾りでしかなかったとして、取り立てた罰もない。教団がなくなり行き場を失った者たちとともに、ひっそりと片隅で暮らしていく。
マティアスは、他のキャラクターが攻略されている場合は密かに逃げ出し、自分が攻略された場合は、ジェラルドに許されクリステルとともに教団を立て直す。
よくある悪役令嬢ものなんかでは、主人公が動けば物語りはいい方に転がるし、誰にでも好かれたり周りを引き込む快活さがあった。
でも……どんなエンドでも、死には至らず追放レベルのぬるさのせいか、悪役レベルというものがあるならそれが低いせいなのか……本編でも私は何もできないお飾り主教である私は、これからどうしていいのかすらもわからない。
この容姿は少々嬉しいものの、何もできないクロエという悪役に、私はなってしまった。
でも、クーデターも革命も起こさせたくない。大好きな人たちに罪を犯させたくない。
だから……だから、全てを、私がぶち壊すしかないんだ。