桜4.オーNOモーテンでしょ
「佐倉、佐倉だろ? 佐倉、佐倉、佐倉!」
本当に、なんで気づかなかったんだ。
高い位置に結い上げられ背中の中ほどまでさらりと伸びた黒髪、冠めいて額を覆う太い布は、どこかの島国の民族衣装めいている。厚手で簡素ながらも、すっきりと身を覆う貫頭衣、それを締める帯もまた、頭と同じく刺繍の施された、豪華なもの。足も皮のブーツに覆われ、女神官という職のはずだが、どこか華美だ。
切れ長の目は、挑戦的にこちらを睨み、笑みを見せているはずなのに、どこか鋭い。唇は厚く柔らかそうで、可愛らしさを演出しているのだが、その表情のせいでどこか意地悪そう。
頬を染めて、私を見つけたと駆け寄って来た彼女は、だが、嬉しさよりも欲じみたものを感じさせる。こみあげて来る嗤いを抑えるような笑み、大金を前にして、それを見ないフリしつつ、隙を狙っているような……そんな意地汚さを感じさせる。
子栗鼠とか子猫を連想させる佐倉とはかけ離れた……どちらかというとカラスや意地悪キツネとか、そういう風が似合うのは、おそらくキャラデザのせいだ。
絶対配役を間違えている。佐倉はこういうタイプじゃないのに……キャラのせいでキャラ崩壊をおこしているとしか思えない。
ゲームの中でも、アマルナはここまで壮絶な顔をそうそう見せなかったはずだ。でも、知った上で対面すれば気づけたこと……ということか、それともゲームと現実は違うのか……ちょっと恐ろしい。
そう、彼女、女神官アマルナは、私を見つけてコマにすることを決める。
オープニングは、この出会いは、そういうシーンだった。
聖女にそっくり……いや、正確には聖女の像にそっくりな私を、次期聖女に偽装するため、彼女の頭の中で、今、めまぐるしく私を利用する計画が立てられているはず。
そして、こらから私をだまし、聖女の認定とかなんとか言って刺青を施し、修行と称しあれこれ教え込み、王都二送り届ける……オープニングシーンでは、ちょっと悲鳴があがっただけでさらり流されていたが、あれはどれぐらいの期間の話なんだろうか。
これからどれぐらい、二人でいられるのだろう。
オープニングが終わって、キャラ紹介というかシステム慣れするための前半の間しか一緒にいられないが、その間はほぼべったりだ。だから、その間にいっぱいいっぱい幸せにしてあげなくちゃいけない。
彼女こそが佐倉なんだから……めいっぱい幸せになるように、がんばらなくっちゃ。
「せ、聖女様?」
「佐倉、あぁ、よかった元気そうで。佐倉、どこか痛いところは? 佐倉、どこか辛いところは? 佐倉、佐倉、こんなに動けて走れて、元気いっぱいで……よかった、よかった佐倉」
「あの、さ、サクラとは?」
それにしても、なんでこんなにも近くにいるべき相手に気づかなかったんだろう。まぁ、もちろんまだであってすらもいなかったんだけど……母よりご近所さんより、ヒロインたる私の側にいるにぴったりなキャラじゃないか。
しかも、彼女は悪役だ、令嬢ではないが悪役女性だ。
となれば、やっぱり流行のアレだろう、どうして気づかなかったんだろうか。うまいこと私の役をのっとってもらって、逆ハー展開とかやるにぴったりじゃないか。
「そうだよ、あれだ、いっそお前がニセ聖女になっちゃえばいいんだよ! こういうの、やっぱりお前がいろいろおいしい目に合うお約束ってもんだろう!」
自分のナイスアイデアに、思わずはしゃいでしまっていれば、ジーン君はぽんっとアマルナの肩を叩いた。ため息勝ちに、首を振ったりしているが、もうこうなっては話なんて聞いてないよとか、そういうことを伝えたいのだろう。でも、それこそ、初対面相手にやるべき行動ではないだろう。
わかってる、私だって佐倉であるアマルナが、ドン引きしていることぐらい気づいている。
はしゃぎすぎちゃっているのはわかっているのだが、今、初めて気づいたこの事実に、頭の中がいっぱいなのだから、ちょっと勘弁して欲しい。
今まで空回ってしまっていた分、いままで以上にやらなきゃいけないことが山盛りなんだ。
「サクラって呼べば正気付くよ、きっと」
「さ、サクラ様?」
「うん、佐倉、お前はもう、絶対私が幸せにしてやる! 何が欲しい? 金か? 名誉か? 男か?」
そう、私は彼女を幸せにするために生まれてきたんだ。
そのためにも、あれだ、前世の知識を使ってチートなことしなくちゃいけないか。毎日が楽しすぎて、金儲けとか前世知識の利用とか考えなかったけど、彼女のためにも精一杯考えてみなくては。
「お前なぁ、なに成金男の口説き文句みたくなってんだよ……」
「さ、サクラ様……」
「よぉし、全キャラ攻略、逆ハー頑張るぞーっ!」
とりあえず、彼女の幸せラブラブハッピー目指すなら、王都へ行かなくてはいけない。なんてったって、攻略キャラのほとんどは、王都にいるのだから。
「攻略? 逆ハー?」
佐倉をヒロイン……というかニセ聖女に仕立て上げるにしても、問題あって……刺青なんて意味もないしやりたくもない。
お金も伝手もないから、できれば聖女となって王都へ行くルートというのを選びたいところだが、そのための刺青が問題なんだ。
そもそもゲーム中、なんで刺青がすぐにばれるかといえば、理由は簡単、綺麗過ぎたから。
実際に聖女ピケ・キーンにあったのは傷口だ。
竜光とかなんとかいう赤い鏃のついた矢を受け、破裂したそれにやられたときの傷。奇跡的に助かりはしたものの、その鏃はそこに残り、傷口は星の印のように腹に残った。
聖痕といえばそうなのかもしれないが、実際には聖なる印でもなんでもない、ただの傷痕だ……なんせ、彼女は、神に示された聖女などではなく、その成果が認められ信仰の対象にされただけの、ただの女だったのだから……。
なので、事実を知る人にとっては、綺麗な刺青をしたところでばればれで、事実を知らない人は騙されやすいその刺青……それがあるから王都へ行けるわけではあるが、なくっても問題ないでしょと思ってしまう。
刺青なんてなくても、事実クリステルは神に認められる。ピチュアチュアキュアが神なのだから……それが証明できるものではないから、だから聖女だよなんてことは言えないが、なんとかピチュアを使って聖女っぽく仕立て上げられないものだろうか、うまいことごまかせないものだろうか。
「っちゅうか、ピチュアも攻略対象なんだから、一緒に連れて行かなくてはならないんだし……まずはピチュア攻略からしていかなきゃなんないとこか?」
いや、ピチュアの攻略は、攻略対象全員のハッピーエンドを迎えないと、攻略できない。
しかも、ピチュアの場合は攻略するっていうより、もうピチュアを選択したら特別ルートで話が進んでしまうってものなので、攻略知識を持っていたところで、今ピチュアをどうこうできるものではない。
たとえばトラウマをなんとかしてあげればとか、なんか特殊な行動やアイテムをもっていればいいってなものならともかく、選択肢もろくすっぽなく進んでいってしまうので、ピチュアをどうたらしこめばいいのか全くもってわからない。
どうすればいいのか、すでに第一手から手詰まりになっていることに気づいたところで、ちょっとばかり嫌な視線に気が付いた。
「サクラ様」
あれ? いや、佐倉はお前だろうと突っ込みいれたいが、彼女よりもその背後が気になってしょうがない。
さっきまで二人の世界を展開していたはずの村長の娘と村の門守り見習いくんが、出歯亀していたことを途中からすっかり忘れていた私のことを、すごい顔して睨みつけていた……。