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ご褒美とお仕置きって?

「そ……いえば……ご褒美って……なにを下さるつもり、だったのですか?」

いつもと変わらず授業を終えた後であれば、テーブルの上に広げられた書類の上には、へばった私が寝そべっている。

 頭の中に詰め込むだけ詰め込んだ情報は、既にぽろぽろと零れ落ち、忘れ去られているような気がするが、それをどうにかする気力もありはしない。いっそ、このまま寝てしまったほうが、情報は根付くのではないかと思うのだが、そうさせてもくれぬはおいしそうな匂い。

 厨房より漂ってくるそれは、昼食の用意が整いつつある証拠だろう。時間的にはまだだが、もうしばらくもすれば食堂に呼ばれることになるのだろう。

 片づけをしたいのだろうマティアスが、私の下から書類を引っ張り出そうと苦心しているが、腕を上げるのも億劫だ。私の髪を邪魔そうに追いやるその手に指先絡めれば、容易く捕まりため息を降らす。

 どうやらようやく片付けを諦めたのだろう、ちろと入り口のあたりに視線を馳せた後、諦めて私の隣に座った。

「君は、一体何が欲しいのかな? 君が望むもの、なんでもと言っただろう? 金品宝飾についてあまり欲を見せぬ君のことだ、おおかた僕にして欲しいというものがあったのだろう? もちろん、あの折とあれば、僕とてあらかたの想像はつくがね」

「……どんな?」

指先はまだ絡んだまま、触れている範囲は小さいながら、彼の手の暖かさがじんわと広がってきて、むずがゆくも心地がいい。

 無為にその指のつけ根あたりをなぞり、手のひらの皺を辿る。くすぐったいだろうが、彼はしたいようにさせてくれるつもりらしい、文句の一つも出てこない。

「それは当然、君なりの言い方や君なりの考えにより多少の差異は出来ることになるがね、そういうものを廃して端的に言うとすれば、僕の行動を制約するためのものであろう。そして、当時の君の行動原点を紐解いてみれば、自ずとその内容についてはわかるというものだ」

何がわかっているのか、なんだかよくわからない。わからないけれど、とりあえず彼が理解していると言っていて、こうしてこの手を自由にさせるままにしてくれているあたり、私の行為に忌避感はないらしい。

 ならばと調子に乗ったわけではないが、悪戯していた彼の手を、少しばかり持ち上げて、その下に頭をつっこむ。

「こういう……の?」

大きな手のひらが、私の頭にかぶさりぬくもりを伝えてくる。

 撫でるように前後に動かしてはみるが、その意思のない手の動きはあまりにも硬く、ただ髪をひっかけもしゃもしゃと乱してみただけ。褒める意思があり撫でられているときとは雲泥の差で、心地良いには程遠い。

 それでも、おおきな手のひらから感じるぬくもりに、心はほわんとするのだからしょうがない。

 このまま、まどろんでしまえたらどれだけ幸せなことか……そうは思うが、ちろと覗き見た彼の表情は険しいもの。

 眉間にはこれでもかとばかりシワを寄せ、睨みつけるようにこちらを見るしかめっ面、その表情を見れば、心底呆れかえっているということは明らかだ。

「君は、命をしておきながら、そんなことを考えていたのかねっ!」

その手がのけられることはないながら、そこまで言われてしまうともやもやっとした気持ちが浮かび上がる。

 当然ながら、私の求めていたのはこういうものではない。優しげな笑顔で頭を撫でてもらった、ありし日のこと。マティアスが、心から私をよくやったと褒めてくれたそれであり、こんな苦虫を噛み潰した顔で、不本意はなはだしいとばかり態度で、頭を擦りつけることではない。

 もっと言うならば、常にどこか苦しげで辛そうな彼が心の底から笑うのなら、それが一番だとは思うのだが……それを口にしたところで、無理矢理叶えようと浮かべる笑顔があれば、それはただのまがい物に他ならず、本物など要求して得られるものではないのだからしょうがない。

 さらに愛して欲しい惚れて欲しいなら、要望するべきでははないことは明々白々。

 命をけて願うほどのことかと言うが、彼が私を望んでくれること、彼が優しく私に触れてくれること、それにはそれほどの価値があるものだ。そうでないのなら、愛や嫉妬に死ぬものなど、どこにもいなくなってしまう。

 暗殺やクーデターだって、犯さぬほうがいいと思う理由の大半は、国のためとか民のためとか大義名分なんかより、その黒幕が彼であり、ゲーム中にも苦しそうに告白していたからだ。

「そん……なん……じゃ、なくって……もうちょっと、ちょっと……私の、願いは……違うの、あって、でも、あなたにはムリ……だから……だから、叶えうるもので、願うのが……コレで……」

うまい言葉が思い浮かばず、しどろもどろに言う言葉は、むしろ彼の逆鱗を刺激してしまっていたらしい。

 頭の上にあった手は、すっと引かれて握り締められ、小さく小刻みに揺れている。

 皮肉気に、左端だけが吊り上げられた口元、ギラギラと、目の端吊り上げてこちらを見つめるその瞳に挑戦的な光が見える。

 いいだろう、君の言葉を全て否定してやろうかという言葉が聞こえてきそうだ。

「つまりは……だ、君は、僕のことをちっとも信用しておらぬということかい? 僕には叶えられないような願いなら山ほどあるが、言ったところで僕ではムリだろうと判断したということだろう? そんなにバカにしないでもらおうか、君が望むのなら、僕にはたいがいの事を容認する用意はあるのだよ。大体、君の願いなど……」

信用していないわけでも、能力がないと思っているわけでもない。でも、願って獲られるものばかりではないのは当然のこと。

 欲しいものが本物の気持ちだったり、思いだったりするところへ、本人相手にどう願えばいいと言うのか。

「そうじゃ……なくって……甘えたいって、言うか……」

「僕は、君の甘えを受け入れられないほど、狭量だと思われているということかね?」

「っち、ちがっ……好いてって……言って、フ……フリだけに、なるのは……ヤだ」

必死に告げた言葉に、一瞬、彼が目を瞠り、停止した。処理不能という言葉がぴったりなほど、しばし彼は思考停止したまま動かない。

 一瞬、そんなにまずいことを言ってしまっただろうかと、彼の様子を窺っていると、ガタッと音を立てて立ち上がった彼から、先ほどとは比にならぬぐらいの言葉が振ってきた。

「きっ、君のスカスカの脳みそには、そんなハチミツみたいに甘ったるいことしか入っていないのかね。好いて欲しいだとか愛して欲しいだとか甘やかして欲しいだとか、大方君が言い出しそうなことは想定できぬではなかったが、まさかそこまでお子様レベルの可愛らしいコトを考えていたとは恐れ入ったよ。だが、そうではないだろう。僕が予測していたといったのは、そちらの方ではなく、暗殺だのクーデターだのと核心に迫ったことを言っていた、そのことなのだよ。それを止めたいと命まで投げ打つ姿勢を見せておきながら、ご褒美として欲しがるものは、そんなものでしかないのかと聞きたいのだよ。それこそ、止めてと言えば、止めてやらんこともなかったというのに、君はそれを望むよりも、それよりも、そんなたわけたことばかり考えていたのかね」

早口で一気にまくしたてられて、『スカスカの脳みそ』とか『お子様レベル』とか『たわけたことばかり』とか、そういうカチンときた言葉しか頭に残らなかった。

 一応彼の主張である、ご褒美としてクーデターを止めてもらうという話は、ちらと考えなかったわけではないが、それこそ、言って止まる程度なら、ご褒美で止めてくれる軽さなら、はじめから計画さえされぬもの。

 それを願ったとて、「じゃあ止めます」なんて叶えられるだなんて、誰も思わぬではないか。

 合意し辛いながらも、とりあえずそれをつきつめたところで、その倍の言葉が振ってくるだろうことを考えれば、回避したいところ。

 話題を変えようと思ったところで、そういえば、あの時、セットでもう一つ問われていたと思い出した。

「……お仕置き……って」

ぽろとこぼれた言葉に、マティアスの瞳がキランと輝いた気がした。

「ああ、君が選ぶのはそちらだったのだね。さぁ、どういうお仕置きがいいかな? 最も君が嫌がりそうなものを、考えてあげよう」

なんとも楽しそうなその顔は、あの時も見た。

「い、いや……そのセリフは、もう、聞いた」

「課題の追加と午後の追加授業、どちらがいいかい?」

「えっ課題?」

そもそも、追加の前に今日言い渡された課題などあっただろうか? そこから既に失念しているあたり、追加が出されたらもう手に余ることは確実だ。

 さて、さすがにこればかりはジュエルでも逃がしてはくれまい。お仕置きをどう回避したものか、今度はちゃんと考えなくてはならないようだ。

「私……ご褒美が、欲しぃ……わ。なんでも、する、から……ね、マティアス」

もそっと身を起こし、両手を合わせてお願いしたら、先ほどの再来かと思うほどにガキッと彼の動きが止まった。

 このままでは再び罵倒の嵐もセットでついてくるやもと思えば、それを回避すべく、そそくさと机の上の書類を揃え、席を立った。

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