ジュエルちゃん可愛い?
算数や数学は得意な方だった。前世で学生だった折にはの話だが……まさか、この世界で”数の成り立ちについて”から悩まなくてはならなくなるとは思わなかった。
前世だって数字は万国共通のものではない。
そもそも、数というものが必要になるのは、ものがいくつあるか、その量や大きさ、そしてその形、距離や時間というものを正確に把握するため。その尺度だって、尺かセンチかインチかフィートか……基準とするものは類似しているくせ、世界各国で違っている。
一個が一個である、二個が二個であるのは共通しても、ないという概念には難しいものがあるのか、ナシという記号として以外の意味では中々流用されていない。日本では、家屋やデパートなどにおいて一階といえば地階だし、二階はその上、下は地下一階となれば、ゼロ階はどこにあるのか。イギリスなどでは地階がゼロ階となるので、一階は日本における二階となる。
アメリカなどでは引き算の概念も浅く、お釣の計算すら足し算で、モノの代価にプラスして、一セントが一枚二枚と出された金額まで足し算していく。
まぁなにが言いたいかというと、海外に出たってその認識の違いがあるのだから、異世界にきてその認識違いが顕著に出たってしょうがないということだ。
日本で言う寸や尺が指などのサイズで計っていたのと同じように、インチやフィートも根本同じだが、この世界はペイパコという樹の長さで、ほぼ同じ長さまでしか育たない低木だ。その低木は三つに割って使うことが多いため、小数点以下が三になる。
ちなみに、長さ以外の単位では、小数点以下というものが存在しない。時間は1ツ時から8ツ時だし、ものの数は別の分類として1つ半なら一つと半端が一つとかそんな感じに別分類されるのが常だ。本当に、長さの小数点以下だけが特殊なのだ。
もっと短い単位は、節コという細く柔らかな竹のように節のある植物があり、その一節で計算する。一節は2~3cmぐらいなので、日本に比べてしまえばかなりあいまいなものではあるのだけれど……。
私の身長は、こちらのものさしで2ペイ1パ。マティアスは175cmがこちらのものさしでは2ペイ2パ、ジュエルの身長は公式が190cmだったのが3ペイ。なので、多分、150cm~155cmぐらいなのだと思う。
「ジュエルの身長はいくつ?」
「3ペイほどです」
先ほど呼びつけ目の前で跪いている相手に問いかければ、私の知るとおりのサイズが返ってくる。
わかっている、わかっていて聞いたのだけれども、ついつい下らぬ記憶が刺激されて、笑みが浮かんできてしまう。
「ミヒラ?」
「は?」
「サンペイ?」
「はい」
「ツリチキ?」
「は?」
「サンペイ?」
「はい」
目の前にいる彼をほっぽらかしで、1人で笑う私に、意味がわからぬと不思議そうに見上げてくるジュエル。
当然だ、というか、前世であってもどれだけの人が覚えているだろうか、古いマンガのタイトルだ。どうしても3ペイと聞くと思い浮かんでしまってしょうがないそれ、ジュエルならばそんな思い出し笑いのみっともない姿も許してくれようと、ついつい1人楽しんでしまった。
「なんですか、教えて下さい」
笑う私をおかしそうに眺めながらに問いかけられるが、こんな下らぬことを言えるわけがない。そもそも、前世だのなんだの、訳のわからぬことをどう説明したものかもわからない。
「いや」
端的に否定だけをおいて、笑いは仕舞いにしておいた。
「では……唐突に身長を問いかけになられた理由は、お聞きしてもよろしいでしょうか」
切り替えの早いジュエルは、それ以上の追求をしようとも思わないようで、あっさりと別の問いに変えてくれた。
それにちょっと安堵しながら、私は、先ほど届いたばかりの、大きな木箱を指差した。
大きいけど浅いそれは、蓋を開けると内部が布で装丁されていて、たっぷりと布が詰まっている。形に気をつけつつ摘み上げれば、ふんだんにフリルやレースのあしらわれたドレスが出てくる。
それは、私がいっぱいに腕を伸ばしても、まだ裾が床に着くほどの大きなもので……。
「ここに……丁度、3ペイの……服が……」
「なんでですか」
その突っ込みの速さに、ちょっと笑ってしまった。
いつもはあまり表情を変えない彼が、さすがに驚きの表情を作っていることに機嫌をよくして、注文書の紙を揺らして見せる。
「夜会のドレス、時間、ないから……今回は吊るしを、頼んだの。……注文のとき、私、身長を2ペイ1パと、伝えたわ。けれども、書いた人は2.1ペイ……点が、足すにしか、見えなくて……3ペイの服が……来たの」
当然かな、私の服は今まで吊るしで買たことがなく、全て一から採寸されて作られている。でも、この世界では……というか、ゲームの中でヒロインがデート中にお着替えをするシーンなんかもあったりして、そのせいなのか吊るし販売されている服というのは存在する。
今回、別途注文中の服があり、急遽開催されることになった夜会のドレスを割り込ませるわけにもゆかず、急場しのぎとしてその吊るし服を注文してみたのだ。
ところが、ずさんな受注管理により、2ペイ1パの服を注文したはずが、3ペイの服が届いてしまったというわけだ。
「だから?」
「だから……ジュエル、着て……みたり、しないか……と……」
3ペイ……丁度ジュエルのサイズだと思ったら、着せてみたくてしょうがなくなった。
幸いにも吊るしだからか、体にフィットしたデザインではなく、胸の下でリボンを結び調整できるタイプのものなので、ジュエルでも充分着れそうだ。
私の髪がふわふわと淡いピンク色だからだろうか、淡い緑のドレスはジュエルにお似合いとは言いがたいが、それでも、一度着せてみたいと思ってしまったものはしょうがない。
「なるほど、お人形遊びの延長戦といったところでしょうか?」
どうやら、ジュエルは女装にそれほど忌避感はないらしく、しげしげと私の広げたドレスを眺め、着ている服の襟元を緩めた。
「クロエ様、お人形遊びでしたら、脱がすところからクロエ様のお手にお任せた方がよろしいでしょうか? それとも自分で着替えてきますか?」
問いかけに、思わずジュエルの全身を見た。体にピッタリと添うタイプの黒のズボンと同色のジャケット。ジャケットの内側には、いくつかのベルトが付けられており、ナイフだの薬だのが携帯されている。
いやらしい意味ではなく、どこを触っていいものか……触ってまずいものばかりな気がして少し怖気づいた。
「そ、そっち、自分で……自分で、着て」
「はい」
しばらくしてついたての向こうから出てきたジュエルは、似合う似合わないだけで言うなら思い切りドレスが似合っていなかった。
無表情で可愛らしいぴらぴら服を着込んだ美丈夫というのは……かなりの違和感と迫力を持ってしているのだが、本人が嫌がっていないのが幸いというところか。もしもドン・デジレのようなドレスだったら、美人さんになったのかもしれないと思えば、失敗したかとは思うものの、これはこれでおもしろかろう。
とりあえず鏡面の前にジュエルを座らせその髪を整えていたら、マティアスが部屋に飛び込んできた。
「何をやっているのだね君たちは!」
「先生にはサイズが合わないので、しょうがないでしょう」
明らかに、羨ましいとかやりたいとか、そういう意図で言っているのではないマティアスの言葉に、寸時反論したジュエルの言葉に、思わず笑ってしまう。
「……そ、そういう問題じゃない! サイズ間違いのドレスが届いたのなら、早々に返品すべきではないか、何を遊んでいるのだね」
もっとも過ぎるその言葉に、しょうがないとジュエルの服を脱がそうとしたら、
「わーっ! な、何をやっているのだねっ」
更に慌てた様子でマティアスが怒鳴り、ジュエルは笑いながら、ついたての向こうに着替えに行った。