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うたた寝の猫の見る夢に

 クロエという少女の夢を見ていた猫は、夢から覚めて大好きな人たちを探しみる。

 マティアスやジュエル、ガエルやジェラルドやセドリック……攻略対象者たちと戯れてなお続くこの夢の終着点はどこなのか、いつなのか。

 そのうち中庭のベンチでうたた寝ている本体が、崩れ落ちて目が覚めるのか、それとも揺り起こされるのか。それとも本体などなくて、やはりこちらが現実か。

 とにもかくにも、楽しい夢の続きを欲張りて、お父様とかドン・デジレとか現れないかしらんとか思っていたら、馬車の音が響いてきた。


「おや、クロエは不在かい?」

中庭をつっきって、表からの入り口近くの窓より、中にもぐりこんで見てみれば、そこには馬車から降りてくる貴婦人を案内している養父の姿。

 当然かな、貴婦人と見えたのはドン・デジレで、本日も絶賛女装中らしい。

 本日のドン・デジレは、どぎついほどの紫に、赤のレースがふんだんにあしらわれたドレス。襟がつまってはいるものの、腰まではすっきりと体に添うデザインで、右の腰のあたりで花でも作るようにふんわりと布がまとめられ、やわらかく足元に流れている。花の下はぴったりと足に添うレースが覗いているばかりで、なんだか誘われてでもいるよう、彼自身が、花というか毒花という感じだ。

 豪奢な貴婦人姿で、自分より身長の低い養父に手を引かれて歩く姿は、なんだかチグハグなようにも見えるが、これでこの2人は結構仲がよい。私が家にいたころなど、でれんでれんに酔った彼が廊下でストリップしていて、養父に怒鳴られていた姿もあった。

 どうやら2人して神殿に遊びに来て、玄関に立つ信者に私の不在を伝えられたところらしい。いや、ここにいるんだけどねなんて言ったところで、猫の姿なのだからしょうがない。


「あらン、クロエちゃんそっくりの猫ちゃんがいるわねぇ」

おそらく人間の私は、行方不明でジュエルたちが探している最中なのだろう。必死に言い訳している信者をよそに、ドン・デジレが私に手を伸ばしてきた。

 どこがどう私にそっくりなのかはわからないが、私なのだからそっくりで当然なのか、なんだかよくわからないながら、ドン・デジレに抱き上げられてその胸元に足をつく。うん、なんか固いとか言ったら、怒られてしまいそうだ。

「綺麗なドレスが汚れてしまうぞ」

「いいのよン、この子の可愛さに負けてしまったんですものぉ、しょうがないの」

そう言いながら、すりっと背中に頬擦りしてくるドン・デジレは、本当に猫好きなのだろうか。ドレスの胸元に黒い毛がいくつかついてしまい、お父様が呆れ顔を向けながらも止める気はないよう。


「……姫様にもお会いしておくか」

神殿の地下には、私の血の繋がった母が眠っている。

 父には先祖代々の墓地があるし、結婚しているわけではないのだから一緒に眠っているわけではない。母も、本来ならグレゴワール家の墓に納められるはずが、王族だからという理由から忌避され、浮気や下賜された状況もあって親族からの反対もあり、ここに安置されている。

 養父は、今でも母のことを呼ぶ際には『姫様』と呼ぶ。

 正式に結婚したのだから、妻と呼んでかまわないのに、その権利があるのは彼だけであるはずなのに、それでも『姫様』と呼んで敬っている。養父にとって、結婚はただ、彼女を守るためのものでしかなかったのだろう。

 一礼をしたくせに足を踏み入れることにためらう養父を、ドン・デジレがその尻蹴って押し込んだ。

「お前は、少しはしとやかにしたらどうだ」

「てめぇ……女扱いしろとは言てねぇだろ」

「じゃあ、もっと男らしい格好をしろ!」

以前、養父がドン・デジレを『あれは男でも女でもない、シャルル・デジレという性別だ』と言っていたが、よくわからない。

 じゃれあうような言葉を交わしながら、案内もさせずに奥へと向うその腕から、逃げ出そうかこのままついていこうか悩んでしまう。お墓参りに興味はないが、でも、もうちょっとこの2人に付き合ってみたい気持ちもある。

 背中を撫でる手の気持ちよさもあいまって、まぁ、いいかなんてもうしばらく付き合うことにした。


 地下へと下る階段で、父が当たり前のようにエスコートするのを受けて、ドン・デジレは私を抱き上げたまま進みゆく。

「姫さんが幸せだったってコト、わかってるだろ?」

「わかってる」

「愛していた……あたしもね、あンたも、王子も……いや、もう前国王様か……」

「将軍閣下こそが、一番に」

「違うわよ、あンたに勝る相手はいなかった」

なんだろう、養父たちの恋愛話は少しむずがゆいような気がして、耳を塞いでいたい気もする。でも、同時に、ちょっとだけ興味があるのもたしかだ。

 コツコツと単調な足音ばかりが響く中、静かに、そっと、ドン・デジレは口を開く。

「覚えてる? 昔、みんなで……もう、ガキジャリのころよ」

懐かしそうに目を細め、その先にはその昔の情景が見てでもいるよう。養父もまた、同じような顔をして、少し笑っている。

「姫様が、城の池に落ちた話か?」

どうやらそれが、彼らにとって共通の、そして特定の思い出であるらしい。

「その前よン……落ちる、前……あンたが、初めて雉を取ったって、姫さんに献上して、その場で毛を毟り出したのを見て、王子が目を剥いて怒ってた」

「あれは絶対うまいと思ったんだがなぁ……」

「アレやる前、姫さんの一番はあンただったんだから」

「んだぁ? あのせいか?」

「いや、まぁ……その後、雉から逃げて池に落ちた姫さんを、救い上げたアイツが、初恋ってなンだろうけどさぁ~」

なんとなし、バカやった養父と、それを大笑いしているドン・デジレと、怒鳴りつけている前国王の姿が思い浮かぶ。ちみっちゃい3人のじゃれあい、その中心にいるはずの母は、死んだ雉から逃げ回るのに必死で、それを知りもしないのだろうか。

「人が恋する瞬間ってもんを、あの時、初めて見たんだ」

父の声は、後悔なんてものではなくて、ただ、憧憬のようだった。

 みんなに愛されていた母が……姫様が、1人の兵士に恋をする。それを、周りのみんなは、どんな気持ちで見ていたのだろうか。

「敵はあンただって思ってたら、思わぬ伏兵だなんて……絶対、年齢的に相手にもしないだろうって思ってたのにねぇ……ホント、人生うまくいかねぇなぁ」

そして、母は恋心を胸に抱いたまま、前国王と結婚し子をなし……浮気する。

 もしも、前国王が結婚しなければ、幸せな物語がそこにあったのだろうか? それとも現実という壁が立ちはだかって、もっと辛い目にあっていたのだろうか? そんなものはわかりはしない。

「お前はまだ、逃げ場があったからいいじゃねぇか、俺なんて、あれからずっと……」

そう、ずっと、養父は父を愛し抜いた。自分を振り返りもしない相手を支え続けた……それは、どれだけ辛いことだったのだろうか。

「それを望んだのは、あンたでしょ? そして……だからこそ、最後の最後まで、一番、姫さんの側にいられた……」

「うらやんでんのか?」

「いいえ……救われないなぁって思ってンだけ。あンたもアタシも……バカばっかだから……かしらん?」

言いながら、切なさを癒すためだろうか、ドン・デジレは私の背中に頬擦りした。

「いや、救いはある……救われた、クロエに。娘がある、それが成長していく幸せは、少なくとも、あの時に手をあげなければ得られなかったものだ」

「まぁ、クロエちゃんは可愛いけどねぇ……」

呆れたようなドン・デジレの声は、だけども柔らかな笑みに彩られていた。


 この夢は、本当に夢なのだろうかと疑問が浮かぶ。こんな話は聞いた事がない。いや、でも、もしかしたら……昔、泥酔したドン・デジレがわめいていたかもしれない。

 幼い頃に聞いた話を、今、夢の中で思い出しているのかもしれない。

 では、そのときいたはずの母は……一体、何を思っただろうか。

 そんなことを思いながら、そのまま進めば母のもとまで進み出ることになってしまいそうで、思わずドン・デジレの腕を擦りぬけ、階段を駆け上がった。

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