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サンドイッチの作りっこ

「はぁ? サンドイッチの作りっこ? なんだねそれは」

不意に思い立ってお願いしてみたのが悪かったのだろう。案の定というか当然というか、彼はなんとも面倒そうな呆れ顔でそう言った。

 朝、いつもと変わらず、私の部屋に現れたマティアス。本日の予定もなんら変わりなく、午前中は礼法の授業があり、午後はお祈りがある程度。

 あんなことがあった後だというのに、変わりのない日常。でも、少しだけ、マティアスの距離が近いと思ったら、気持ちが少し浮ついてしまう。

 そんな気持ちから、お昼ご飯をご一緒できませんかと問いかけたら、かまわないとの返事がもらえた。だから、ついでにもう一つ、提案してみたのだ……サンドイッチの作りっこをしませんかと。

「お互い……の、作るの。サンドイッチを……」

彼が、サンドイッチの作りっこという言葉自体が理解できていないなどということはないとわかっていながら、説明になっていない言葉を向ければ、盛大なため息がこぼされた。

 失敗したなんてレベルじゃなく、言葉を間違えてしまったのだろうことはわかったけれど、さすがにそれは酷いのではないだろうか。浮ついていた気持ちは、地面にめり込むレベルで急降下し、いっそのこと食事自体をキャンセルしたい気分だ。


「何のためだね?」

「相手の、好きそうな、ものとか……食べて、欲しいのを……ね。お互いの、ために、作って……交換して、食べるの」

「意味がわからない。自分の好きなものなら、自分で作った方がいい。それに、食べてほしいというものを、相手が好むかどうかはまた別だ。それは、実に無意味なことだと思うのだが?」

ゲームの中に、クリステルがマティアスとサンドイッチを作るシーンがあった。

 クリステルは料理ベタ、マティアスは天才故に実験と思えば料理も容易いと、完璧なものを作り出す。

 部屋に住まわせてもらうお礼にと、クリステルがどぎつい料理を披露して……それに呆れたマティアスが、その後すべてのご飯を用意することになるのだ。だが、クリステルはある日、余計なことをしでかして、大失敗の朝食を並べる。それを、多少見た目が悪くともサンドイッチにでもすればいいと、綺麗に纏め上げてくれたマティアス。

 後日の昼、外でばったり会って、出店で何か食べようかという話題になるのだが、『出店よりマティアスのサンドイッチの方がおいしいよ』というクリステルの発言により、部屋で一緒に作るのだ。

 すぐにハバネロだのチョコだの変なものを入れようとするクリステルと、それに一々突っ込みをいれつつも、『君は普通のハムより生ハムの方が好きだろう』『うん、好きーっ』とか、明らかにマティアスに胃袋をつかまれている発言。ギャグが随所に含まれてはいるものの、たあいなくもかわいらしいシーンがなんともほほえましくて、うらやましくて……やってみたいとか思ったのだが、どうやら私にはムリなようだ。

 とても楽しそうで、いちゃラブシチュとしては大切なイベントと思ったのだが、彼にとっては無意味だというのだからしょうがない。


 がっかりして視線を落とせば、顎がとられて、強引に上を向かされる。

「なんだねその顔は……わざとかね? それとも無意識かね?」

「……えっ……わから……な……」

「なるほど、無意識ということか。だが、だとしても、それによる弊害というのは覚えておいたほうがいい、故に、その代償は払ってもらうことにしようか」

そんな言葉とともに、ずいっと顔が寄せられて、唇が重ねられる。

 まったくもって意味がわからない。

 鏡とにらめっこしていたわけではないのだから、自分が無意識にどんな顔をしていたのかもわからないし、それでなんで、それを批判していたようなのに、口付けを受けることになったのかもわからない。

 弊害とか代償とか言いつつ、ちゅっちゅっと戯れるように吸い立て触れる唇は優しくて、間近にある顔が間近すぎてぼやけてはいるものの、柔らかく微笑んでいるようで……ただ喜び受け入れれば、もう一つ大きなため息をくらってしまった。


「それで? その作りっこの際に、何が必要か相談させてもらおうか、いつまでも呆けているのなら、むしろベッドに誘ったほうがいいかね? それとも、行くまでもないか?」

「……え? えっ……えぇえっ?」

何の誘いなのか脅しなのか、いったい何で怒らせてしまったのか、よくわからない苛立ちを含むその口ぶりに、その言葉へ理解が追いつかない。

 作りっこを進めるべく話が持ち上がったようなのに、気分的には面倒なこと言いやがってと、叱咤されている気分だ。

「まったくもって君は頭が悪い、というか、反応が遅い理由は、言葉が聞こえにくいのか、言葉が脳みそへ伝わるのが遅いのか、理解が追いつかないのか、なにかね?」

「す、すみません……」

とりあえず謝罪を向ければ、更なるため息がこぼされて……クロエのため息漬けの涙添えが出来上がりそうだ。

「作りっことやらをするのだろう?」

「いい……の?」

「良いも悪いもなかろう、君の望みだ、叶えるしかない」

意味がわからないとすべてを投げ出してしまいたくなったところで言われた甘い言葉に、更に意味がわからなくなる。

「えっな……なんで?」

「それは何に対しての疑問かね? 気が進まないのにやっていいのかということかね? 僕が自発的にやりたいと望んで挑まねばならぬというのなら、それは少々勘弁して欲しいところだ。だが、もう少し積極的には考えてみるとして……残念ながら、僕には君の望むその”サンドイッチの作りっこ”とやらが、”楽しそう”とは思えないのだよ。だが、君がやりたいというのだから、それを叶えるということにおいてはやぶさかではない」

ため息の連続ときつい口調、そして呆れきったとばかりのその表情ながらも、どうやら彼は、私の要求を最大限に叶えようとしてくれていたらしい。

 まったくもってわからないと思うのは、私がそれだけ鈍くさくてバカだからだろうか? それとも彼が難解なせいだろうか?


「まぁ、とりあえず話を戻してもいいのなら、まずはその作りっことやらの材料について、相談しよう」

「パンッ!」

「それはそうであろう、サンドイッチというからには、まずはパンが必要なのは当然のこと。サンドイッチに適したパンとすれば、やはり食パンの耳を省いたものかね? それともバゲットなどに切れ込みを入れてもらうのがいいかい? もう少し小ぶりに、バターロールなんかに切れ込みを入れて挟み込んでもいいだろう。まずはそこから相談したいところなのだが、君にとってはそれはパンだからどれも同じという大雑把なくくりでいいのかね?」

矢継ぎ早に問い向けられた言葉に、そういえばサンドイッチといったら三角のアレを思い浮かべるが、バターロールにハムとレタスをはさんでもかわいいかもしれない。

 神殿にお城にドレスに……中世ヨーロッパ風というか、近世寄りの舞台設定と見せつつ、色々違う点は多いものの、食事に関しては実は日本的だったりする。時間や長さの単位についてはゲーム中では語られていなかったが、食事についてはクリステルハチャメチャ料理で茶碗蒸しや具沢山お味噌汁を作っていたし、サンドイッチにチョコや苺を挟んでいた例もあり、お米もあるし肉まんもあるし、何気に食には苦労をしない。

 おかげさまで、サンドイッチ作りにふわふわっとした食パンの用意が容易いのはありがたい。さすがにスープに浸してふやかして食べるような固いパンでは、サンドイッチは難しかろう。

「……ぱ……パンは……」

「あぁ、申し訳ないが、僕にパンの種類や製造法について問われても、これから調べるとしかいえないよ。もちろん、基本的な作り方ぐらいはわかっている。だがね、本格的に作ったことなど皆無であれば、数多くあるその種類すべてに精通しているわけでもないのだよ。もちろん、パン作りからはじめるわけではないのだから、詳しく知る必要はなかろうが……」

「ちょっ、パ……マティアス」

なんだろう、暴走しかけているような気がするのだが、どう止めればいいものか、まったくわからない。とりあえず普通の食パンと言えば止まるのだろうか? だけども言ったところで、厚さやフスマの有無とか言い出しそうな気がする。


「進言させていただきますと……大喜び中のようなので、ひとしきり言いたいことを言わせておいて、その間に必要なものをここにメモしておかれるのがよろしいかと」

唐突にジュエルが現れて、私の目の前にメモ用の紙片とペンが置かれた。

 なるほど、私では彼を言葉で止めることなどムリなのだから、確かにそれが早かろう。

「あぁ、三人分のパンと、レタスとハムとチーズはご用意させていただきます。これは、私が入れたい分ですので……ちなみに、私はクロエ様の分を作らせていただきます」

なるほど、パンとレタスとハムとチーズは私分だから書かなくていいわけか、ならば、生ハムとマヨネーズと……とペンを手にしたところで、ずいっとマティアスの指先がこちらに……ジュエルと私の間に突きつけられた。

「まーちーたーまーえ! その場合、僕は誰の分を作るのかね? というか、恋人同士の食事に、なんで君が割り込めると思うのだね?」

「あ……えっと……ジュエルも……混じりたいの?」

「ぜひとも」

こくりと頷く彼の言葉に、今更ながらにマティアスと2人で作りっこのはずが、ジュエルまで割り込んできたことに気がついた。

 でも、2人きりでないと出来ないことではないのだから、3人でわいわいやるのも楽しそうだ。

「パン、半分に切って……私、マティアスとジュエルのを……ジュエルも、マティアスと私のを……では、ダメ?」

「なるほど、では、僕は、ジュエル分に山盛りのマスタードを投入させていただこうか」

「わかりました、私はハバネロをお持ちいたします」

なにやらクリステル風サンドイッチが出来上がってしまいそうで怖いのだけれども、ちょっとお昼ごはんのサンドイッチが楽しみになってしまった。

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