暗殺計画を妄想してみた
私の養父、将軍・アルマン・グレゴワールは、当然ながら自分の屋敷に住んでいる。
城には執務室だけでなく私室があるし、軍人たちの寮にも一室、将軍になる前に使っていた部屋がそのまま残っている。だけども繁忙期は別として、基本的に毎日屋敷に戻っている。
5歳までそこで過ごしていたとはいえ、神殿からは少し離れた場所にあるそこに、私から訪ねて行く事は少ない。神殿から城までの方が近いし道が整備されている。また、城へは赴かねばならぬ用事があるが、そこへは私用しかない。しかも、私では行き着くまでにへばってしまうか、夜が明けてしまう。
だから、養父と会う用は、城の中で済ませてばかりだった。
それなのに、無理を押してやってきたとあれば、当然ながらの大歓迎。
とりあえず休ませても言えないで、ふらついたところを護衛の子に支えられ、まだ帰らぬ養父を奥の部屋で待たせてもらった。
「その場合、すんなりそんな時間に赴けるわけがないという注釈を入れておこう」
「そっそれ……は……あ、朝から! 朝から、行った、んです」
「朝からでかけて夕刻に到着とは、とんだ時間の無駄遣いを。それならいっそ、神殿に呼びつければいい。ここにだって、グレゴワール氏のための部屋は用意されている。晩餐だのなんだのと、いらっしゃる際に時間を設ける方が簡単だ」
しばらく待つと、養父が戻ったと連絡を受け、急いで彼の部屋へと向かう。
部屋の扉をコンコンと二つ打ってから、一拍空けてコンコンコンと三つ続けるのは私の合図。
「知られすぎて、悪用されていないのが不思議なほどだな。グレゴワール氏はそのノックを聞けば、スキップする勢いで無防備に開けるぞ。まぁ、下手打てばグレゴワール氏の逆鱗に触れるとはいえ、まったくもって、善良な人間が集まっているというか……」
「お父様の、まわり?」
「所詮小悪党や、正道意識の低い俗人しかいなかったということだろう。まぁ、多数の小市民がそういうもので、そういうものたちをうまく集め先導すれば、大悪事も可能ということだ」
すぐさまドアが開け放たれ、養父は私の体をがばりと抱きしめる。
いつもながらの、少しホコリとタバコの匂いが鼻につくが、その大きな体に包まれて、心の底がほっこりと暖かくなるよう。
これから、私が何をするつもりなのか、何を考えているのか、全く知らずに私を大歓迎する彼を、私もそっと抱き返した。
「お父様」
「ようきたなぁ、クロエ」
口元から欠け歯をのぞかせ笑う養父、その頬に口付け……
「一応、進言しておく。養父とはいえ、血の繋がりの欠片もない成人男性の部屋へ、そんな時間に赴くことは危険だ、認識を改めていただきたいものだ。だいたい、君は無防備すぎる。君の母上に懸想していた男性が、なんでその子へ興味が向わぬと思い込むのだね」
「お父様……も、ドン・デジレも、そんな、絶対、ない」
「グレゴワール氏はともかく、デジレ氏への認識は、絶対に改めるべきだ!」
「いち……いち……いちいち、いちいち、うるさいっ」
私は、養父への挨拶を済ませると、話があるのだと言って、部屋の中へと入れてもらう。そうして、先にテーブルにつくよう促し、紅茶の準備をする。
そこで、こっそり持ってきた『ベーゼ・ド・ランジュ』を……
「いや、あれは、誰であろう触れるだけですぐにこちらに通達がくる。そんなもの、易々と神殿外に持ち出せるわけがなかろう? もちろん、それ以外の毒薬が君の手に入る可能性も皆無であれば、容易く毒殺など実行できるわけがない。その計画が穴だらけどころかザルなのだと、気付かぬものかね?」
「で、できたと、して……」
「それこそ、僕なりメティたちなりを説得して任せるか一番だろう。もしくは、ジュエルを……」
「ジュエル……は、ドン・デジレ、殺害、するの」
「えっ……」
他愛ない話などしながら、養父に『ベーゼ・ド・ランジュ』を飲ませ、安らかな死へと導けば、ドン・デジレの殺害へ向わせていたジュエルの報告を受け……
「いや、デジレ氏が相手では、いかにジュエルとえど、そう簡単に殺害できようはずがないのだがね。彼自身の力量ももちろんだが、あそこの私兵は強い。金にあかせて、かなり優秀な者たちを囲ってる。しかも、日々商人の護衛であちらへこちらへ向わされて、遊ぶ暇もないとくればその実力もわかろうもの」
「じゅ、ジュエルは……だって、すごいから」
「不可能とは申しませんが……さすがに、一月はお時間いただきたいところです」
「えっ! そ、そう……なの?」
ドン・デジレ殺害はおいといて、神殿に戻った私は……
「だから、君がそう簡単にあちらへこちらへ、行けるわけがないと言っている。昨日だって、城へあがり嘔吐、デジレ氏の元へ邪魔してへばり、1日ろくすっぽ食べていないではないか」
「……帰り……は、ゆっくり、させたから……吐いてないわ」
「基準がそもそも間違えている、嘔吐せぬのは当然で、下りて後にベッドに入らず活動できるのは最低条件だろう。どんなか弱い女性だって、コルセットだのなんだのと体を締め付けた上、お茶を楽しみ食事も取れるのが普通だ、それなのに、君ときたら……」
私は、すぐさま……
「だから、すぐさま行動なんて出来ないだろうが」
すぐさまジジババ軍団の寄り合い所へ行き……
「執務室だ、あれは、教団の執務室だ。五人も老婆老爺が集まっているから、寄り合い所というか会議室みたにはなっているが、普通なら主教もしくはその補佐官のための、教団運営の執務室だ。君がそこにつめるべきであるのに、その能力がないから、あのじ……老婆老爺が出張っているだけだ」
「私の、せいじゃ……あなたの……」
「まぁ、確かに僕の手がかかっているのはたしかだが、君にその能力があれば、そこに付け入ることなどできなかったのだよ」
「手下」
「違う、正確には違うのだよ。父の代から騎士として護衛として仕えてくれてはいるが、手下とか配下とか、下に見たことは一度たりともない。むしろ、メティなど僕の乳母もしていたこともあり、教育係の面もあればむしろ先生として尊敬の念を向ける対象だ。そういう表現は誤りといえよう」
「どう……でも、いい……」
睡眠薬でジジババ軍団を眠らせて……
「無理だろう。あいつら、ほとんどの毒も薬も耐性あって、風邪の一つも大病になるレベルの連中だ。ってか、殺すな、父の代より恩がある方々なんだ」
「……だって、彼らがいたら、ジュエルたちを解放できないもの」
「彼らの待遇については、なんとか考える。だから、彼らをそう敵視するな、いや、わかってはいるよ、君に対し、少々険があるのはたしかだが、あれでも彼らは君のことをそれなりに気に入ってのことで……」
みんなみぃんな殺したら、私も一緒に眠りにつくの。
「大体、グレゴワール氏やデジレ氏をどうにかしたところで何も換わりはしない。頭は簡単に挿げ替えられ、別のツテから金策がなされるだけだ」
「じゃぁ……誰が、指揮、しているの?」
あなたでしょうという思いを込めた私の言葉は、だけども無言という返事しかもらえなかった。
彼も口に出来ぬなにかが隠れているのだとすれば、その上っ面しか見えていなかった私にはどうにもできず、ただ、悪戯にひっかきまわしていただけなのだろう。下手打てば、ただ、彼を害するだけとなったかもしれない。
どうやら、私にクーデターを止めるなんて大儀は、できぬ話であったらしい。