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医4.エロ医師ではない

 城で下らぬ確認ごとや処理仕事を片付けた後、もう一度彼女を見舞おうと進んだ廊下で、ゴーズチン氏といちゃつく彼女を見つけた。

 彼女がゴーズチン氏を兄のように慕っていることは知っている。だが、その楽しげな様子には、妙なイラつきがこみ上げてくる。

 君は、僕を好きなんじゃなかったのか? それなのに、何を楽しげに、別の男にへばりついているのか……と、説教してやりたくなる。

 だが、そんな嫉妬丸出しの言葉を口にするわけにもいかず、兄のようなもの、兄のようなものという言葉を、頭の中で必死に唱えておいた。


「兄とは、家族の中において先に生まれた男子のことだ」

僕の姿を見た途端、彼女は表情を固くし、ゴーズチン氏の背中に隠れた。

 そんなところも気に食わないが、しょうがないものとしよう。なぜだかイラついた様子で睨みつけられたのも、あえて2人の間を邪魔したのだからしょうがないこととしよう。

 彼女としては、体調が悪い上のおかしな謁見で、神経をすり減らしていたことだろう。休息をとったとはいえ、心情的には疲弊したまま、今、彼に甘えることで平穏を取り戻したところか。

 そんなもの、僕に甘えればいいじゃないかなんて言ったところで、実現する可能性がないことは理解している。しかも、僕には彼女をあそこまで甘やかせる自信もない。

 そういうあたり、本当にゴーズチン氏には適いそうにないのも悔しいところだ。


「私も……自分の、立場、というもの……わかってます」

いつだとて、俯きがちにぽそぽそと言う彼女らしくなく、人の後ろに隠れつつも、こちらを真っすぐに見つめてくる目。

 台本を用意してやらねば、まともにしゃべることもできず、戸惑い迷うように、一言一言考えながら紡ぐ言葉のたどたどしさ。

 それでも、そこに彼女の意思と決意を感じさせられて、思わず心がざわめく。

「必要と、あらば……婚姻も、この身も……利用、いたしいます」

必要ならと言い張りはするが、その身を利用する術を、彼女が知っているとは思えない。事実、今だとて、人の陰に隠れ、僕にすがることすらしない。

 すれば…とは、彼女どころか僕すらも、どう出ることができるか知らぬが。

「意味が分かっているとは思えないな」

色仕掛けなど、できるものなら仕掛けてくれればいいとも思う……というか、今、自分がどれだけ気持ち悪い思考をしているか理解しながらも、いっそのこと仕掛けて来てくださいと、頭を下げてもいいぐらいだ。

 土下座したら抱きついてくるのなら、してやったっていい。

 汚物で汚してしまったからだろう、城で用意されたらしき服は、病人用の生成りのチェニック。いつもの主教としての装飾過多で幾重にも重ねた衣と違い、柔らかなその布一枚では、体のラインを隠しきれていない。

 その姿で先ほどゴーズチン氏にした様に抱きついてくるのなら……。

「……私、は……もう、あなたの、手駒に……は、戻らない」

そう言って微笑む彼女は、直接的な行動に出ておらずとも、十分に僕のことを誘惑していた。


「聞かせてもらえるかな? 君は、ご褒美とお仕置き、どちらが欲しいんだい?」

自分の中の、気持ち悪いぐらいの恋愛脳は思わず飲み込んでおいて……褒美をエサに懐柔策に出ようとすれば、まんまとこちらへ興味深々覗く彼女の他愛なさ。

「ご、ご褒美って……何?」

正直、何を用意するということまで考えていなかったが、色仕掛けの妄想の延長で、思わずあらぬことを想像しかけた自分がいたが、とりあえずそれは捨てておく。

 彼女のことだ、褒美をねだってきたとて、またかわいらしいものを要求してくるだろう。口付けというのならまだ行幸だが、下手すれば頭を撫でて欲しいとか、手を繋いで欲しいとか、もう、なんというかお子様レベルの可愛らしい話をしかねない。思わずそれに歓喜せぬよう、心構えをする必要はあるだろう。

「君が望むもの、なんでもと言おうか」

一瞬瞳を輝かせた彼女は、だが、それに釣られることなく、その表情を曇らせた。


「お仕置きって……」

そちらにも興味を持つのか、彼女がどういった思考をしているのか、本当に興味が尽きない。

 普通に考えて、褒美と仕置き、どちらがいいと言われれば仕置きなど欲しくないだろうに、むしろそちらを選ぶ気満々ということか。

 それほどに、僕に反抗したい気持ちがあるというのか……それも、僕のために。

「それは、君に選ばせてあげられないよ。さぁ、どういうお仕置きがいいかな? 最も君が嫌がりそうなものを、考えてあげよう」

思わずニヤリと笑うと、ゴーズチン氏の方が引きまくった顔を向け、

「えっ……エロ医師」

唸るようにそう言った。


「なっ! な、何もっ! 何もその手の行動はなにもしていない! だというのに、ソレは納得のいかない悪名だ。その、それは暴言以外の何でもない。いったい何だね! 何をもってしてそうっ……」

思わず言い訳が口をついて出てくるが、僕の思考に気付いていれば、むしろその評価は遅かったぐらいのものかもしれない。

 図星を指されたというか、ついさっき想像していたことの一端でもばれていれば、その評価はむしろ過少だろうが、男が惚れた女の気の抜けた姿を見て、何も思わぬものと思ったら大間違いだ。

 むしろいろんな姿を見たいというのが男というもの、実行してから変態と言われるのならともかく、我慢しているのにそこまで言われるのはどうなのだろうか。

「……してれば……いいの?」

あさっての方向へ暴走しかけた僕が、必死に否定の言葉を紡いでいれば、彼女は、頭に冷水ぶっ掛けるようなことを言い出した。

「さっき……の……聖殿で、のは……」

「あっ! あれはだっ、あれは、あれは君の言わんとすることを理解するべく、検証をしようと……」

「クロエちゃん、何されたっ!」

ゴーズチン氏がすごい剣幕で彼女の肩をつかんだ。

「ジュエル」

それに慌てた彼女が名を呼べば、廊下の窓が開き、ジュエルが彼女を掻っ攫って逃げる。

 まさしく一瞬の出来事で引き止めるどころか追うこともできなかった。


「マティアス先生、いったい彼女に何をしたんですか!」

追求する相手を失ったゴーズチン氏は、真っすぐにこちらを睨みつけて問い詰めてくる。

 正直に話したら、何をしてくるかわからないし、正直話したくなどない。だが、そのまま不問に付してくれるつもりもなかろう。

「いや、そのっ何をしたもなにも……彼女は……というか、だなぁ、彼女と僕とのことに、君は関係ないだろう。だいたい、エロと医師は切り離して考えるべきものだ。医師であるから常に品行方正にというわけにはいくまい。医師にだって休みはあるし騎士だってそうだろう。下世話な話など一切せぬとでも言うのかね?」

「クロエちゃんに、何かよからぬことをしたんですか!」

とりあえず何をしたかはごまかしたまま、話を逸らしてやろうとするが、真っすぐなゴーズチン氏には全く通用せぬらしい。

「したらどうだというのだね」

「斬ります」

「斬るな! 君は、何か勘違いをしているようだが、彼女の保護者ではないのだよ」

「保護者ですよ?」

「は?」

国王陛下や宰相閣下とは違い、本当の兄ではないのだからと続けようとしたところで、思わぬ言葉が返されて、思わず聞き返した。

「……俺は、彼女の後見人です。彼女自身の親兄弟はおりますが、公的にはその関係を断ち切っておりますし、彼らが立つことのできない場面もあります。そのため、乞われて後見人になったんです……ご存知なかったんですか? 道理で、あなたの開催される夜会も晩餐も、私の席がないはずですね」

公的には元王女とグレゴワール氏の間の子となっているせいで、国王陛下も宰相閣下も守りきれない。彼女の身柄が教団預かりとなっているせいで、グレゴワール氏も手出しできぬことはあろう。

 だが、まさかゴーズチン氏が後見人となっているとは知らなかった。

「なので、彼女の縁組もなにも、私を通さねばなされませんよ」

「お、お義父とうさん」

「先生に、義父さんとか呼ばれる筋合いはないっ!」


 とりあえず彼女のお義父さんへのご挨拶はおいといて、窓をあけて身を乗り出すと、屋根の上にジュエルに抱かれた彼女がいた。

「ところで、クロエ様」

声をかけ、先ほど聞いたサクラ殿のことを伝えれば、彼女は零れ落ちそうにこちらに身を乗り出した。屋根の上ではその表情確かめる術はないが、蒼白になっているよう。

 それを抱きしめ、ジュエルがこちらに射殺しそうな目を向ける。

 確かに危ない状況での情報提供だったようだが、これで一つはっきりした。サクラ殿の情報は、どうやら彼女にとって重要な話であるようだと。

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