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11.私のちいさな革命……力無き抵抗

「それで、何をするつもりかな?」

突然聞こえてきた声に振り返れば、ジュエルが、影のように静かに立っていた。

 だけども、聞こえた声はジュエルのものなどではない。

 嫌みや皮肉を含むくせ、低く甘く響くその声に、どれだけ心浮き立たせたことか。この声だけは聞き違えたりなんてしない。

 ゆっくりジュエルの後ろから現れたのは、薄手のシャツとズボンだけという軽装で現れたマティアスだった。

 部屋でくつろいでいたところという風情の彼に、そういう事態ではないというのに、思わず胸がときめいてしまう。

「あぁ、ジュエルを責めるのはお門違いだよ、彼はとても君に忠実だ。君の危機を前に、私を連れてこれたのだから、むしろ誉めるべき事柄だろう。いや、私がムリヤリ連れてこさせたのだから、何か言うとすれば私にこそだ」

「マティアス……なんで」

彼が何を言っているのか、わかるのに理解が追いつかない。

 一瞬、ジュエルに助けを求めようかと思ったが、この事態を引き起こしたのが彼ならば、助けてくれるわけもない。

 いつもなら真っ直ぐこちらを見据える瞳が、今はわざとらしく顔ごと反らされているのは、私を助ける気がないという意思表示なのだろう。

 助けてくれるどころか、厄介な事態にしてくれて……そう考えたところで、それを否定すべく先手を打たれた言葉によって、八つ当たりすらできない。


「まぁ、君がやらかすことは想像に難くない。君は無力で、そして無知だ。まったくもって、怠惰なお人だからね」

聖女の書き物机の前から、入り口まではほんの数歩。ほんとうに小さな部屋だから、出入り口はジュエルとマティアスのいるそこ一つで、窓すらもない。宝物庫だから、隠し扉の一つもあるわけがなく、まさに袋のネズミ状態だ。

 この『ベーゼ・ド・ランジュ』の小瓶を持ったまま、彼らが横を素通りさせてくれるとは思えず、よしんばここに置いていったとして、不問のまま逃がしてくれるとは思えない。

「クーデターを止めたいのだったかな? そしてその理由として上げられている自分の立場というのを理解した上で、一番簡単にして一番の悪手……すなわち自殺と言う手段をとるだろうことは容易に想定できたことだ。その上で、厳重保管された他の毒薬に手を出せず、聖遺物として所在の隠された、ソレを手にしようとすることも……故に、君がここに近づけば、通達が来るようにしておいた」

厳重保管された他の毒薬なんて知らないが、たしかに、暗殺を生業にしつつあるこの教団に、ないわけがない。

 聖女のための献金を失った今、暗殺こそが一大収入源であり、幾人もの暗殺者を飼っている。毒薬がいくらだって保管されていただろう。

 でも、私は、この『ベーゼ・ド・ランジュ』意外の毒の存在なんて知らない。

 いや、知っていたとして、他の毒薬なんて怖くて手が出せやしない。聖女の作り上げた、この薬だからこそ、私は怖がらずに手を伸ばせる。

 彼女の御手によるものだから、私は……。


「つまり、なぜここにいるのかという問いに対しての答えは、君を止めるために……以上だよ」

止めにきたと言う以上、目の前でコレを飲めば、即刻喉まで指を突っ込まれ、吐き出させられてしまうのだろう。事実、ゲーム中のクリステルは、すぐに吐き出し事なきを得ている。

 ここで?

 ここを私の吐瀉物で汚せというの?

 そんなこと、耐えられるわけがない。

 もう聖女はいないし、もどることなどありえない。

 物はただ物でしかなく、それに彼女の心が宿るなんてこともない。

 でも、ただの感傷だとしても、聖女の遺物に囲まれて、彼女に抱かれているようなこの場所は、私にとって大切な大切な場所。

 ここで、聖女の薬を煽って、眠るように死に至る……そうしたかった。

 そのために、死んだ後の汚物まみれを忌避するため、お腹が空いたのに夕食を下げさせ、水だけがぶ飲みしてトイレに……いや、下らぬ前準備までして、いつもの主教としての服ではなく、白いワンピースのようなシンプルな服に着替えてきたのだ。

 虚飾を剥ぎ、彼女の遺物に囲まれて眠れるのなら、きっと、安らかに逝ける……そう思ったからこそ。

 綺麗な死に様というものを作ろうとしていたのに……いや、だからこそ、異変を察してここまで来させることとなったのだろうか。

 余計なことを考えず、もりもり食べていつもの服で訪れて……まぁ、そうしたところで、見張り番がいたのならどうにもしようがあるまいが。


「私……私がいなければ、クーデターを、起こす理由が、なくなる。正当な理由なく、父も、兵を動かせません。誰も、動きません」

思わず声が震えてしまうが、反して口の動きはいつもよりも滑らかで、自分でもイラつくいつもの口調が、少しだけマシになった気がする。

 ずっと、心の中でずっと考えていた言葉だからかもしれない。聖女の薬を使おうと、そう思った時から、繰り返し繰り返し頭の中で考えていた言い訳。

 そう、言い訳でしかない……結局、私にはこんな手しか使えないっていう、無力さ故のなさけなさなのだから。

「誰が、今に反感を持とうと……私という象徴をなくしては、誰もが、動けない」

ここで止めたところでやり遂げるという意思を向け、まっすぐに彼を見つめる。

 酷く嫌そうな顔が向けられたのは、私のその気持ちがわかったからだろう。

 私がクーデターを止めたいと思っていること、それを彼が知っているということに、少し驚いた。でも、ジュエルが報告しているとすれば、当然のこと。

 そこから、私が自殺をしようとしているというところまで、読み解かれているというのが少し悔しいが、それでも彼に止める術がどこまであるか。


「私を、今、止めたところで……私の周囲から、ナイフや毒薬、とりあげようと、そうせしと思う私を、閉じ込める、わけには、いかぬでしょう? いくらでも、いくらでもチャンスはある」

そう、彼には私を閉じ込めておくことはできない。それは、能力とか手段とかの理由ではなく、ただ、私の存在を表に出しておくことこそに利点があるからだ。

 クーデターを正当化するための象徴であり、旗印であり、とても大切なお飾りだからだ。

 それを、その命のためにしまいこんでおくわけにはいかない。私という手駒は、表に出して使ってこそ意味のあるものなのだから。

「何がいいたいのかね?」

「私の、命をかけて……」

「僕を止めたいと言うのかね?」

「私は……」

「僕に、クーデターを起こさせたくない」

「マティアス」

「僕が、罪を犯さぬために、君は、その命をかけると言いたいのかね」

私の言いたいことを、私の言葉が間に合わぬ間に口にする彼。

 それでも、私というものを、私から守る術というのは持ち得まい。


「マティアス、私、あなたの指図はもう受けない」


 私の反発を真っ向から受けて、憎々しげにその表情を歪めるマティアス。

 私は、彼に精一杯の笑みを浮かべて見せる。

 それが、一番効果あると言っていたのは、マティアス本人だったはず。どんな言葉より、どんな行動よりも、ピンチでも柔らかな笑みを浮かべること。

 これでおわりにすると決めたのだ、その決心をゆるがせないで欲しいかった。でも、こうして目の前にいて、みすみす私が死に逃げるのを許してはくれまい。

 ならば私は、自分の命を盾に、戦うまでだ。

「ジュエル、ちょっと目を瞑っていなさい」

私の言葉に何を思ったのか、唐突にマティアスはそんなことを言うと、一歩二歩と私の方へと歩み寄り、そして、私の手を引いて、強引に抱きしめてきた。

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