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09.金づる金ブタ野郎……デジレさん

 追い出された養父の執務室の前には、一人の兵士が先触れとして立っていた。

 まだ、くだんの公爵様はいらしていないらしいが、ここで待っていれば現れるのだろう。だけど、そうしたところでどうなるものか……。

 養父は、私をその人と会わせたくないようだった。

 その人が、どういう理由で訪れるのかもわからない。阻止しなくてはいけない内容かもしれないし、関わってはいけない事なのかもしれない。

 そもそも名前がわからなければ、顔をみたところで誰なのか判別できるかどうかもわからない。貴族の名前を憶えていない上、ほとんどの人の顔と名前が一致しないのは、少々まずいのだが……今更言ってもしょうのないこと。

 ここにいたところで、セドリックに密告することも叶わない。なんか知らない侯爵様が、お父様のとこに来てたみたい~なんて、子どもの報告にもなりはしない。

 そんなことより、まずは自分のできることをと思い、城を出るべく廊下を進んだ。


 乗ってきた馬車を探していたら、ジュエルが新しく用意されていたらしい、別の馬車までエスコートしてくれた。

「あぁ、新しいの、用意してくれて……ありがとう」

そういえば、馬車は汚してしまっていたのだ。

 ジュエルが代わりの馬車を用意してくれたのだろうと礼を告げると、彼は困ったような顔で首を振った。

「ドン・デジレの店に」

御者に声をかけ乗り込むと、珍しくジュエルが控えもせず乗り込んできた。

 ついでだからと肩を貸してもらい、うたた寝でもしてやろうとしたら、面白いほどに固くなる。いつもなら、抱き着こうが着替えを手伝わせようが気にせぬくせ、ただ縋っただけのことに、どうしてこれほどの反応を見せるのか……少しおかしく思えた。

「これだから……」

なにやらぶつくさ言っているようだが、とりあえず気にせずうたた寝ていたら、ドン・デジレの店についたころには膝枕になっていた。


「それで? アタシにそれがどんな利点となるのでしょうね?」

豪奢な客間、目の前に座っているのは、ドン・デジレこと、シャルル・デジレ、宝石商人のオネェさんだ。

 茶色の巻髪を高く結い上げ、大きな羽根のついた帽子をかぶり、どぎついほどの緑のドレスを着こんでいるものの、れっきとした男性である。年齢は養父と同じぐらいだったはずで、どこか大人の色気というか、妖艶さが漂っているが、大きな手や野太い声は、性別を隠せていない。

 普通の恰好をすれば、さぞや美男ぶりを見せるだろうが、残念ながらいつでも女装しており、口調も女性的だ。

 表向きには宝石商をしており、私との関係も、宝飾品関係の購買を通してということになっている。その実、養父への金貸しや武器調達を行っている。

 自分に利のある相手にしか、そういう商売をしないため、金ブタとも呼ばれている。養父とあわせて黒ブタ金ブタ……養父はともかく、ドン・デジレは太っていないが、私腹を肥やしているからというのなら、まさしくそれだろう。


「……あぁ、勘違いなさらないで、アタシも平和は大好き。でも、ねぇ……武器は、戦争がないと売れないのよン」

ドン・デジレは、私の言葉を辛抱強く聞いてくれた。その上で、じっくりと時間をとって、私の話を咀嚼し、にぃっこりと意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。

「武器……は、売らずに、包丁にして……お鍋にして」

「ンまぁ……そういうのも素敵ね、アタシ大好きよぉ~……でもね、武器はもぉっとお金になるの」

私の知っている、ゲームの中でのクーデター策謀者はマティアス。そして実行は養父……だけども、お金を出すこの人こそが、一番の元凶なのかもしれない。

 怖い笑顔は、その裏にたくさんの計算があるのだろう。

 ジュエルの同席が拒否されて、少しばかり心細い。もちろん、逃げるつもりならば、呼べばすぐにここに来てくれるだろうが……それで、一生懸命話した結果がおじゃんになるのは困ってしまう。

 ドン・デジレが私になにかすることはないが、柔らかな言葉で、なにか困るような約束をしてしまいそうで怖い。


「そうねぇ……もし、どうしてもっていうのなら、アンタがアタシのおもちゃになるっていうのはどう?」

「おもちゃ……に?」

「そ、お・も・ちゃ」

ねっとりからみつくような視線が、私の顔からゆっくりと胸元へ下り、ひざの上に重ねた手元を見つめ、またゆっくりと顔まで登ってくる。

 それが何を意味しているのか、わからないわけではないけれど……いまいち彼には警戒心を抱きにくい。

 それは、オネェだからとか、年齢が親子ほど離れているからということではなく、本当は私を恋愛・性的対象として見ていないことを知っているからだ。

「……それで、マティアスに、神殿に……今後、武器も、お金も、流さないと……約束して、いただけるのですか?」

「そうねぇ……クロエちゃんが、その綺麗なおべべ脱いでおねだりするんなら、なぁんだってしてあげちゃいたくなっちゃうかもねぇ」

当然のことながら、この言葉にまったく信憑しんぴょう性などない。

 どうにもジジババ軍団と同じ匂いを感じるこのドン・デジレ。おそらく口先だけだろうし、それを私に調べる力はない。

 陰で同じことをしておきながら、それが露呈しても、しれっと「あらん、ばれちゃった」とかニコニコ言うのがせいぜいだろう。

 その口は、嘘しか言わないと思っていい、なれば、おもちゃというのもどこまでが本気なのかわからない。むしろ、おもちゃという言葉に深読みして、私が慌てるのを楽しむための言葉かもしれない。

「いい……ですよ?」

溜息混じりにそう言って、私も微笑みを浮かべて見せる。

 言った途端、ドン・デジレの片眉が、ひょいっとあがった。


「アンタねぇ……なんか勘違いしてるかもしれないけど、アタシも暦とした男よ。そんで、男ってもンは、案外おっぱいのことしか考えてないものよ? 思い出とか信念とかより、そこにあるおっぱいって、結構重要なのよ。あんまり嘗めてると、痛い目見せるわよ」

何に気づいたのか、盛大なため息はそのため息分の呆れを含んでいるようだ。

「おっぱいは……」

あまりないと思うのだが、思わず自分の胸元を覗き込み、慌てて両手で覆い隠した。

「いや、ソレ、むしろ、誇張されてっから。ってかねぇ、アンタ、そういうのってやめたほうがいいわよ、かまととぶってるのならともかく、アンタはマジでしょう」

「そういうの?」

注意を受けて、胸においていた手は外したが、どうにも彼の視線は外れていないようで、なんだか少し恥ずかしい。

「言っとくけど……男は好きよ、そういう、恥じらって睨みつけてくるような態度って。可愛らしくて食べちゃいたくなるぐらい」

睨んでいるつもりはないのだが、恥ずかしいのはしょうがないではないか。

「女……なんて、より取り見取りっで……いる、でしょう? まわり……」

「あのねぇ、そういう女って、いくらいたってしょうもないのよ。アタシ好みで、手に入りにくい女が、鴨葱状態できていたら、そりゃ、ずるいこと言ってでも欲しくなっちゃうでしょ」

「あなた、が……好きだった、の、母でしょう? お父様も、そう……私を、通して、見てる。……ずっと、母の……ことを。私を、欲しがるなら……ともかく、母の代用……は、無理」

「アンタに本気なら、いいの?」

「……本気なら……ちゃんと、惚れさせて、くださるのでしょう?」

「なるほど、ずいぶん買ってくれてンのねぇ、まったく。負けるわ、ホント」

言った途端、それまでのいやらしい笑いがひっこんで、優しい微笑みに変わっていた。


 それから彼は、明らかに、私のことを認めたとばかり、嘘だけは言わなくなった。

 今まで下ろした武器の仕入れ、その負債がまだ回収できる見込みのないこと。父に貸し付けているお金の概算、父を経由して商売している各所との契約を切る場合の負債……それをカバーするだけの何かがなければ、今更手を引けない事……事細かく説明されて、私には理解すら追いつかなかった。

「アタシはね、お金持ちってわけじゃないの。お金を動かす度胸があるってダケ。先取りや保障、信頼といったもので……手元にないお金や物で、口先三寸使っていろいろ調達してきているの。実現できなければ詐欺師も同然……だから、今、全てをやぁ~めたっとか言ったら、その負債は多大なるもンで……命を狙われる程度じゃすまないのよ」

それは、マティアスやセドリックあたりに相談しなくてはいけない内容なのだろうが、彼らとでは、確実に悪巧みか断罪が始まってしまいそうで……どうすることもできずに泣きたくなった。

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