06.騎士と秘密の逢瀬……乱入者あり
「そうだ、新しい聖女の噂というのは、ご存知ですか?」
さて話は終わったかと思ったところで、セドリックが爆弾的一言をこぼした。私は縋りつくがごとく、咄嗟にその手をつかんで引き留めていた。
「……ダメェ……それっ……それ、フェイク……よ」
「フェイク? 偽者ということですか? あなたは、何をご存知なのです」
「裏切り……の、神官。献金のため……そして、混乱……国家、反逆の……」
何と説明したものか、妥当な言葉が見つからない。ちゃんとした説明がしたいのに、言葉がうまく紡げないことが、酷く自分をイラつかせ、ますます言葉が不自由になる。
とりあえず、セドリックがニセ聖女を噂としてでも口にしたということは、その存在がかなりの信憑性の高さを持ってそこにあるということ……ニセ聖女は、既に作られた後という可能性が高いということだ。
つまり、ゲームの中のヒロインが、存在しているということ……なんだ。
「そ、そう、名前、名前! クリステル? 可変、何、名前……」
「名前ですか? たしか、サクラさんだとお聞きしていますが……」
「桜っ?」
明らかな和名、日本の名前、それは、彼女もまた転生者であることを示している。
この世界で、親から付けられた名もあるだろう……クロエとてそうだ。それなのに、前世での名前を使っているということは、前世に執着が強いのか、それとも私が薄情なだけか。
ナイスなバディ父さんも、甘やかしまくりなマリーママさんも、彼女にとっては不要の存在だったのだろうか。
ぞぞっとした。
少なくとも、前世の記憶を持ち、このゲームに挑むニセ聖女がいる。
……その娘は、この国の名を授けられながらも、前世の名前に固執し、刺青だのなんだの、あきらかにおかしなことをされながらも粛々と従い、攻略相手を夢見て乗り出してくるかもしれない。
ならば、私は……敵である私は、どうしたらいいのだろうか……。
私にも、おぼろげながら前世の記憶があり、ここがゲームの世界と類似であるという記憶もある。でも、もしかしたら、敵はそれ以上に色々とわかって、チート技能もあって……怖い存在なのかもしれない。
重い気持ちに負けていれば、よほど私の顔色は悪かったのだろう、ガエルが慌てて看護師たちを呼び戻し、ジェラルドが私の背中を撫で擦った。
医師までもが駆けつけて後、診察のためだとみんな追い出され、そのまま執務に戻ったらしい。私はといえば、そのまま休むよう言われ、本当にぐっすりと寝入ってしまっていた。
ひと寝入りしてみれば、もうあたりは薄暗くなり始めていて、今何時だい、してその何時とはいつなんだいという、落語かみたいな言葉が頭をめぐり、時間を確認するのも面倒くさくて夕方ぐらいと適当すぎるあたりをつけた。
日が暮れると、神殿に戻るのも困難になる。城門が閉じてしまうし、神殿の入り口も閉じられる。別に兄や養父に頼ればいくらでも融通は利くが、面倒だと思えば、そそくさと病室を後にした。
「クロエちゃん」
「あ……ガエル」
廊下を少し進んだところで、休憩中なのかサボっていたのか、立ち呆けていたガエルが私を見つけて手を上げる。
思わず近づき両手を差しだせば、当たり前のようにガエルの両手も広げられ、抱きとめられた。
少々スキンシップ多可だが、それは主人公に対しても同じ。ジュエルと同じくそういう人なのだ。
泣いていれば抱きしめてくれるし、疲れていれば膝枕だってしてくれる。結構な頻度で神殿に遊びに来てくれるし、登城すれば必ず顔を見せに来てくれる。
私にとっては、まさにお兄ちゃんなのだ。血のつながりは一滴もないながら、これぞ甘やかしてくれる素敵なお兄ちゃん。
だから、先ほど私の「お兄ちゃん」発言に、一番の大歓迎ぶりを見せても、しょうがないといえばしょうがない。だが、上司だし本物のお兄ちゃんだしする人の前で、なにやってんのと言わなければなるまい。
5歳の時、聖女を仲介に初めてガエルと出会い、そこで、私は兄の存在を知った。
もちろんガエルのことではなく、実の兄2人のこと。
私のせい……というか、母のせいで仲違いとなった彼らを、なんとかしたいと言っていた。
口だけではなく、毎日の登城の帰り、神殿やセドリックの家に通っていた彼。何をするでもないながら、ジェラルドに、セドリックに、私に、たくさん互いの話をしてくれて……それこそ、私たちが離れずに済み、今の状況を作り出したといえる。
そんな彼を、慕わないわけがないが……恋ではなかった。
「いやぁ、もう、ジェラルド様もセドリック様も結婚だなんてなにをバカなことをなぁ~」
「ガエルは……」
「俺? 俺は、無理でしょ。他国へ浚ってとか、全員ぶっ倒せば終わりってんならともかく、国家犯罪に策謀に……ねぇ?」
ひょいと肩を竦めて見せる姿に、思わず笑みこぼれる。本当に気安いのだ、この国一番の腕を持つはずなのに、誰よりも優しい。
「それに……クロエちゃんは、そういうのじゃないでしょ? 望んでいるのは、さぁ」
おどけたような物言いも、困った参ったとばかりに眉尻が下りた表情も、暖かな腕の内も、全て私を許してくれるようで力が抜ける。
彼もまた、私に対して求めているのは、おそらくそういうことではないのだろう。
彼が結婚する、もしくは私以上に大切な相手が出来て、ショックを受けないわけはないし、嫉妬もするかも知れない。事実、ゲーム上では嫉妬をしていたからこそ、主人公にちょっかいかけてその正体をばらしたりしたのだろう。
それでも、恋ではないと言い切れる。それは、これこれこうだからと証明できることなどではないのだけれど……。
「兄とは、家族の中において先に生まれた男子のことだ」
だけど、不意に聞こえてきた声に、体が硬くなった。それを感じたのだろう、ガエルが私をかばうように背中を向け、こちらにやってくる相手を睨みつけた。
「マティアス先生」
ここにマティアスがいるというのは、別段珍しいわけではない。
城には当然ながら勤務医がいる。先ほどまで私の世話をしてくれた人たちだ。マティアスは、医師として彼らと交流があり、こうして自由に出入りが許されている。
ガエルもセドリックも、だから彼を先生と呼ぶ。
セドリックルートでは、激務で倒れたセドリックを看病するシーンもあり、そこで薬を手に入れるべくマティアスに付きまとうため、ビッチプレイに導かれやすい……いやぁ、マティアスは罠のようにビッチルートにいるくせに、中々主攻略させてくれないからイライラした……。
「まぁ、僅差の年上男性や、年上から見た若い男性をそう称することもあるがね。女性にとっては、妹を見守る優しい存在であるが故に、信頼しているけれど恋愛感情のもてない相手に対し使われる場合もあるという……つまり、お兄ちゃんのようとは、恋愛圏外だということでもあるのだよ」
ところで何を言いたいのやら、突然兄についての講習を受けて、とりあえず私とガエルは顔を見あわせ首を傾げた。
「だというのに、どいつもこいつも結婚結婚と、おかしいとは思わないのかね」
その言葉に、おそらくジュエルに報告を受けたのだろうなと思う。ならば、ジュエルもまた、今、すぐ側にいるのだろう。
「私も……自分の、立場、というもの……わかってます。必要と、あらば……婚姻も、この身も……利用、いたしいます」
だからというわけではないが、少しだけ安心して、マティアスを見上げた。
もちろん、まだガエルの後ろに隠れたまま、安全県内でキャンキャン騒ぐ子犬にも等しい情けなさだが。
「意味が分かっているとは思えないな」
「……私、は……もう、あなたの、手駒に……は、戻らない」
「なぜ」
にっこりと微笑めば、何をどう理解したものか、きつく眉根を寄せる。
あなたのためなんて言わない、言えない。