04.若き国王との謁見……お兄ちゃん
某野望系ゲームでも、戦略の要は人材確保。
烏合の衆を集めてもしょうがない、使える人材を囲い込む。つまるところ、それを見極めることこそが大切なのだろう。
人材という点において、隠密なら暗殺者・ジュエル、力では騎士・ガエル、権力なら国王・ジェラルド、知力なら宰相・セドリック、兵力なら養父・ジェネラル……いや、将軍・アルマン・グレゴワール、お金ならドン・デジレ……。ある程度人材は揃っているし、その全てが私に縁が深い。
だけど、養父はもちろんのこと、みな私の手には負えない人ばかりで……そして、その全てを掌握し、そそのかし、国家転覆の大悪事を行う者こそ、マティアスなんだ。
私では、じじばば軍団を説得し、手に入れられると思った矢先に離れていったジュエルよろしく、誰一人掌握できはしないのだろう。
人の忠誠心を上げるには、褒章と賄賂と要職への抜擢……といったところか。
とりあえず、ジュエルに黄金菓子を送っておくべきなのだろうか。まぁ、今、側におらぬものを、どうこう考えてもしょうがない。
これからやらなくてはならないことは山積みなのだ。
……山積みすぎて何から手をつけたらいいかわからないどころか、何をしていいのかもいまいち不明だ。
ニセ聖女については阻止しなくてはいけないし、国王に情報が露呈する前に揉み潰さなくてはならない。もしも、もうばれてこちらに向っている状況なら、処分も考えなくてはならないかもしれない。
そのためにも情報が必要で、アマルナという女神官を調べなくてはならなくて……場合によっては早々に処刑も考えなくてはならない。
養父を説得して、クーデターを起こそうなんて考えを正さなくてはならない。そして、もちろん養父周辺をうろつくその賛同派についてもなんとかしなくてはならない。
革命はともかく、暗殺とクーデターは未然に防ぐ必要がある。なので、マティアスの勢力を削らなくてはならない。ジュエルもそうだし、養父や教団との関係もそうだし、何より金ヅル……ドン・デジレとの関係もそう。
ゲーム中に出てきた「ディスティニー砲」や「ベーゼ・ド・ランジュ」についても気になるところ。
本編のぬるい悪役ぶりっこなどしていられない。暗殺だろうと処刑だろうと、私は進んでやらなきゃいけない。それで私の身が破滅しようと、彼が無事ならばかまわない。
いや、彼は攻略対象者であるぐらい優秀なのだから、むしろこれは、ただ余計なことなのだろう。ヒロインに任せておけば、ハッピーエンドがあることもわかっている。
それでも私は知っている、彼の苦悩、そしてクーデターを犯したところで何もできないという事実……なれば、それを阻止したいと思うのは、当然だろう。
真綿で包んでみたところで意味はなく、失敗をしたからこそ幸せになれるのだとしても、私は、それを覆すことを決めたんだ。
悪役になることを、決めたんだ。
とりあえずのところ、今約束した献金については、早々にお願いしてこなくてはならないだろう。
ただ、国王のお金に関しては勝算がある……彼はシスコンだ。
元々王族ということで、家族との関係は希薄。その上、4歳で母が浮気し離縁され、更にその5年後に亡くしている。家族の情というものについて焦がれ、非情にして冷酷な父に馴染めず、その全てを妹に向けていた。
教団に寄せられる献金の半分は、国王自身の懐から出ている。
時間があれば顔を出せと言われるし、行事があれば呼び出される。
だからといって、一緒にいてなにか兄として甘やかしてくれているわけではないが、金払いはいい。
ゲームの記憶を思い出すまでは、優しげだけど怖いと感じていた。前国王と同じく少し厳しい人というイメージしかなかったのだが……思い出してみれば、見えていなかった彼の不器用なところも、気さくなところも見えてくる。
会うこともかなり簡単。主教という立場も、将軍の娘という立場もあるし、突然会いに行ってもいいよう通達されている。
問題は、私の体力が王城まで持つかという、なんとも情けない話だけだ。
もちろん王城まで行くのは足でではない。玄関までは歩かなくてはならないが、馬車に揺られて王城の正面まで連れて行ってもらえる。それでも、それすら私にとっては重労働なのだ。
というよりも、今からお昼ご飯のために一端部屋に戻って、それから玄関まで行く気力もない。そして、そこいらにいる人に頼んでお弁当とか用意してもらう話術もない。というか、食べたら馬車酔いで吐かないでいられる自信もない。
つまるところ、空腹はチャンスということで、そのまま玄関へと向うことにした。
王城行きは、端的に言って失敗した……交渉がではなく、道程でだ。
馬車までたどり着くまでにかなり疲弊し、馬車の中で数回の嘔吐、ついて早々に医療部屋に担ぎ込まれ、謁見は病室で行われた。
いやもう、ダメダメにもほどがある。謁見訪問に来た相手がベッドの上って、どんな謁見よ。
もちろん、玉座なんてそこにはなく、国王・ジェラルドと宰相セドリックが揃って心配そうにこちらを見ている。その後ろにはこの部屋の係りなのだろう看護士と、騎士・ガエルを筆頭にした騎士たちが揃っている。
ちなみに、ジュエルには負けるがすらりとした長身で、白地に金糸銀糸の刺繍の施された豪奢な服を着込み、黄金の煌く髪を後ろで一つに縛り、釣り目がちな青い目で睨みを利かせているのがジェラルド。
その右後ろで紺色の立襟もきっちり立てて、銀の短髪をきっちり撫でつけ、眼鏡の奥から私と同じ緑の瞳を向けてきているのがセドリック。
左後ろで騎士服に身を包み、燃えるような赤毛を逆立てて、褐色の瞳で楽しげに観察しているのがガエル。
三人とも、私の兄という認識でまぁ、間違いないだろう。
なんとか上半身は持ち上げたものの、むしろ起き上がる前に背中にクッションが置かれそのまま座って対面と相成った。
「……突然の、訪問でありながら……こうして、お会いしていただけたこと、まずは、御礼申し上げます」
しかもベッドの上という体たらく、いつも通りの口上に、謝罪を上乗せさせる余裕はちょっとなくて、結局型どおり伝えて終いなのだけど、ジェラルドの目尻は下がっている。
聡い彼のこと、おそらくこちらの心情も葛藤もわかっていて、良い様に解釈してくれているのだろう。
「いや、よく来た。だが、そんな体調で無理せずとも、いつだって来ていいんだ。今日も、そのままゆっくりしていきなさい」
体調が悪いのを無理したのではなく、道すがら悪くなったので、それを回避するならいつ来れるというのだろうか。
普段は前もって伝令を出し、前日から来て休んでから会っていたし、馬車の速度も半分だ。チャンスと思った空腹も、逆に悪かったかもしれない。
無理をしたのが一番問題だったのだろう……でも、無理を押して来たのだ、無駄話も休息も後でいい。
「お兄ちゃん」
意を決して口にした言葉に、ジェラルドは思わずといった様子で一歩前に出、セドリックはずざっと後ろに引き、ガエルが両手を広げてみせ……と、同時に三者三様の動揺を見せた。
「……お兄様……の、方が、よろしかったかしら」
「そういう問題ではないが……できれば、そちらでもう一度言ってもらえないだろうか」
「何を言ってるんですか」
うん、本当に、何を言っているのだろうか。
そして、なんでガエルが一番歓迎ムードで、慌てて頬染めてたりするのだろうか。今までジェラルドやセドリックの前では、そこまで甘い顔をしたことなかったというのに。
とりあえず私が心の中で突っ込み入れまくっている間に、セドリックはガエルを残し人払いした。
「お兄様。……お願い……あるの」
「何かな?」
改めて言えば、ジェラルドは半ば食い気味に返事をくれる。
「献金……いただけませんか? キーン教団の……神への、祈りにつながる……」
献金を求める際の定番のセリフなのだが、口にするのは少しためらう。いつも、もらえなければまたマティアスにがっかりされるからと、必死に紡いでいた言葉。それは、今、私欲のための罪悪感にまみれ、少しだけ言い辛い。
「建前はいらないよ、君からのお願いだ、できる限り叶えてあげたい」
いつもながらの金払いの良さ、理由を問いただすことすらないようだが、とりあえず、口上は止めて本音を口にする。
「……ジュエルを、買うお金……お小遣い……欲しいの」
「ジュエル? 宝石かい?」
「グレゴワール氏、小飼の諜報員です」
ジェラルドの誤った問いに、違うと返答を向ける前に、セドリックが返答する。
確認をするようにこちらを見るジェラルドに、私はこくりと頷いて見せた。
「なるほど、何のために欲しいのかな? お年頃だから、聞かないほうがいいかい?」
「それを口にした時点で、すでにエロオヤジですよ」
まず想像したのがじじばば軍団と同じようなことということは、世間一般では、惚れたはれたには金が付きまとうものなのか。それとも情夫を買うのはあたりまえと見られているのか。
とりあえず、ジュエルをそういう目で見たことのない私としては、彼のどこを見ているんだと言いたくなるが……まぁ、あの見目のよさだ、下手なことを言ったら私こそ、どこに目をつけているんだと言われそうだ。
「……すまん、理由は聞かせてもらえるのかな?」
私のジト目になにを察したか、一つ咳払いをして改めて聞いた言葉に、私はこくんと頷いた。
「罪を、犯さぬため……」
その言葉、あまりにも理由を語るには欠けていると思いせば、もう一度、呼気を入れて
「クーデター……父が、なさぬよう、手を打ちたいの……です」
「グレゴワール氏が、クーデターを画策していると?」
画策はしているだろうし、常に隙を狙っているだろうが、とりあえずその問いには首を振っておく。その証拠など、欠片もないのだから。
「……可能性……つぶして……くの」