表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

覚醒.あなたに呼ばれて

「クロエ様」

私の名を呼ぶ低い声。


 その深くかすれた声は耳に心地いい。

 静かな、でもたしかな色気を含んでいて、心にまで響いてくる。

 声だけで心が浮き立ってしまうような、大好きな声。

 聞きなれているはずのその声……だけど、その呼びかけを聞いて、ぎょっとした。


 クロエ? クロエって誰だ?

 私だ、私……私の名前だ。

 いや、だって、あれだ……クロエっていったら、ルチェロワの……。


 悪役だ!


 祈りのために閉じていた目を開けば、目の前には真っ白な足先。

 土台にくっつき石の中より掘り起こされた様にすら見えるその御足は、聖殿に設えられた聖女の像のもの。私の指はその足の指先に重ねて添えられ、まるですがり付いてでもいるよう。

 視線を少し上げれば、白い足は白い布に隠されるが、それももちろん石造りだ。ひだの形も美しく、肌にまとわり付いて足の所在も知れるような、どこかしどけないドレスの裾は、だけども石に彫られたものだから、ひたと時間が止まっているかのように硬質なもの。

 さらにと視線を上げれば、さらりとした髪がまとわり付き、柔らかそうな胸元にたどり着き、広げられた両手の間に、目を閉じ空を仰ぎ、祈りを捧げる凛々しい面差しが覗く。

 天井のステンドグラスから差し込む日差しを受け、綺羅々々しくも輝かんばかりの美しさを見せる聖女の御姿。


 その像の前に、見もせぬ娘がこちらに背を向け、顔だけ振り返っている絵が思い浮かぶ。

 像の面差しにそっくりの顔で、少し頬を染め微笑みながらも、聖女としてのたたずまいを見せる美女。

 教団が仕立て上げたニセ聖女の、未来の姿……それを思い出して愕然がくぜんとした。


 私は、悪役だ……。


 まるで、パズルの最後のピースがはまってはじめて、その絵の存在に気付いたような驚き。

 たった一つ、情報が欠けていたせいで、ただの模様としか思えていなかったものが、初めて一つの絵として認識できたよう。

 この部屋も、この像も、当然ながら自分自身の名もなにもかも、ずっと、ずうっと馴染んできたものなのに、今の今まで毎日のように触れていたものたちが……たった一つ、そのたった一つのピースのせいで、全くの別ものに姿を変えた。

 今、初めてそれと認識した驚きは、自分の間抜けさもあいまって、衝撃的な力を持って私の中に飛び込んできた。


 私は、ルチェロワの悪役、クロエなんだ。


 壁より半円形に広がる三段程度の階段と、一段あがってそれに向かい合うように壁を半円にくりぬかれた空間。そこに設えられた二メートルあまり像は、色がないが故に、まるでこの世のものとは思えぬほどの美しさを纏う。

 白い壁に白い像、陰影だけで描かれるその空間、それより他の場所が、色鮮やかであればあるほど、切り離された聖域にも感じられる。

 もちろん、普通ならこうして触れていいわけなどなく、だらしがなくも階段下に足を放り出し、そのおみ足にすがりつくなど不敬と罰されかねないことだが……私にだけはそれが許されていた。

 いや、私に許されないことなど、本来はないはずなのだ。

 何だって許され何だってできる……けど、多大なる責任、多大なる義務、多大なる慣習、そして過剰な期待と腹の知れぬ駆け引きの中……何もできないおろかな自分。

 どうしようもないときに逃げ込むのは、大好きだったあの人……幼い頃、優しくしてくれたあの人の像の元。

 時の聖女は、まだ五つかそこいらで神殿に放り込まれた私に、唯一優しくしてくれた人だった。右も左もわからないどころか、当時の私は言葉もあやしく泣いてばかりだったのに、全てを包み込むように優しくしてくれた人だった。

 こういう日は……泣きたくなるようなこんな日は、こうしてこの足先に触れながら、祈りを捧げるのが常だった。

 像にすがり付いて泣きつくが如き情けなさながら、常ならば誰も私の祈りを妨げることなどしない。

 聖女への祈りという大義名分を得た、私のただひと時の休息の時だった。


 全てが全て……ただ、その絵のための”設定”というものだったと、今、初めて気がついた。


 私がいるのは端の欠けた円柱状の部屋の、その欠けた部分。その対面にはさらに長方形のスペースが広がり、参拝客はその長方形部分の左右の通路につながる扉から現れる。

 この建物は、円柱状の建物を中心に据え置いたロの字のような形をしており、その外通路とこの円柱状の建物は、先の長方形の部屋でつながる。建物の奥には私たちの私室もあるが、この聖殿は、誰でも入れる場所ながら、聖なる場所として入室の控えられるべき場所でもある。

 そこへ、私以外に無礼を気にせず入り込める人間なぞ、この国の国王か、先ほど私を呼んだこの人ぐらいしかいない。

 半球となった天井は、八つに分断されたステンドグラスに彩られ、零れ落ちる光もまぶしいほど。壁にはモザイク状に色鮮やかなタイルが張られ、床すら色合いの異なる石で幾何学模様が描かれており、美しい彫刻の柱が立ち並ぶ。

 ゲームのグラフィックでは、ちょうど、その長方形の部分よりこちらを臨み、像の全身を捕らえるように描かれていた。だから、この豪華なステンドグラスも小さな階段も描かれてはおらず、あぁ、グラフィックではわからなかったが、こんなにも趣味の悪い広間だったのかと、おかしな感想を覚えた。

 像のあるこのスペースさえ無視すれば、どこの宮殿ですかといった光景ながら、この一点でのみ荘厳な様相を作り上げており、よくぞここを切り取り絵にしたものだと……いや、もう、ゲームが先か今の現実が先か、よくわからなくなってくる。

 祈りのために毎日のように訪れるこの馴染んだ広場が、なぜだか懐かしい。いや、懐かしいというのもちょっと違う。日々使っているこの場所を、昔、ゲーム中のただの絵として、わくわくしながら眺めていた……その気持ちに、引きずられる。

 ガラス越しにひとごとのように眺めていた……馴染んだその場所が、余所々々しくも感じる不思議。


「クロエ様? どうなさったのですか?」

「……マティアス」

「お疲れのようですな、今日は早々に部屋に戻り、休まれることをお勧めいたしますよ。なに、クロエ様が少々ズル休みされてらっしゃる程度のこと、今更問題にもなりますまい」

私を気遣うのか嫌みを言いたいのかわからないような彼の声は、私の、すぐ後ろから聞こえる。だけども、そちらに振り返りたい気持ちとともに、見たくはないという気持ちが湧き上がる。

 なぜなら、私は、知っている。彼の姿もまた、ゲーム画面で見知ったそのままであることを……。

 知っていて、それを再確認するのが怖くてたまらないのだ。

「マティアス、私……私……」

「いや、失礼、クロエ様の存在について否定したいわけではありません。そう聞こえたならば私の失言ですな。あなたは重要な役割を持つお方だ。主教として、象徴として……この教団にとっても、世間の人々にとっても……私にとっても、それは同じなのですよ」

「私……」


 ここはルチェロワの世界だ……それに気付いた瞬間、私は、大切にしていた全てが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。

 私なりに、四苦八苦しながらも必死にがんばっていた日々が、予定調和という意味のないものに塗り替えられてしまう。全ての努力が、全ての考えが、ただの”設定”であったのだと気付いてしいまった。

 私は、なるべくして今日の私になったのだと、クロエになったのだという事実に、涙が零れ落ちた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ