中に入りました ~3階編 七つ道具その6~
「おっきいの? ドコ・・・・・・」
あたりをぐるりと見渡してみますが、特に何も見当たりません。
さらに暗くなってきたため、LEDペンライトではなく、ランタンに変更して確認しましたが。
ネットリと体にまとわりつくような、湿気を帯びた生ぬるいというか、ちょっと熱くね? って感じの風。
錆びた鉄や腐った木、そして薬品とかの匂いが入り混じった不快感を与える臭い。
ガタガタと無駄に音を立てる、壊れた窓枠や割れたガラスの破片たち。
キーキーと無駄に恐怖を煽るような音を立てる、部屋や戸棚のドアたち。
いかにもポイ捨てされ、床に散乱している道具たち。
無機物的なものは姿を現せど、生物的なものは何も確認できないのですが?
しかし、般若面の女は相変わらず私にしがみついたまま、ガクブルとえらい勢いで震えていらっしゃいます。
前方の一点を凝視し、
「来るわよ~! きっとくる! きっとくるわ! こっちに・・・・・・」
アレ?
何かのホラー映画で、そんなフレーズなかったですか?
「? だから何が?」
あんたのその前振りが、余計なものを呼び寄せているのではないかと思われ。
「髪がクソ長くて、白いワンピースを着た女の集団よ! すっごく怖いわよ? なんせ、自衛隊顔負の匍匐前進にて、こっちに向かてきているんだから! わらわら来ているんだからぁぁぁぁ~~~!!」
声が完全に、裏返っておりますがな。
でも般若の面をつけたまま、その声でしゃべっているあんたの今の姿の方が、私は絶対に怖いと思うの。
「ねえ。自衛隊の匍匐前進って、第一から第五まであるのしってる? ちなみに第一は左ひざを地面に付けて右足を後方に伸ばし他格好で、左腕で上体を支えながら前進することなの、そして第二はね・・・・・・」
「ねえ。それは私が今、覚えないといけないこと?」
アレ?
震えが止まった上に、声のトーンがめちゃ下がっておりますよ?
「知ってて損はないわよ? 知らないことが一番の罪なの」
「見えないのも罪だよなあ~! あーーー? 私の受ける恐怖が、一ミクロンも分からんやつが相棒なのって、頼もしいことなの? 虚しいことなの? 私、どうしたらいいのぉぉぉぉ~~~!!」
だ・か・ら。
ヒステリーを起こすたびに、毎度毎度その馬鹿力を持って私の体を前後左右に揺さぶるの、止めてほしいんだけど。
「白い集団が、地べたズリズリ這いずり回りながら、こっちに向かって一直線なのよ! ね? 怖いでしょう! っていうか私、めっちゃ怖いーーーーー!」
鼻水をすすり、えづきながら叫ばなくても・・・・・・。
「本当に怖い時って、声が出ないらしいよ?」
だから、あまりの恐怖にパニクっている友人をなだめようとしたのですが。
「声を出していないと、恐怖のあまり今すぐにでも失神してしまいそうなのよ! ウキーーーーーッ!」
って、今度は猿の怨霊にでもとり憑かれましたか?
とにかく、落ち着かせることには、失敗した模様。
がんばって、彼女と同じ光景を見ようと努力はしているんですけどね?
「う~~ん・・・・・・」
眉間にシワを寄せ、集中してみてみるも、やはり何も見えません。
「でもって、あの赤子集団と同じように繰り返し、“カエレー!”・“カ・エ・レ・ー”ってしか言わないんだけど? セクシーどころか不気味だとしか思えないくらい、ベッタリと体に張り付いた濡れた黒髪に、白目むいて口から血の泡吹きながら言うの、止めてほしいんだけど! しかも這ったあとには血ノリがべったりって、なんで? ありえないでしょう?」
キンキンと甲高い声にて、こんなに冷静に状況を伝えることのできるあんたって、逆にすごいと思う。
「顔が見えるのなら、第三匍匐だね? かなり体勢を低くした四つんばいでしょ? ちなみに第5匍匐は頭を地面に付けながら寝そべった状態で、 前進しなければならないんだけど。アレ? どっちの状況がより怖いと思う?」
「だ・か・ら! 今はそれ、どうでもいいよね? 私が今いった状況が異常だと思わないの? 怖くないの? これだから脳筋女はーーーーーーーー! ウキーーーーーーーー!」」
「脳筋女って・・・・・・」
はっきり言って、失礼だわ!
匍匐前進が第一から第5まで説明できる、この知識豊富な私に向かって。
まあ、恐怖のあまり錯乱してるみたいだから、ここはぐっと我慢の子、してあげるんだけどね?
「どうするの? あいつら、ナメクジみたいにネットリジットリジワジワとこっちに近づいてくるわよ? ギャ! とうとう足を掴まれたわ! ひんやりとして気持ちいい・・・・・・じゃなくて、なんかネトネトして気持ち悪い!」
え?
どっちなの?
でも、ナメクジみたいというのなら。
背中のリュックの中をゴソゴソと手探りし、取り出したるものは。
真夏の夜に外に出るときの、七つ道具その6。
「じゃあ、コレかけるか・・・・・・」
とのことで。
「おらよ!」
あたり一面に、ざっくりとふりかけたところ。
「わあ~! あたり一面に雪が積もったみたいで綺麗~! じゃなくて! エグイ! えぐいわ! この光景・・・・・・」
アレ?
なにやら、ドン引きされておりますが。
「もしかして、ヤバかった?」
「いや。しいて言うなら、グッジョブ!」
右手の親指を立てられました。
「じゃあ、もっとかけたほうがいい?」
「って、まだあるの?」
「うん。常に5kg入りを5袋入れておりますが」
だって。
こいいうジメジメしたところには、たくさんいそうじゃないですか!
それに、たくさん汗をかくこの時期は、舐めるもよしな必需品ですよ?
「え? ああ。ひとまずこれでいいかな? だってみなさん、“ギャーーーー”って絶叫しながら、まるで氷が溶けるがごとく、順調に次々と姿を溶かして消えていっているし。・・・・・今、最後の一人が無事に消滅・・・・・・じゃなくて成仏なさったようだわ。 すごいわね? それ何?」
だからなのか?
あちこちに、人の形くらいの大きさをした水たまりが、できているんですが。
「コレ? 近くのスーパーで特売日にゲットした、ひと袋198円の塩だけど・・・・・」
さすがは、塩!
激安でも、幽霊には効くのか!
でも、神社で貰うお清めの塩は、タダだったと思うんだけど・・・・・・。
「値段的に負けたのが、なんか悔しいわ・・・・・・」
よくわからない、しかも見えもしないものに向かって198×3=594円も出費してしまうなんて・・・・・・。
屈辱のあまり、握りこぶしに力を入れていると、突然。
「え? 何の話? っていうか、今のうちよ! 次の軍団が来ないうちに、さっさと最上階に行くわよ!」
般若面の女にがっしりと腕を捕まれ、彼女に引きずられるようにして、私たちは最終目的地へと足を進めたのでございます。
今回は、昔から定番の塩です。
そして相手は、リ○グの貞○風にしてみました。
これで少しは怖くなったかも?