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淡雪  作者: 櫻井 総一
高校生編
8/31

隠れん坊

 小学一年生の時、普段は家の中とかで大人しくして遊んでいることが多かったのに小学生になったお祝いということで、なんでも好きな遊びをしてもいいと冬馬さんは言ってくれた。


「何でもいいの?」

「いいよ、危ないことは出来ないけどね」

「うーん……」


 そう言われても、中々幼い子供には思いつくはずもなくて今まで遊んできた、すごろくも福笑いとかも魅力的だったからもう一度遊んだって良い。何でもと言われるほど悩んでしまう。


「じゃあ、かくれんぼ!」

「かくれんぼ? それでいいの?」

「うん、ゆりが隠れるから冬馬さんは鬼ね」

「分かった、じゃあ100数え終えたら探しに行くからね。隠れれるのはこの部屋と庭だけだよ。池の周りは危ないからあまり近づいてはダメだよ?」

「うん!」


 元気よく返事をすると彼はじゃあと言って目を閉じてゆっくりと数え出す。

 私はどうしようかと部屋をあちこち見回すけど、ここじゃすぐにバレてしまう。そう思い庭に出ようと縁側から沓脱ぎ石の上に用意されているつっかけを履いて外に行く。

 このつっかけは、わざわざ冬馬さんが私のために用意してくれたものだった。

 実を言うとかくれんぼは得意だったりする。幼稚園でも最後まで捕まらないことが多くて酷い時には先生が三人がかりで探し出してくれたこともあったりした。

 きっと探し出せない冬馬さんは慌てるに違いない、。そんなことを想像しながら隠れる場所を探す。


 そして、みつけた大きな蔵

 中に入っても良いんだろうかと、ドアに手をかけてみると簡単に開いてしまう。

 危険なところではなさそうだしとドアを締めて中を探索する。

 外は天気が良くおかげで微かに入ってくる光でそこまで怖いという気持ち生まれずに、どこか良い場所を探した。隅の方を見て見ると、3メートルほどの板が立てかけてあり板と壁の間を見てみると扉を見つけた。隙間に入り開けて見ると、ちょうど当時の私ぐらいが隠れれるほどのスペースがそこにある。

 ここなら……

 そろそろ数も数え終えてしまうだろと、慌てて入りドアを閉める。

 中は本当に真っ暗で、元々気温も低かったが外よりも寒く感じる。

 ちゃんと、見つけてくれるかな? そんな心配が頭をよぎった。

 見つかってはいけない遊びのはずなのに見つけてもらえない心配をする。

 耳を澄ませてみても足音なんかは聞こえなくて、だんだんと不安が募ってくる。

 もしかして、見つからなくて放っておかれてしまったら……

 ううん、冬馬さんはそんな人じゃない、目を閉じて彼を見つけてくれるのをじっと待つことを覚悟した。


 ガタンッ


「へ?」


 近くで何かを動かす音がする。

 まだ隠れてさほど時間が経っていないのに、お庭も広いしこんなに早く来るなんて

 それとも冬馬さんじゃない、別の誰か?

 暗くて見えない扉を見つめると、ゆっくりとそれが開いてしまう。


「百合ちゃん、みつけたよ」


 そう言って私を抱き上げてくれた。

 見つけてもらえた安心感もあったけど、私は不思議でしょうがなかった。

 どうしてこんなにも早く見つけてしまえたのか、自分的には自信があった場所でもあったのに。抱きかかえたまま部屋へと戻る冬馬さんに聞いてしまう。


「どうして、分かったの?」

「どうして?」

「ゆり、絶対見つからないって思ったの。このまま見つけてもらえなかったらどうしようって……」


 そう言うと、冬馬さんはフフッと笑いそうだねっと呟いて答えてくれた。


「なんとなく、百合ちゃんがそこにいる気がしたから、かな?」

「冬馬さんは、ゆりのいる場所すぐに分かっちゃうの?」


そう聞くと彼は目を丸くさせたけど、すぐにいつもの表情に戻ってしまった。


「……分かるよ、どこにいたって僕は百合ちゃんを探し出してあげるよ。だから、安心してね」

「どこにいても?」

「そう、どこにいてもね……」


 当時はすごくそう言ってもらえたのが嬉しかった。けど成長して思い返した時、ただの冗談だろっと信じていなかった。


 いくら冬馬さんでもそんなこと出来るわけない、そう思っていたのに……

 今あの時と似ているこの状況で、もしかしてなんて思ってしまう自分がいる。

 人の気配がだんだんと近づいてきて、カモフラージュのための布はあっけなくとられて


「百合ちゃん、みつけたよ」


 あぁ、あの時と一緒の光景だ。

 本当に冬馬さんは私の居場所が分かってしまうんだ。きっと地球の反対にいたって簡単に見つかってしまう。そう確信した__




 暗闇から急に蛍光灯の明かりが目に入って眩んでしまうが、すぐに慣れてきて目の前の冬馬さんと目が合ってしまう。

 座り込んでいる私の腕を引っ張り上げ、よろける身体をを優しく受け止めてくれる。

 まるであの日軽々と持ち上げてくれたみたいに、大事に私を包み込んでくれる。

 萩原君よりも少し背の高い冬馬さんの身体にすっぽりと収まり、彼は私の頭を撫でてくる……ってなにこの状況

 冷静に今の状態を理解して、みるみるうちにに体温が上がってしまう。

 近い近い近い、近すぎる!


「近い!」


 私は慌てて彼から離れてしまう。そんな私の反応が面白かったのかクスクスいつもの様に笑っている冬馬さん。

 何でこの状況で笑っているの? 普通はいることにもっと驚いたりとかするんじゃないの?


「ごめんね、百合ちゃんを見つけたら昔のことを思い出してね。昔に比べて随分と大きくなったね」

「あ、当たり前だよ!!」


 冬馬さんでいう昔って小学生の頃でしょ? そんなの当たり前だよ……

 恥ずかしくて顔が向けられない


「それで……どうしてここにいるの?」


 先程とは違う落ち着いた声のトーンを聞いてしまって恐る恐る顔を上げると、冬馬さんは表面上は笑顔を保ったまま目をスッと細めて私を捕らえてしまう。

 そうだ、私は今 危機的状況なんだった。正直に言うべき? けどそんなことしたら萩原君に迷惑かかっちゃうかもだし……

 彼のことは伏せて上手いこと言えば……


「わ、私が……」


 ガチャリ

 その時、最悪なタイミングで彼が帰ってきてしまった。


「ごめん、日下部さん。ちょっと時間かかちゃって……冬馬、先生」


 萩原君は私達を見つめて固まってしまった。

 冬馬さんは萩原君を見つめて、成る程ねっと呟く。


「そういえば、真斗君も文目坂高校だったけ? それに、百合ちゃんと同い年だったね。そっか、知り合いにもなっちゃうか……」

「ち、違うの!萩原君は関係なくて」

「俺が誘ったんです」

「萩原君!」


 萩原君は、こちらに向かってきていつかの時の様に私を庇う様にして間に入ってきてくれる。


「友達を誘ったんです、ダメでしたか?」


 萩原君がそう聞くと、クスッと笑みをこぼす冬馬さん


「お友達を誘うのは構わないよ、けどね……」

「けど?」

「彼女は可愛い僕の身内だから、許可なく勝手なことされるのは困るかな」


 困る、言い方は柔らかいけれど迷惑って言われていることぐらい理解する。萩原君の背中で冬馬さんの顔がよく見えないけど絶対怒ってるんだ。

 ちゃんと謝らないと……

 私は萩原君に退いてもらおうと背中に触れた。


「おーい、最終確認するらしいぞ……って何してるのお前達」


 タイミング良く開けっ放しだったドアから声をかけてきたのは、さっき萩原君が教えてくれた華道家のたしか、そう、熊谷さんだった。

 彼は二人の顔を見つめて、最後に私と目が合ってしまう。


「え、なにその可愛い子? 真斗の彼女か?!」

「なっ、ちが……」


 そう言われて、慌てて触れていた彼の背中から手を離した。


「違うよ」


 否定の言葉を言おうとした萩原君に被せるように答える冬馬さんに私は腕を引っ張られて引き寄せられてしまった。

 私にはもう何がなんだか分からなくて、三人の顔を見つめるしか出来ずにいた。


「彼女は僕の従兄妹だよ。真斗君とはただのご学友みたい」

「……」

「違ったかな?」

「いえ、そうです……」


 二人の間に変な空気が流れていた。

 ご学友ってクラスメートとか同級生とかって意味だし間違ってないはずだよね。

 けど、萩原君の様子がちょっと変?


「ご学友? まぁいいや。それより皆が待ってるぞ」

「分かった。真斗君と熊谷さんは先に行ってて。僕は彼女を家まで送ってくるから」

「はあ? お前がいないでどうするんだよ」


 熊谷さんは眉間にシワを寄せながら頭を掻きむしる。


「あ、あの私一人で帰れるから……冬馬さんはお仕事しててもらってて……」

「そうです、冬馬先生が抜けるのはまずいですよ、送るなら俺が……」

「丁度、家にも一度取りに行きたい物があったからそのついでだよ。それに、別に僕がいなくたって問題ないはずだと思うけど?」


 数秒、熊谷さんと冬馬さんは見つめ合うと熊谷さんはわざとらしく溜息を吐き捨ててしまう。


「あー、分かったよ、すぐ戻ってこいよ」

「ありがとう。30分ぐらいで戻ると思うから。行こう百合ちゃん」

「え、と、冬馬さん?」


 冬馬さんは腕を掴んだまま歩き始めてしまう。

 2、3歩歩いた時に後ろから服を引っ張り萩原君が引き止めてくる。


「萩原君……」

「今日の夜、連絡するから」


 私が頷くと萩原君は離してくれて冬馬さんはまた歩き出してしまう。

 早いペースで歩く彼に必死についていく

 腕が痛い……

 今、彼はどんな顔をしているの? 怒っているの? 嫌いになった?

 怖い、冬馬さんに嫌われるのが怖くてしかたなかった。


「ご、めん、なさい……」


 必死に絞り出した言葉に冬馬さんは立ち止まり振り向いてくれる。

 泣かない、だって私が悪いんだから。

 そう思っても込み上げてくる感情を抑えるのは難しくて唇を強く噛みしめてなんとか我慢する。


「百合ちゃん……」


 冬馬さんは腕を掴むのはやめて手を握ってくれた。

 細い指、冷たい指先、けど私よりも大きな手で思わず握り返してしまう


「別に怒っていないよ? 少し、驚いたけどね」


 怒っていない?

 冬馬さんは泣き出しそうな私を見て苦笑しながらその言葉を言い聞かせるように言ってくれる。


「怒ってないよ」


 良かった、嫌われてないんだ……

 そんな一言で安心してしまう私はやっぱり子供でそしてズルイ人間だ__




 冬馬さんの車はクラシカル調のオシャレなものだった。

 外国製の証拠の左ハンドルは、彼によく似合っている。

 後ろに乗った方が良いのかなっと後部座席のドアを開けようとしたら


「そこ、じゃないでしょ?」


 助手席をポンポンと叩き、座るように教えてくれる。

 遠慮しながらお邪魔しますと言って席に座りシートベルトをカチッと閉めると車は動きだした。

 オシャレな車は冬馬さんによく似合っているけれど、運転する彼は違和感を感じる。

 普通のことをやっているだけなのに……

 運転を始めてすぐに冬馬さんは話しかけてきた。


「真斗君とは……」

「萩原君?」

「そう、真斗君とは仲が良いの?」


 何て答えるべきなのか、下手なことを言ったら彼に迷惑がかかってしまうかもしれない。

 先程の変な雰囲気もあったことだし、彼のお仕事とかに影響してしまうかもしれない。そんなの絶対いやだ。けど、黙ってるわけにもいかなくて、口籠る私を見て笑いだす冬馬さん


「大丈夫だよ、別に彼に対しても怒ってないよ」

「ホント?」

「僕の事、信じられない?」

「……ううん」

「じゃあ、教えてくれる?」


 いつもの柔らかい口調、優しい表情、大丈夫。いつもの冬馬さんだ


「萩原君とは去年からクラスメートで、今年も同じクラスで仲良くしてくれてて……」

「そう、彼が華道の家の子っていうのは知ってたの?」

「最初は知らなくて、華道部のポスターを見てたら声をかけてくれて……それで……」

「そう……」


 信号は赤信号になると、冬馬さんはハンドルから手を離して私の方をじっと見つめてくる。

 きっと約束を破ったと思って幻滅されてるんだ。


「あの、華道をやりたかったとかじゃなくて……その冬馬さんが入部してたのかな? って思ってただけで……ごめんなさい」


 こんなのただの言い訳だ。

 結局、約束を破ったことには変わりない。


「フフッ、だから怒ってないよ。中途半端に関わらせたのは僕だしね……」

「え?」


 信号は青に変わり、車が動きだす


「気にしないで、遅かれ早かれこうなってたのかもしれないしね……」


 きっと目の前の道じゃない、何か別のものを見ているような目をする冬馬さん


「そういえば、携帯、買ってもらえたの?」

「そうだけど、何で知ってるの?」

「さっき、真斗君が連絡するって言ってたから」

「あ、うん、そうなの」

「……じゃあ、今からいう番号を打っていってね」

「え?」


 私は慌ててポケットから携帯を取り出して番号を打ち込める画面にした。


「いくよ? 080……」


 言われがままその番号を入力していく


「はい、じゃあ通話ボタン押して」


 言われるがまま押すと誰かにかかってしまい慌てて切ってしまった。

 どうしよう、知らない人にとこだったら……


「かけた?」

「かけたけど、かかっちゃったからすぐ切っちゃたよ。誰の番号?」

「……僕のだよ」

「冬馬さん、の?」


 発信履歴で番号を見つめる。


「登録、しておいてね」


 嘘、信じられなくて何度もその番号を読み返してしまう。

 嬉しい、きっとこの番号にかけることはないとは分かっていても、登録できただけでも嬉しかった。


「さ、着いたよ」


 目の前には見知った住宅が並んでいて自分の家が目線に入る。

 もう着いちゃった……って送ってもらったんだから当たり前だよね

 もう少し、こうしていたかったな。

 少しでも一緒にいたくてゆっくりとシートベルトを外そうスイッチを押そうとした。


「今日のこと……」


 私はボタンを押すのをやめて彼を見つめる。


「今日のこと怒ってはないけど、妬けちゃったって言ったらどうする?」

「やけ、た?」

「そう、真斗君にヤキモチを妬いたって言ったら」


 試すような目、きっとこれもただの揶揄からかいだ。

 私の反応を見て楽しんでいるだけ。

 落ち着け心臓、鳴り止んで心臓


「か、からかわないで、よ」

「……そう見える?」


 あぁ、まずい。期待してしまう。

 ありえないことを想像して、また現実に戻されてしまうと分かっているのに

 それでもいい風に捉えてしまう私は正真正銘の大馬鹿者だ。

 冬馬さんは私の思考が詠めているのかクスッと笑い話題を変えてしまった。


「明日って何か用事とかあるのかな?」

「ないけど……」

「明日も来てほしいって言ったら来てくれる?」


 思わぬ誘いに息が止まる。


「嫌なら、良いんだけど」

「行く、行きたい……」

「そう、じゃあ、明日の9時に裏口に来てくれる? 分かるよね?」


 2、3回大袈裟に頷いた。


「じゃあ、明日待ってるね」


 私はシートベルトを外してドアを開けて降りようとした。

 嬉しい、まさか冬馬さんから誘ってもらえるなんて……

 けど、急にどうして?

 顔だけ彼に向けて聞いてみた。


「どうして、急に誘ってくれたの?」


 そう聞くとクスッと笑う冬馬さん。

 こう笑った後大抵は……


「……明日も会いたいなって思ったから」

「……っ」

「そう言ったら百合ちゃん、可愛い反応するかな?」

「もう! またそうやって人をからかって!」


 乱暴にドアを閉めて振り向けば冬馬さんは窓越しに何かを話していた。

 声は聞こえなかったけど何て言ってるかは分かってしまう。


 "また、明日ね"


 そして車を走らせて行ってしまう。

 見えなくなるまで私は見送って、意味もないのに小さく手を振る。きっと単なる気まぐれで彼からしたら

 どうってことのないこと、そうだと分かっているけれど、私は今夜眠れるのか心配してしまう__

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