神様
これでいいのか?と問われれば
良くないと答える
それでいいのか?と問われれば
嫌だと答える
私は、いつも矛盾している__
"じゃあ明日の11時に文化センターの前で集合な"
萩原君の約束通りにその場所で待つ。
運悪くここでもし出会ってしまったら、そんなことを考えてしまうとソワソワと辺りを見回してしまう。
「それ、かえって怪しいと思うぞ」
「ひっ……」
突然声をかけられてしまって体を硬直させてゆっくりっと振り向くと萩原君が苦笑していた。
「びっくりしたー、なんかバレたら嫌だなって思うと落ち着かなくて……」
「気持ちわからなくはないけどな、じゃあ行くかってどうした? 間抜けな顔してるけど」
「なっ、いや、なんか……」
何だか不思議な感覚
制服じゃない萩原君。やっぱりセンスを問わられることやってるせいかオシャレだな
色使いとかも自分の良さを引き出せてて、カッコいいな
まじまじとつい彼を見つめてしまう
「なに、なんか変?」
「ち、そうじゃなくて……私服の萩原君ってオシャレでカッコいいなって思っただけで」
「っ……」
あれ、私、今、すごい恥ずかしいこと言っちゃった?
絶対顔赤いよ。何か言い訳をってそれじゃあ萩原君を馬鹿にするみたいだよね
どうしよう、どうしよう!
変に焦る自分を見せたくなくてつい俯いてしまう
「あ、ありがとう……」
え、ありがとう?
ゆっくり顔をあげると目の前にはきっと私に負けないぐらいに顔が赤い彼がいる。
「日下部さんもその、いいと思うよ……俺、結構好きな方!……だし」
「あ、あありがとう!」
「と、とにかく、行くか!」
もう頷くので精一杯だ。
きっと浮かれすぎて変なこと口走っちゃうんだよ
しっかりしなきゃ、せっかく萩原君が誘ってくれたんだから彼に迷惑をかけないようにしないと!
気合を入れ直して、彼の後をしっかりとついて行く
萩原君は裏口で何かを警備員に見せて私のことを説明して中に通してくれた。
「結構あっさりなんだね」
もっと厳重に調べられるのかと思ったから拍子抜けだった。
「ただのスタッフが入れるのならまだしも、俺達だからよっぽど大丈夫だろうって思ってるんだろうな。それに万が一何か言われても、日下部さんは従兄妹のわけだし関係者になるでしょ」
そういうものなんだろうか?
なにはともあれ無事館内に入ることが出来たのは良いけど、さっきから関係者が通るたびに冬馬さんじゃないかとドキドキしてしまう。
萩原君は時々通る人間を警戒して安全な人なら気にしないで進み、あまりよくない人の場合は物陰に隠れたりしていた。
「なんか犯罪してるみたいだな」
「私、不法侵入してる気分だよ」
「あはは、確かにな」
そしてようやく目的の場所に着いたのか、ある部屋に入って行く。
無造作に機械が置かれて目の前には黒いカーテンが窓を隠している。
「ここは?」
「舞台に使う機材とか置いてある場所、隠し部屋で基本センターの人以外は入ってこないとこ」
「だから機械ばっかり……」
「そっ、で、このカーテンを開けると……」
シャーっという音を立てながら萩原君はカーテンを全開しする。
そして目の前には舞台があり数人の男の人達がいてその中には冬馬さんがいた。
突然のことで思考が追いつかなくて彼に見惚れてしまうけど、これじゃあ自分は丸見えだと慌てて物陰に隠れる
「萩原君!これじゃあバレちゃうよ!」
「大丈夫、これマジックミラーになっていてあっちは鏡になってて分かんないから」
マジックミラー?
半信半疑に顔を出してみると、萩原君が大袈裟に手を振ったりするけれど舞台にいる人たちは見向きもしていなかった。
「な? 俺小さい頃はここで父さん達の仕事を見てたけど、今まで誰も入ってこなかったからよっぽど大丈夫だよ」
「そっか……これなら大丈夫だね」
窓越しに見る冬馬さんを見つめる
こういう時は洋服なんだ、黒いパンツに白いカッターシャツは白くて細い彼をさらに引き立たせていた。
「冬馬さんが洋服を着てる……」
私はゆっくりと窓に近づく。
「冬馬先生、普段は和服が多いんだけど今日みたいにバタバタする日は洋服でくることが多いんだ。明日とかは正装してくるけどね」
「初めてみた、違和感あるね」
「あの人が俺らと一緒のことしてると変な感じするよな。同じ人間のはずなのに……」
「……そうだね」
当たり前のこと、当たり前のことなのに、それでも動作一つ一つが自分とは違う。
まるで神様のような神々しさが彼からは感じられる。
「今隣にいるメガネで髭面の人がいるだろ? あれが今回一緒にやる三鷹小春流の家元候補の熊谷 伊作。年齢は今年で32歳だったかな?」
渋い顔立ちのその人は、冬馬さんと楽しそうに談笑している。
冬馬さんちょっと楽しそう……
「今回のイベントで、俺と熊谷さんそして冬馬さんが流派の代表として、舞台でいける予定なんだよ。本当は家元がやるべきなんだけど、未来の華道をみせるっていう理由と、今年熊谷さんが家元に襲名されるから、それもあるみたい」
「萩原君も出るんだ……」
「親父が若い人間がやるところに老人が出るのも忍びないとか言ってね。まだ50手前の癖に、何言ってるんだって感じだよね」
ちょっと照れ臭そうに笑う萩原君。
いくら後継者だからといっても簡単にさせてもらうこと出来ないはず。
きっと彼の才能を認められてて、期待されているんだろう。
「そんなことないよ」
「……自画自賛するわけじゃないけど、才能はあるって自分でも思っていたりするんだよね。だから、今回の事だって代表としてやらせてもらえるわけだし」
「うん」
「けど、冬馬先生を見るとまだまだなんだなって、落ち込んだりする」
「そんなこと……」
萩原君は小さく首を振る
「あの人はやっぱり特別なんだよ。きっとこの先、あの人を超える人はいないと思う……この世界って恥ずかしい話、結構妬みとかそういうのも多くて、家元になった時の冬馬先生も酷い扱いだったみたい、けどそういう人もあの人の作る作品を見て勝てないって……実力でねじ伏せられて、黙らせてしまう。今この世界であの人に勝てる人間はいない……日下部さんって冬馬さんの存在が遠いって思うだろ?」
「うん……」
「当たり前だよ、同じ世界にいる俺達から見たって、あの人は遠い存在で……追いつくことが出来ない人なんだから」
冬馬さんは高校を卒業してすぐに家元になって、大学に通いながら家の仕事をしていて、それに付け加えて嫌がらせなんて、一体どんなことをされていたんだろう小学四年生のお正月に行った時はそんな苦労をしているようには見えなかった。
いつも通りの優しい冬馬さんだった
萩原君は腕時計で時間を確認するとあっと呟いた。
「俺、ちょっと行かなきゃいけなくて、ここで待っててもらっていいかな?」
「うん、大丈夫。忙しいのにごめんね」
「誘ったのは俺なんだし気にしないでよ、ないとは思うけど誰かきたら上手いこと隠れといて」
「分かった、頑張ってね」
「おう!」
萩原君はゆっくりドアを開けて辺りを見回して出て行く。
部屋には私だけ、舞台に支障がないようにか防音がしっかりしていて目の前の人達が喋っているのに何も聞こえてこなかった。
冬馬さんも持っている紙を指差しながら、周りにいる人に何かを喋っているのにその声は聞こえない
まるで無音の映像を見ているようだ。
お仕事をしている冬馬さん
他人と話す冬馬さん
洋服の冬馬さん
そしてさくらの会になぞらえて舞台の後ろに置いてある桜の木
見ることが出来ないと思っていた、桜と冬馬さん
私の想像をはるかにこえている
"あの人は遠い存在で……追いつくことが出来ない人なんだから"
そんなの、そんなの、嫌だよ……
「冬馬さん」
込み上げてくる感情が抑えられなくなり、小さな声で名前を読んでみるけれど彼は、決してこちらには目線を向けてくれない
「冬馬さん、冬馬さん……」
無駄だと分かっていても、窓に手をつけて何度も何度も呼びかける
「冬馬さん……好き、だよ。好き……冬馬さん、冬馬さ、ん」
届いて、届かないで
気づいて、気づかないで
本能と理性が私の中で戦っている。
人間なんて所詮は低脳な生き物で、本能というものには勝てなくて先程よりも少し大きめの声で彼を呼んでしまう。
「冬馬さん!」
その時、窓越しの彼と目が合ってしまった気がした。
気がする、違う、あの目は気づいている、見えてるの? そんな馬鹿な。
けれど誰かが彼に話しかけても目線は私の方を見つめてる。
嫌な予感がする……
そして、こちらを指差してそばにいる人に何かを聞いて少し考え込む素振りをする。
少しして、近くにいた人に何かを言ってその場を離れていく冬馬さん
こっちに来る? そんな気がして急いで大きな機材の物陰に隠れようとした。都合のいいことに、全身隠れるぐらいの黒い布もあったからソレを被って息を潜める。
しばらく隠れているとガチャリとドアが開いて私は口元を抑えた。
萩原君? けどそしたら声をかけてくれるはず……
入ってきた人は一言も喋らずにドアを閉めて部屋へと入ってくる、部屋には微かな足音だけがしていた。
ドクン、ドクンと鳴る心臓がうるさくて目を閉じて最小限の呼吸だけする。
そういえば前にもこんなことがあったような__