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淡雪  作者: 櫻井 総一
高校生編
5/31

正座

 すっかり外は真っ暗で、気温もぐっと下がってしまった。

 そういえば学校に行く前に見たニュースで夜になるとさらに冷えるとか言っていたっけ?

 空っぽになった私は、オリオン座が輝く夜空を見上げる。


「日下部さん!」


 校門を出ようとしたら後ろから萩原君が声をかけてきた。

 部活が終わって後片付けがあるからと見学者の私は先に帰されて彼は残ったはずなのに


「萩原君、どうしたの?」

「部長が暗いから送っていけって、一緒に帰ろ?」

「ありがとう、けど大丈夫だよ」

「そう言わずにさ、一人で帰ったなんてバレたら俺殺されるよ」

「大袈裟だよ」


 何度も拒む態度をしても萩原君は私の背中を押して歩かせてくる。

 ここまで来たら諦める他なくて、大人しく歩くようになると萩原君は押すのをやめて隣に並んで一緒に歩いてくれる。しかもきちんと車道側を歩いてくれるところに関心してしまう。


「日下部さんの家って近いの?」

「電車で二駅だよ。だから駅までで大丈夫だから」

「俺も電車だから気にしなくて良いよ、そういえば冬馬先生の家はこの辺りなんだよね」

「そう、なんだ……」


 きっと冬馬さんは家から近いのと、ある程度名のある学校でこの高校を選んだ、もしかしたら選ばざる得なかったのかもしれない。あの人の生活は全て華道が中心だったから

 行こうと思えば行ける冬馬さんの元に……

 けど、そんな勇気は持ち合わせていないから偶然がいつか起きないかと通学している。


「……見学の前に言ってた聞きたいことなんだけど」


 萩原君は私の行く手を阻むように立ち止まりまた見下ろしてくる。


「萩原君?」

「やっぱり、日下部さんって冬馬先生と関係あるんでしょ?」


 あぁ。これはもう逃げられない。

 彼の目は確信している目だ。もう逃げることも隠れることも出来ない。

 私の無言を彼は肯定だと捉えてそのまま話を続ける。


「先生の妹……いや、あの人に兄弟はいないはず。となると親戚、たしか博貴ひろたかさん、あぁ、冬馬先生の父親ね。あの人には弟がいたよね、名前は知らないけど……つまり日下部さんはその娘。つまり、冬馬先生の従兄妹だ。どう、当たってる?」


 見事な名推理だ。

 何も答えない私を見て、やっぱりねっと呟く萩原君。


「どうして分かったの?」


 確かに同じ名字というので疑うのは分かる。けど私の父のことを知っていたり冬馬さんの家族構成まで知っているなんて……

 もしかして、冬馬さんの腕を妬んで何か弱みを握ろうとか? じゃあやっぱり、最初から分かってて私に近づいて来たとか?

 疑いの眼差しで彼を見つめると、彼は私の考えていることが分かったのかケラケラと笑い出して違う違うと手を振りながら否定する。


「なんか恐ろしいこと考えてるみたいだけど、それ全部違うから」

「……言っておくけど、私に変なことしても冬馬さんはなんとも思わないんだから!」

「だーかーらー、聞こえてる? 大体俺が香月流をどうこう出来るわけないでしょ? まぁ言い当てたのは当たり前っていうか……こういう業界って結構あることないこと広められちゃうからさ。自然と耳に入るわけ。知っている情報を並べて当てた、それだけ」

「そう、なの?」

「そっ、けどいくら従兄妹って言ってもからっきし知識ないんだな。最初は同じ名字だからもしかしてって思って、見学の途中まではやっぱり関係ないって思ったよ」


 途中まで、ってことはどこかで私がヘマしたってこと?

 嘘、なんか変なこと言っちゃってた?


「ちなみに、どこで気がついたの?」

「んー、後ろで見学している時の正座かな」

「正座?」

「あの座る姿勢、冬馬先生に教えてもらったでしょ?」


 彼は人の心を読む力がるのかと疑ってしまう。

 さっきから的確なことをズバズバと言い当ててくる。


「どうして、それを……」

「座っている間の姿勢、雰囲気とかがそっくりだったからさ。あんな綺麗な正座するのは俺はあの人しか見たことないからね」


 座る姿勢一つで……

 驚いて声も出なかった。

 確かに正座の基本を教えてくれたのは冬馬さんだった__





 小学二年年生のお正月、いつものようにお部屋に誘われて部屋に行くとお花をいける準備が整っていた。

 小さなうちは刃物などが危ないからそういった道具はしまわれていたが、この年から私の前でいけると言い出した。


「お花をいける?」

「そう、簡単に言えば花瓶にお花を入れる遊びだよ」

「遊びなら私もやりたい!」

「百合ちゃんはダメ」


 近寄ろうとしたら、彼は前に突き出して近づくのを拒んでくる。


「どうして?」

「これは僕の仕事だからね。……そうだ百合ちゃんには正座を覚えてもらおうかな」

「正座? それなら百合出来るよ!」


 そう言ってその場に座り、母に教えてもらったお母さん座りを得意気に見せた。

 冬馬さんはクスクスと笑みをこぼしながら私の後ろに回り込み背中に触れてくる。


「背骨が曲がっているよ、一回大きく鼻から息を吸ってごらん。ゆっくりね」


 言われる通り息を吸い込むと上がってしまった肩を軽く押さえつけられる、そうすると肩は下がって力が抜ける。


「苦しくなったら少し止めて、今度はゆっくり鼻から吐いてみて……」


 息を吐いている間、そう上手と優しく声をかけてくれる。

 そして後ろにある足の裏を綺麗に重ねてくれる。

 吐き終わるとまた背骨が曲がってしまうのか背中をぐっと押して伸ばすように無言で訴えてくる。


「胸を張るんだよ、きおつけの姿勢みたいに……けど肩は上げすぎないで、胸の下にお腹にすっぽりハマるボールがあると思ってね。目線は少し上を向いて」


 体のあちこちを触られながら微調整されながらソレは完成していく。


「冬馬さん、これ……キツイよ……」

「我慢してね、それと最後に少し口角を上げてみな。女の子がそんな辛そうな顔をして座っているなんてみっともないでしょ? もし足が痺れたら重ねてある足を左右逆にすると少し楽になるからね」


 私の無理した笑顔を見せるとまたクスクスと笑う冬馬さん


「僕の姿を真似しててね。お花をいけている間、百合ちゃんは正座の練習だよ」

「えー……やだー」

「だーめ、頑張ってね」


 そう言われて始まった練習は最初のうちは本当に辛くて最後に立ち上がるときは泣いたりもしたけど、次第に出来るようになって今では、冬馬さんがいける間と一緒にいる間はその姿勢が保てられるようになっている__





 まさかみっちりと教え込まれたコレでバレてしまうなんて思いもよらなかったけど、同じ仕事をしている萩原君だからこそ気づいてしまったのだろう。


「正座でバレるなんて……」

「憧れてる人だからね。俺、人の観察って得意だからさ」

「そっか、あのこのことは……」

「大丈夫、言いふらしたりなんてしないしない」


 それを聞いてホッとする。

 こう言っちゃいけないけど、バレたのがまだ萩原君で良かったのかもしれない。

 不幸中の幸いってこのことだね。安堵する私を見て萩原君は鼻で笑ってやっと歩き出す。


「それにしても9歳も上だと難しいよな」

「え?」

「えって、好きなんだろ? 冬馬先生のこと」


 今、彼は何て言いました?

 私が冬馬さんのことを好きって……


「っなんでそれ!!」


 ってこんなこと言ったら肯定したことになっちゃうよ、慌てて余計なことを話しそうな自分の口を手で抑えてしまう。


「なんでって……誰だって見ればわかるって、日下部さん隠してるつもりなわけ?」


 隠してるっていうか、気持ちなんだから分かるわけないことでしょ?

 さっきの正座みたいになんか癖があるとか?

 私の激しい動揺に萩原君は深いため息を吐いて、落ち着かせるためか肩を掴んできて数回揺さぶってくる。


「落ち着けって……ただ日下部さんが分かりやすいだけだから、ほら深呼吸して」


 私は言われるがまま数回深呼吸をすると、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「そんなに分かりやすい?」

「うん」


 そうだったんだ……

 今日初めて会話したような人に分かってしまうなんて、もしかして冬馬さんも気がついているとか?いや、あの人はそういうのに無頓着なはず!

 それに、きっと私の好意なんて家族愛みたいなのと勘違いされてるんだろうな……

 きっと今の私は文字通りの百面相だ。思わず彼が声をかけてくる。


「おーい、さっきから面白いことになってるって……」

「ちょっと自己嫌悪に浸っちゃって……私なんて華道のこと何も知らないし年に一回しか会話できないし、しかもストーカーみたいに同じ学校通ったりなんかして、こんなので冬馬さんを好きになるなんて身分弁えろって感じだよね」


 ここに来て今日感じた劣等感とかそういう物が一気に込み上げてしまいその場に座り込んでしまう。

 萩原君は慌てて私に駆け寄ってくきてくれるけど顔をあげる元気もなかった。


「おい、大丈夫か?」

「うん、ごめんね……今日1日で色んなことがあって容量オーバーって感じで」

「日下部さん……」


 人様にこんな姿見せちゃって情けないよ。

 色んな感情を吐き出したくて大きな溜息を吐き出すと目の前は真っ白に染まる。

 しばらくの沈黙の後、萩原君が口を開いた。


「別に、好きになるのは自由だろ」

「は、ぎはら君?」

「華道のことならこれから教えてやるし、一回でも会話出来るなら良いじゃねぇか。それに、あんなに綺麗な正座教えて貰えるなんて特別ってことだろ?」

「そう、なのかな?」

「そうだよ、大丈夫。自信持てって!」


 萩原君の表情は真剣そのもので、必死に私を元気付けてくれている。

 そうだよね、世界が違うなんて今更だよね。それでも冬馬さんは私に微笑んでくれるんだからそれで良いんだよね?妹みたいでも特別なんだから。


「ありがとう、萩原君」

「……元気になったなら帰るぞ」


 今更照れ臭くなったのか、私とは目線を合わさずに腕を引っ張ってくれて立ち上がる。

 そして、さっきよりも少し早いペースで歩く萩原君に少し後ろからついて行く。

 男の子の背中って大きいんだな。彼の背中にありがとうっと心の中でお礼を言っておいた。

 するとタイミング良く彼が顔を少しこちらに向けてくる。


「……華道のことだけど、1番いいのは部活に入ることだと思うけど」


 冬馬さんのことを知るには避けては通れない道。

 入部をすればきっと何かを知れるかもしれないけど……

 私は首を左右に振って答える。


「どうして?」

「冬馬さんと約束してるの」

「約束?」

「冬馬さんのいるところだけって……」

「先生のいるとこだけ? 冬馬先生がそう言ったのか?」


 コクンと頷くと怪訝な表情を見せる萩原君。

 彼には悪いけど、やっぱり大切な約束だから私は守りたい。

 もしかしたら冬馬さんは忘れているかもしれないけど、それでも私が覚えているかぎりは……


「なら、ちょっとした事なら俺が教えてやるよ。それぐらいなら良いんじゃねぇの?」


 ちょっとしたこと、お花とかいけたりしないで冬馬さんのお家のこととか知るぐらいなら良いかもしれない。


「よろしくお願いします!」


 冬馬さん、貴方のおかげで素敵なお友達ができたよ。

 けどね、まさかこの出会いがこの先の将来に大きく関わってくるなんて想像もできなかった__

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