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淡雪  作者: 櫻井 総一
高校生編
4/31

幻影

 日下部 百合それは私の名前。

 日下部は父の名字で、当たり前だけど冬馬さんも日下部だ。

 同じ名字、そんな人世の中にごまんといる。けれどたったこれけのことで私と彼の関係がバレてしまう可能性はある。

 華道に詳しい人、そう例えるなら同じ華道の道を歩んでいるものなら__





「部室の場所は知ってるんだ?」

「う、うん、まぁ……」


 放課後嫌な予感を感じながらも萩原君に案内されて何度も訪れた場所へと向かう。

 待ちに待った場所へと行けるのに隣にいる彼のせいで、私の心臓は破裂しそうだ。

 有名な流派の家の子……

 こんなことなら流派のことぐらいは頭に入れておけば避けられたかもしれなかったのにと後悔してしまう。


「日下部さんはさ……」

「は、はい!」


 私の咄嗟の反応が面白かったのか、萩原君はブハッと吹き出した。


「緊張しすぎでしょ」

「ご、ごめん……それで、何?」

「なーんで華道部に興味あったのかなーって?」

「なんで……」


 なんでって、もしかしてこの人は分かって聞いている?

 そうだとしても私の口からは決して言うもんか、思わず唇を噛み締めてしまう。


「花が、好きだから」

「ふーん、てっきり日下部 冬馬のファンなのかと思った」


 まるで試しているかのような目で見つめてくる。

 落ち着け、うろたえてはダメだ。

 知らないふり、私には関係のない人間だと思い込むんだ。


「……最近テレビに出てる人だよね?」

「そっ、今現在の香月流の家元。かっこいいから部の女子たちはキャーキャー言っててさ今いる新入生の大多数はあの人の影響で入部してんだよ。ここはあの先生の母校でもあるからそれもあって今年は倍率も凄かったらしいよ」


 私もその一人に過ぎないわけで、恥ずかしくて目を合わせられなかった。

 中学三年生の春頃から冬馬さんをテレビや街のポスター、雑誌で見かけることが多くなってしまった。

 あの若さと容姿それに柔らかい人柄は世の中は放ってはずもなく、今や時の人となっている。

 テレビや雑誌の表紙などを見てどんどんと遠くに行ってしまうことを痛感してしまう。

 見たくない。けど少しでも彼が見たくてついつい録画や雑誌を切り抜いて保存してしまっている。

 もし周りに親戚だとバレてしまったらきっと冬馬さんに迷惑がかかってしまう。だから彼が身内だということはどんなに仲のいい人にも言わなかったし言いたくなかった。


「俺もその一人なんだけどね」

「え?」

「あっ、俺は純粋にあの人の作品が好きだよ?あの繊細な作品は今の俺には出来ない代物だから。けどいつかぜってーあの人を超えてみせる!」


 そう意気込む萩原君は照れ臭そうに笑っていた。

 彼は立派な家元になるんだろう、私が行けない世界で冬馬さんと一緒に歩んでいく未来もそう遠くないのかもしれない。


「凄いね、萩原君は……」

「そう?」

「うん、カッコいい」

「……ありがとう」


 そんな会話をしていると例の部室についてしまった。


「部長には俺から先に話してあるから気軽にしてってよ」


 萩原君は勢いよくドアを開け、ちゃーっすと挨拶をしながら部屋へと入っていく。

 私も遠慮がちにお邪魔しますと挨拶をしながら入った、部室に入るとお正月にしか嗅いだことのない花の匂いと畳の匂いが部屋いっぱいに充満していた。

 ただ、冬馬さんの部屋みたいに静まり返ってはおらずどちらかというと騒がしかった。


「やっと来たわね! 萩原! アンタ部活休みすぎよ!」


 開口一番に声を荒げる女性とは萩原君に詰め寄る


「さーせん!家の用事が色々あったんですよ。ほら今日はお詫びに見学者も連れて来たことだし、許して下さいよ」

「はぁ、こんなやつがあの萩原流の後継っていうことが納得できないわよ……」


 萩原流それが彼の流派というものなんだろうか?萩原君は叱られているのにいや〜とへらへらちその人のお叱りを受け流していた。そしてようやく部長さんと目が合ってしまう。


「ったく、それで貴女が見学者ね。私は三年の華道部 部長の観月みづき きぬよろしくね」

「あっ、はい、萩原君とは同じクラスの……日下部 百合って言います」


 自己紹介をすると近くにいた生徒数人がこちらに注目してコソコソと内緒話を始めている。

 それもそうだ、同じ名字なんだから嫌でも反応されてしまう、この反応は予想の範囲内で覚悟していたことだ。


「日下部って、もしかして冬馬先生と関係あったり?」


 部長さんは目を輝かせながら今度は私に詰め寄ってくる

 私はすぐに首を振り否定した。


「本当に〜? 良いのよ隠し事しないで〜」


 押しに弱い私は必死に違うんですと言うがその様子がさらに怪しく感じてしまうのか益々詰め寄られてしまう。誰かこの先輩をどうにかして……


「先輩、多分本当に違うと思いますよ」


 困っているところを助けてくれたのは萩原君。先輩と私の間に入り私を庇うように仲裁してくれた。

 助かったと胸をなで下ろしてしまう。


「どうして言い切れるのよ?」

「だって俺のこと話しても、うんともすんとも反応しなかったですし、それにさっき先輩が流派を口にした時も無反応だったじゃないですか。冬馬先生の親戚で身内なら華道のこと詳しいはずでしょ? まず俺のこと知らない時点で違いますって!」


 うっ、彼の言っていることは間違ってはいない。

 けどごめんね、身内なのに全く知らなくて……

 萩原君の説得に部長さんも納得して謝ってくれた。というか、萩原君ってそんなに華道の世界では有名なんだ……

 申し訳なさすぎて頭が上がらないよ。


「じゃあ、日下部さんは隅の方で見ててね、ほらみんな手が止まってるわよ!」


 部長さんは手を2回ほど叩いてざわついていた雰囲気を鎮めると、静寂というほどではないけれど、穏やかな静けさとなり花ばさみの音が聞こえてくる。

 私はお邪魔にならなさそうな隅で正座してその光景を見つめる。

 冬馬さんの以外のこういう光景見るのは初めてで目の前にいるのは違う人なのに、彼の姿が重なってしまう。

 辺りを見回すと一枚のポスターが目に入ってしまった。

 そこには花をいけている冬馬さんの写真。やっぱりここで彼は部活をしていたのかな?


「カッコいいよね、日下部 冬馬」

「へ?!」


 急に話しかけて来たのは部長さんだった。


「活動よりもアレに目がいくところ、本当に関係なさそうね」

「あ、あはは……すみません」


 うわー、恥ずかしい。

 赤くなっていく顔を冷やそうと冷たくなった手で冷やす。


「良いの、ここにいるほとんどの生徒はそういう子ばっかりだもの。それに、魅入っちゃう程綺麗だから仕方ないわよ。私も冬馬先生のファンだしね」


 冬馬さんはこんなにも人を魅了してしまう凄い人なんだと改めて思った。

 きっとここにいる子達は少しでも彼に近づけるように、彼のようになれるように腕を自分を磨いている。

 それに比べて私は親戚という立場を使って、何もしないでのうのうと彼と一年に一回言葉を交わして……

 恥ずかしい、そして悔しい


「けど、冬馬先生のファンには残念な話なんだけど、実は冬馬先生は部員じゃなかったの」

「え?」

「ほら、高校卒業すると18歳でしょ? たしか冬馬先生の流派って18歳になると結婚してすぐに家元になるのがしきたりだから、それどころじゃなかったみたい。だからここに来ても彼がいた証拠とかはどこにもありません!」


 そうだよね、ちょっと冷静に考えれば分かっていたことだ。

 冬馬さんが私と同じような学校生活を送れるはずもない。しかも、結局結婚はしなかったんだから、それどこらじゃないのなんて当たり前だ。誰かと一緒に切磋琢磨する冬馬さんは私の幻想にすぎないんだ。


「残念?」

「あ、いえ……」

「嘘、残念って顔してる」


 残念、部長さんの思っている残念と私の思っている残念は違う。

 結局、同じ学校に通って彼の幻影を探してもやっぱりそれは幻で意味がなかったんだ。

 きっと誰もいなかったら泣いてしまっている。


「あ、萩原君の作品が出来たみたいよ」


 部長さんは私の腕を掴み彼のところへ連れてってくれる。

 萩原君の作品は冬馬さんと違ってダイナミックでギラギラとしていて彼らしい作品、周りの生徒部長さんは意見を言い合っている。


「日下部さんはどう思う?」


 気を利かせて私に話しかけてくれる萩原君

 凄いね、綺麗、カッコいい

 褒める言葉はたくさんあるはずなのに、言葉にすることができなくて彼と冬馬さんが重なってしまう。


「……ごめん、私にはよく分からない」


 せっかく大好きな人がいる世界なのにこれっぽっちも理解できない。やっぱり貴方と私じゃ世界が違いすぎるよ__

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