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淡雪  作者: 櫻井 総一
高校生編
3/31

脅迫

 授業中、移動教室の時、昼休み、掃除中、私は隙あれば学校のあちこちを観察してしまう。

 その理由はどこかに冬馬さんのいた痕跡があるんじゃないかと探しているから。

 けど、そんなものあるはずもなく。ただ男子学生を見ながらこの制服を彼がと見つめてしまうだけだった。


「また、ボーッとして……」


 教室近くの廊下の窓から外を眺めていると友人の子鈴こすずが声をかけてくれる。

 入学当初に席が近くそのまま成り行きで仲良くなった彼女、パッチリとした目が特徴に運動部なだけあってポニーテールがよく似合う活発な女の子。

 ちなみに私は帰宅部のよく言えばメガネをかけていない文学少女といったところだ。

 大人の冬馬さんと並んでもおかしくないように無理して伸ばしている髪は風のせいで顔にかかってうっとおしくて、すぐに耳にかけてしまう。

 彼と並ぶことなんてありえないのに、いつかと夢見ては鼻で笑って自分を馬鹿にする。


「次って移動教室だっけ?」


 彼女の持っている教材の一式を見つめる。


「そうよ、もう移動しないと遅刻になっちゃうよ」

「そっか……」


 自分の席に行く間に後ろの手書きの時間割を見ると"2限 理科 第1実験室"と書いてあった。

 素早く確認しながら教科書、資料集、観察ノート、ノート、筆箱をひとまとめにして廊下で待つ彼女の元へ足早に向かう。教室にいる人間は既に移動しているのかごく数人の人間しか残っていなかった。


「お待たせ」

「うん、実験室ってどこだっけ?」

「北校舎の二階だよ」

「じゃあ、あの寒い渡り廊下を通るのか……」


 はぁっと大きく落胆する子鈴

 私は彼女とは少し違って楽しみだったりした、実験室は普段鍵がかかっているので放課の時に見ることが出来なくてようやく半年以上かかって探すことが出来るからだ。もしかしたらあるかもしれない想い人の痕跡を__





「は〜、さっむ!」

「今日は風も強いからね」


 渡り廊下は窓が多いせいか隙間風が酷くて建物内なのに気温が低くこの季節は辛く用もなければ通りたくない。ここを通る人間は自然と動かす足を早めてしまう。けれど私は必ずここで立ち止まる場所がある。

 それは渡り廊下のちょうど真ん中に設置されている掲示板。通年通して部活動の勧誘ポスターが貼ってあり、私は見つけた時からある一枚が気になって仕方がない。立ち止まると言っても一人でいる時で友達といる時や急いでいる時は目線に入れる程度だ。


「そんなに気になるなら見学してみれば?」

「え?」

「いっつもここ通る時に見てるでしょ?華道部のポスター」


 バレていたなんて、目を丸くして彼女を見つめるとバレバレと呆れた声で言われてしまう。


「強制じゃないけど、暇なら入ってみたら?」

「華道部に興味があるわけじゃないの」

「じゃあ、なんでよ? あんなにあのポスターを見てるのよ、 絵が気に入っているとか?」

「そうかもね」


 フフッと笑いを零しながら教室のドアを開ける。既にクラスメートの大多数は席について騒がしかった。匂いを嗅ぐと薬品の匂いと石油ストーブの匂いが体に染み渡る。

 かじかんだ手をさすりながら席に着くとすぐにチャイムが鳴って教科担任の先生が入ってきて授業が始まる。

 黒板に書かれていく文字を書き写しながら、教室のあちこちを見てしまう、

 あるはずもない冬馬さんの面影を探す。

 机に落書きしていないだろうか?自分の見れる範囲のスペースに目をこらすけど数秒して思わず溜息を吐いてしまう。彼がそんなことをするわけがない。

 きっと彼も今の私と同じようにひたすら"いい生徒"をしていたはずだ。


 やっぱりあるとするなら……

 あの華道部の勧誘ポスターを思い出す。

 この学校に入学して最初に探した華道部 部室。

 北校舎の1階、隣には茶道部 部室もあってきっと知らずにきた人でも察することが出来る風貌の教室だった。

 冬馬さんは高校の時にもしかしたら部活をしていたのかもしれない。

 していなかったとしても、一度ぐらいは立ち寄るはずだ。

 中を見たいそう思ったけど、もちろん一般生徒が入らないように施錠してあり気軽に入ることなんて出来なくて今だに見ることが出来ずにいる。

 華道部に入れば良いのかもしれないけど、それはしなかった。

 いやこの表現は間違っている、出来ないんだ。これも冬馬さんとの約束だから__





 忘れもしない中学一年生のお正月、学区は違うので彼とは違う学校だけど少しでも大人になった自分を見てほしくて、わざわざ制服を着て訪れた。

 中学生にもなると芽生えた恋心が上昇する一方で、今よりも彼のことが好きだった。

 学校の友達とも暇さえあれば恋愛の話をしたり浮ついていた。

 少しでも彼に近づきたい、彼のことを知りたい、彼と共感したい、きっと私は誰から見ても分かるほどのコイスルオトメだったに違いない。


 冬馬さんは当時22歳、成人を過ぎてより大人っぽさが増したのを感じた。

 その年から新調したのか藍色の紬から灰色の紬に変わっていてよく似合っていた。

 花をいける彼を見つめながら何気なく呟いた。


「私も、始めてみようかな……」


 そう言うと花の茎を切ろうとした彼の手は止まり、こちらに目線をうつしてきた。


「何を始めるの?」

「お花、私も冬馬さんみたいにやってみたいなって……」


 冬馬さんと同じことをしたら少しでも分かるんじゃないかと思ったから、普段何を考えながら花をいけているのか私は知りたくて仕方がなかった。

 不運にも学校には華道部がなくて部活という形では出来ないけど、いまから習い事として始めたりもしくは彼に教えてもらえるかもなんて妄想したり

 きっと冬馬さんのことだから、良いよと二つ返事で了承してくれるはずだと幼稚な私は考えていた。


「ダメだよ」

「え?」


 思いよらないその一言で、私の妄想していたシンデレラストーリは一気にパラパラと崩れてしまう。

 目の前の彼は表層では微笑んでいるけど、怒っていることが目の奥から感じられる。


「百合ちゃんは、この道には決して来ないでほしい」

「どうして?」

「知ってほしくないから」

「何を?」

「色々なことをね、余計な物を見てほしくないんだよ」


 言っている意味は分からなかったけど、とても悲しい気分になってしまった。

 まるではっきりと一線引かれてしまったような。

 どんなに大人になっても彼には届かないんだと言われているようで、泣きたくなってしまった。


「約束してくれるかな」

「え?」

「これから先、華道に関わるのは僕がいるところだけにするって、百合ちゃんなら出来るよね?」

「……うん、分かった」


 冬馬さんの目は本気だった。

 私はこれ以上先に踏み込むことも後戻りすることも出来ない。

 脅迫に近い約束を私は交わしてしまう。

 そして、私はいつまでたっても彼の従兄妹という立場から変われずにいる__




 当時は悲しかったけど、今思うとこれで良かったのかもしれない。

 冬馬さんのことを知らない方がいつかくる"諦める時"に綺麗に片付けられるから。

 そんなことを悟るけど、今は彼のことが知りたくて同じ学校に通って探し回っている自分

 矛盾だ。

 誰にも聞こえないような小さな溜息をまた吐いてしまう__


 授業が終わり帰り道、またあのポスターを目にして思わず止まってしまう。

 華道をしたいわけじゃない、けどきっとここに冬馬さんがいるはずだ。知りたい。いけない欲求が高まってくる。


「まーた、見てるー」


 私に気づかずスタスタ歩いていた子鈴はわざわざ戻ってきてくれた。


「うん……」

「やりたいことぐらいやれば良いのに」

「別にやりたいわけじゃないよ」

「じゃあ何で見てるのよ?」


 呆れる彼女に苦笑する。

 言えるはずもない、こんなのただのストーカーだ。


「何、日下部くさかべさん華道部に興味あるの?」


 私達の後ろから声をかけてきたのはクラスメートの萩原はぎはら 真斗まさと君。クラスのムードメーカーでいつも授業中に先生に茶々を入れたり場を和ませたりする。クラスの中心、リーダー的存在だ。


「ここを通るたびにチラチラ見てるのよって、萩原には関係ないでしょ?」

「子鈴、わざわざ言わなくたって……ごめんね、気にしないで」


 子鈴の説明を受けて萩原君はふーんっと相槌をして少し背の高い彼は私を見下ろしてくる。


「関係あるよ、だって俺華道部だから」

「へ?」

「はぁ? アンタが華道部ってそんなキャラじゃないでしょ」


 私もあまりにも意外な組み合わせに頷いてしまった、

 だってどう見ても彼はサッカーやバスケ、カッコいい男子がやっている運動部という見た目だ。


「失礼だな、こう見えても俺の家はその筋では有名な華道家の家なんだよ」


 その時、私はしまったと固まってしまう。


「ホントに言ってるの?」


 疑う子鈴にホントだってと言う萩原君


「今日は部活に行こうと思ってたからさついでに見学してく?」

「え?」


 見学? 華道部に……

 冬馬さんとの約束を思い出す。


「良いんじゃない? 見学ぐらいしてみなよ」


 子鈴に押し切られてしまい、思わず頷いてしまった。

 ごめんなさい、冬馬さん。

 けど、ある意味冬馬さんと関わっていることだし、半分は守れているのかな?


「良かった、俺も日下部さんに聞きたいことがあったんだよね」

「聞きたいこと?」

「じゃあ、放課後な」


 そう言って足早に教室に帰ってしまう萩原君。

 聞きたいこと、有名な華道家の息子、嫌な予感がしてしまう__

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