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淡雪  作者: 櫻井 総一
高校生編
2/31

約束

 今年のお正月も冷え込んでいて、チロチロと雪が降っていた。

 冬馬さんの部屋からは3歳の頃見たくて仕方なかった池が一望できる。

 小さな頃はその池がとても大きく感じたけど実際は鯉が2匹いるだけのものすごく大きな池というわけではない。それでも普通の一般家庭にあるわけもないその代物はやっぱり物珍しくて見入ってしまう。


「相変わらず池が好きだね」


 ようやくいけることをやめた冬馬さんは何かを思い出しているのか懐かしみながら話かけてくる。

 お正月のたびにここへきて他愛もない話を交わすようになったのは、あの日冬馬さんと初めて会話を交わした日から毎年恒例のようになっている__





 "僕と君はね従兄妹だよ"


 と教えてくれたのはいいけど、その意味を理解することなんて幼い私には出来なくて、首を傾けて彼をじっと見つめた。

 そんな反応が可笑しいのかクスッと微笑み私を抱き上げてくれた。

 あまり親以外に抱っこをされるのが苦手だった私だけど、冬馬さんに抱き上げられたのは嬉しくて彼の細い首に腕を絡ませていた、


「おトイレでも探していたのかな?」


 私は、大きく首を左右に振る。


「じゃあ、どこに行きたかったの?」

「お外のお池……」

「池、あー……そうか」


 言葉足らずの私の説明をすぐに理解してくれて、抱き上げたままゆっくりと進んでくれた。

 動きながら辺りをキョロキョロ見回しながら無駄なのに私は私なりに池を探す。

 ようやく明るい廊下に出て外が見えた。そこには待ちに待った池が見えて思わず私は声をあげた。


「あった!」

「フフッ、そうだね。さ、着いたよ。外は寒いからここから見ればいいよ」


 そう言って障子戸を開けて私をゆっくりと畳の上に下ろしてくれた。

 その部屋はとにかく花の香りが漂っていて、部屋の真ん中には絵本で見たようなお花の塊に座布団が一枚。冬馬さんは私が触らないように周りにあった小さな物を片付けてくれていた。

 真ん中にあるお花も気になるけど私は外にある池がもっと見たくて、少ししか開いていない障子戸に手をかけるけど冬馬さんは私をそこから引き剥がし彼が戸を全開に開けてくれた。

 外は来た時から降っている雪がうっすらと積もっていてとても幻想的だった。


「きれー!」


 私の感想を聞くと彼はクスクスと笑みをこぼす。

 今思えば、あの時出会った冬馬さんは数え年で13歳だ。なのに一つ一つの動作が大人びていた。

 きっと今そんな反応されたら恥ずかしくてたまらない。素直な反応が出来るのも子供の特権だ。

 そんな大興奮の私を見て冬馬さんはある提案を持ちかけてくる。


「そんなに気に入ったなら、ここへ遊びにおいで」

「ここに?」

「そう、毎年お正月になってここへ来て僕とおしゃべりをしてほしいんだ」

「お兄ちゃんとお話するの?」

「いやかな?」

「ううん、ゆり、お兄ちゃん好き!」

「ありがとう、じゃあ約束だね」

「うん!」


 "指切りげんまん、針千本のーます"


 そして私は毎年お正月の挨拶の度にここへ来ている__





 今になってとんでもない約束をしてしまったと自覚するけど後悔はしていない。

 この庭を見るのは本当に好きだし、それに……


「家じゃ見られないから」

「そっか、そろそろお茶にでもしようか」

「うん……」


 親戚に軽く挨拶をしたらこの部屋に篭ってしまう冬馬さんと話すことが出来るから。

 きっとあの日出会わなければこうして二人っきりで過ごすことなんて出来るはずもないから

 耳を澄ませると広間で騒いでいる下品なおじさん達の笑い声が聞こえてくる。


「さ、召し上がれ」


 用意されるのは決まって温かい煎茶とお茶菓子の淡雪あわゆき

 夏の和菓子として有名なのに何故か寒いこの時期に必ず出してくれる。

 たしかこの部屋に遊びに来て三年目からコレが習慣化された。きっと冬馬さんの洒落た演出なのかもしれない。この風景を見ながら淡雪を食べると、ほのかに甘いソレはふわりと口の中で溶けてしまい、まるで雪を食べているような感覚に陥る。この感じは実は嫌いじゃない。


「美味しい?」


 まるで何もかも見透かしたような目

 口の中に残る甘味を煎茶で流し込む。


「うん」

「なら良かった」


 お互い正座をして向かい合う、ときどき何かを考え込むように彼は外の景色を見つめる。その横顔がとても綺麗で見入ってしまう。

 出来ることなら一メートルぐらい空いている二人の距離を詰めてその横顔を間近に見つめたい。

 まぁ、そんなこと100年経っても出来そうにないけれど……


 冬馬さんは昔からあまり変わっていない。

 背が少し伸びて、声がより大人っぽくなったけどそれ以外は何も変わっていない。

 まるで彼だけ時が止まっているようで、どんどんと変わっていく自分が怖く感じて思わずスカートの端を握りしめてしまう。


「その制服……」

「へ?」


 急に指摘された服装にびっくりしてしまい、スカートから手を離して出来てしまったシワを隠しながら伸ばした。


文目坂あやめさか高校だね、僕も通ってたから懐かしいな」

「そう、なんだ」


 白々しい、ホントは知っていて入学した学校だ。

 いつもここにくる時は、お正月のせいなのか普段からなのか和服を着ている冬馬さん。おかげで制服姿なんて見たことがなくて、今になって気になってしまった。

 父にそれとなく通っていた高校を聞き出し、そこに入れば知らない冬馬さんを見れるのではないかと、そんなよこしまな考えで入学を決めた。

 彼の通っていた学校なだけあって少しレベルは高いし人気の学校だったけど、無事合格して男子生徒を見ながら、彼の制服姿を想像したりなんかしてしまっている。


「百合ちゃんみたいに可愛い子はいなかったけどね」

「なっ……」

「フフッ、なーんてね」

「からかわないでよ」


 反応したら負け。そんなこと分かってる。

 けれど冗談でも可愛いと言われたことが嬉しくて、顔が赤くなってしまうのは止められない。

 そして追い討ちをかけるようにさらに彼はからかってくる。


「後、二年もしたらその制服がよく馴染んできっと食べごろかな?」

「冬馬さん!」

「あはは、ほらお茶が冷めちゃうよ」


 顔に似合わないセクハラ発言は今に始まったことじゃない。

 さっきの可愛いもただのからかい。私が彼の一言に大きく反応するのがきっと楽しくてしょうがないんだ。本気でなんて言っていない。私を女だなんてきっと思っていない。

 私は彼にとっていつまでも小さな女の子なんだ。

 勧められるまま湯呑みに残っている残りのお茶を飲み干した。


「でも本当のことだからね?」

「何が?」

「僕の通っていた頃に百合ちゃんのような可愛い子なんて、いなかったよ……」


 冬馬さんは思いつめたような顔をしながらそう言ってくれる。

 嬉しいはずの言葉のなのに、胸が痛くなるはどうして?

 冬馬さんが高校生の時、私はまだ小学生で呑気に過ごしていた。

 そしてお正月には彼と遊んで、また来年ここに来るのが当たり前だと思っていた。


 高校三年生の時が冬馬さんが18歳になる年齢で、本来は結婚しなきゃいけないのにしなかった。

 だから毎年、そして今も私はここで彼と会話することができてしまう。

 きっと私には想像つかない程の波乱万丈な高校生活があったのかもしれない。


「さて、そろそろおじさん達が帰る頃じゃないかな?」

「うん……」


 部屋にある時計のボーンボーンという音が耳に聞こえてくる。

 一時間ごとに鳴るその時計は、午後三時を知らせてくれている。その時間はうちの家族が帰る時間だ。


「また来年、おいで」


 そして私は年が明けたばかりだというのに次のお正月を心待ちにしてしまう__

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