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転生の山  作者: 赤虎
7/11

裏切り

「前田参議利家である。其方が平井無辺殿か?」

「・・・」

「搦手口の案内を頼みたいのだが」

「・・・参議様なら案内するかね?」

「そうだな・・・」

利家は微笑みながら答える。

「・・・しかしだ、考えてもみよ。早く城が落ちればそれだけ犠牲者も出ない。人助けとは思わんか?」

「皆、城を枕に討死する覚悟だ。そのような気配りは無用!」

「さすがは坂東武者、潔いものよ。しかしだ、この瞬間にも城兵が命を落としているのだぞ。彼らの親兄弟や妻子は嘆き悲しむことだろう。これを黙視できるのか?」

「身内の屍を踏み越え進むが坂東武者の習わしだ!」

「やれやれ、坂東武者とは困ったものよのう・・・」

「加賀宰相殿」

「何かな、安房守殿」

「手緩いのではござらんか?無辺の妻娘を引っ立てよ!」

暫くすると、昌幸の雑兵が無辺の妻娘を連れてきた。妻娘は縄で厳重に縛られている。

「無辺よ、案内せねば其方の眼前で妻娘を雑兵らが集団で犯すぞ!」

「何を申すか!安房守!乱心したか!」

「越後宰相殿、本日中に城を手に入れよとの殿下の御下命、お忘れか!」

「だからと言って投降した女子を凌辱してよいというものではない!恥を知れ!」

「無辺の妻娘はこの昌幸が分捕りしもの。どのように処遇するか、わしの勝手じゃ!」

「戦場での勝手な振る舞いは許さん!そもそも平井殿の妻娘を捕らえたこと、何故今まで隠していた!」

「心外な!分捕った者をその都度越後宰相殿に報告せよと申されるか!」

「まぁまぁ・・・確かに古法にのっとれば安房守殿の理屈にも一理あるような・・・どうする、平井殿」

「・・・真田昌幸、この外道め!御本城様を裏切り徳川殿に鞍替えし、舌の根が乾かないうちに今度は徳川殿を裏切り上杉殿に走り、そうかと思えば関白に媚びへつらう無節操な卑劣漢!地獄に堕ちろ!」

「平井殿、どうするかと聞いておる」

無辺は昌幸を睨み叫んだ後、下を向いたまま沈黙した。時折頭を左右に激しく振っていたが、やがて利家を見据える。

「・・・参議様に申し上げる!・・・城兵がこれ以上犠牲にならないように・・・参議様だけ・・・参議様だけを御案内いたす!」

「よくぞ申した。安房守殿、平井殿の妻娘をこの利家に預けてくださらんか」

「それは・・・」

「この利家に預けられよ」

「・・・わかり申した」

穏やかな表情にも関わらず周囲の者が身震いするほどの利家の気勢に昌幸は圧倒され、不本意ながら承諾した。

「この者共の縄を解け」

「はっ!」

利家が近習に命じる。近習は昌幸の雑兵から無辺の妻娘を引き離すと、小太刀でその縄を断ち切った。景勝の馬廻衆も無辺の縄を解く。

「平井殿の妻娘はわしがしかとお預かり申す。御安心なされよ。ところで、わしは総大将の身、本陣から離れるわけにはいかぬ故、越後宰相殿を案内してくださらんか?」

無辺の顔には明らかに安堵の表情がある。

「・・・承知しました・・・」

「越後宰相殿、大手口には我が勢7000を向かわせる故、全兵力で搦手口を攻めてくださらんか」

「承った。では、平井殿、早速案内願おうか」

景勝は立ち上がると無辺を促した。

「越後宰相殿、ちと話したいことがある」

「何でしょうか?」

利家は立ち上がり景勝を本陣の外れに誘う。近くに人気がないことを確認すると、利家は景勝に小声で囁いた。

「越後宰相殿が安房守を毛嫌いしていることは承知している。越後宰相殿の様な真直ぐな気性の御仁の眼には安房守の様な者は許しがたい卑怯な変節漢にしか映らないのもわかるが、戦が終わるまではちと辛抱していただけないか?」

「・・・」

「木っ端大名相手にむきになっても、得るものは何も無いのでは?」

「・・・わかり申した。自慎します」

「では、吉報を待っておりますぞ」

「御免!」

景勝は利家に会釈すると搦手口攻略に向かった。

「やれやれ・・・松井田城以来、諍いが絶えん・・・何故殿下はわしと越後宰相殿だけに八王子城攻略を任せて下さらなかったのか・・・安房守は治部少輔(石田三成)殿に取り入っている様だが、手柄を立てさせたいのか?・・・これまでの戦でも、安房守率いる小勢などいようがいるまいが関係なかった。むしろ邪魔なだけだ・・・」


「右衛門太夫!須田右衛門太夫はいるか?」

軍勢が八王子の街に差し掛かった時、景勝は須田右衛門太夫満統を呼んだ。

「はっ、ここに!」

「城方とは決裂したが、やはり八王子の街を略奪や放火から守りたい。其方は手勢を率い八王子の街を警護しろ。狼藉を働く者があればその場で容赦なく斬れ。事と次第によっては鉄砲を使用しても構わん」

「御意!しかし何故に?」

「松井田城攻めの際には城下に火を放ってしまったが、あれは愚かな選択だった・・・此度の戦は天下を統一するためのもの。天下統一の目的は何だ?」

「この乱世を終わらせ、太平の世にするため以外の何物でもないのでは?」

「そのために民百姓が汗水垂らして蓄えた財を奪い街を灰燼に帰してよいのか?」

「仰せ御もっとも!この満統、必ずや八王子の街を守って御覧に見せます!」

「手勢に不足があれば遠慮なく増援を願い出るがよい。頼んだぞ」

「御意!」

「山城守はいるか!」

「ここに」

「其方の手勢の内、500を八王子の街を警護するための予備としておけ。直ぐに八王子の街に駆け付けられるよう、後方に配置するように」

「御意!」


恩方の集落を経て上杉勢は搦手口に到達する。城の搦手道とは言っても、兵1人が辛うじて通れる幅しかない獣道の様な狭く険しい山道である。

「これが搦手道だと?まるで獣道ではないか。搦手道だと言われなければ見過ごしてしまう程だ・・・已むを得ん、竹束は置いていけ!できるだけ身軽になってから進め!」

景勝は搦手道を目の当たりして驚愕するが、間髪入れず指示を出す。幅の狭い険しい山道のため、至る所で渋滞してなかなか前進できない。それでも上杉勢は四苦八苦しながら搦手道を進み、やがて棚沢の滝の上部に到達した。

「ここから暫く登ると登城道が二手に分かれ、左を行けば小宮曲輪の真下に出ます。右を行けば西曲輪に至ります」

「平井殿、御苦労であった。全軍小宮曲輪を目指せ!」

「・・・参議様・・・御免!」

悲しげな笑みを浮かべたかと思うと、無辺は急に走り出し棚沢の滝に身を投げた。

「平井殿!」

近習が叫ぶが、景勝は直ぐに彼の肩を掴んだ。

「これでよいのだ・・・妻娘のためとはいえ、裏切りを良しとせず自らを罰したのだからな。その思い、汲んでやれ・・・左衛門!滝壺に降り平井殿の亡骸を運び出し、麓の寺で丁重に葬れ!」

「御意!」

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