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転生の山  作者: 赤虎
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陰謀

「佐助を呼べ」

「はっ」

その晩、昌幸が近習に指示する。暫くすると上月佐助が昌幸の寝所に現れた。

「其方は今夜、忍を率いて前田慶次の陣を襲え。城方が夜襲を仕掛けたと見せかけてな」

「はっ、しかし何故に?」

「戦にならなければ、恩賞もなければ戦利品を手にすることもできないだろう?」

「・・・御意」


「佐助」

昌幸の寝所の外で、木に寄り掛かり腕を組んでいた青年が佐助に声を掛けた。

「源次郎様・・・」

「父上から何を指示された?」

「・・・」

「答えろ」

「・・・前田慶次殿の陣を襲えと・・・」

「・・・ったく・・・もうよい、行け」

「御免!」

(強欲で卑劣・・・あの男の様にはなるまい・・・)

信繁(真田源次郎信繁)は寝所を睨みながら心の中で呟く。

(戦う意思の無い者を陥れ恩賞を得たところで何になる!恥晒しなだけだ!)


「・・・ん?この夜更けに何の騒ぎだ?誰かあるか!」

利貞の陣所で騒ぎが起きた。その喧騒に気が付いた利貞は近習を呼ぶ。

「城方が和議を破り夜襲を仕掛けてきました!」

「何だと!和議は我等を油断させるための罠であったか!全力で反撃しろ!」

「殿、参議様に御報告の上、御指示を待つべきでは!」

「その様に愚図愚図していらた陣を破られるぞ!戦は迅速に進めるが肝心じゃ!」

「はっ!」

利貞はすぐさま甲冑を身に付けると、手勢を率いて大手門に向かった。


「何だ、敵陣が騒がしいぞ」

「・・・あれは!敵襲!各々方、出合え!出合え!」

利貞勢が大手門に向かい銃撃を開始した。

「敵は銃撃を始めたぞ!出羽守様に至急御報告を!」

大手門を警備していた綱秀配下の兵が対応を急ぐ。

「まだ反撃してはならん!出羽守様の指示を待て!」

銃を構え応戦しようとする兵を組頭が制止した。しかし、利貞勢は城方の反撃が無いことをいいことに大手門に取り付尽き、門を破り始めた。


「出羽守様、敵の夜襲です!既に銃撃が始まっています!」

「何だと!監物殿に伝令を出せ!事態が確認できるまで応戦するな!すぐ行く!」

綱秀は甲冑を身に付けず、急ぎ大手門に向かい門脇の櫓に登った。夜の闇の中、敵勢の中で指揮を執る黒い南蛮笠の兜を身に付けた武将が松明に照らし出された。

(あの兜は前田慶次殿ではないか?)

「前田慶次殿と御見受けする!某、北条家家臣、近藤出羽守綱秀と申す!この事態、御説明願いたい!」

「前田慶次利貞じゃ!卑劣にも和議を破り夜襲を仕掛けた分際で何を申すか!」

「何と!そのようなことはあり得ん!これは何かの手違い、当方は和議を遵守し応戦しない故、一先ず兵を引かれよ!」

「黙れ卑怯者!撃て!」

銃声と共に綱秀は倒れた。

「出羽守様!」

「監物様に伝令を!早くしろ!」


「申し上げます!大手門に敵が攻め寄せました!」

「何だと!すぐに行く!」

和議が成立したこともあり、持ち場を離れ御主殿で床に就いていた吉信は起き上がるとそのままの格好で大手門へ急ぐ。途中、伝令が駆け寄ってきた。

「申し上げます!出羽守様が撃たれました!敵は当方の言い分に聞く耳持たず、一方的に攻め立てています!」

「わかった!」


吉信が大手門に着くと、血まみれになった綱秀が盾の上に横たわっている。

「出羽守殿!」

「・・・監物殿か・・・当方が夜襲を仕掛けたなどと・・・わけが・・・わからん・・・」

綱秀はこと切れた。吉信は両手を合わせる。吉信と同様に御主殿で床に就いていた一庵と家範も駆け付けていた。

「出羽守殿・・・」

「おのれ!我等が夜襲を仕掛けたと言い掛かりをつけるとは!当初から和議などする気はなかったのか!」

「弔い合戦だ!監物殿、戦おう!」

「敵は誰ぞ!」

「前田慶次殿と名乗っておりました!」

「誰だろうと構わん!叩き潰せ!」

「待て!まだ事態が掴めん!」

旧知の友でもある綱秀を殺されて激怒した一庵を吉信が制止する。

「和議を順守する者が、甲冑を身に付けていない出羽守殿を撃つか!」

「だから事態を確認する必要があると言っておるのだ!まずは軍使を出す!」

「・・・よかろう。だが、我等は持ち場に戻り備えを固める。よろしいな」

「そうしてくれ。だが、事態が確認できるまで絶対に応戦するな!」

「承知!」

「では、御免!」


「前田慶次殿!事態を確認するためにこれより軍使を出す故、攻撃を止められよ!」

吉信は櫓に登ると大声で利貞に呼びかけた。

「今更何を言うか!和議を反故にし我が陣に夜襲を仕掛けるような卑怯者は成敗するのみ!者共、撃て!」

利貞が大声で言い返す。

「危ない!」

1人の若い兵が吉信の身体を覆った。次の瞬間、この兵も銃声と共に倒れた。

「おい!しっかりしろ!」

(・・・死んだか・・・問答無用ということか・・・仕方あるまい)

「各々方、敵は聞く耳を持たん。故にこれより応戦する!伝令!全力を挙げて応戦するよう各部署に伝えよ!」

吉信は斃れた兵を静かに寝かせると櫓から大声を張り上げた。

「おおっ!」

「出羽守様の弔い合戦じゃ!」

「加賀の田舎侍に坂東武者の心意気、見せてくれるわ!」

「山城守(師岡山城守将景)は何処!」

「ここに!」

「出羽守殿に代わり指揮を執れ!」

「はっ!」


前後してそれぞれ持ち場にいた氏宗、照基、家重が騒ぎを聞きつけ相次いで大手門に駆け付けた。

「監物殿、これはいったい・・・」

「和議が成立したのではなかったのか?」

「敵が攻撃してくる理由はわからんが、もはや受けて立つまで!各々方も持ち場に戻り備えを固められよ!」

「承知した!」

「おおっ、任せておけ!」

「・・・」

照基と家重が持ち場に向け駆けだす中、氏宗はその場に立ち尽くしていた。

「どうした?将監殿」

「・・・いや、別段・・・」

「そういえば将監殿は初陣であったな。これが戦というものだ。ついさっきまで元気にしていた者が鉄砲玉1発で簡単に死んでしまう・・・友垣も殺される・・・本音を言えばわしは戦などしたくない。だが今は戦わなければならない。至急持ち場に戻り備えを固められよ!」

(そんなことではない・・・俺は・・・)

「早く戻られよ!」

「・・・承知!」

吉信に促された氏宗は持ち場に向け駆けて行った。


「申し上げます!前田慶次殿が大手門を攻撃しています!」

「何だと!あのたわけが!」

寝所で報告を聞いた利家は激怒した。

「直ちに戦闘を止めさせよ!従わぬ者は斬れ!大至急慶次を本陣に呼べ!越後宰相殿と安房守殿にも本陣に参集するよう伝えよ!」

「はっ!」

「あのた大たわけめ!」

伝令が去ったあと、利家は着衣を正しながら吐き捨てた。


「申し上げます!直ちに戦闘を中止せよとの参議様の御下命です!併せて、本陣に御越し下さい!」

「ちっ、もう少しで門を破れるというのに・・・已むを得ん、兵を引け!」

利貞は大声で撤兵を指示した。銃声が止み、闇の中、松明が敵の本陣に向け移動しているのが櫓から見える。

「敵の攻撃が止んだぞ。討って出るか?」

「いや、駄目だ。この闇では同士討ちの危険があるし、敵がどのような仕掛けを残したのかもわからん」

「そうだな。夜明けを待つか・・・」


「慶次、これはどうしたことか!」

「敵が和議を破り夜襲を仕掛けてきたのです」

「其方の陣だけにか?他の陣は如何に?」

「それは・・・」

「他の陣からは敵襲の報告は一切無い!最前線から一歩下がった場所にある其方の陣だけが襲われたにも関わらず、疑義を挟まず何も確認せぬままにわしの許しもなく勝手に大手門を攻撃しおって!この大たわけめ!首を刎ねてくれようか!」

「加賀宰相殿、御身内の事なれば・・・」

「身内だからこそ厳しく処断せねば軍規が保てぬ!」

景勝がその場を鎮めようとしても利家の怒りは収まらない。

「加賀宰相殿、軍使を出しましょう。これは何かの手違い、確認する必要があります」

「うむ、そうしよう。わしは和議を壊したくない。わしが城代と直に談判する」

景勝が進言すると利家は頷く。

「某も同席させていただきます。山城守!」

「はっ!」

「危険だが再度軍使として赴いてくれ」

「御意!」


「某、上杉家家臣、直江山城守兼続と申す!再度軍使として参った!御城代に御取次願いたい!」

「軍使だ。門を開けよ!伝令、監物様に軍使到着を伝えよ!」

大手門を守る侍大将が指示を出した。


山頂曲輪の本陣では評定が行われていた。

「やはり軍使を出そう。騒擾の責任を追及しなければならない」

「監物殿!そのような悠長な事でよいのか!」

「主膳殿、そういきり立つな。戦で決着を付ければよいだけの事」

家範が一庵を嗜めつつ、開戦を主張した。

「しかし、陸奥守様は開城せよと・・・」

「当方は和議を遵守した。それを敵が一方的に反故にするのであれば話は別だ!」

「主善殿、落ち着け。ところで将監殿、普段なら真っ先に意見を述べる将監殿が何故黙っているのだ?」

吉信が氏宗に語り掛けた。

「某は・・・開城すべき・・・」

「何を言うか!こうなった以上、戦しかあるまい!」

「主膳殿、将監殿の話はまだ終わっていない」

「・・・ただ開城するのではない。騒擾の原因を明らかにし、騒擾を画策した下手人の首を当方に差し出すという条件を付けたら如何か?」

「出羽守殿を撃ったのは前田慶次であることは明らか!詮索するまでもない!」

「慶次殿は短慮な猪武者と聞く。かつ、敵陣にはあの真田昌幸がいる。真田が騒擾を画策したと思慮するが如何?」

「くっ・・・」

「それに、この城には頭数では3500人余が詰めているが戦力は低下している。搦手口や西の堡塁を放棄する以上、必ずここが穴になる。開戦は危険だ」

「なるほど・・・一理ある」

「それは将監殿の推測であろう!出羽守殿を撃ったのは前田慶次!この事実は動かん!搦手口に関しては御味方も知らないものを敵が知るはずがなかろう!搦手口に敵影が無いのが何よりの証拠!」

「主膳殿、ここは将監殿の言うとおり、下手人の首を条件に開城したら如何かな。陸奥守様の御下命もあることだし」

「三郎右衛門殿、単なる推測で開城するわけにはいかぬぞ!」

暫くの間、開戦を主張する一庵、家範、照基と条件付き開城を主張する氏宗、家重との論争が続いていた。

「申し上げます!直江山城守殿が軍使として御越しになりました!」

「・・・御主殿の会所で待たせておけ」

「はっ!」

「今更何を!」

一庵が吐き捨てた。

「称賛に値する肝の持主だな、山城守殿は」

「勘解由殿!敵を誉めるな!監物殿、監物殿の考えは如何に!」

業を煮やした一庵が吉信を質した。

「・・・慶次殿を下手人として当方に差し出すのであれば開城に応じるというのは如何かな?開城せよとの陸奥守様の御下命を無碍にはできん。しかし、出羽守殿と4人の兵が殺されているのも事実。真田が画策した騒擾かもしれんが、出羽守殿を撃った張本人は慶次殿だ。慶次殿を下手人として要求するは当然」

「・・・監物殿がその様に判断されるのであれば従おう。ただし、前田慶次の件は絶対に譲歩なさるな!」

「承知した。各々方、異存はないな」

「ない」

「承知した」


「お待たせいたした。さて、山城守殿、今更何の御用ですかな?」

御主殿の会所で吉信は兼続と対面した。

「此度の件は何かの手違い故、加賀宰相殿と我が主、上杉参議景勝は御城代と直々に話がしたいと仰せられておる」

「其方等は和議を遵守している当方を一方的に攻め、停戦を呼びかける我が配下の者を射殺した。信用できん」

「では、どのようにすれば信用していただけると」

「前田慶次殿を下手人として差し出されよ」

「それは・・・そのような事、できるはずがなかろう!」

「これは譲れん。当方は既に幾人もの将兵が一方的に殺されているのでな・・・加賀宰相殿と越後宰相殿に伝えられよ。慶次殿を差し出せば当方は和議を遵守し再び開城いたすとな。さもなくば、戦にて決着を付ける。以上だ」

「御城代!話し合えば何処かで折り合いも付く!騒擾の原因もわかるだろう!配下の者を殺された憤り、御もっともだが一時の激情に流されるは・・・」

「これ以上お話しすることはない」

吉信は席を立った。


「そうか・・・慶次を差し出せと」

「はっ!」

「理は城方にあるかな・・・しかし、騒擾の原因が明らかでない以上、慶次を差し出すわけにはいかん・・・」

兼続の報告に利家は深く溜息をつく。

「支城の、しかも城代の分際で加賀宰相殿の甥御を下手人として差し出せとは何と無礼な!成敗しましょうぞ!」

昌幸が怒った素振りをする。

「安房守殿、慶次のことでそういきり立たんでもよい・・・しかし、騒擾の原因を詮索すればそれ相応の時間がかかる。松井田城と鉢形城攻略にあれ程時間がかからなければ余裕ができたものを・・・今日中に八王子城を手に入れよとの殿下の御下命に反すわけにはいかんしな・・・」

「仰せのとおり!殿下の御下命こそ全てですぞ!」

「安房守、やけに拘るな?もしや其方が・・・」

「滅相もない!越後宰相殿、何を証拠に!」

「其方ならやりかねんということだ。名胡桃城の件もあるしな。此度の戦も、元はと言えば武田殿から預かったに過ぎない沼田領を主家滅亡をよいことに其方が横領したのが発端であろう」

「何ですと!越後宰相殿は・・・」

「まぁまぁ・・・已むを得ん。戦しかなかろう」

利家は苦渋の決断をする。

「各々方、まずは麓の諸曲輪を制圧して橋頭保を確保する。攻撃は投降した松井田勢、松山勢等にさせる故、越後宰相殿、前線で督戦していただけぬか?」

「承知!」

「加賀宰相殿、わしは如何に?」

「安房守殿は後方に控えておられよ。松井田勢等は総勢8000、麓の曲輪を制圧するにはこれで十分だろう。いたずらに御味方の兵を犠牲にすることはない」

「・・・わかり申した」

「慶次を呼べ」

「はっ!」


「何用ですかな?」

「其方はもう戦に出るな。後方で謹慎しておれ」

「何を申されるか。某の軍勢なくば・・・」

「黙れ!其方の様なたわけの顔など金輪際見たくないわ!下がれ!」

「しかし・・・」

「口答えするな!これまで大目に見てきたからといって調子に乗りおって!これ以上わしの意に逆らうのであれば首を刎ねる!其方の首を大手門前に晒せば、兵を犠牲にすることなく城を手に入れることができるでな!」

「・・・」

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