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転生の山  作者: 赤虎
3/11

籠城

天正17(1589)年11月3日(新暦で12月10日)の名胡桃城事件により、北条家と秀吉は完全に決裂した。以前より秀吉との決裂と豊臣軍の坂東来寇を予測していた氏照は2年前から武器弾薬の備蓄に努めていたが、名胡桃城事件後は八王子城の改修を急ぐと共に本格的に武器弾薬の製造と領内の民百姓に対する徴兵を実施した。


「これからどうなるんで?」

酒を飲みに来た氏宗に亭主が尋ねた。氏宗はさすがに難しい顔をしている。氏宗はおもむろに椅子に座ると腕を組んだ。

「恐らく、春の雪解けと共に関白は坂東に来寇する・・・関白は4年前の四国侵攻の際には10万人以上、3年前の九州侵攻の際には20万人以上の軍勢を繰り出している。今回も20万人は下るまい」

名胡桃城事件の報は直ちに氏照の元にもたらされ、その噂は瞬く間に巷に溢れた。町衆の中には氏照の居城である八王子城が攻撃対象になるのは必須と考え、街全体を囲む総構を普請している小田原に避難する者も出始めていた。

「それにしても、何故このような時期に名胡桃の御城を・・・」

「能登守(猪俣能登守邦憲)殿はこの様な重大事を独断で行う御仁ではない。かと言って御本城様が指示されたとも思えん。真田が自作自演の猿芝居を打ったと考える方が腑に落ちる。真田は武田殿から預かりし沼田領を主家滅亡の際に横領したのだ。関白はその沼田領を御本城様に有利な内容で仲裁した。当然だ。元はと言えば真田が横領したのだからな。それに不満を持った真田が画策したのだろう」

「とんだとばっちりですな」

「これは俺の推察に過ぎない。事の真相はまだ不明なのだから口外するなよ。憶測が飛び交うと混乱の元になる。それはそうと、亭主は小田原に避難しないのか?さきもいることだし・・・」

「八王寺もかれこれ2年半、おかげさまで店も繁盛していますし、棟別銭もこの間免除されているので儲けさせてもらっています。戦になるかもしれないからって、そんな理由で陸奥守様の御恩を足蹴にしたくないですからね。さきももうじき14。もう子供じゃありません」

「下手な侍より頼もしいな」

「こう見えてもわしは永禄4(1561)年の小田原合戦の時に小田原の御城に籠城して長尾勢を迎え撃ってますでな」

「初めて聞いたぞ!」

「そうでしたか?あの時だって、10万人を超える長尾勢を相手に籠城して蹴散らしたんですぜ。小田原の御城は当時より遥かに守りが固くなっていると聞きます。関白の軍勢が20万人だろうが30万人だろうが、恐れるに足りませんなぁ・・・話し込んでしまってお酒がまだでしたな。暫しお待ちを・・・」

(勇ましいものだな。家中でも浮足立っている者が少なからずいるというのに・・・関白と戦か・・・できれば避けたかった・・・だが、今度こそ陸奥守様の馬廻として思う存分戦うだけだ)


同年12月1日(新暦で1590年1月6日)、氏照は配下の諸将を八王子城に招集した。その中に、馬廻衆で1人だけ招集された氏宗の姿があった。八王子城御主殿の会所に参集した諸将の前で陣立が読み上げられる。

「・・・続いて八王子城に詰める方々を申す。横地監物殿。なお、本日を以て横地監物殿を城代といたす。以下、狩野主善殿、中山勘解由左衛門殿、近藤出羽守殿、大石信濃守殿、金子三郎右衛門殿及び島左近衛将監殿。以上の方々は横地監物殿の指示に従い直ちに籠城の準備に入られよ!続いて・・・」

(馬廻衆で俺だけが八王子城か!これまでの戦ならいざ知らず、総力を挙げて関白と戦わなければならない此度の戦に・・・何故だ!)

氏宗は今まで1度も戦に出たことがない。これまで常に氏照から特命を与えられていたために馬廻として氏照と共に出陣したことが皆無なのである。今度こそ馬廻らしい働きをしようと意気込んでいたら馬廻衆で1人だけ招集され、挙句の果てに八王子城籠城を言い渡される。氏宗は下を向いたまま歯軋りしていた。


「・・・これにて本日の評定を終わる。なお、横地監物殿、狩野主善殿、中山勘解由左衛門殿、近藤出羽守殿はこの場に残られよ。他の方々は御下がりなさるように」

(どいうことだ?)

一庵(狩野主善一庵)と家範(中山勘解由左衛門家範)が顔を見合わせる。

「さて・・・」

これまで終始沈黙していた氏照が口を開いた。

「わしは小田原に参陣するが、出撃を諦めてはいない。それ故に配下の者の大部分を小田原に連れて行く。八王子城に籠る者は其方等の手勢1000人余。この八王子城を守備するには最低でも精兵3500人が必要だ。民百姓を入城させ帳尻を合わせたところで城を守り切ることはできない。故に、関白の軍勢が来寇した際には速やかに開城せよ」

「何ですと!」

「八王子城は陸奥守様の御本城でござる!それを無血開城せよと仰せられますか!」

「一戦も交えずして開城とは納得がいかん!」

吉信以下、堰を切って反論するが、氏照の表情は変わらない。

「この城を攻める関白の軍勢は2万人を下るまい。勝ち目のない戦は避ける」

「しかし!」

「それなら八王子城を放棄して、全員小田原に参陣すべきでは!」

「各支城に民百姓と共に籠城するは評定での決定事項だ。しかし、ただ降れと申しているのではない。わしが小田原城から出陣する際には我が軍勢に合流せよ」

「しかし、開城すれば城の武器弾薬を没収されるは必定!」

「策はある」

氏照は重臣達に密かに準備した策を授ける。

「いつの間にその様なことを・・・」

「これならば納得できる・・・」

「これを準備した者達とその家族は全員小田原に連れて行く。八王子に残る者達の内、この事を知っているのは其方等だけだ」

「承知いたした」

「右大将(源頼朝)殿をはじめ、一度敗れても再起を果たし大業を成し遂げた故事は幾らでもある。坂東に独立した国を打ち立てるが我等の本懐。これは新皇様以来の、坂東人の宿願でもある。故に関白に臣従することなど有り得ないのだ。開城に拘り大義を見失うな。よいな」

「承知!」

「この件、他言無用ぞ。誰にも悟られぬよう、籠城の準備を粛々と進めよ」

「御意!」


「陸奥守様!」

廊下の端で待っていた氏宗は、会所から出てきた氏照に問いかける。

「何故馬廻から某だけ外されたのですか!某も小田原に連れて行って下され!」

「3年前の命、忘れたか?」

「しかし!」

「もう一度だけ言う。豊浦家の主人を警護せよ。守り抜け!」

「陸奥守様!」

「こっちに来い・・・暫くの間、誰も通すな」

氏宗と誰もいない部屋に入ると氏照は近習に声をかけた。

「そこに座れ・・・まだわからんのか?生き延びよと言っておるのだ・・・其方にはまだ話していなかったが、其方の父左近衛将監とは同歳の幼馴染でな、幼少の頃から共に学び共に遊んだ仲だ。元服の後、左近衛将監はわしの馬廻となり、やがて頭角を現し馬廻衆筆頭になった。しかし、三増峠の戦で左近衛将監はわしを庇い敵の鉄砲玉を受け討死した。そのため、島家を継ぐ者は其方しかいなくなった。其方はまだ独り身、子がいない。此度の戦で其方が討死すれば島家は絶えてしまう。もし、其方がわしに従い討死する様な事になれば、わしは冥途で左近衛将監に如何様に詫びればよいのだ?それだけではない・・・隠していたわけではないが、其方の母は比佐の妹だ。比佐は男子に恵まれなかったこともあって、甥に当たる其方の事を我が子の様に案じている。比佐の思いも汲んでやってくれ・・・春蘭には比佐を通じて松木曲輪に入る様に伝えてある。其方がわしの命で春蘭を警護していること、春蘭が松木曲輪に入ることは監物と勘解由も承知している」

「・・・」

「わしは小田原城に入っても出撃を主張する。出撃し戦になれば、馬廻衆にも討死する者が出よう。それは其方かもしれん。わしに従うより、わしが長年精魂込めて普請した八王子城に籠っている方が遥かに安全だ」

「・・・某の烏帽子親になっていただき偏諱をいただいたのも、某を堺に派遣しその後は新型鉄砲の開発に専念させたのも・・・」

「そうだ。わかったら命に従い籠城の準備をせよ。どの様な事態になっても、関白の軍勢が坂東から撤退するまで春蘭共々八王子から離れるな。よいな」

「御意!」


「三郎右衛門(金子三郎右衛門家重)殿・・・」

「・・・」

「招集者は2500人ではなかったのか?」

「・・・」

「どう見ても6000人以上いる。しかも、女子供まで・・・」

吉信は徴兵を担当した家重を質す。12月1日の評定から間もなく、吉信は徴兵した民百姓を八王子城下に招集した。しかし、何の手違いがあったのか、城下には計画数を遥かに上回る人数の民百姓が女子供まで連れて参集していた。

「三郎右衛門殿・・・」

「・・・某、確かに2500人分の名簿を作り、それに従い集めたのだが・・・」

「だが、現に6000人余の民百姓がおるではないか」

「・・・わからん・・・何があったのだ・・・」

「名簿は何処にある?」

「これだ・・・」

「あの・・・ちょっとよろしいですかな?」

計画数を遥かに超える群集を前にして途方に暮れている吉信と家重の姿を見て、亭主が吉信に語り掛けた。

「おお、亭主ではないか。如何にした?」

「わしら、勝手にここに来たんで」

「何?」

「宗瑞(北条早雲)様が小田原を御治めになられて以降、代々の御本城様の御庇護の下、わしら町衆は自由に商をさせていただき大いに潤うことができました。わしらだけじゃない、この御城に参集した農民達も同様です。昔、年貢は六公四民でした。しかも請役を任された地侍の取り分もあったので実際には七公三民・・・これを宗瑞様は四公六民に改めなされ、しかも地侍の取り分を禁止なされた。飢饉の際には年貢を減免され、御蔵の米をいただき、それで命を繋いだ者は数知れません。この御恩に報いない者は人ではないでしょう・・・」

「・・・」

「一緒に戦わせてくだされ。わしら、多くの者は戦が初めてじゃが精一杯戦います故、決して足手まといにはなりません。なぁ、皆の衆!」

「そうじゃ!戦わせてくれ!監物様!」

「わしも御本城様のために戦いたいのじゃ!」

「わしもじゃ!爺様がガキの頃、不作で食い物が無くなり村人が飢えて死にそうになった時、御本城様が米を届けてくださったから皆死なずにすんだんじゃ!その御恩は忘れてねぇ!恩返しじゃ!」

「そうじゃ!洪水で川の流れが変わって田んぼを失くした時、村人に新たな土地を宛がってくださったのも御本城様だ!」

(この者共は・・・しかし・・・)

吉信は民百姓の気迫に押されていた。

「戦は其方等が考えている程簡単なものではない!その場の勢いだけで戦に出れば、簡単に死んでしまうぞ!」

「人は何時か必ず死にますでな。元より死は覚悟の上じゃ」

「そうじゃ!」

「御城で討死じゃ!」

「討死じゃ!」

「・・・わかった、わかった!其方等にも得手不得手があるだろう。それを見極めたうえで当方で誰を入城させるか判断させてくれ。いずれにせよ、ここにいる全員を入れる余裕が城には無いのでな」

「・・・わかり申した」

「将監殿は何処!」

「ここに」

「将監殿、ここにいる民百姓から2500人を選別していただけないか?」

「それは三郎右衛門殿の御役目では?」

「某、武辺者故こうした作業は苦手だ。お任せする」

家重はあっさり氏宗に作業を委ねてしまう。

「・・・承知した」

「頼んだぞ」

「すまないな、将監殿。礼は改めて・・・」

「・・・」

吉信と家重は氏宗に対応を任せるとその場を後にした。


「数馬、頼母」

暫しの間、脱力していた氏宗は気を取り直し配下の者を呼んだ。

「はっ」

「はっ」

「鉄砲を持参している者がいる。数馬は鉄砲の心得がある者の名簿を作り、早合が使える鉄砲を把握してくれ。頼母は戦の経験者、技能者その他の者の名簿を作成してくれ。名簿には居所と年齢、女房と子供の有無を必ず記載するように。戦の経験者と言っても技能の無い年寄では話にならんから40歳未満の者だけでよい」

「御意」


「皆の衆!鉄砲を使える者は左手に集まれ!その他の者は右手に集まれ!」

数馬が大声で指示し民百姓を二手に分ける。

「これより鉄砲組を担当する西島数馬と申す!其方等の中には鉄砲を持参している者がいるが、この城では鉄砲の弾薬を統一している。この弾薬が使えるか否か今から検分するので各々検分役に鉄砲を渡すように!その際には居所と名、年齢、女房子供の有無を告げよ!他の者はこれより名簿を作成するので、こちらに並び順次居所と名、年齢、女房子供の有無を告げよ!」


「島崎頼母と申す!これより其方等の技能を調べたい。まずは医術の心得がある者、前に出よ!」

8人が前に出てきた。

「では、こちらの名簿に居所と名、年齢、女房子供の有無を記してくれ。次に、大工の経験がある者、前に出よ!」

43人が前に出てきて名簿に名を記載する。

「鍛冶職人、前に出よ!」

今度は23人が前に出てきて名簿に名を記載する。その後、手工業の経験者214人、40歳未満の戦の経験者184人が順次名簿に名を記載するが、残された者達の一部が不満を露わにした。

「わしらはどうなるんで?」

「入城した際には飯炊きや負傷者の介抱に専念してもらう」

「何故ですかい?わし等も戦わせてくだされ!」

「そうじゃ!戦わせてくだされ!」

「飯を食わなければ戦もできないだろう?飯を炊くのも戦ぞ」

「屁理屈じゃ!」

「屁理屈ではではない。刀槍や弓矢で戦うことだけが戦ではないのだ。武器や武具を作り兵糧を集め、こうした物資を必要な場所に必要なだけ運び、城や砦を普請し、飯を炊き飯を食い、戦いの後は負傷者や病人を治し壊れた武器や武具を修理する、こうしたもの全てが揃って初めて戦と言えるのだ。」

「納得できんのう」

「あんた!さっきから何ほざいているの!」

不平を言う男の女房と思しき婦人が話に割り込んできた。

「あんたが外で仕事ができるのも、あたしが御飯を作って、子供の世話をして、洗濯とか雑用しているからじゃないのさ!頼母様の言うこと、そのとおりだよ!わからないあんたはバカなのかい!ごちゃごちゃ言ってないでこっちに来な!」

「痛い痛い痛い!」

その婦人は男の右耳を掴むと群集の中に連れて帰った。

「女房殿の方がよっぽど戦を御理解されているようだ」

「わはははは!」

頼母が軽口を言うと一同が笑い出す。

「戦では不要な人間、不要な作業はない。皆必要なのだ。どれか一つでも欠ければ戦ができなくなる。皆の衆、入城した際には自分の仕事に誇りと責任をもって当たられよ。よろしいな」

「おお!」


「ところで頼母様、籠城する者達は何時頃決まるんで?」

「3~4日かかるだろうな」

「それまでわし等どうすればよいので?ここで待つんですかい?」

「待つのであれば、寝床と飯は?」

「この季節、野宿はさすがに無理じゃ」

「戦の前に凍え死んでしまったら元も子もないでな」

「・・・至急沙汰いたす。暫し待たれよ!」


「殿!」

「どうした?」

頼母は慌てて氏宗の陣所に駆け込んだ。

「籠城者が決まるまでの、あの者達の居所と飯は如何に!」

「・・・町衆と近郊の農民達は一旦居所に戻し期日を決めて再度参集させるとして、遠くから来た者達を何処に入れるかだな・・・監物殿と相談してくる」


「監物殿、6000人余を2500人まで絞り込むには3日、急いでも2日はかかる。その間の集まりし民百姓の寝床と飯は如何に・・・」

氏宗は吉信に相談するために御主殿に赴いた。

「御本城様のために集まった民百姓だ。無碍にできん」

「町衆と近郊の農民達は一旦居所に帰せばよいとして、残りの者達は・・・」

「・・・そうだな・・・町衆と近郊の農民達は今日中に一旦居所に戻そう。3日後の昼に再度招集する。今なら城に3500人まで入れることができから、暗くなるまでに居所に帰れない者は今晩は城に入れ明朝には帰し、この者達も3日後の昼に再度招集する。城に入りきらないのであれば、城下の寺社に協力してもらうとするか・・・飯は兵糧米から支給する。入城と飯に関してはわしと勘解由殿で采配するから、其方は彼等にこの旨を伝えてくれ」

「承知!」

(すまんな、余計なことをさせて・・・だが、こうした面倒な事は其方にしかできないのだ・・・それにしても・・・)

友人達や民百姓を欺く様な行為に吉信は疲れていた。


「殿、どうでした」

頼母は心配そうな面持ちで氏宗を待っていた。

「何とかなった。町衆と近郊の農民達は今日中に居所に帰す。暗くなるまでに居所に帰れない者は城に1泊させ明朝に居所に帰す。城に泊まる者達には飯を支給する。入城に関しては指示を待つように。いずれの者達も3日後の昼に再度招集する。この旨、民百姓に伝えてくれ」

「御意!」


「数馬、鉄砲組の様子はどうだ?」

その日の夜、氏宗は八王子城の陣所で数馬と頼母の報告を聞いた。

「殿、面白い結果が出ています。鉄砲を使ったことがある者は407人、この内猟師が7人です。猟師でなくても鉄砲衆として戦を経験していたり、日頃農作物を荒らす鹿や猪を駆除したり農閑期には猟師もどきのことをしていますので、皆下手な鉄砲足軽より腕が立ちます。また、彼らが持参した鉄砲は全部で213丁、その内早合が使える鉄砲が196丁ありました」

「それは実か?八王子城に搬入された鉄砲が1000丁だから合計で1196丁。新型鉄砲が150丁あるから実質1496丁か・・・それにしても、よくそれだけの鉄砲を持っていたものだな。」

「一揆でも起こされたら大変なことになっていたでしょうね。これまで一揆が無かったのも御本城様の功徳の賜物かと。さて、八王子城に籠る将兵は1016人、全員が鉄砲を使えます。したがって、合計して鉄砲1196丁、射手1423人となります」

「なるほど・・・装填手をある程度確保できるな。数馬、追加の装填手を育成する必要はあるか?」

「鉄砲を扱ったことがない者を付け焼刃で装填手にしたところで、混乱した戦場で慌てて装填した挙句暴発させる危険があります。鉄砲組は手練れだけで編成すべきです」

「そうだな。よし、民百姓だけの鉄砲組を編成しよう。鉄砲足軽と混成するより連携が取りやすいだろうからな。頼母は?」

「医術の心得がある者が8人いました。以下、大工経験者が43人、鍛冶職人が23人、手工業経験者が214人、40歳未満の戦の経験者が184人です。その他の者は雑用にと先程まで考えていましたが、士気が高く雑用に回すには惜しいような・・・付け焼刃になりますが、槍を教えて大手門、山下曲輪、阿弥陀曲輪に配置したら如何かと・・・」

「そうだな・・・槍ならば付け焼刃でも何とかなるか・・・」

氏宗は考え込む。

「・・・槍組も編成するか・・・御苦労!後は監物殿の判断だ」


「監物殿、これが名簿です」

翌朝、氏宗は吉信に八王子城下に参集した民百姓6437人の名簿を渡した。

「御苦労・・・6437人か・・・八王子城には城兵の他、その家族1200人余が籠る。6000人余もの民百姓が入るわけがない・・・」

「女子供は論外、技能を持つ者を最優先とし、次に独り身の者から壮健な者を優先させて2500人まで絞り込んだら如何か?」

「鉄砲を扱える者はどれ程いる?」

「407人で、下手な鉄砲足軽より腕が立つ」

「そうか・・・個々の役割分担に関して私案はあるか?」

「鉄砲の使い手をはじめ技能を有する者は879人。これらの技能者は鉄砲組、負傷者や病人の治療、城の普請、武器武具の修理に充て、他の1600人余は槍足軽として槍組に編入し大手門、山下曲輪、阿弥陀曲輪に配置すればよろしいかと。負傷者と病人の介護は城兵の家族でもできる故」

「・・・なるほどな・・・槍足軽なら短期間で育成できるか・・・よし、将監殿、其方の私案に基づき早速選別の作業に入ってくれ」

「承知!」


「殿、できました」

次の日の夕刻、数馬が2500人に絞り込んだ籠城対象者名簿を持ってきた。

「どれ・・・」

(何だと!亭主、鉄砲が使えたのか!・・・そういえば永禄4(1561)年の小田原合戦の際に小田原城に籠城したとか言っていたな・・・鉄砲衆だったのか・・・)

「殿?どうかなされましたか?」

「・・・いや、何でもない。御苦労」

(さきを1人にするわけにはいかない・・・どうしたものか・・・)


「春蘭殿、頼みがある」

その日の晩、久々に春蘭の店に戻った氏宗は春蘭に話しかけた。

「何でしょう?改まって」

「亭主が八王子城に籠城することになりそうだ。民百姓の女子供は籠城させないことになるだろうから、そうなればさきが1人残されてしまう。さきを春蘭殿の身内にして、一緒に八王子城に入っていただけないか?」

「もちろん、喜んで!あの子を1人にさせることはできませんからね。幸い、御城に入る者達の名簿はまだ監物殿に御渡ししていません。さきちゃんも豊浦家の身内として追加しておきますね」

「かたじけない」

「御食事は?今日はここで御休みになられるのですか?」

「まだやりかけの仕事がありましてな。これで失礼仕る」

「・・・」


「監物殿、これが2500人に絞り込んだ名簿です」

翌朝、氏宗は名簿を吉信に渡した。

「よし、この者共等を入城させよう。他の者は居所に帰す。槍の訓練は信濃守殿と三郎右衛門殿に任せる。鉄砲の訓練は其方が仕切ってくれないか?」

「承知した」


その日の昼、吉信は再度集まった民百姓に籠城対象者を伝えた。

「監物様!わしも加えて下され!」

「わしは何故駄目なんじゃ!」

「何でもするからわしも加えて下され!」

当然、籠城対象者から漏れた者達が不平不満を吉信にぶつける。

「其方等の御本城様に対する忠義、実に痛み入る!しかし、八王子城は5500人の籠城を想定して普請されている。故に城にある兵糧米は5500人分しかない。城には其方等全員を入れる地積も建物もない。其方等全員に渡す武器もない。わかってくれ!」

「・・・」

「御本城様への忠義を示す場は戦場だけではない。戦になれば田畑が荒らされ町家が焼かれる。其方等が悉く討死してしまえば、誰が田畑を元に戻し町家を再建するのだ?死に急ぐことはない。生き延びて、今以上に坂東の地を豊かにして、末永く御本城様に忠義を尽くしてもらいたい!」

「・・・仕方ないかのう」

「そうじゃな・・・入る場所が無ければのう・・・」

「監物様・・・必ず勝って下され!」

「西の猿如きに坂東を渡さんで下され!」

「監物様に餞じゃ!・・・鋭鋭鋭!」

「応!」

「鋭鋭鋭!」

「応!」

「鋭鋭鋭!」

「応!」

八王子城下に勝鬨が木霊する。

「監物殿・・・」

「皆大したものよ・・・赤松大膳(赤松満祐)や松永弾正(松永久秀)の様に主人を殺める侍も少なからずいるというのにな・・・」

「勝てる・・・勝てるぞ!」

「そうだ!勝てるぞ!」

家重と照基(大石信濃守照基)が右手の拳を振り上げ勝鬨に応じていた。


その日の昼過ぎから鉄砲組の訓練が始まった。

「ほう、これは便利なものですな」

数馬から渡された早合を見て、鉄砲組の面々が感心している。

「初めに注意しておく。これは大事なことだから決して忘れないように。この早合に使っている紙は非常に燃えやすい。火縄の火の粉が少しでも付けば簡単に燃える。紙が燃えたらどうなるか、其方等にはわかるだろう」

「・・・」

「したがって、取り扱いには十分注意するように。暴発させて、ふぐりが吹き飛んでも知らんぞ!」

「わはははは!」

「其方等は鉄砲の扱いには長けているので、いろはから教える様なことはしない。早くこの早合に慣れ、通常の鉄砲の3倍以上の速さで撃てるようになってくれ」

「よっしゃ!まずはわしから!」

「わしもじゃ!」

八王子城下の鉄砲矢場で轟音が轟く。全員が鉄砲を扱った経験があるため、鉄砲組の407人は短期間で早合の扱いに慣れ、全ての者が通常の3倍以上の速さで撃つことができるようになった。


「では、各々方の配置を決める」

並行して、城内では各将の担当する曲輪が決められていた。

「主膳殿は小宮曲輪、勘解由殿は松木曲輪」

「おう!」

「任せておけ!」

「信濃守殿は柵門台及び高丸、出羽守殿は御主殿以下の大手口」

「承知!」

「承知!」

「三郎右衛門殿は山腹曲輪、将監殿は山王台」

「おう!」

「承知!」

「わしは本陣で全体指揮をとりつつ、西曲輪を守備する。なお、太鼓曲輪と搦手口、西の堡塁は放棄する」

「それでは大手道と搦手口の守備が・・・」

「城の守備に就く者は3500人余、数の上では満たされているが、戦力は本来の2/3程度に過ぎない。戦力が低下しているにも関わらず杓子定規に兵を配置したら穴だらけになる。大手門は山下曲輪から援護できるし搦手口は存在そのものを敵は知るまい。故に敵の攻撃は大手方面に限定されるはず。大手方面に全兵力を集中させ敵を迎え撃つ!」

(どうせ開城するのだ・・・配置などどうでもよいこと・・・)

吉信は内心呟く。そうとは言え、出鱈目な配置をすれば事情を知らない家重や照基はもとより氏宗も大騒ぎするだろう。吉信は綱秀達とそれ相応の配置を考えたのだが、その際に搦手口が敵に終始秘匿さるという前提に立った。しかし、この前提が結果として致命的な錯誤となる。

「御一同、異存は?」

「ない!」

「承知した!」

「では、早速担当箇所の確認を行ってくれ」

「承知!」

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