ナギちゃん無双
迷宮第一層
ナギ&騎士団長パーティー
「えいっ!!」
ボトッ、と最後のゴブリンの首が落ち、戦闘が終了する。この可愛い掛け声はキナやクレアでは無い。勿論、騎士達ではないし騎士団長なんて有り得ない。もし彼だったら気持ち悪すぎる。
そうすると、自ずと候補は絞られる。
「す、凄いわねナギ‥‥」
「えへへ、でしょー?」
2-Dのアイドル、ナギである。
照れているのか背中に手を持っていきモジモジしている姿は大変可愛らしいが、誉められた内容が物騒すぎる。ナギの後ろにゴブリンの死体があるのも恐ろしい。
迷宮に潜って数時間が経過していた。その間、クレア達は戦闘に一切参加していない。
いや、ナギを守る為に最初の戦闘で剣を抜いたが、それ以降剣に手を掛けてすらいなかった。精々魔石や討伐証明部位の切り取りでナイフを扱ったぐらいである。
言い訳をするなら、初戦闘で剣を抜いた騎士が前から来たゴブリンに向かっていってはいるのだ。初っぱなから全てナギに任せていた訳ではない。が、流石はハルの義娘と言うべきか、無詠唱で『水刃』を作り、突撃する騎士を追い抜いてゴブリンを殺したのが始まりだった。
そこからはナギちゃん無双の始まりである。
ゴブリンを、と言うより命を奪うことにあまり違和感を感じていないのか、サッと殺してキョロキョロと辺りを見回す。他に魔物が居ないのを確認してから、クレア達に誉めて貰うために後ろを向く。そして誉めて貰ってる間に騎士の一人が魔石と討伐証明部位を取ってくる。終わったらまた前に進む。と言うのを二桁に届くか届かないかぐらいの回数こなしていた。
「ナ、ナギ?魔力は大丈夫かしら?」
「うーん、たぶんだいじょぶ。くんれんのときのグデーッにはまだまだなんないよ!!」
「そ、そう‥‥」
「どうなってるんですか‥‥?」
『くんれんのときのグデーッ』とは、魔力切れの事だ。ナギは一度だけ、魔力切れを体験しているのでどの位までならグデーッにならないかはある程度理解していた。
その時は水球を五回作って魔力切れを起こしていたが、今はその倍は魔法を使っている。しかも、水球よりも少し難しい水刃だ。
クレアが魔力切れを心配するのは当然だし、魔力切れを起こさないことに疑問を持つのも、また当たり前だった。
なぜナギは魔力切れを起こさないのか。それは単純に魔法に込めるべき魔力量の把握に成功しているのだ。
魔力切れを起こした時は初めての魔法使用でどれくらい魔力を込めれば良いのか分からず、五回という少ない回数それぞれに(100を上限とする)単純計算で約25の魔力を込めていた。
しかし、ナギの元々の魔力量なら1の魔力で常人と同等の水球を作り出す事が可能なのだ。魔力量の増減を覚えた今のナギは水球を最低でも100個作る事が可能となっていた。これから魔力制御を鍛えていけば、もっと多くの水球を作ることが可能になっていく。
まぁ、普通の5歳の女の子は、魔力量を変えて魔法を使うことなんてできない。ここは、流石ハルの義娘というべきなのだろう。魔力量も然り。
そんな感じで、一番心配されていたパーティーは楽々と第二層への転移石を見つけ出し、本日の攻略を終えたのであった。
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「おぇぇぇぇぇっ‥‥」
迷宮第一層
雫パーティー
迷宮に潜って二十分後、何度かゴブリンを見逃し、一体のはぐれゴブリンを見つけていた。最初は誰が殺すかという問題が出たが、ここはジャンケンで。という事になりタツが選ばれた。
しかし、命の奪い合いという事で実力の十分の一も発揮出来ておらず、最後の一撃も、有段者とは思えない一振りで幕を閉じた。
荒くなった息を整えながら、ふと死体に目をやってしまったのがいけなかったのだろう。最後の臨界点を突破し、朝食を全て吐いていた。後ろで見ていた雫達は顔面蒼白だ。蓮見はタツに釣られたのか、もらいゲロをしている。
「‥‥今日は、全員が一回戦闘をこなしたら戻りましょう。それ以上は危険だわ」
「本当は今すぐ戻った方が良いんでしょうが‥‥先延ばしにしては余計酷くなりそうですね。少し休憩したら行きましょうか。これからは一体だけ残すようにするので、複数体のゴブリンでも戦闘に持ち込みます」
護衛として同行していた騎士がそう判断し、他二人とハクに警戒と討伐証明部位の回収を頼みタツと蓮見の背中をさすり始める。
「‥‥すいません」
「謝る必要はありませんよ。肉屋の子供でもない限り、初めて魔物を殺した者は大体こうなります。私も、慣れるまではよく吐きましたから」
済まなそうにするタツに笑いかける騎士。こうなることは最初から想定済みであり、騎士達の中でこうなった場合の話し合いはしていたので、本当に問題ないのだ。
「でも、ハルは‥‥」
「ハルト君は例外です。彼を基準に考えない方が良いですよ。彼は人の普通を壊すのが得意ですから」
未だ暗い顔をしているタツ達に苦笑しながら、わりと酷いことをさらりと口にするこの騎士、『ハルト君』と呼んでいることから分かる通り、ハルの五年前からの知り合いである。
彼は、勇者パーティー全員が信頼しているダスク辺境泊の四女と結婚した婿である。
政治的意味合いも含んだ結婚だったが、本人達は元々恋人同士。イヤイヤの結婚ではなく、
「愛し合ってるし、同じ派閥だし、勇者パーティーが話絡んでるし、お互いの家に利益あるし、良いんじゃね?」
という親同士の話し合いでとんとん拍子に結婚まで漕ぎ着けた貴族では珍しい恋愛結婚である。
結婚は三年前だが、結婚が決定したのはハルが此方にいる間である。話すと長くなるので此処では省略するが、恋愛話大好きハルとシルがお節介を焼いた結果、こうなった。と言えば少しはわかって貰えるのではないだろうか?
まぁそんな訳で、ハルとこの騎士、ディルカは結構仲が良かったりする。
そしてこのディルカだが、滅茶苦茶優秀なのである。本来なら、辺境泊を継がせたかったとダスク本人が言うぐらいで、辺境泊領の者達もそれを望んでいた。が、とある理由でそれは却下された。
実は彼、皇帝の懐刀であるグラン公爵家の養子であり、次期公爵閣下だったりする。
グラン公爵には二人息子がいるのだが‥‥その息子2人が無能過ぎて、とても公爵家は任せられないという事でディルカが養子として迎え入れられた。勿論、息子2人はディルカを蹴落とそうとしたが‥‥時期が悪かった(悪くなくても変わらなかったかもしれないが)、ちょうどハルとシルがお節介を焼いている時期にちょっかいを掛けたものだから、息子2人は現在、遠い南の島に旅立ち山堀りに精を出している。
そんな事情があり、唯一OKをだしたディルカが辺境泊を継ぐことは叶わなかった。
何の話をしていたのだっけか‥‥‥あぁ、タツがゴブリンぶっ殺して蓮見と仲良く朝食吐いた話だった。
そんなこんなで、他の面子もゴブリン殺しを達成し、げっそりとした顔で第二層への転移石を見つけ帰還した。
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「勝者、ナギー!!」
「イェーー!!」
パチパチ‥‥パチ‥‥‥パチ‥‥‥‥
最後の七人が宿に戻ってきたのはもう直ぐ日が暮れるという時間帯だった。時間は掛かったが、皆なんとか『命』を奪うという事を経験できたようだ。‥‥全員、グロッキー状態なのはしょうがないのだろう。
二番目、昼過ぎに戻ってきた雫達ですら未だに机に突っ伏している。
「皆さん、元気が無いですねぇ?最年少のナギはこんなに元気だと言うのに。ねぇ?」
「みんながおそいから、いっぱいおひるねできたもん!!」
『グハァ!?』
一番最初に帰ってきていたナギたちは昼食を済ませると一気に暇になってしまっていた。
騎士団長は、こんなに早く終わったのだからと、夜やる筈だった仕事を片付けに出かけているし、クレアも騎士達に連行されて行った。そうなるとキナとナギの二人になってしまう。
二人で遊べるトランプやリバーシはもう飽きていたので他のことをしようとしたのだが‥‥もう一度迷宮に戻るというのも、ほかの班と入れ違いになってしまう可能性がある(というか、二人で行けるわけもない)。街に出かけるのは二人でも問題ないのだが、そうなると入れ違い問題が出てくる。二人でグダグダしていると、雫たちが戻ってきたのでナギの目は輝いた。が、直ぐに光は消えてしまった。
全員目が死んでいるのだ。顔も真っ青で、いかにも具合が悪そうだ。皐月なんかは苦笑い顔のハクにお姫様抱っこされているし、タツと蓮見はディルカと他の騎士に肩を貸してもらっている。まともに立っているのは雫だけだ(それでも剣を杖のように使ってやっと、といった状態だが)。
ナギ達には気づいていないかのように横を通り過ぎて部屋に入ってしまった。
暫くしてディルカ達が出てきたが、苦笑して騎士団長に報告に行くと出て行ってしまった。それが何度か続き、先ほど最後の班が帰ってから暫くして全員部屋から出てきたところで騎士団長達が帰ってきた。
そしてそれぞれの班の今日の報告をして、最後にナギの班の報告をしたところで、全員唖然とし、先ほどのナギ優勝宣言に繋がった訳だ。
まぁ、彼らの驚きも無理はない。むしろ、正常といえるだろう。誰もが泣いて帰ってくるナギを想像していたのだ。
それがどうして、誰よりもゴブリンを殺し、誰よりも先に宿に戻り、誰よりも元気にはしゃいでいるなど想像できる?
「二人とも、雫たちを虐めるのはその位にしておけ。少し早いが、ティナ殿下が此方に合流するとの報せがあった。明日の朝は少し早いからな。今日はこれで解散だ」
騎士団長が最後に追い打ちをかけ、どんよりとした雫たちを部屋に押し込んで、その日は全員部屋に戻り解散した。
キナとナギ、クレアの部屋
「おひるねたからねむくない‥‥」
「しょうがありませんね、今日はもう一冊追加しましょう」
「ホントッ!?」
「フフッ、ほらナギ、ちゃんと毛布被って?」