黒い霧
「おいっ!コッチに武器もっと持って来い!!全然足りねぇぞ!!」
「回復薬もだ!!街中からかき集めて来いっ!!」
「E・F・G級の奴らは住民の避難誘導だ!!警備団と連携して動けっ!!」
ギルドからの強制クエストが発行されて三十分。ギルド内は勿論、街中がパニックになっていた。ハルとレティスは邪魔になるので隅っこで大人しくしている。タイト達は子爵邸に戻り、ローゼを置いてきている頃だろう。
「あの、ルシウスさんなら一人で終わらせる事が出来ますよね?」
「できるよー。けど、それしたらユリウス達にバレて殺されるからなぁ。それは勘弁」
「なるほどー。じゃあ大人しくしてましょー」
周りがバタバタと動いている中、自分たちだけボーッとしているのは悪いと思ったが、皆パーティーで動いているので自分たちだけで行動すると合流出来ない可能があり、連携が取れなくなる方が困るのだ。という訳で、今は戦力外。他にも何人かいたのだが、皆パーティーに引き取られていった。
「あっ、いたいた!ルシウスさーん!!」
にこやかな笑顔で走ってきたのはタイトだ。後ろにはマリアしか居らず、ディアナがいない。別行動になったのだろう。魔法職は別の場所で。とさっき誰かが言っていたのを聞いたのだ。まぁ、それは良い。此処での問題はそれじゃない。
「「おそいっ!!!」」
三十分の道のりだが、小走りだったら十五分。今のタイト達ならもう少し早く付いても可笑しくない。なのに、タイトがローゼを送ると言ってハル達をギルドに残して出てから一時間が経過していた。ゆっくり歩いて戻って来るとか、この非常時に有り得ない。C級として、冒険者としてなっていない。
「す、スイマセン。でもしょうがなかったんですよ!!殿下と聖女様に捕まって‥‥」
「ハァ?ユリウスとティナに捕まったぁ?逃げれば良いだろ。マトモに相手すんな」
「それできるのルシウスさんだけですからね!?俺達がやったらその場で首斬られてもおかしくないですから!!」
ユリウスとティナに何を言われたのかは知らないが、マトモに相手する方が可笑しいのだ。旅の間、どれだけユリウスに小言を言われ続けた事か‥‥なんでワイバーン料理が食べたくてワイバーンの群れに突っ込んだだけで怒られないといけないのか。訳が分からん。
ティナもだ。アイツはデカくなったからって調子に乗ってるな。アイツなんて‥‥
「皆さん!!そろそろ魔物達が防衛ラインギリギリまで到達します。至急門を出て戦闘準備を!!」
まだティナへの文句が言えて無かったが、ギルド職員の指示に従う事にする。今この場に居るのは『ハル』ではなく『ルシウス』でG級冒険者なのだから。
「チッ、取りあえず行くぞ。ディアナは魔法職連中の所だな?だったらお前ら二人で連携取ってみろ。危なくなったら俺も出てやる」
「うぇっ!?ルシウスさん最初放置ですか!?」
「当たり前だろ?俺はレティス守んないとだし。というか、この騒動に乗じて此処出るつもりだし。あぁ、安心しろ。出るときは全部塵に変えてから猛スピードで出てくから」
流石に、タイト達が戦ってるのを見ながら出て行くほど薄情ではない。いくらユリウス達が居ると言っても、そこまでクズではないのだ。
「ルシウスさん、本当に行っちゃうんですか?私達も連れてって下さい」
「何言ってんのマリア?お前最初タイト達がついて行くって言ったとき嫌がってたよな?どうしたんだよ。さっきから変だぞ?」
「だって‥‥‥‥」
顔を真っ赤にしてモジモジとしているマリアを見て、漸く合点がいった。そして同時に、面倒な事になったということも。
まさか、マリアに惚れられるとは‥‥どうしよう?
俺は別に、鈍感な主人公ではない。こんなあからさまにモジモジされたら、いくら何でも気づいてしまう。
いやぁ、モテる男は辛いぜ‥‥
「私だけまだ何も貰って無いんですよ?」
前言撤回、顔から火が出そうです。
そう言えば、タイト達に餞別として一人一つ戦闘に役立つ物を渡していたのだ。マリアには合うものがなくて何もあげていなかった。ちゃんと考えとくって言って、そのままだったな‥‥
「あ~‥‥どんなのがいい?」
「じゃあ指輪でッ!!」
物凄い勢いで迫ってくるマリアに引きながら、アイテムボックスの中を覗いてみる。整理せずに何でもかんでも突っ込んでたからどこに何があるのか分からないな。
指輪‥‥‥これはシルとの思い出の物だし、こっちは呪われてる。これはエルフの里でアイツらに押しつけられた物だ。マリアには渡せない。‥‥‥‥‥無いな、指輪。
いっそのこと呪いをパパッと解除して渡すのも有りかと思ったが、流石にそれは可哀想だろう。タイト達にはちゃんとした物を渡した訳だし、マリアだけ元呪われてる物ってのも問題だろう。
と言うわけで、魔力の流れが良くなるイヤリングを渡すことにする。
だが、マリアはお気に召さなかったようだ。差し出した手をキラキラした目で見ていたのに、イヤリングを目にした途端にイヤそうな顔で押し返してきた。
「私、指輪がいいです。なんでイヤリングなんですか?」
「いや、指輪で渡せるのが無いんだよ。けど、そのイヤリングも結構凄いぞ?なんと迷宮産だからな。魔力の流れを早くする効果がある。『俊足』や『硬化』の使用速度が各段に早くなる事間違い無しだ!!」
迷宮で得られる物は二種類に分けられる。
一つは、どこから出したのか分からない迷宮が産み落とした財宝。
もう一つは、死んだ冒険者が持っていた装備を魔物が拾い、一定時間魔力に当てる事で特殊効果が付く物だ。
このイヤリングは元々、シルかレラに渡すつもりだったのだが、二人ともいらないと言って受け取ってくれなかったのだ。男性陣はイヤリングを付けるタイプでは無かったので、そのまま存在を忘れていた代物だった。
まだ魔法の発動が遅いマリアかタイトに受け取って貰うのが一番だと思ったのだが‥‥しょうがない。これはタイトに渡そう。
「じゃあタイト、お前付けるか?」
「えっ?良いんですか?じゃあ遠慮無く‥‥」
バシッ!!
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」」
「ほら、タイト」
「ありがとうござ バシッ!! ‥‥‥‥‥‥‥‥」
バシッ!!
バシッ!!
バシッ!!
「痛いよっ!!何するんだよマリア!?」
「だって‥‥」
「だってじゃないだろ!?」
さっきから、タイトにイヤリングを渡そうとするのを無言でタイトの手を叩き落としてくるのはマリアだ。目を伏せていながらも、的確にタイトの手を叩いてきていた。タイトの手は真っ赤だ。
「マリア、お前にはちゃんと探しとくから。‥‥いらないって言ったのお前だろ?」
「そうですけど‥‥‥それとこれは別って言うか」
何がしたいのか分からない。取りあえず、タイトに渡すのは駄目みたいだ。だったら後でディアナに渡しておこう。アイツは魔力の流し方が一番上手いから必要無いと思って渡して無かったが、他に候補と言ったらメアリーしかいない。だがアイツは戦闘はせず、研究職だ。魔力の流し方なんてある程度で十分。必要ないだろう。
「女心を分かって無いですねぇハルさん。もう少しお勉強が必要ですっ!!このままじゃ赤点ですよ?」
メッ!!と言いながら人差し指を目の前に向けてヤレヤレ‥‥と言った風に首を振るレティスの頭に拳骨を落とす。
「お前は黙ってろ。‥‥マリア、じゃあコレも渡すから。指輪は次の時。な?」
「‥‥しょうがないですねぇ。それで今は我慢してあげますよ」
コイツ何様だよ‥‥
しょうがない。なんて言いながらハルの手からイヤリングをもぎ取って早速嬉しそうに付けている。もう指輪なんていらないんじゃないか?イヤリングも十分嬉しそうだし。
指輪探しはゆっくりでも良いかな。なんて考えて直ぐに頭の中から指輪の事を消去したハルだった。そのまま何事も無かったかのようにタイト達を促して門の方へと走っていく。他の冒険者はもう街の外に出たのだろう。周りは避難をする住民と、避難誘導をしているE・F・G級の冒険者しかいなかった。
「ハルさん。もうすぐお昼ですから、早めに終わらせて下さいね!!今日はミレイアさんがパイを焼いてくれるんですって!!」
この状況で、ミレイアが呑気にパイを焼いているとは思えないのだが‥‥
ーーーーーーーーーー
「C・D級の奴らはそれぞれ左右に均等に別れるようにしろ!!真ん中は俺達A・B級で固めるぞ!!その後ろを魔法職で囲めっ!!」
少し遅れて街の外に着くと、A級らしき冒険者が場を仕切っていた。俺達のパーティーは、左に行く事になった。タイト達の実力ならA・B級と遜色ないのだが、此処は素直に従うというリーダーの意向だ。
という訳で、レティスを後ろにピッタリと張り付かせ、『浮遊』の魔術の時に使った風の防護魔法を三重に掛けた状態だ。唯一、戦う術も自身を守る術すらも持たないレティスを守るのはこれでもまだ足りないぐらいだ。
そんな過保護なハルの前にタイトとマリアが立っている。もうすぐ魔物の軍勢がタイト達にも見える所まで来ていた。勿論ハルはずっと前から見えており、あまりの多さに溜め息を着いていた。
「数が多すぎる。本当に此処は左端かよ?伝えにきた奴らがぶつかったのは偵察隊だったな?それを処理してパッと見た時全体で数万って言ってたな‥‥今見えるのが本陣か?」
「へ?いやいや、伝えられたら進行方向とバラけ方から見て、此処は左端ですよ?」
「いや、どう見ても数万いるんだが‥‥‥」
魔物の種類は様々だが、それぞれ数千はいる。中でも、オークは一万弱いるだろう。コイツらは少なくとも通してはいけない。全世界の女性の敵だ。何としてでも全て殺す。
本当は今すぐ出て行って塵に変えるのが手っ取り早いのだが、ユリウスがきっと中心にいるだろうし、下手なことは出来ない。いや、そんな事を言ってる場合では無いのはわかる。けど、此処に着いたばかりの時、ギルドでの話を聞く限り、ハルとして、『勇者』として前に出るのは問題になると思うのだ。と言うわけで、ハルとしては戦闘に参加出来ない。
だからと言って、ルシウスとして塵に変えると、ハルが居なくなった後タイト達が困るだろう。唯でさえ子爵の専属になったばかりなのだ。面倒事は出来るだけ避けてやりたい。
「‥‥数は想定外だが、さっき言った通りの陣形でいく。心配するな、ピンチになったら助けてやる。俺との訓練を思い出せば、会ったときのホーンベアーは楽勝だ」
「「ハイッ!!」」
元気に返事をしてくれる。さっきは俺が前に出ないと言ったらブツブツと文句を言っていたタイトも、腹を括ったのだろう。いい顔つきになっている。マリアは言わずもがなだ。
「見えたぞ!!魔物の軍勢‥‥嘘だろ」
見張り台に乗っていた奴が魔物の軍勢が来たことを知らせる途中で止まってしまった。聞いていた数と違い、混乱したのだろう。しかし次の瞬間には立ち直り、キチンと伝えてくる。
数は数万。見えるのはオークとゴブリンが一番多く、ホーンベアーの姿もある。空を飛ぶ種類の魔物が見えないので魔法職の増援を頼まなくても問題無いだろうとの事。
そして‥‥‥‥‥‥‥
「一番前に、人が立っている!!‥‥‥魔族、じゃないよな?黒い霧を身体に纏ってるが、それ以外は普通だな‥‥‥」
それを聞いた瞬間、俺はレティス達を置いて走り出していた。
黒い霧。これは、ミレイアが奴隷だった時に起こったある『実験』。それの完成版。六年前、ルークが使っていた『あの力』だ。間違い無い。
冒険者の群れを抜けた所で『幻影』を解いて魔力の温存。瞬時に周囲の魔素をかき集めて『浮遊』を発動させる。風の防護魔法はハルには必要無かった。
十数秒で黒い霧を纏った人影の下に辿り着くと、先客がいたようだ。
しばらく会っていなかった、この国の第一王子にして、親友。
「ユリウスッ!!」
「‥‥‥‥コイツを片付けたらお前の番だ。ハル」




