王族の顔
「さて、此処からどうするか」
階段を登り、ユリウス達が居ると言う部屋の側まで来ていた。そして、部屋の前に騎士団長が立っている。情報と違うぞタイト君ッ!!
ギロリと睨んでタイトの方を見ると、青に戻ってきたタイトの顔がまた、白くなってきていた。首が千切れるか、と思うぐらいにブンブンと横に振っている。騙した、という訳では無さそうだ。さっき騎士団長が居たとは言ってなかったから、後から来たか、その辺うろついていたのだろう。何にしても想定外。いきなりピンチだ。
「ど、どうしますか!?」
慌てた様子のローゼが、ワタワタとしながら指示を求めてくる。当然、此処を突破する以外に道はない。
「別に、普通に通る。今の俺は『ルシウス』だからな。バレる事は無いって」
普段通りに笑いかけると、ホッと安心した様子を見せてくれるタイト達。これで大丈夫だろう。少なくとも、タイト達の挙動不審な様子でバレる事は無くなったと思う。
「よし、行くぞ‥‥‥ッ!!」
ただ目の前の道を通るだけなのに、初めての実戦の時よりも心臓がバクバク言っている。ヤバい、俺の方が挙動不審でバレそうだ。
ゆっくりと、それでいて普段通りに、騎士団長の前を通り過ぎる。タイト達が気になったが、後ろを振り向かずに歩く。たった数メートルなのに何百キロも歩いたような感覚に陥った。漸く通り過ぎた時、安心して少し溜め息が漏れた。まぁ、この位なら大丈夫‥‥‥
「ちょっと待て」
デスヨネ。呼び止めますよね。わかってた、そんな簡単に通させてくれないことぐらい。でも、少しぐらい期待を持ってもいいじゃん?
「な、何でしょうか?」
事前に決めていた通りに、リーダーであるタイトが騎士団長と話をする。ヤバい今すぐ逃げ出したい。案外何とかなるんじゃないか?騎士団長一人なら、簡単に気絶させることが出来たりするんじゃ‥‥
「いや、人違いかも知れないんだが‥‥もしかして、ローゼ姫ですか?」
「へっ?私か?‥‥あ、いや、‥‥‥えぇ、私がローゼですが何か?」
面食らったようにローゼがマヌケな声で応える。そう言えばローゼ達迎えに行ったのって騎士団長だったな。すっかり忘れてた。
「おぉ、やはり‥‥大きくなられましたな。やはり、覚えていらっしゃらないようだ。昔、『聖都』でお迎えした騎士に御座います。当時、怖がらせてしまい、申し訳ない。ずっと、お詫びを申し上げたく‥‥‥」
へぇ~、まぁ騎士団長の顔、映画に出てくるヤクザの会長みたいな顔だしな。そりゃ怖いよ。本人も気にしてるし。
「あの時の‥‥っ!私も、お礼と、睨んでしまったことをお詫びしたく‥‥ッ!!」
「いえ、あの時は私が無神経で‥‥‥」
うん。別に和解するのは良いんだよ?良いんだけどさ、俺が出た後にしてくれない?お願いだから、ね?心臓に悪いよ。
二人が談笑しているのを冷や汗ダラダラと垂らしながら笑顔で聞いて、そのまま三分が過ぎた。ハルの中では三分どころでは無かったが漸く話が終わり、二人が別れの挨拶をする。
サッサと此処を離れようと少し早歩きで歩き出すと、後ろの扉が開いた。
「‥‥フフッ、では暫くの間、此方で厄介になるわね。少ししたら勇者パーティーが来るわ。と言っても、後一週間程掛かるけどね」
悪魔‥‥いや違う。この声はティナだ。どうやら子爵はティナ達の足止めに失敗したらしい。‥‥だが、絶望するにはまだ早い。今のハルは『ルシウス』なのだから、そのまま通り過ぎれば問題は無い。
「あら?アナタ、ローゼ姫かしら?其方は護衛の方々かしら。随分とお若いのね」
なんで毎度毎度呼び止められるのでしょう?これが王族パワーですか?僕もう一人でサッサと行って良いですか?聞こえなかったって事で。ジャッ!!
(待って下さい置いてかないでっ!!此処で動いたら終わりですってば、現実見て下さいっ!!)
逃げ出そうとしたハルの服を、臣下の礼をしながら器用に踏んで小声で話し掛けてきたマリアのお陰で正気に戻り、自分も臣下の礼をする。この十数分で三年は寿命が縮んだ気がする。と考えて余計な事をしでかさないように俯いていると、ローゼとティナのお話が始まった。
手持ち無沙汰になったユリウスと騎士団長は子爵と、我らがリーダーのタイトと話している。マリアとディアナとレティスは明らかに話し掛けられなくてホッとしている。勿論、ハルもだ。
「‥‥そう言えば、どこかに行く途中だったのかしら?」
十分ぐらい話し、漸く一息着いたと思ったら、思わぬ所から逃げ出す為の紐が降りてきた。当然、それを逃すハルではない。今日一番の笑顔で話し始める。
「はい。これから、腕が鈍っていないか確かめる為にクエストを受けにギルドへと行こうかと思っておりました」
「‥‥(この声、どこかで聞き覚えが‥‥?)そう、ごめんなさいね。引き留めてしまって。兄様、これ以上は邪魔になりますから、今日の所は此処でお開きにしましょう。兄様は、冒険者からの目線でここ最近の魔物の動向をもっと知りたそうですが」
「うむ。もう少し話したいが、同じ屋敷なら何時でも話せるだろう。‥‥クエスト、頑張りなさい」
「は、ハイッ!!」
悪魔かと思ったら、天使だったティナ。ユリウスも、俺の前では見せない『王族』の顔だった。何時もこうなら苦労しないのだが‥‥
「では、我々はこれで‥‥リーダー、行こう」
「あ、うん」
ユリウスに『頑張りなさい』と言われ感極まっていたタイトを小突いて現実に引き戻し、早歩きで屋敷を出る。もうバレるとかどうでもいい。早く逃げたい。
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「ハァッ、ハァッ‥‥‥あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「確実に寿命が縮みましたね」
「心臓が止まるかと思いました」
「ちょっ!ディアナの息がヤバい!!」
「ハルさん。緊張解けたらお腹空きました」
屋敷を出てからはギルドまで全力疾走。レティスが最初にバテたのでレティスを担ぎに少し戻ったりもしながら、三十分は掛かる所を五分弱で到着した。ディアナは過呼吸になりかけていた。他の三人は大丈夫そうだ。
ギルドに入ろうとしていた冒険者は、目を瞬かせながらハル達を避けるように中に入っていく。周りの露店で食べていた人や、店員は身を乗り出して此方を覗き込んでいた。
「‥‥入るか。クエストって言っちゃったし」
「えぇ。でも、この時間に残ってますかね?面倒なクエストしか残ってないと思いますよ」
「わ、私、ギルドに入るの始めてだから緊張します‥‥」
「ねぇ聞いてる!?ディアナの息がヤバいんだけど!?」
息を整えて、何食わぬ顔でギルドへと入っていく。しょうがないからディアナはさっきのレティスのように抱えてギルド内へと入っていった。
一瞬、何人か此方を見たが直ぐに興味を無くしたように視線を逸らそうとして‥‥入ってきたハルと抱えられたディアナを見てもう一度此方を見てきた。
そんな目線を無視して席を取り、マリアにディアナを任せてローゼとレティスには何か適当に頼むように伝える。タイトはハルと一緒に受付へと着いてこさせる。
「一日で終わるようなクエストって残ってるか?最悪、一泊でも問題無いんだが」
「えっと‥‥その前に、タイト君。ディアナちゃん大丈夫?」
「うん。結構走ったからバテてるだけ。‥‥クエスト、何かないかな?」
どうやらタイト達の知り合いだったようで、ハルの質問に答える前にタイトへと向き直る。対応の仕方からして、結構親密な仲みたいだ。タイトも、敬語ではなく楽な喋り方だ。
「そう‥‥クエストだったわね。残念だけど、タイト君達レベルだと泊まりになるような物しか無いわ」
やはり、クエストは粗方出てしまったようだ。そうなると、タイト達まで此処を出る事になる。ローゼも帰さないと行けないので動けなくなった。
「うぅーん、どうするか‥‥俺の冒険者ランク上げるか?」
「そう言えば、G級のままでしたっけ?けど、ルシウスさんにはG級は物足りない所の話じゃ無いですよね?」
「‥‥取りあえず、向こうでバカみたいに注文してるアイツらを止めに行こうか。それから考えよう」
「ですね。‥‥スイマセン、決まったらまた来ます」
考えながら後ろを振り向くと、レティス達の座る席に大量の食べ物が置かれていくのが見えてしまった。しかも、まだ頼んでる途中だ。
あまり目立つ事をして欲しく無かったのだが、もう遅い。周りは明らかにレティスを見てる。これ以上騒ぎを大きくしない為にハルとタイトは慌てて止めに戻った。
「‥‥コレとコレ、あとコレも追加でお願いします!!」
「これは何ですか?‥‥なるほど、じゃあそれもお願いします!!」
ローゼには元王族という立場を理解していないようだ。まだバレていないのは、レティスの方に興味が向いているからだろう。だが、それも時間の問題。そろそろバレるだろう。
「おいおいお姫様?ご自分の立場を良く理解して頂けますかな?」
「‥‥‥お早いお帰りですねルシウスさんっ!!」
「ルシウスさん、これ美味しいですよ。一緒に食べましょう!!」
声を掛けると一瞬時が止まったかのように動かなくなったが、次の瞬間には笑顔でハル達を出迎えていた。レティスは悪びれる様子もなく届いた料理を食べ続けている。
相変わらず図太いレティスと、微かに冷や汗が流れているローゼの頭に拳骨を落として、周りを威嚇するとそのまま席に座る。周りはハルの殺気にビビってコッチを見なくなった。
「‥‥さて、これからどうするか。取りあえずローゼはこのまま帰すとして「えっ」、お前らどうする?」
「そうですね‥‥今日は戻ろうかと思います。ルシウスさんの事は、友人の家に泊まりに行ったと言っておきます。その後は、喧嘩してパーティーから抜けたと」
「あぁ、それで頼む。‥‥レティスの件は、やんわりと子爵に伝えといてくれよ。俺が帰るときに置きに戻るから」
「私、もの扱いですか? 」
とりあえずの方針は決まった。タイト達はローゼと暫くぶらついてメアリーへのお土産を探すと言うので、ハルとレティスはそれに付いて行きながら今夜旅立つ為の準備を始める事にする。
目的が決まったところで、ギルドを出ようと立ち上がると、ギルドの扉が力強く開き、全員が扉に目をやる。
「たっ、大変だっ!!魔物が、魔物の軍勢がコッチに向かってきてる!!しかも、殆どの魔物が何故かワンランク上の強さになってるんだ!!!」
顔を真っ青にして入ってきたのは一つのパーティーだった。全員ボロボロで泥だらけだが、血は付いていないので怪我はしていないのだろう。
ワンランク上って、タイト達と会った時も言ってたな。それが軍勢で押し寄せて‥‥ユリウスとティナに丸投げしよう。オロバスもいるし、何とかなるだろ。
今頃、子爵邸でくつろいでいるだろうユリウス達に丸投げする事を決めて、騒ぎが収まるまでのんびりしていようと座り直す。すると、ギルドの空気が一瞬で変わる。
「緊急っ!冒険者の皆さん、此処にいない方も集めて支給門へ!!ギルドからの強制クエストですっ!!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥へっ?」




