不能?
「う、うぅ‥‥眠い。何か意識が朦朧と‥‥‥」
「ハルさん!?急いでる訳じゃないですし、降りて休みましょう!?というか休んでくださいお願いですからぁっ!!」
ハルとレティスは、ゴルドー子爵領へと向かうため、空を飛んでいた。
現在、ハルだけが使える『魔術』を使って。
『魔術』とは、数千年前の『魔法』のような物。だが、ある日突然とある二人の少女によって、魔術の時代は終わり、二人の少女が持ちこんだ『魔法』という新たな概念が世界の常識を変えた。
『魔術』というのは、大気中に漂う『魔素』という物を自身の力にして火や水といった自然の力を増幅させ、行使する。という物だ。しかし、この『魔術』というのは人を選び、使える者は多くなく、使える者達は国の重鎮として扱われていた。今で言うと貴族のような扱いだ。
が、少女達が持ち込んだ技術は『魔術』のように人を選ばず、多少の差は有れど全ての人間・『亜人』が使える物だった。(数千年前、獣人は『亜人』と呼ばれ、蔑まれていた)
使用法は、自身の内に知らぬ間に溜まっていた『魔素』を変換し『魔力』として外に放出する。といった物だった。
この少女達は後に『双翼の戦女神』と呼ばれ、『右翼』の少女は火の魔法を多く使う事で『紅蓮』の二つ名で恐れられ、『左翼』の少女は聖の魔法を多く使い人々を癒していた事から『聖女』と呼ばれ、崇められたり恐れられたりしていた。
この二人の少女を従え、『フィルニール皇国』を立ち上げたのが初代皇帝である『クロード・フォン・フィルニール』その人である。
少々脱線したが、何故ハルが今は無き『魔術』を使えるのか。それはまぁ、簡単である。
ハルが勇者になり、ゴルドー子爵をボッコボコにした夜。ティナに『フィルニール皇国建国紀』を聞かされ、冗談半分に大気中の『魔素』(『魔力』)を使おうと右手を天に向かって掲げ、『炎出やがれっ!!』と叫んだら、本当に出て来たのである。当然の様に天井は黒こげになり、ティナと二人でシルに怒られ、色々と問題になったのはまた別のお話。
「大丈夫だ。これでも一週間ぐらい迷宮で過ごして殆ど不眠不休だったことあるからなぁ。この位、余‥‥裕‥‥‥」
「いやぁーーー!!?まえ、前見てくださいぃーーーーー!!!」
青白い顔でレティスの方をみてニッコリ笑うハル。これを見たらパパ大好きのナギも泣く程の顔だが、レティスが泣きそうなのは別の理由だった。
「GUGYAAAAAA!!!!]
前方から向かって来るのはワイバーン(下位の龍種並の強さは無いが、一般の冒険者や普通に生活してる人から見たら十分な脅威)。まぁ、数々の修羅場を潜って来たハルにとっては‥‥
「久しぶりのワイバーンの肉だぁ!!」
この扱いである。脅威どころか食料としてしか見ていない。この世界に来た時、初めて食べたのがワイバーンの肉で、それ以来好物の一つとなっているのだ。
「あ、あれ?ワイバ―ンですよ!?逃げないと死んじゃいますよ!?
「大丈夫。ワイバーン料理だけは皆に褒めて貰ったんだ。安心してくれ」
「真顔でなに言ってんですか!?そうじゃなくて、このままじゃ‥‥いやぁっ!?ブレスの準備してるぅ!!」
「あ?‥‥おい、おとなしく料理させろや。トカゲ野郎」
今まで感じた事のない程の殺気を一身に浴び、ワイバーンは一瞬で理解した。自分は此処で死ぬのだと。決して手を出してはいけない人間に手を出してしまったのだと。が、ここで何も出来ずに死ぬのは嫌だ。せめて一矢報いてから死のう。そう思い、まだ準備中であったブレスを発射‥‥出来なかった。
「だぁからぁ、おとなしく料理させろって言ってんだろ?」
ワイバーンが最後に見た光景はワタワタと落下して行く一匹の雌の人間だった。
ーーーーーーーーーー
「ウソでしょ‥‥?」
「くっそ、硬ぇな、コイツ。鱗が邪魔だ‥‥‥」
このまま落ちて、潰れた汚いトマトみたいにグチャグチャになるのかなぁ‥‥と、目に涙を浮かべ死を覚悟したレティスを間一髪の所で拾って地面に降ろし、さっさとワイバーンの解体に行ってしまったハルを見ての先ほどのひと言。
ハルがこの世界に来て初めて食べたワイバーン。あんなのが食卓に並ぶのは王族でも滅多に無い。騎士団と魔法師団が力を合わせてやっと倒せる物を、たった一振りの剣で、しかも軽く剣を振っただけで首と胴体をお別れさせてしまったのだ。まぁ、呆然とするのも無理ないだろう。
「おーいレティス。ちょっとこの鱗どかしてくれ」
「‥‥え?ハ、ハイ!」
・
・
・
・
「フゥー、いやぁ、思ったより早く終わったな。ありがとうな、レティス」
「え?あ、いえ、私はそんな‥‥‥」
「しっかし、もうすっかり夜だな。今日はここで休むかぁ」
「え?ここで、ですか?」
(辺りは血の海。解体中、血の匂いで近づいて来たオークやらゴブリンの死体の山)
「ん?じゃあもう少し進むか。夜中になると思うけど、多分『ローニエの街』が近いと思うからそこまで行くか」
「それでお願いします!!」
ハル的には別に周りが血の海でも問題無かったんだが、レティスの要望に応え、『ローニエの街』まで飛んで行くことにした。
「んじゃ、掴まってくれ。『浮遊』使うから」
「はい」
ハルと、ハルの手を握ったレティスの体がフワリと宙に浮く。
これがハルの使う魔術の一つ。『浮遊』だ。朝、これを使った時もの凄く驚いていたが、もう諦めたような目でなんの疑問も持たずに自身が浮いている事を受け入れる。
「さぁ、出発だ!!」
「ハルさん、風の防護魔法忘れてます!!」
「あ、ごめん」
ーーーーーーーーーー
それから二時間程で、『ローニエの街』に到着した二人。さぁ、暖かい宿でゆっくりしよう‥‥という所で問題発生。街に入るには検問を受けなければならない。まぁ、検問といっても冒険者カードや住民カードといった身分を証明出来る物をみせれば済む話なのだが‥‥
ハル・・・持ってはいるが、勇者と一発でバレてしまう。
レティス・・・奴隷の身分なのでそんなの持っている訳が無い。主?ゴブリン達と同じ所で寝てるんじゃないですか?
「ヤバい!これ忘れてた!!どうしよう!?」
「どうしようって‥‥ハルさん持ってないんですか?」
「持ってる。けど、使ったら一瞬で場所がバレる‥‥」
「?別によくないですか?」
「俺さぁ、そのぉ‥‥家出中っていうかなんというか‥‥‥」
「oh‥‥ど、どうするんですか!?というか、勇者が家出ってどういう事です!?」
「言うなよ!自分でもなんで家出なんか‥‥って思ってるんだから!!」
まさかこんな所でつまづくとは‥‥けど、気がついて良かった。ユリウスの事だから、絶対に手回してるだろうし。
ハルの予想は当たっていた。ユリウスは、ハルの様子がおかしい事に気がついており、万が一を考え、ハルが一人、もしくは騎士団員を連れずに街を訪れた場合、すぐさま王宮に連絡が行く様に準備していたのである。
「こうなったら奥の手です。ハルさん、髪の色変えたりできません?それで身分証とかを無くした人の振りをして入りましょう。目の色はこの際仕方無いですけど」
「なるほどな!ちょい待ち。火・水・風『複合』‥‥構築完了。『幻影魔法』発動」
ハルの体が膨大な量の魔力で覆われ、形を変えていく。否、形を変えていく様に見えている。十秒程で形が整い、金髪碧眼のハルと同い年位の少年が姿をみせた。
「わぁ、凄いです!なんですか『幻影魔法』って?」
「幻だな。触れば流石にバレるけど、周りから見たら俺は黒髪黒目じゃ無くて、金髪碧眼に見える様にごまかしてるんだ」
「へぇー、私の目の色も変えてください!!」
「ちょい待ち‥‥‥こんなもんだろ」
「なにが変わったのか全く分かりません」
「だろうな。鏡見てないのに自分の目の色分かったら怖い」
今のハルは、付けていた装備も全部変えて、商人っぽい格好になるよう幻影を施している。レティスは目の色を澄んだ青にして、耳を少し短くしただけで他は変えていない。
「‥‥まぁ、いいです。それより、名前考えましょう!あと、設定も!!」
少し不満そうだったが、直に切り替えて名前と設定を考え出す。確かに、「蓮川春人です」なんて名乗ったら王宮に連絡行く事間違い無しだからな。
三十分位悩み、漸く納得のいく設定を考え、いざ検問へ!!
「あのぉ、すいません。街に入りたいんですけど、道中魔物に襲われてしまいまして、身分証とかも無くしてしまったんですけど‥‥」
「ん?あぁ、それは災難だったなぁ。小銭とかも無いか?悪いが規則でな。銀貨一枚貰う事になってるんだ。無ければ入れない。それか、街の中に知り合いが居たりしないか?ソイツに保証人になって貰うってのも‥‥」
「あ、銀貨有ります。この子奴隷なんですけど、銀貨いります?」
「あぁ。奴隷は銀貨二枚だ」
ウソでしょ?奴隷値段上がるの?まぁ、余裕で払えるけど。
銀貨三枚を渡し、レティスと一緒に門を潜って行く。すると、なぜかもう一度衛兵に止められた。
「ちょっと待ってくれ、伝え忘れたんだが、身分証を発行したらもう一度来てくれ。銀貨を返すから」
「あ、分かりました。明日の朝にでも伺います」
「おう‥‥ようこそ。ローニエの街へ」
一瞬ヒヤッとしたが、なんとか入る事が出来た。滅茶苦茶焦った‥‥
「さて、先に宿を確保したい所だけど、まずは身分証作ってレティスの奴隷契約を解除しにいくか」
「え!?い、いえ!私は後でも大丈夫です!!先に宿の方に。もう夜も遅いですし‥‥」
「宿で奴隷だなんだって面倒臭いだろうからな。先に以行こう」
これ以上は何も言わせないと、手を無理矢理引っ張ってギルドへと向かう。身分証は神殿で作るのだが、まずはハルの冒険者カードを作り、それから神殿へ行かないとお金が有っても奴隷の開放は出来ないのだ。という訳で、冒険者カードをぱぱっと作って、神殿へと向かう。
ーーーーーーーーーー
「では、レティスの奴隷契約を破棄いたします。主の方は亡くなったとの事なので、本来ならば金貨十枚の所、金貨五枚にさせていただきます」
「金貨五枚!?」
「んじゃハイこれ」
奴隷契約の解除なんてやった事ないから高いのか安いのかわからん‥‥まぁ、払えるから良いけど。
「ちょっ!?は‥‥ルシウスさんなに普通に払ってるんですか!?」
「なに?この値段おかしいの?」
「安過ぎなんですよ!普通はもっと高いです!!」
えー、なんで俺割引されてんの?怖っ!!
「私は加護が見えましてな。女神様からのご加護を授かっている方から、通常の値段なんて頂けません。本当は無料にしたいのですが、流石に不味いので‥‥」
女神の加護?なんだそれ。あの時の光か?何にしてもラッキーだな。
「んじゃ、終わったら身分証もお願いできる?」
「かしこまりました」
「ヒッ‥‥エグッ‥‥‥グスッ‥‥‥‥は‥‥ルジヴズざぁん‥‥‥」
レティスが連れて行かれて十五分。三徹の疲れで寝るというより意識を手放すように倒れかけていた所に、彼女の泣き声で覚醒。泣いている理由をきく前に一緒に歩いて来ていた職員に剣先を突きつける。
「ふぇ?る、ルシウスさん!?なにやってるんですか!!」
「へ?いや、だって泣いてるから何かされたのかと‥‥」
「違いますよぉ!奴隷から開放されて嬉しくて泣いてたんです!!」
なぁんだ。俺の勘違いか‥‥
「あ、あの、これどうにかしてくれませんか?」
「あぁ、すいません」
顔を真っ青にさせてる。可哀想な事をした‥‥
ビクビクと震えている職員からレティスの身分証を受け取り、神殿を後にする。
「さて、宿探すか」
嬉しそうな顔のレティスを連れて、街を歩く。出来ればギルドに近い所が良いんだよなぁ‥‥なんて考えながらギルドの辺りをうろついていると、なんか高そうな宿屋を見つけた。此処で良いかな。
「いらっしゃいませ。一晩朝晩の食事付きで銀貨八枚でご御座います」
「んじゃ、二人分。部屋は二つで、今から直ぐ夕食でいいか?食事は一緒に摂るから、一つの部屋に二人分持って来てくれ」
「かしこまりました。では、お部屋までご案内致します」
部屋に案内してもらい、食事を運んでもらう。それまで、レティスはずっと黙ったままだ。
食事が運ばれて、食べ始めてもレティスは黙ったままだった。食事が終わり、食器を片付けてもらって漸く喋り出した。
「‥‥ハルさん。奴隷開放、そして命を助けてくれて、本当にありがとうございました。私は、いま返せる物がありません。ですから、私の体で‥‥‥」
「ブフッ!!ゲホッ、ゴホッ!!な、なんだって!?‥‥‥って脱ぐな脱ぐな!?ストップストップ!!」
いきなりなに言ってんの!?おもいっきりお茶吹いたんですけど!!
「だ、だって!私が恩返しするにはもう体を差し出すしか‥‥あっ、もしかして病気とか心配してます!?大丈夫です!!私、処女ですから!!!」
「知るかっ!?ソレを知って俺にどうしろと!?」
「えっ?そ、そんな‥‥わ、私に言えと?い、言わせるのが趣味とか?しょうがないですね‥‥‥痛い」
ちょっとキレたので思いっきり拳骨を落とす。涙目になって大人しくなった。やれやれ‥‥
「べつに何かを返せとは言ってないだろ?最初、無理に連れて来たみたいになった時にいったろ?やり直す為の金を渡すって。ソレ以外は言ってないと思うんだがな?」
「私が恩返ししたいんですよぅ!何かさせてください!!エッチなお願いもOKですよ?これでも私、結構いい身体だと思うんですけど‥‥」
確かに、魅力的なプロポーションだ。が、年齢的に守備範囲外。ルーク怖い。手を出したら色々と終わる気がする。ということでそういう事は無し!!
「それはいいから‥‥これからも付いて来てくれるだけでいいよ。まだ話せないけど、俺の旅に君は必要なんだ」
「‥‥付いてくるだけ?必要?けどエッチ無し?」
「当たり前だ馬鹿野郎」
「‥‥‥ハルさんって不能?」
部屋から追い出した。おもいっきりぶん投げて。
「ちょ、ゴメンナサイ!大丈夫です!!私がなんとかしてみせますからぁ!!!」
「‥‥勘違いすんなよ?俺は別に不能じゃねー。大事な奴がいるんだよ。ソイツを裏切れねぇ。あとお前は年的に対象外だ」
宿の人に迷惑になるので、一瞬レティスを部屋に入れて捲し立てる様に喋ってから隣の部屋に放り込む。放り込む際、なにか呆然とした表情をしていてが、まぁいいだろう。
もうドアを叩いたりする音は聞こえず、その日は、何故か久しぶりにゆっくり眠る事ができた。




