怖い
ハルが怖い。
今までも、そしてこれからも。こんなハルを見ることなんてないと思ってた。なのに‥‥
「なんで、そんな事が出来るの。ハル‥‥?」
馬車の窓からほんの少しだけ見えるハルは、あのGをはたき落とす時と同じ目をしながら『魔導剣』を振りかざし男の首を地面に落としていた。左手で風と水の『複合魔法』である『氷槍』を作り、剣を振りかざしていた男二人の腹を貫いている
「おかしい、おかしいよ‥‥」
私は、ハル達がリーダー格であろう男達をロープで縛っているのを見ながら、ずっと同じことを呟いていた。
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ゴトゴトと数時間前までよりも大きな音をたてながら馬車が走る。先程より速度が上がったのもあるだろうが、それだけでは無い。馬車の中が静かなのだ。
ハルが騎士団長と難しい顔をしながら何か喋っていたのを遠目で見ていて、気がついたら馬車に乗せられて、いつの間にか走り出していた。そこから誰も喋っていない。さっき見た光景が頭から離れないのだろう。私なんか、飛んできた腕を中指から綺麗に真っ二つにしている。あの時、一瞬だったが肉と骨を断った感触があった。あの感触が剣から腕へと伝わり離れようとしない。
「あの‥‥」
皐月と自分の治療をした後、驚き疲れて眠ってしまったナギの頭を撫で続けていたキナが、静寂を破った。
ビクッと震えた身体を落ち着かせる。
「‥‥なに?」
一言だったが、それでも全身の力を振り絞って出した言葉だった。それだけで、力が抜けて意識が無くなりそうになる。意識を手放してしまいたい。その思いを無理やり押さえ込む。
「あの、ハルさんの事なんですが‥‥」
「ごめんけど、ハルの話は今しないで」
‥‥自分でも驚いた。頭で考えるよりも速く、拒絶の言葉が出ていた。
気がついた時には既に遅く、キナは目を伏せてしまっている。
あぁ、やってしまった‥‥
わかってはいるのだ。此方の世界でも殺しは重罪だが、今回みたいな襲撃の際は別。殺しても罪に問われることは無い。それにユリウスから盗賊に襲われたこともあるし、ハルは自分達を守るために五万人の兵士を塵に変え、王宮に居た者達も全員殺したと。そう聞いていた。
‥‥認識が甘かった。ハルが人を殺していると聞いても、実感が沸いてこなかった。しょうがないだろう。ハルが本気の殺し合いをした所など見たことが無かった。向こうの世界で『ある事件』があったが、その時ハルは誰も殺さなかったし、ルークとの殺し合いも、見に行くことが出来なかった。唯一見たのはボロボロになっているハルだけ。
ボロボロの姿は何度か見たことがあったから、それだけでは実感が沸くことは無い。
その後は誰も話す事はなく、夜遅くにザラムに着いた。
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「‥‥じゃあ、俺は騎士団長とちょっと話あるから、離れるな。お前らは飯食べて寝とけ。明日は1日自由にするけど、宿の外に出るときは一人にはならないで数人で行動しろよ。行こう、騎士団長」
パパッと言うことだけ言ってそのまま私達を放ってどこかに行ってしまった。
馬車で此処に着いてから誰も喋っていないのに何の疑問も持たずに出ていくって。どんだけ私達に興味無いのよっ!?寝てたナギは優しく頭撫でて、キナさんとクレアさんには「よくやった」「後は俺達に任せて、ナギと休んでくれ。飯は持って行かせる」なんて言って、ハクに私達を任せるってどういうこと!?私達には「飯食って寝ろ」だけ!?ふざけんな!!
頭の中でブチ切れている雫に誰も気づかず、遅めの夕食に全く手を付けないまま時間だけが過ぎていく。
‥‥何時間たったのか、酒場で酒を呑んでいた冒険者達も寝静まり、遠くの方から聞こえていた騒がしい笑い声も聞こえなくなった頃、ハルが帰ってきた。騎士団長は一緒じゃない。入ってきたと思ったらその場で止まる。辺りを見回してるみたいだ。その後、机の上にある冷めている肉をひとつまみすると口に放る。
「おいおいお前ら、寝ても無いし飯も食ってないってどういうことだよ?宿の人達に申し訳ないだろ?冷めちまってるが、食えよ。もしかして金の心配でもしてたか?そんなのお前らが気にする事じゃねーんだから‥‥‥おっ、これ旨いぞ!!お前らも食えよ。全部食っちまうぞ?」
軽い感じで話しかけてくるハルを、全員で無視する。可哀想だとは思うけど、声が出ない。いま声を出したら、何をいってしまうかわからない。そんな心境だった。だが、ハルがそんな事知るはずも無く、蓮見の肩を叩く。
「触んな!!」
「‥‥‥‥え?」
思いっきりハルの手を払いのける蓮見と、呆然とした表情をしているであろうハル。そんな二人を、雫は俯いて音だけを聴いて何も見てないフリをしていた。
怖かったのだ。ハルと、ハルを拒絶した蓮見を見るのが。
「‥‥‥な、なんだよ?どうしたんだよ。お前ら?俺なんかやったか?全く記憶に無いんだが‥‥」
あのハルが、今日初めて動揺している。あの、人を殺しても何も変わらなかった、ハルが。
「‥‥はぁ?それ、本気で言ってんのかよ。お前、自分が何やってたのかわかんねぇのかよ?」
「へ?なにやった?‥‥‥今日お前らを助けるのが遅れた事か?それは、悪かったと思ってる。怖い思いさせて‥‥」
「ちげーよ!お前が頑張ってくれてたのはわかってる。だから怖かったけど、そこは問題じゃないんだよ!!」
「じゃ、じゃあどこなんだよ?」
「‥‥‥ホントにわかんねーのかよ?」
「あ、あぁ‥‥‥」
嘘でしょ?本当にわからないの?人を殺したんだよ?‥‥‥わからない振りをしてるって訳じゃ無さそう。あの顔は、本当にわかっていない顔だ。‥‥黙り込んだ。考えてるのかな?考えるまでもないと思うんだけど‥‥‥
「すぃませんでしたぁ!!」
『!?』
なに!?なんでいきなり謝ったの!?自分がしたことをちゃんと理解した‥‥って顔じゃ無いんだけど?
「悪かった!ほんの出来心だったんだ!!」
出来心?そんな気持ちで殺しを?なにかおかしい気が‥‥
「なっ!?お前、そんな軽い気持ちでやったのか!?」
「えっ、じゃあどんな気持ちでやれと?」
「最初からやるなよ!どんなにしょうがなくても、お前のやってることは犯罪なんだよ!!」
「た、確かに犯罪だけど、男ならしょうがないと思うんだ!むしろ、やらないと失礼だろ!?」
男ならしょうがない‥‥?なに言ってんのコイツ?なんか別々の話してるような‥‥‥?
「殺らないと失礼!?男ならしょうがない!?ふざけんな!そんなのお前だけだ!!」
「はぁ!?お前、男だろ!?なら、女子の風呂覗くだろ!?あんな無防備なんだぞ!?覗けるなら覗くってのが男だ!!」
「‥‥‥‥‥‥え、覗き?」
やっぱり‥‥なんか可笑しいと思った。けど、この空気でその話だと思うなんて‥‥ハルがどれだけ私達から離れてるのかがわかるわね。
「おう。お前も男だろ?いや、誘わなかったのは悪いと思ってるよ?けどさ、ナギもいたし、クレアとキナもいたんだ。お前ら連れてくとバレそうでなぁ‥‥‥」
「バ、バカ野郎!俺が話してたのは覗きじゃなくてお前が今日やった事だよ!!」
「今日?助けが遅れた事じゃないんだろ?」
「ちがう!お前が今日、人を殺してた事だよ!!」
あ、蓮見、言っちゃった。ハルは‥‥‥っ!?
なに、その顔。人を殺す時以上の、冷たい目。
私はこの時確信した。ハルが、もう私達の知るハルに戻ることは無い。学校に、元の世界に居た頃のハルに戻ることは、無いのだと。
「‥‥‥なんだ、その事か。なるほどなぁ。確かにお前達には刺激が強すぎたかもな」
「な、なんだって‥‥お前、何も感じないのかよ!?人を殺したんだぞ!?なんで、なんでそんなに冷たい目が出来るんだよ!!」
もう、無理だよ蓮見。もう、いいから‥‥ハルが戻ることは無いって、わかったから‥‥‥
「なんでって言われてもなぁ‥‥お前達、忘れてないか?俺は『ゲノム』で五万の兵士を塵に変えてるんだぞ?今更数人増えたところでなんとも思わねぇ‥‥あぁ。お前達、実感が無かったのか。そうだよな。ユリウスに話聞いてるってのは知ってたけど、俺が人殺してるの見たこと無かったもんな。そりゃ恐いか」
「ちがう!俺達が怖がってるのは、お前が人を殺しても何とも思ってない所だよ!!確かに、俺達には実感が沸かなかった。お前が五万人殺したって聞いても、ビックリした以上は無かった。むしろ、お前が一人の女の為に動いてたって言う方が驚いたぐらいだ。だからこそ、怖いんだよ。お前が、俺達の知ってる『蓮川春人』が、どんどん離れてってるような気がして‥‥‥」
「‥‥‥そりゃ諦めろ。俺はもう、前の俺じゃねーんだよ。今は、ルークを殺すためだけに動いてるんだからな」
「‥‥‥もう、戻れねぇのか。ほんの1カ月ぐらい前の俺達には」
「あぁ。俺が、最初にこの世界に召喚されたときから、もう戻れ無いんだよ。いや、違うな‥‥‥俺が、シルに惚れた時からかな。それまでは、向こうに戻ることだけを考えてたからな」
っ!?‥‥油断した。ハルから、『惚れた』なんて聞きたく無かった。私は、一生片思いなんだって。わかってたけど‥‥シルヴィア王女と、ハルが恋仲だっていうのは聞いてたけど、本人の口からは絶対に聞きたく無かったのに‥‥‥
「そうか‥‥じゃあ、俺はもう勇者パーティーは抜ける。お前に着いていけば、最短距離で戻れると思ってた。けど、無理そうだ‥‥別に、回り道になるとかじゃ無いんだよ。只、俺が『今のお前』には着いて行けないだけだ。‥‥‥怖いんだよ。お前が」
「‥‥‥わかった。けど、勇者パーティーは抜けなくて良いぞ。どうせ、俺は此処で別れるつもりだったからな。後の事は騎士団長に任せる。あと2日ぐらいしたらティナが着くと思うから、それから、これから先の事は考えろ。俺は明日の朝、騎士団長のいる自警団の詰め所に寄ってから此処を出る。何か言いたい奴がいたら来い。聞いてやる」
そう言ってハルは宿の外に。蓮見は部屋の方へと別々の方向に言ってしまった。まだ、誰も動こうとしない。




