道具
「パパ、いっちゃうの?」
目をウルウルさせての上目遣い。これで「うん」と言える父親が居たら見てみたい。少なくとも俺は無理だったよ‥‥‥
「よし、行くの辞めようか。ナギと一緒にいるぞ」
「ホント!?やったー!!」
ピョンピョンとその場で飛び跳ねるナギの姿を脳裏に焼き付けながら、視界の端にクレアとキナが映る。物凄い呆れた顔をしている。
「ハルさん‥‥流石に、カッコ悪いですよ」
「私も幻滅ですね。このロリコン」
いやいや、娘のお願いを聞いてこその父親だろ?だからキナ、ロリコンは流石に止めて。
その日は、物凄い可哀想な人を見る目でずっと見られていたが、最後かもしれない、ナギとの時間を楽しんだ。
ーーーーーーーーーー
「‥‥よし。起きてないな?」
昼間、目一杯遊んで疲れたのだろう。物凄く良い顔で寝ているナギの頭を優しく撫でてから、部屋を出る。階段を、音が出ないようにゆっくりと降りていく。
「‥‥どこに行くんですか?ハルさん」
「‥‥寝てろよキナ。明日から本格的に迷宮入りなんだろ?」
おかしいな。下に誰も居ないの見てから降りたのに。どこに隠れてたんだ?
「私はアナタの付き人ですよ?常に側に控えているものです」
「クレアはよく俺を見失ってたが?」
「お姉様は良くも悪くも正直ですから。ひねくれてるアナタとは違うんですよ」
「主に対する言葉じゃねーよな?」
「そうでしょうか?」
「‥‥まぁ、それは良いや。そこどけキナ」
「お断りします」
キナはいつの間にか、宿の出入り口を塞いでいた。
「おい、俺が此処にいたら不味いのはわかってるだろ」
「えぇ。昨日の襲撃はアナタを狙ってのもの。ついでにいうと、第二目標は雫達でしょう?そして主犯はゴルドー子爵」
「なんで其処まで知ってるんだよ‥‥その情報は俺と騎士団の者しか知らない筈なんだがな?」
「そうですね。あの男達も始末したみたいですし」
「それも知ってるのか‥‥‥」
「私を甘くみない方がいいですよ?」
「そうみたいだな‥‥」
両手を頭の上に挙げ、降参のポーズをとる。だが、それでもキナは警戒を解いてはくれなかった。
「‥‥おいおい。コッチは降参してんだ。大人しく上に戻るからさ、一緒に行こうぜ?」
「いえ、お断りします。どうせ窓から逃げるか無理やり私を押し退けるかしそうなので。誰かが起きてくるまで此処にいましょう‥‥あ、上に戻ったら大声上げますので」
「テメェ‥‥」
ニッコリと笑って全く動こうとしない。そのまま十分が経ち、そろそろイライラが限界だ。
無理やり行くか。
これ以上此処にいても、バレる可能性が増えるだけ。だったら、多少騒ぎになっても出て行く方が良いだろう。
ハルは脚に魔力を込め、身体能力の底上げをする。それに気付いてキナも魔力を身体に込めていく。
『‥‥‥‥』
お互いに一歩も動かない。すると、魔力の動きに気がついた奴らが上でゴソゴソし始めたようだ。直に降りてくるだろう。
その前に逃げようとハルが先に動き出す。
「っ!!」
「悪いな。流石に、経験の差が大きすぎる」
一瞬しか足止め出来ないと思っていたようで、剣を振り下ろしながら声を上げようとしていた。それをやられたら流石に不味いので一気に意識を刈り取る。そのままゆっくりと床に寝かせ、宿を転がるように飛び出る。
『あ』
ちょうど諸々の後始末が終わった騎士団長が目の前にいた。最悪のタイミングで鉢合わせてしまった。
「騎士団長様良いところに!ハルを捕まえて下さいっ!!」
チッ。雫が一番最初に降りてきたか。面倒だな。
叫びながら剣を片手に向かってくる雫と、何がなんだか分からないという顔をしている騎士団長の二人に挟まれた。
「騎士団長、どいてくんない?」
「断る。何が合ったのか知らんが、逃げ出そうとしてるのは確かなようだしな。此処で止める」
「この野郎‥‥」
このままボッコボコにしてやりたいが、ナギが降りてきたら終わりだ。となると、闘うのは避けなければ‥‥
ハルは前でも後ろでもなく、門のある右側へと走り出した。
「ちょ、おいハル!此処は私を倒していくものだろう!?何故、何もせずに逃げる!!」
「ばーか!正々堂々闘う理由がねーんだよ!つか、デメリットしかねーよ!!」
情けないなぁ。と自分で思いながらも走り続ける。だってしょうがないのだ。此処で騎士団長と雫。そして今から降りてくるだろう奴らの相手をしていたら、ナギが出てくる。そうなると朝みたいに逃げられなくなる。
後ろでバカバカ言っている雫を無視して、夜の街を駆けていく。
ーーーーーーーーーー
「うぅ‥‥寒い。2日連続外で寝るのは駄目だったな。死にそうだ」
騎士団の奴らに見つからないように、どこかの屋根の上で寝ていたのだが、夏の真ん中と言っても流石に寒かった。
昨日よりも風が強く、殆ど寝られなかった。
「とりあえず、遠目からでも宿を見てみるかなぁ‥‥」
精霊武装を限界ギリギリまで使い様子を見る。‥‥ナギは寝てるな。キナも気絶中か。クレアは‥‥いないな?他のメンバーも殆ど出てる。俺を捜してるのか?
「そうですよ。全く、徹夜させないで下さいよ‥‥物凄く疲れました」
「‥‥なんで此処がわかった?」
「精霊術を使ったのが間違いでしたね。僕は元々、感知能力に優れていまして。変わりにまぁ、身体能力はそこまで高くないんですよ。フィー様みたいな万能型も居ますけどね」
成る程ね‥‥面倒臭い精霊と契約しやがって。皐月の奴‥‥それよりも気になる事が一つ。
「フィー様?」
「はい。フィー様です」
『‥‥‥』
やっぱり聞き間違いじゃない‥‥嘘だろ?なんでフィー様なんだ?コイツ、フィーのファンか?
「あの、ファンじゃ無いですよ?次代の精霊王。つまり次のボスです。『様』を付けるのは当たり前かと‥‥」
成る程。確かにその通りだな。全く想像つかないけど‥‥
「まぁ、そんな事は今はどうでも良いんですよ。戻ってきませんか?皐月達はアナタの知らない一面を見て驚いただけです。決して嫌いになった訳では‥‥」
「わかってるよ。そんな事。ただ、今俺が此処にいると面倒な事態になるんだ。だから、少し離れる。大丈夫だ。騎士団長とキナは‥‥納得はしてないけど俺が此処を離れる理由を知ってるし、近いうちにクレアにも知らされるはず。俺が居なくても問題ない」
「別にアナタが離れる理由を聞いているんじゃ無いんですよ。僕は残ってほしいと‥‥」
「それは無理だよ。俺にはやることが出来たからな」
「アナタは‥‥っ!ナギに依存するかの様な態度を時折見せると思いきや、突然突き放すように放っておく‥‥いい加減にしてください!!ナギはアナタの『悲しみ』を埋める道具じゃ無いんですよ!!!」
‥‥何で、ここでナギが出てくる?俺がナギを道具みたいに扱ってる?どういうことだ?
「ま、待てよ。俺がナギを?何言ってんだよ。そんな訳‥‥」
「ありますよ。アナタは、何かに集中してるとき。ナギの近くに誰かが居るとき以外はベッタリでした。僕は余り『今の』アナタも、『昔の』アナタも知りません。が、一昨日の襲撃の時。僕の知ってるアナタならもう少し周りのことを考えて行動する筈です。でもそれが出来なかった。それは、ナギの事しか頭に無かったからでは無いですか?周りに指示を出しながらも、頭の中では彼女の安全しか考えて無かった。違いますか?」
「ち、ちが‥‥‥」
言葉が上手く出てこない。
確かに、俺はあの時、ナギの心配ばっかして他の奴らを後回しにしていた‥‥けど、道具なんかじゃ無い。俺は彼女を、そんな風には‥‥‥
『ハルッ!!』 『パパッ!!』
頭をガツンと殴られた様な感覚。自分の中の黒いモヤモヤが、形を成してぶつかってくる。
咄嗟に二人の俺を呼ぶ声が頭の中で響く。そして納得してしまった。俺は、ナギを『シル』と重ねていた。特別似てるわけでも無い。いや、正反対だ。ナギは俺に向かって『光球』を何発も撃ち込んでこないし、いきなり理不尽に殴ったりしないし、女神と話したってだけで怒らない。そんな正反対の二人を、なんで俺は重ねて見ていたんだ?
頭がグラグラ揺れる。何も言わないハルに痺れを切らしてハクが口を開こうとする。それを見たくなくて、聴きたくなくて、逃げだした。
後ろから雑音が聞こえる。屋根に固有スキルである剣が突き刺さる。牽制のつもりだろう。それでも止まらず、走り続ける。
そしてハルは、何の準備もせずに『ザラム』を飛び出した。