触んな!!
「でね?ハルってば‥‥‥」
「パパ、やっぱりへんたいなんだね」
時は少し戻り、ナギとキナが乗っている馬車の中。雫達は、ハルの地球での話で盛り上がっていた。
「確かに面白いですが、この場に居たのが私で良かったです‥‥クレアお姉様がいたら、とっくの昔にハルさんのいる馬車に乗り込んでる所ですよ」
深い溜め息を付いて、心の底から安心するキナ。まぁ、英雄だと思っていたハルが此方で噂されていた通り‥‥いや、それ以上の変態だと知ったのだ。そんな事が(ムッツリの癖にそういう話題が苦手な)クレアに知れたら‥‥想像するだけでも鳥肌が立ってくるキナだった。
「全く、そのりんかんがっこう?という行事で覗きをするとは‥‥しかも、タツも一緒にやっていたなんて。正直、幻滅ですね」
「ま、待ってくれよキナさん。俺はハルに唆されて‥‥」
俺、一年の時同じクラスじゃなくて良かったー!!
思わぬ所で自分にも被害があり身体を縮こませるタツと、自分は違うクラスだったので助かったと喜んでいる蓮見。本来、男子は男子で固まって馬車に乗るのにパーティーと言うことで特例で同じ馬車に乗っていたタツと蓮見は、非常に肩の狭い思いをしていた。
最初は(完全ハーレムだったハル除く)自分達だけ美味しい思いできてラッキーと思って最初の一週間は美味しい思いをしていたのだが、ナギが来てから風向きが変わった。いや、ナギが嫌だとかそういう事ではない。ナギの事はクラス全員が妹のような、娘のような感情を抱いている。(つまりアイドルだ)そんなナギの来訪が嫌な訳では無いのだが‥‥
『パパのむかしのおはなしききたい!!』
という、彼女なりに父親の事を知ろうとしたほんわかとする一言だったのだが、ココから色々と不味い事になっていった。ハルの昔の話と言う事は、幼なじみのタツや雫、皐月の話も自然と入る事になるのだが、女子二人は結託し自分達に都合の悪い話は抜かして男子の話ばかりするのだ。蓮見は中学高校と同じ学校だったが、クラスが一緒になったのは中学の二、三年だけで、その時雫と皐月は別のクラスと運の良い奴なのだった。
まぁ、そんな感じでタツだけ被害を受けるという可哀想な時間が暫く続き、そろそろ話題を変えないと後が怖いなぁ‥‥(もう完全に手遅れなのだが)と思い始めた蓮見が声を掛けようとした時、いきなり視界が回った。いや、違う。馬車ごと回ったのだ。二回、三回‥‥何回回ったのかよくわからなかったが、漸く止まり、蓮見が辺りを見回すと
「う、うぅ‥‥」
「皐月、大丈夫?」
「いってぇ‥‥何がどうなってんだよ」
「ナギ、大丈夫ですか?」
「うん、だいじょうぶ‥‥キナ!おかおからちがでてる!!」
「私は大丈夫ですから。あと、顔じゃ無くて頭です。落ち着いて、ね?」
酷い光景だった。回復役である皐月は、血は出ていないが頭を打ったのか気絶しており、逆に気絶はしていないがキナの頭からは血が出ている。幸い、自分と雫、タツとナギは無傷のようで驚いてはいるが、何ともなっていない。
「キナさん、聖魔法が使えますよね?ご自分の怪我を治してから、皐月を治療しながらナギの護衛をお願いします。私とタツ、蓮見は外の様子を見て来ます」
冷静に皆の状況を確認し、指示を出す。最初は蓮見も残そうと思ったのだが、自分達は外での立ち回りは初めてだし、それなら実践経験もあり、皐月以外では唯一の聖魔法の使い手であるキナに任せた方が良いと思ったのだ。
「わかりました。二人は任せて下さい」
キナも賛成する。雫達に自覚はないが、今の雫達はこの辺りに生息する魔物なら赤子の手を捻るような物なのだ。‥‥殺せるかかどうかは別として。
「じゃ、行ってきます!」
キナの返事を聞き頷くと、タツと蓮見を連れて外に繰り出す。
ーーーーーーーーーー
「なに、これ‥‥」
「うぇ‥‥‥」
「ひでぇな‥‥‥」
外には日本にいたら見ることの無いであろうおびただしい血の量が流れている。その光景から目を背けるように見た方には、自分達の馬車で御者をしてくれていた二人の兵士が、何者かと剣を交えている。漫画やドラマではない。本物の命のやり取り。雫達は辺りに撒き散らされている殺気で、動けなくなっていた。
「‥‥‥うわっ!?」
呆然と見ていた方で、兵士が何者かの腕を切り上げた。だが、遠目からだった雫達には『何か』が上に飛ばされたようにしか見えない。雫達に見えていた『何か』が、雫に向かって飛んできた。太陽のせいでキチンと見えず、殆どカンで剣を抜き、真っ二つに斬り落とす。
雫に向かっていた『何か』は、雫にぶつかる前に力を無くし、そのまま下に落ちる。つられるように下を見た三人は、言葉を失う。そこには、泥と血で汚れた左腕が、中指から綺麗に真っ二つになって落ちていた。骨も綺麗に切断されている。
「うぇ‥‥‥」
腕を切った雫が、嘔吐する。それにつられ、蓮見も目を反らして口を押さえる。タツも吐きたいし、目を反らして逃げ出したかったが、それを必死に我慢し雫の背中をさすりながら周囲を警戒する。すると、馬車の影から何かが飛び出してきた。タツは二人と、馬車の中にいる三人を守ろうとグチャグチャな魔力を剣に込めて、思い切り振り下ろす。
「ま、待てよタツ。俺だ!落ち着け!!」
「‥‥ハル、か?」
慌てた様子でタツの剣を左手で掴んでいるハルが、目に映る。『魔導剣』は血が滴り服や頬にも、血がこびり付いている。
「お、お前その血‥‥‥」
「ん?‥‥あぁ、大丈夫だ。全部返り血だよ。それよりも、ナギは無事か?馬車の中か?」
「あ、あぁ‥‥そうだ。今、皐月が気絶してキナさんも頭から血が出てるんだけど、キナさんは聖魔法使って自分と皐月の傷治してて‥‥‥」
「わかった。全員無事なんだな。良かった‥‥落ち着いたところで聞きたいんだけど、なんでこの二人は吐いてるんだよ?それに、お前らなんで外にいるんだ?」
何を言っているんだ?コイツには俺達の目の前に落ちている手が見えないのか?なんで返り血なんて付いてるんだ?お前は『勇者』だけど高校生だろ?なんで、こんな状況でそんな顔が出来るんだよ‥‥‥
怖かった。この異常事態で、何時も通りに振る舞ってくる親友が。血が付いてもそれがどうした?別になんでも無いだろう。という顔で此方を見てくるハルが、ただ怖かった。
「‥‥ま、後で話そうか。全員中に入ってろ。皐月起きてたら呼んでくれないか?ハクを喚んでもらいたいんだ」
「あ、あぁ‥‥雫、蓮見中に入ってくれ。キナさん、皐月を呼んでくれないか?ハクを喚んでもらいたいんだって」
「‥‥すいません。出てくるのが遅れました。ハルさん。ここは僕が見ておくので、片づけてきて下さい」
「頼んだ。俺は他を見てくる」
限界そうなタツをハクが馬車の中に入れるのを見てから、もう一度走り出す。次に向かったのは女子グループの乗っている馬車だった。
ーーーーーーーーーー
そして三十分が過ぎた頃、リーダーと思われる小汚い男と、その他数名を捕獲していた。残りの奴らは数時間後には魔物の腹の中だろう。
ハル達は血の匂いで魔物が寄ってくるのを恐れ、生きている馬に全力で走ってもらいザラムへと深夜過ぎに着いていた。
疲労困憊の雫達を宿に押し込みハクとキナに護衛を任せ、ハルと騎士団長は男達を拘束してもらっている自警団の詰め所の地下牢へと来ていた。
「さて、誰の差し金で俺達を襲ったのか、教えてもらっていいかな?そうすれば、命までは取らない。鉱山奴隷にはなってもらうが」
「‥‥ハッ、奴隷に落ちるってことは死んだも同じじゃねーか!山で一生穴掘りとか、冗談じゃねーよ。さっさと殺せ!!」
「‥‥‥おい、ハルが優しく言ってるうちに、さっさと吐いた方が身のためだぞ」
「うるっせー!つか、ハル‥‥あっ!?お前、勇者か!!勇者がこんな事してて良いのかよ!?勇者様なら、俺ら見逃せよ!!‥‥‥おいっ聞いてんのか!?」
(どうやらお前のことは知らなかったようだな)
(あぁ。さて‥‥どうする?)
(誰の差し金か、否定も肯定もしなかったな。だが、少し間があった。誰かの差し金と言うのは決まりだろう)
(どーせ、ここを切り抜けたら助けが来るとか思ってるんだろうな)
(だがそんな事は無いだろう。コイツらをみる限り、雇い主に忠義があるとかでも無い。殺した奴らにしてもそうだ。コイツ、仲間の仇なのになんにも言ってこないぞ?戦闘中は連携が取れてるようにも見えたが、馬車ごとで違ったんだろうな。それぞれの馬車を、チームで襲ってきたのだろう)
(あぁ。コイツが一緒に襲ってたのは全員生きてるからな。他はどうでも良いんだろう‥‥‥だったら)
(他の奴を拷問してる所でも見せるか?)
(だな、頼む)
(了解した。明日の朝までに終わらせておこう)
「おいっ!聞いてんのかって言ってんだよ!!」
「うるさいな。コッチは今、作戦会議が終わったんだ。明日の朝もう一度聴きに来るから、それまで仲間の悲鳴を子守唄にして待ってろ」
「はっ!?おい!どういうことだよ!?おい‥‥‥」
男の問いには答えずに、そのまま地下牢を出て一人宿へと戻る。すると、宿にはまだ明かりが灯っていた。宿は貸し切りだし、大型パーティー用だから大部屋二つ。男女別なのだが、二部屋とも、明かりが灯っている。ハル達が着いたのが深夜。日本時間にして12時を回った頃だった。それから皆に食事などの手配をしてから出たのか1時で、それからもう一時間以上は経ってるから3時前だと思うのだが‥‥‥
首を傾げながらも、取りあえず宿に入る。明かりを消さずに寝たのかも?とも思っていたのだがどうやら違ったらしい。全員起きていた。部屋には行かず、食堂に全員揃っていた。しかも、料理には殆ど手を付けていないようだ。
「おいおいお前ら、寝ても無いし飯も食ってないってどういうことだよ?宿の人達に申し訳ないだろ?冷めちまってるが、食えよ。もしかして金の心配でもしてたか?そんなのお前らが気にする事じゃねーんだから‥‥‥おっ、これ旨いぞ!!お前らも食えよ。全部食っちまうぞ?」
此方を見もせずにずっと下を向いている。流石にイラッときて、近くにいた蓮見の肩を少し力を入れて叩く。すると
「触んな!!」
「‥‥‥‥え?」
ーーーーーーーーーー
「‥‥そろそろ吐いたらどうだ?お仲間の腕は、もうボロボロだぞ?次は脚にしようか、それとも顔か?」
「ふざけんな!今すぐやめろよぉ!お前、王都の騎士団長だろ!?こんな事して良いと思ってんのか!?」
「お前が今すぐ吐けば終わるんだよ」
「かし‥‥らぁ‥‥‥あぁ‥‥‥‥」
「ほら、呼んでいるぞ?何か答えてやったらどうだ?」
爪は全て剥がれている上に指が変な方向に向いている。これを聖魔法を使える者が治してはもう一度同じことを‥‥‥というのを、もう四回繰り返していた。が、腕では足りないのかと脚も同じ事をしようとする騎士団長に、遂に『かしら』と呼ばれていた奴が折れた。
「わかった、わかったから‥‥もう、やめてくれ‥‥‥」
「‥‥‥さっさと言え。お前らを差し向けたのは誰だ?」
「それは‥‥‥‥‥」
ーーーーーーーーーー
「‥‥‥な、なんだよ?どうしたんだよ。お前ら?俺なんかやったか?全く記憶に無いんだが‥‥」
「‥‥はぁ?それ、本気で言ってんのかよ。お前、自分が何やってたのかわかんねぇのかよ?」
「へ?なにやった?‥‥‥今日お前らを助けるのが遅れた事か?それは、悪かったと思ってる。怖い思いさせて‥‥」
「ちげーよ!お前が頑張ってくれてたのはわかってる。だから怖かったけど、そこは問題じゃないんだよ!!」
「じゃ、じゃあどこなんだよ?」
「‥‥‥ホントにわかんねーのかよ?」
「あ、あぁ‥‥‥」
本当にわからない。なにをした?もしかして、一週間馬車の中で退屈させてたのを怒ってるのか?いやでも歩くともっと時間かかるし危ないからしょうがない‥‥いや、馬車の中でキナに何か聞いたのか?でも、だったら全員が怒ってるのは可笑しいし‥‥‥まさか
「すぃませんでしたぁ!!」
『!?』
わからない。と言っていたハルが、何の前触れも無く土下座をして下を向いていた他の奴らもビクッと震える。蓮見なんか目の前での土下座で目を点にしている。
「悪かった!ほんの出来心だったんだ!!」
「なっ!?お前、そんな軽い気持ちでやったのか!?」
「えっ、じゃあどんな気持ちでやれと?」
「最初からやるなよ!どんなにしょうがなくても、お前のやってることは犯罪なんだよ!!」
「た、確かに犯罪だけど、男ならしょうがないと思うんだ!むしろ、やらないと失礼だろ!?」
「殺らないと失礼!?男ならしょうがない!?ふざけんな!そんなのお前だけだ!!」
「はぁ!?お前、男だろ!?なら、女子の風呂覗くだろ!?あんな無防備なんだぞ!?覗けるなら覗くってのが男だ!!」
「‥‥‥‥‥‥え、覗き?」
「おう。お前も男だろ?いや、誘わなかったのは悪いと思ってるよ?けどさ、ナギもいたし、クレアとキナもいたんだ。お前ら連れてくとバレそうでなぁ‥‥‥」
話が噛み合っていないと思ったら、二人とも別の話をしていたらい。覗きの結果や、いつやったのかが気になった蓮見だったが、そんな事はどうでもいいという風を装って、ハルに食ってかかっていった。
「バ、バカ野郎!俺が話してたのは覗きじゃなくてお前が今日やった事だよ!!」
「今日?助けが遅れた事じゃないんだろ?」
「ちがう!お前が今日、人を殺してた事だよ!!」
言った。言ってやった。言ってしまった。もっと遠回しな言葉で伝えるつもりだったのに、思いっきり正直に、包み隠さずに言ってしまった。
下を向いた顔を恐る恐る上げてみると、
「‥‥‥なんだ、その事か。なるほどなぁ。確かにお前達には刺激が強すぎたかもな」
今まで見たことのない、冷ややかな目をしたハルがいた。
「な、なんだって‥‥お前、何も感じないのかよ!?人を殺したんだぞ!?なんで、なんでそんなに冷たい目が出来るんだよ!!」
「なんでって言われてもなぁ‥‥お前達、忘れてないか?俺は『ゲノム』で五万の兵士を塵に変えてるんだぞ?今更数人増えたところでなんとも思わねぇ‥‥あぁ。お前達、実感が無かったのか。そうだよな。ユリウスに話聞いてるってのは知ってたけど、俺が人殺してるの見たこと無かったもんな。そりゃ恐いか」
「ちがう!俺達が怖がってるのは、お前が人を殺しても何とも思ってない所だよ!!確かに、俺達には実感が沸かなかった。お前が五万人殺したって聞いても、ビックリした以上は無かった。むしろ、お前が一人の女の為に動いてたって言う方が驚いたぐらいだ。だからこそ、怖いんだよ。お前が、俺達の知ってる『蓮川春人』が、どんどん離れてってるような気がして‥‥‥」
「‥‥‥そりゃ諦めろ。俺はもう、前の俺じゃねーんだよ。今は、ルークを殺すためだけに動いてるんだからな」
『諦めろ』『殺すためだけに』この言葉は、蓮見の胸に大きくのしかかった。まだ、元に戻ると思っていた。あのハルの叫び声を聞いた夜から。今日、馬車の窓から恐る恐る覗いたら見えた、ハルが人を斬り殺す所を見るまでを全部忘れて、学校でバカやってた時のような、ほんの1カ月ぐらい前に、戻ると思っていた。
だが、そんな簡単にはいかなかった。ハルは『諦めろ』と言った。自然に戻っていくかも。そう思っていたのにハルから拒絶された。もう、昔には戻る気は無いと。
「‥‥‥もう、戻れねぇのか。ほんの1カ月ぐらい前の俺達には」
「あぁ。俺が、最初にこの世界に召喚されたときから、もう戻れ無いんだよ。いや、違うな‥‥‥俺が、シルに惚れた時からかな。それまでは、向こうに戻ることだけを考えてたからな」
この言葉は、雫に響いたらしい。ビクッと震え、更に下を向く。そんな雫を、悲しそうな目でタツが見ていた。
「そうか‥‥じゃあ、俺はもう勇者パーティーは抜ける。お前に着いていけば、最短距離で戻れると思ってた。けど、無理そうだ‥‥別に、回り道になるとかじゃ無いんだよ。只、俺が『今のお前』には着いて行けないだけだ。‥‥‥怖いんだよ。お前が」
「‥‥‥わかった。けど、勇者パーティーは抜けなくて良いぞ。どうせ、俺は此処で別れるつもりだったからな。後の事は騎士団長に任せる。あと2日ぐらいしたらティナが着くと思うから、それから、これから先の事は考えろ。俺は明日の朝、騎士団長のいる自警団の詰め所に寄ってから此処を出る。何か言いたい奴がいたら来い。聞いてやる」
そう言って、宿を後にするハル。蓮見は、ハルが宿を出るまで見送る事無く、背を向けて部屋へと入っていった。
今回も物凄い遅くてごめんなさい。
騎士団長の拷問は、次にしようかと思います。
あと、今までのお話、編集しました。読みづらいなど有りましたら遠慮なく言って貰えると嬉しいです。




