おやっさん
『ハル!!お前に客だ!!』
やっと練習が始まり楽が出来る。と思っていたハルに、厄介事を持ち込んできたのは、自室で仕事をしているはずのユリウスだった。
「なんだよユリウス‥‥俺やっとゆっくりできんだけど?誰が来たんだよ?」
ユリウスの方に向かって、ノロノロと歩いていくハル。すると、急いでいるのかユリウスが此方に向かって駆けてくる。
「馬鹿者!早く来ないか!!僕も暇じゃ無いんだぞ?」
「わかったから引っ張るなって‥‥‥おまえ等は練習続けてろよ。用事終わったら戻ってくるから。クレア見とけー」
そのままユリウスに掴まれ訓練所を出る。今回はサボリじゃなく、ちゃんとした理由が合ったからか、クレアは何も言ってこなかった。
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「なぁ、誰が来たんだよ?入る前にそれくらい教えてくれてもいいんじゃねーか?」
ユリウスに連れられてやってきたのは、ここにきて最初に偽勇者を決めた、昔使っていたあの部屋だった。
「此処に連れてきたんだ。検討はついてるんだろう?」
そう言ってニヤリと笑うユリウス。
‥‥あんまり会いたくないなぁ。絶対怒られる。
「入りたくない‥‥」
「知るか入れ」
思い切り背中を押され、反射的にドアに手を付きそのまま開けてしまう。そこには、かつて勇者としてまだこの国に居た頃の、馴染みの顔があった。
「よぉ。久し振りだなぁ。えぇ?クソガキ」
「オヒサシブリデス。オゲンキデスカオヤッサン」
思ってたとおり、まだ言い訳を考えてる途中で、絶対に会いたくなかった人が、不気味な笑顔で出迎えてくれた。
「なんでそんなに硬いんだよぉ!もっと気楽に行こうぜ?俺とお前の仲だろ?そうだ!!クソガキ、俺が打ってやった短剣はどうした?五年前は聖剣合ったろうが、今は無いんだろ?使ってんのか?ん?」
ハルの肩をに腕を回し、五年前と何も変わらない態度で接してくる。うん。それは嬉しいけど‥‥
「ア、アァーアレネ。オヤッサンガウッテクレタアレ‥‥ケシトンダ」
「‥‥‥‥‥‥‥は?」
オヤッサンが笑顔のまま固まる。
ヤバいよ、マジで怖い。このまま殺されるだろ。
「ごめんなぁ。最近な、歳のせいか耳が遠いんだよ。もう一回言ってくれるか?」
「‥‥‥ケシトビマシタ。オレノウデトイッシヨニゼンブ。アトカタモナク」
「‥‥‥‥‥‥なにしてくれてんだこのクソガキィィぃ!!お前、アレにどんだけ時間掛かったか分かってんのかぁぁぁぁぁ!?」
「ゴメンナサイィィィィィィィィィィィィ!!」
ヤッバイよ!?想像してたよりも滅茶苦茶に怒ってる!!
「一年だ!!勇者を呼ぶと決まった時から、陛下に一年貰って仕上げたあの短剣が、消し飛んだぁ!?」
「悪かったってば!!けど、あれはしょうがなくて‥‥‥」
「しょうがないで済んだら自警団はいらねぇよ!テメェ表でやがれやぁぁぁ!!」
‥‥‥それから暫く。おやっさんにボッコボコにされたハルは、顔が引きつったユリウスに支えられて、元の部屋へと戻った。ハルをボコボコにしたおかげで少し落ち着いたおやっさんが、ユリウスから何があったのかを聞き、本当に落ち着いたのは一時間後だった。
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「なる程なぁ。そんな事が合ったのか‥‥悪かったなぁクソガキ!思いっきりボコボコにしちまって!!」
そう言いながら爆笑しているクソジ‥‥じゃなくて、何をしても死にそうにないクソジジィは、この国一番の鍛治師で、名前をジェド・ブランツェと言う。俺が勇者として召喚される一年前から俺のサブ装備として短剣を作ってくれた偉い人なのである。
「誰が死にそうにないクソジジィだこのクソガキィ?」
「テメェだよクソジジィ‥‥わかった。俺が悪かったから腕を振り上げるのは辞めて」
腕を振り上げて拳骨を落とそうとするおやっさんを必死に宥め、今日なんで来たのかを聞く。別に、これ以上殴られたら本当に死にそうで、話を逸らしたわけではない。
「ちっ‥‥今日来たのはなぁ。テメェが勇者じゃ無くなったってことは、もう聖剣はねぇんじゃねぇか?って思って短剣じゃ心許ないだろうと聖剣と同じぐらいの長さと重さの獲物を持ってきてやったんだが‥‥‥必要無かったみたいだなぁ」
「本当にゴメンナサイありがとうございます優しいおやっさん。あ、肩揉みましょうか?」
手の平を返して媚びへつらうハル。それをみたおやっさんとユリウスは、「こんな奴に自分達の世界は救われたのか‥‥」と、軽い絶望を感じていた。
「だぁ!?本当に揉まなくていい!!たくっ‥‥‥ホラ、持ってけ」
おやっさんの肩に置いたハルの手を、鳥肌を立てながら振り払い、横に立て掛けてあった剣をハルゆ向かって放る。
「ととっ‥‥サンキューおやっさん!大事にする!!」
そう言って剣を抱えて部屋を出て走り出そうとするハル。その目は、新しい玩具を買って貰った小さい子供の様に輝いていた。
「まぁ待てよ。まだ話は終わってねぇんだぜ?クソガキ」
おやっさんに首を掴まれ、後ろに引っ張られる。その際、首から変な音と、「グエッ」というハルの声が聞こえたが、それに構わず話を進めるクソジジィ。
「その剣はな、すこーし特殊でな?流石のお前でも説明無しだと何も出来ないぜ?」
「わがっだ。わがっだがら。取り敢えず首はなじで‥‥‥」
「おっと、ワリィな」
首が締まって息が出来ないのがようやくわかったのか、急いで離してくれるおやっさん。出来ればもう少し早く。というか、あんな掴み方しなければこんな事にならなかったのに。そう思いながらも、苦笑いで二人のやり取りを見ているユリウスだった。
「で?この剣が特殊って、どういうことだ?」
ゲホゲホ言いながらおやっさんに問い掛ける。それを少しやりすぎたか?という目で見ながらおやっさんが説明をはじめる。
「あ、あぁ。その剣はな。魔導剣って言ってな?お前が複合魔法を開発しただろ?で、『拡張』をみた魔法師団の団長が、物や部屋に魔法を定着させているってことに衝撃を受けてな。魔石無しで魔法の効果を持続して、魔力さえ込めれば誰でも使えるようにならないか?って考えたらしく、その話を俺と、レラんとこに持ってきてな。二年前ぐらいか?に完成したのがそれなんだよ」
「ふーん‥‥これか」
剣に宿る魔力を見る。確かに、魔石無しで術式が構築されて、定着してるな。この術式は‥‥‥
「身体魔術。『魔闘拳』の基礎魔法。『硬化』を定着させてるのか」
「見ただけでわかんのかよ。流石だな‥‥そうだ。お前が今言った通り、この剣には『硬化』の魔法を付けている。まだまだ実験段階でな。同じ魔法でもその効果は様々だな。ちゃんと効果が出る物もあれば、効果は出ても威力が弱い物とかがあってな。それは一番効果が強い物だ」
「そんなもの俺に渡していいのかよ?俺短剣壊したばっかだぜ?」
「いいんだよ。まぁ、次壊したら‥‥わかってるな?」
もの凄い剣幕で睨んでくる。人ぐらい平気で殺してそうな目してる‥‥
「わ、わかってるよ。大丈夫だ‥‥多分な」
いや、本当にさ?壊れてもしょうがなくね?俺だって壊したくて壊す訳じゃないし、消し飛ばされたくて消し飛んだ訳じゃ無いんだよ‥‥だからそんな目で睨むなよな。
「いいか?そりゃ俺とレラ、それに魔法師団団長が死ぬ気で定着させたんだからな?これが第一号で、『魔導剣』のオリジナルなんだからな?わかったな?」
‥‥やっぱり要らないよ、この剣。怖すぎる。プレッシャーが半端ないよ。こんな剣で闘えと?戦闘の緊張じゃなくて壊さないようにする緊張の方がデカくなりそうなのは気のせいか?
「まぁ、物ってのは壊れる物だからな。しょうがないんだが‥‥お前、あの短剣使ったの何回だ?」
「‥‥‥一回です」
「そうか、一回か。つまり初めて使ってぶっ壊したのか‥‥やっぱもう一回表出ろ」
「やだ」
「知るか」
身体に魔力を流し、逃げようとしたが、それよりも早く、首を掴み外へと連れ出されるハル。部屋を出る前、最後に見たのは面倒事に関わりたくないと、無言を貫いていたユリウスの、満面の笑みだった。




