女の子、起きた
「セ、セシリア姉ぇ!どうしよう!!なんか女の子が倒れてる!!!」
この叫び声は先程眠たそうに目を擦りながら出てきた男の子の声だった。先程の寝ぼけた顔から一転、今にも泣き出しそうな顔をしている。ハルとセシリアは殆ど同時に駆け出し、ハルはさっき叫んだ男の子を担いで。セシリアはいきなり走ってきた男の子に驚いて固まっている先ほどの女の子を抱いて、孤児院の裏の方へと走る。
孤児院の裏に行ったって事は、小川の場所は五年前と変わらない筈。
そう考えてセシリアの前を行き、『第三の目』を発動。まだ試したことのない限界距離まで一気に範囲を広げる。いきなり範囲を広げたから、目に激痛が走り、いつもと違う三つ目の視点で吐き気を催す。吐きそうになるのを必死に堪え、後ろにいるセシリアに叫ぶ。
「五年前使ってた場所から少し離れた所にある、あのでっかい木の下だ!!」
それを聞いたセシリアが一気に速度を上げてハルを追い越す。追いかけようとするハルに、更なる激痛と吐き気。一瞬ぐらつくが、不安そうな顔の男の子が視界の端に写る。それを見て不安にさせまいとニッコリと笑い、踏みとどまる。そしてセシリアの後に続き速度を上げていく。
先に着いたセシリアは、もう件の少女の所にいるようだ。子ども達が少し離れて心配そうに見ていた。ハルは担いでいた男の子を子ども達の側におろし、此処で待っているように言ってからセシリアの下へと駆け出す。
「おい!セシリア!!女の子は‥‥」
セシリアは何も答えない。いや、答えられないのだろう。ハルも言葉に詰まって何も答えることができない。その少女が此処にいてはいけないからだ。この世界では、絶対に見ることができず、唯一見ることが出来るのは勇者が召還されたときだけ。それでも、こんなに小さな女の子が召還されるのはあり得ないのだ。この世界には今、ハルを含む総勢三十八名の2-Dの生徒以外には居ないはずの、綺麗な黒髪を持った少女だった。
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ただ眠っているだけとわかっていても、このままにはしておけないので、取りあえず孤児院まで運ぶことになり、子ども達と共に孤児院へと戻ったハル達。朝食の準備や小さい子の相手を年長組に任せ、ハルとセシリアは女の子を寝かした部屋で二人、話をしていた。
「この子は、ハルさんと同じ世界から来たんですよね?」
黒髪を持った人間はこの世界には居ないのだからハルの世界から来たのは間違いないだろう。しかし、聖女の召喚の儀式無しに此方の世界に来るのは不可能。だから確かめるようにハルに聞いてくる。
「わかんねぇよ‥‥普通、この世界に来るには召還されないと来れない。召喚するにしても、聖女無しでの召喚は莫大な魔力が必要になる。だけど今回、その魔力は微塵も感じなかった。それ以前に、この年だと女神の所でストップがかかって、別の奴になる筈だ。だけどそれがない。ということはアイツを介しての召喚じゃない。でもそれは無理な筈‥‥‥クソっ!どうなってやがる!!」
いきなり大声を出して机を叩くものだから、驚いた子ども達が扉をほんの少しだけ開けて様子をみてくる。ハルは慌てて謝りながら扉をしめる。その間セシリアは何か考えているようで、ジッと動かない。
「おい、セシリア。どうしたんだよ?」
「‥‥あの、『念話』は出来るんですか?」
‥‥忘れてた。
ハルは即座に『念話』を開始しようとする。が、そこで一旦止まりセシリアの方を向く。
「いいか、お前も一緒に話せるようにするまで独り言をいってるみたいになるが、間違っても頭がおかしくなったとか思うなよ。違うからな?わかったな?」
突然おかしなことを言ってきたので、ただコクコクと頷くセシリア。
「大丈夫ですよぉ。ハルさんの頭は前からおかしいですから」
コイツ、マジで調子乗ってやがる。
ハルは手を握り締め真上に振りかざす。なにをされるのかわかったセシリアが少女のベットを挟んだ反対側へと逃げる。ハルが攻撃出来ないのがわかったのか、ドヤ顔をしてくるセシリア。
「マジで潰すぞ‥‥っ!!」
「私がこの子の近くに居るから手を出せないんですよね?流石ハルさん優しい!!」
「わかってんならこっち来いよコラ」
「嫌です」
このクソガキィ‥‥
殴りたい。けど、此処でそんな事したら起きちゃうかもしれないんだよなぁ‥‥‥
少し悩んだ後、拳を降ろして『念話』を開始しようとする。それをみて安全だと判断したのかコソコソと此方に寄ってくるセシリア。一瞬、頭叩くぐらいしようかと思ったが、面倒臭いので無視することに決めた。
「あー、あー、女神?聞こえてるか?聞こえてんなら返事しろ。三秒以内な。さーん、にーぃ‥‥」
『ハイハイハーイ!やっと連絡くれましたねハルさん!!』
耳(?)がキーンとする。コイツ、頭の中に直接響くから声は別にデカくなくても良いって言ってたよな?ふざけやがって。
「うるっっっせーんだよ!!」
なんかゴロゴロと転げ回る音が聞こえてくる。声だけじゃねーのかよ?
『ひ、ひどいですよぉ‥‥そんなに声は大きくしなくて良いって言いましたよね?』
「知らねー、コッチの用件伝えるぞ。今俺達が居る場所から少し離れた小川がある。そこからもう少し離れた場所の大樹の下で、日本人だと思われる少女を見つけた。周囲には召喚陣もねーし魔力を微塵も感じなかった。子ども達が偶然見つけたんだが‥‥知ってること全部話せ」
『うぅ、酷いですよ‥‥そちらの世界に今居る日本人は2-Dの皆さんだけですよ?』
何を言ってるんだ?みたいな感じで喋る女神。
そんなのコッチが聞きたいんだよ!!と、怒鳴りたいハル。
「そ、それでも居るからどういうことだって聞いてんだよぉ‥‥っ!!」
『‥‥あぁー、ホントに居ますねぇ。これはあれですね、時空の狭間に落ちたんですね。可哀想に』
「は?時空の狭間?なんだそれ、どういうことだよ?」
『日本で神隠しとか有るじゃないですか?あれ殆どが時空の狭間に落ちたんですよね。時空の狭間はそのままです。時空に開いた狭間ですよ』
つまり、昔から言われてきた人が突然いなくたった。とかは全部その狭間に落ちてたってことか‥‥そりゃ見つからねーよ。
「つか、わかってんなら何とかしろよ。女神だろーが」
イヤイヤ、何言ってんのこの人?みたいな声で問いかけに答えてくる。
『無理ですよ。この狭間は直しても直しても自然に発生するものなんです。どうにかしろと言われても出来ませんね』
つ、使えねー‥‥こんな風に考えながらそれを表に出さないよう、今度は別の質問をする。
「じ、じゃあ、この女の子を日本の、元いた場所に戻すことは可能か?」
『出来ますよ。まぁ、そっちの召喚陣でしか帰れない。つまりハルさん達が帰らないと帰れませんけどね』
「はぁ?別に俺達居なくも、この子は独りで来たんだから別に大丈夫だろ?」
『いえいえ、今回時空の狭間が開いたのはハルさん達の召喚が原因ですよ。前回はハルさんお一人でしたから指先一本位のしか開きませんでしたけど、今回は多いですからね。その少女が入れる位の大きさで開いてしまったのでしょう』
まさかの自分たちのせいだとわかり、罪悪感がハンパなく襲ってくるハル。そんな事全く関係ないという感じで詰め寄ってきた人がいた。
「ね、ねぇハルさん!女神様とお話してるんですよね!?私もしたいです!!早く、早く繋いで下さいよぉ!!!」
「ウルッセェ!ちょっと待っとけ!!‥‥じゃあ、この子は俺達で面倒をみろと?」
『はい!頑張って下さいね!!』
‥‥それには何も返さずに、無言で『念話』を切る。
「ちょっとハルさぁん!もう良いんですか?良いですよね?さぁ!!早く!!!」
「もう切った」
この世の終わりみたいな顔でハルの方を見てくるセシリア。
「ムカついたんだからしょうがねぇだろ‥‥そんな目で見るなよ!!」
「ヒドいですよ。私、楽しみにシテタノニ‥‥」
怖い‥‥つか、今回『念話』を使ったのは、今ベットで寝てる女の子のため‥‥‥!?
「お、おい!セシリア!!」
「ナンデスカ?私、今怒ってるんデス‥‥ヨ‥‥‥ふぁ!?」
女の子、起きた




