別の世界
「‥‥菜‥‥‥きて‥‥陽菜!起きてってば!!」
「っ!?」
「よかったぁ‥‥ずっとうなされてたのよ?大丈夫?」
私は飛び起きて、不安そうな顔で此方を見つめる親友の顔を見た。
「大丈夫‥‥ごめんね、アーニャ」
「大丈夫ならいいんだけど‥‥おばさんが呼んでるの。いこ?」
「うん。隣だよね?先に行ってて。汗凄いからシャワー浴びてから行くね」
「わかったわ。伝えとく‥‥‥なにかあったら直ぐに大声出してね」
心配なのかコッチをチラチラと見ながら部屋を出て行く。扉が閉まった音を聞いてから私はまた布団に寝転がった。
「ふぅっ‥‥‥」
お兄ちゃん達のクラスが全員失踪してから2日。私達はホテルに泊まっていた。あの日以来、テレビではお兄ちゃん達の事を取り上げたニュースや番組が毎日流れている。警察の人の話だとこの騒ぎはもうしばらく続くらしい。迷惑な話だ。
私は布団からなんとか腰を浮かしてシャワーを浴びに向かった。汗をかいていたのは本当だが、別にシャワーを浴びるほどでは無かった。ただ向こうに行きたく無かっただけだ。向こうではお兄ちゃん達がどこに行ったのか必死に議論している。テレビでUFOや神隠しなんて言われていて、その道の専門家も集まっていて暑苦しいのだ。
「そんな無駄な話しても意味ないのに‥‥」
お兄ちゃんはたまに居なくなったりするけど、私に黙って居なくなるのは一回も無かった。(道場の先生に修行と言って何も言えずに連れてかれるお兄ちゃんの背中を見ていたのは何度もあったが、それはカウントしないでおこう)
これはお兄ちゃんの意志じゃ無い。(修行もお兄ちゃんの意志では無いが)だったら、私達でどうこうできる問題じゃないのはわかってる。だから、私達は待つしかないんだ。お兄ちゃんなら、自力で戻ってくる。大丈夫‥‥
「大丈夫‥‥だよね?お兄ちゃん‥‥‥」
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シャワーを浴びて、少しスッキリした。隣に行こう。それで、言うんだ。お兄ちゃんなら自力で帰ってくる。だから、これ以上騒ぎ立てないでって。
私は扉を開いた。が、先の考えは全て吹っ飛んでしまった。なぜなら‥‥
「あら、陽菜!もうシャワー浴びたの?早かったわね?」
変な光に包まれたアーニャが、部屋の真ん中に立っていたからだ。
「ひ‥‥あ‥‥‥な‥‥‥っ!?」
声と呼べるのか分からないような声を絞り出したのは、UFOや神隠しだと騒いでいた専門家達だった。お母さんや警察の人は口を開けたまま動かない。お父さんなんて気絶している。
お母さん達を見てある程度落ち着きを取り戻した私はアーニャに話し掛ける。
「ア、アーニャ?」
「ん?どうしたの?‥‥やっぱり、いきなりこれは不味かったかしら?」
いやいや、どうしたの?って‥‥それはコッチが聞きたいなぁ。
私がシャワー浴びてる間に何があったの?
「取りあえず、それどうにかして?」
「わかったわ」
アーニャの身体を包んでいた光が消え、部屋の照明だけになった。さっきの光が強かったせいか部屋が暗く感じる。
ふぅ‥‥なんかよく分かんないけど、取りあえずお父さん達をどうにかしよう。
「お母さん。他の人を連れて隣に行っててくれない?二人で話したいの」
「‥‥っ!?え、えぇ。わかったわ。皆さん、夫を運ぶのを手伝ってください」
まだ何があったか分かっていない専門家達はお母さんに言われるままにヨロヨロと動きだし、お父さんを横にして持ち上げ連れて行った。扉が閉まった音を確認し、私はアーニャへと向き直った。さて‥‥‥
「話して貰うわよ、アーニャ。アナタは何者?私の知っているアーニャなの?」
「私はアーニャ本人よ、陽菜。ただこの力を隠していただけ」
「確かに隠すのもわかる。けど、なんで今、このタイミングで力を見せたの?」
「それはね、今この時間しか無いのよ。『向こう』に行くには、今しか無いの」
「向こう‥‥って?どこかに行くの?それとあの力のどこが関係してるの?」
「それは‥‥‥っ!!」
「!?」
部屋がまた光に包まれた。今度の光はアーニャの身体からではなくアーニャを取り囲むようにして光っている。
「来た‥‥っ!」
「なんなの!?アーニャ、説明して!!」
「説明してる暇は無いわ!けど、一つ言えることがある!!今から私は、別の世界に行く。そしてそこには、ハルも居るの!!!」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥お兄ちゃんが‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥いる?
別の世界に‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?
「陽菜、もう時間が無いの!早く決めて!!来るのか、来ないのか!!!」
わからない。アーニャのあの目は本気だ。けど、いきなり別の世界なんて言われても‥‥‥
「陽菜!もう、これしか無いわよ!!ハルに会いたいなら、私と来て!!!」
頭では悩んでいる筈なのに‥‥‥
身体が動き出していた。急いで紙に家族に当てる手紙を書く。時間が無く一言しか書けなかったがまぁ、大丈夫だろう。
「陽菜、私の手を!!」
私はアーニャの手に目一杯力を込めて握る。
次の瞬間、私は光に包まれた
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「‥‥陽菜?大丈夫?もう、お話しは終わったの‥‥‥?」
陽菜が旅立って三十分後、夫の介抱を終えた母が部屋に入ると、そこに陽菜とアーニャの姿は無く、あったのは荒れた部屋の真ん中に落ちていた一枚の紙。
お兄ちゃんと一緒に
帰ってきます