3.魔法
魔法所は頑強な白い壁に囲まれた建物だった。
やはり文化が僕がいたところより発達していない気がする。
建物だけでなく、服や畑の様子も、まるで伝記映画や西部劇を見ているようだ。
建物の中に入ると椅子やカウンターは古くとも、配置やシステムは市役所と似ていた。
番号券のようなものを取り、椅子に腰掛けて順番を待つ。
周りを見ると僕らを見てクスクス笑う人や苦い顔で内緒話をしている人がいた。
そんなに僕の身なりは変だろうか。
隣に座っているアネモネさんを見ると、周りの人たちなど気にならないのだろう。姿勢正しく座り表情一つ作らず順番を待っていた。
これが大人の余裕というやつかー。
そう感心していると僕らの持っている札番号が呼ばれた。
カウンターに行くと若い女の人が今回の用件を聞く。それに対してアネモネさんが
「彼の魔力水準バッチを発行したいのですが…」と適切に答えてくれる。
「わかりました。あなたのお名前は?」
女の人が僕を指して言う。僕がビクッンとしている横でアネモネさんが「シオンさんです。」と伝えてしまっていた。
「となり街から来たそうなのでこちらに情報などは保存されてないと思います。」
「そうですか。では、新しく作りましょう。こちらにご記入してお待ちください。」
それにしてもとなり街とは珍しい。そうぼやきながらカウンターの女性は行ってしまった。
紙に名前を書き、住んでいるところなどはアネモネさんの家にしてもらった。そうこうしているうちに女の人は変な機械とともに戻ってきた。
女の人はそれをカウンターに置くと、こちらに手をのせてくださいと言う。のせろというのは、おそらくこの手形の場所だろう。その上に設置されているのはどう見てもでかくて鋭い刃物だ。しかも3つ付いてる。
「あのー、これ落ちてきませんか?」
女の人は何を言っているんだという表情で僕を見る。
「落ちてきますよ。」
だから何?みたいな顔で見るのはやめてほしい。
「どうしたんですか?シオンさん?」
「いや、その…。」
メッチャ痛そうなんですけどっ!
目の前を見ると早くしろとムスッとされる。
しかたなく僕はその危険物に手を入れた。
「それでは始めます。」と女の人が操作をし始める。
思わず生唾を飲んだ。
ウィーンというなんとも機械らしい音のあと、鋭い刃が僕の手に落ちてくる。
僕はとっさに目をつぶったが、それは予想以上に痛くなかった。目の前を見ると刃の先端が手の甲に少し刺さっている程度だった。僕に刺さっている部分から刃は徐々に赤色に染まっていく。
まるで自分の血を吸っているみたいで気持ち悪かった。染まりきると刃はゆっくりと上に移動し最初の位置に戻った。
「結果が出るまで少々お待ちください。」女の人がそう言って、その道具をいじり、奥の方へUSBメモリのようなものを持っていく。
「そういえばこれ何の道具なの?」小声でアネモネさんに尋ねる。
「えっ!知らないんですか!!これは魔力を計る道具ですよ。」
アネモネさんが大声でそう叫ぶと周りがざわついた。それに気付きアネモネさんは少し小さくなる。
アネモネさんによると、魔力とは魔法を一日どの程度使えるかを数字で表したものらしい。そしてそのランクによってそれに見合ったバッチがわたされるそうだ。
「それならアネモネさんの星ひとつはどの程度に…」
アネモネさんへの言葉はカウンターの向こうの方々の声にかき消された。
「急に騒がしくなりましたね。」
アネモネさんが冷静にそう答える。
「うん。何があったのだろう?」
僕の魔力の量に騒いでいるのかもしれない。確かそんなシーンも桐島から借りた漫画に描いてあった気がする。
「あの…」
女の人が気まずそうな表情で戻ってきた。
「あの…あなたの魔力は0です。」
……。
「魔力0そんなことあり得るの?」
「あいつ本当に人間か。」
女の人の声を聞いた。周りの奴らが一斉にざわついた。
僕自身はこの結果に驚きはしていなかった。
よく考えると魔法なんて使ったことないし、使えたら怖いし、突飛押しもない状況に頭がどうかしていたのだ。
こうなったら僕のやることはただ一つ…この世界から早く脱出することだ。
僕は魔法所を出たあと、いったんアネモネさんの家に帰った。
家に帰る道中、アネモネさんはなにか言いたそうな様子でいたが、特に何も言わなかった。励ましたかったのだろうか?
僕はその後、お世話になりました、と書き置きを残してその家を後にした。
家を出てきたものの帰る方法は一向に思いつかない。
まずはこの世界で最初に目覚めた場所に行ってみることにした。
この道を歩いていると恐怖感しかない。いつなん時、モンスターが現れるか、わかったもんじゃない。なるべく足音を立てずに森を彷徨う。
そして数分後…迷子になった…。
「どこだよここ!?」
引き返して森を抜け出そうと思ったが、時すでに遅くどの道から来たか分からなくなっていた。
こんなところでモンスターにでも遭遇したら絶対に死ぬ。
いや、このまま彷徨っていたって死ぬ。だんだん腹が減ってきた。
気付くと湖に出ていた。ちょうど座りやすい根っこもある少し休憩しよう。
歩き疲れ、足が棒のようだ。空腹もここまでくると腹痛だ。あっちの世界なら食うにも寝るにも困らなかったのにな、とただただ嘆く。
だけど不思議と悲しくなったりはしなかった。どこか心の中でこうやって朽ち果てることを望んでいるようなそんな気がした。
そんなつまらない事を考えているから、こんな訳のわからないところに来てしまったのか。
「こんなところで何しているんですか?」
振り向くと、息を切らしたアネモネさんがいた。
「何って…家に帰ろうと思って…。」
「家って…となり街の…」
まだ勘違いしていたのか…。
ゼーゼー、ゼーゼーどれだけ走ってきたのだろうか。
「とにかく座ったら?」
僕はアネモネさんに席をすすめる。根っこだけど…。
アネモネさんは息を整えながら僕の隣に座った。
「ここはモンスターがいて危ないんじゃ…あっ、そっか魔法使えるからへっちゃらか。」
アネモネさんからの返事はなかった。
この湖、魚でもいるのだろうか。遠くのほうで水の音が聞こえる。
「帰るんじゃないんですか?」
「帰れるものならもう帰っているよ。」
アネモネさんは、僕が何を言っているか、きっと分からないだろう。
「僕のふるさと実は隣町じゃないんだよね。」
アネモネさんは返事をくれない。
「僕の住んでいたところはもっとずっと遠くで…僕もどうやってここに来たか分からないんだ。気付いたらこの森にいた。」
アネモネさんはとても静かだった。
本当に隣にいるのか不安で彼女の方を見た。
アネモネさんは湖のほうをまっすぐ見ていた。彼女が何を考えているのか分からなかった。
「シオンさんはその世界に居場所はあったんですか?」
とても冷たい声でアネモネさんは言った。
「どうだろう。家族はいたから居場所はあるのかな。でも、友達は少なかったな。ついこの前までは一人もいなかった。」
「一緒だ。」
アネモネさんはそう言うと飛び上がって僕の前に立った。
「シオンさんが隣町の人じゃないことくらい知っていました。ところどころ言動がおかしかったですし、そもそも街の行き来なんてそう簡単にできませんから。」
じゃー、何で?そう問う前にアネモネさんは続けて言った。
「不思議な人だと思っていましたが、そんな事情があったとは…。でも、悪い人じゃなさそうですし、それに…」
アネモネさんはふと寂しそうな顔になった。
「私と同じ感じがしたの。私も友達なんて人はいないの。みんなの私を見る目は憐れみや蔑みそればかり…」
アネモネさんは自分の胸に手を当てて言った。
「私はこのブロッサム1魔力が低い人間よ。」