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Magic World  作者: 速人いとし
シオン編
1/45

1.プロローグ

〝事実は小説より奇なり″という言葉がある。


今ほどその通りだと思ったことはない。なぜなら僕は突如としてこの世のものとは思えない、白い毛を全身にまとった大きな猿に追われていたからだ。


大猿おおざるの一歩一歩の振動が体の芯にまで響いてくる。怖すぎて吐き気がする、全身に力が入らない、さっきから常にフル稼働中の足はもう感覚がないみたいだ。浮いているような気さえしてくる。しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではない。少しでも気を抜いたら、絶対に死ぬ。


大猿が大声をあげる。その声は木の枝を揺らし、鳥たちを驚かす。そのあまりの声量に僕の体はよろめき、態勢を戻すことができず倒れる。もうダメだ立てない。心の中で死を覚悟する。


その時、人の声がした。


「大猿がいたぞ。」


大猿は声がしたほうに体を向ける。音がしないように息を止める。1秒、2秒と時間を心臓の鼓動で感じる。5秒、6秒と時間が過ぎる。

大猿はゆっくりと僕のもとから離れていった。溜め込んだ空気を一気に外に出す。ひとまず助かった。やはり大猿は人がいたほうに行ったようだ。


もしかしたらあの人たちも今頃襲われているかもしれない。僕は様子を見に十分に距離を取りながら近づいた。そこには剣や盾を武装している人が大猿を囲んでいた。助かった。きっとあの化物を倒すためにいるのだろう。あの人たちについて行けばなんとかなるかも。


その時、目の前で驚くべきものを見た。人が手から火を出している。一人だけではない、あの集団の数人が火を出している。大猿はその火に苦しむ。目の前の真実が信じられず、恐怖が体の奥から湧き上がってくる。あいつらも全員化物じゃないか。


僕はその恐ろしさに耐えられず、途端に走り出した。走っても走っても景色は変わらない。それでも走り続ける。ここはどこなんだ。僕は何でこんなところにいるんだ。どうして僕がこんな目に…。


木と木の間をくぐりぬける。枝が頬をかすめ、根っこに何度もつまずいた。それでも走った。僕は走った。その時、目の前が開けた。そこには…太い腕と赤い瞳を持った化物がそこに…その瞬間目の前が真っ暗になった。


……………


「おい、紫音。紫音。箱部はこべ 紫音しおん君。」

「んー、何。」

重たい目蓋に力いっぱい開けると目の前に、僕の数少ない友人の一人 桐島きりしま 拓馬たくまがいた。相変わらず目が隠れるくらい髪の毛が長い。


「どうしたの?」

「もう授業終わったよ。爆睡なんて余裕だな紫音。」

「余裕なんて…そんなつもりはないんだけど。ただ哲学にはあまり興味がなくて…でも、必修だから仕方なく出てるだけだよ。」

「その発言が余裕の人の言葉だよな〜。」

「そうかな。」

僕はそう言いながら荷物をリュックにしまう。そして僕らは教室をあとにした。


僕と拓馬は同じ大学、同じ理工学部。大学ではだいたい一緒に過ごしている。

「本当に紫音は典型的な理系男子だよな。化学や物理は真面目に授業受けているのに、英語なんかは爆睡だもんな。」

悔しいがその通りだから何も言えない。二人で他愛もない会話をしながら緑の多いキャンパス内を歩く。


太陽の光が眩しい。もう六月、梅雨に入ってから初めての晴天。昨日までの雨の湿気と微妙に高い気温で湿度が高い。

「熱いな。」

「太陽もきついしね。」

頭熱いと拓馬がぼやくが、その髪型は熱いに決まっているだろうと思う。


「あっ、里内先輩だ。」

拓馬が不意にそんなことを言った。拓馬が指さしたほうを見ると日陰のベンチで女子が群がっている。

その中にショートカットの黒い髪、長身の女子、里内さとうち 菖蒲あやめがいた。

そのクールな女子に、その女子を超える身長の男子が近づいて彼女と親しく話している。


「あの男の人、菊田きくた翔真しょうま先輩だっけ。噂だけど里内先輩とできてるらしいよ。」

当分、話した後、菊田先輩は里内先輩を連れて行ってしまう。手を繋いで…。


「おい、紫音。紫音!聞いてる。」

そう言いながら拓馬は僕の肩を揺らした。

「えっ、あー、ごめん。付き合ってるらしいね…さすが拓馬、耳が早い。」

「あれっ、知ってた?」

拓馬の質問に一瞬、なんて答えればいいか迷う。


「いや…知らなかったよ。」

「そう。まー、菊田先輩ほどカッコ良かったら俺も彼女出来るかな。」

「そうだね。僕も菊田先輩みたいになりたかった。」

「えっ?なんだって」

「いや、拓馬は画面の中に恋人たくさんいるじゃん」

「まーね、二次元の女は皆オレの嫁だ」

言い忘れていたが拓馬はいわゆるアニメオタクだ。

「紫音も一緒に見ようぜー。アニメとかギャルゲーとか」

「はいはい」とてきとうにあしらいながら、その場を立ち去ろうとする。ふと見ると、里内先輩も菊田先輩の姿はもう見られなかった。


「紫音はこの後、授業は…」

「ない。」

「マジで!羨ましい。」

「その代わり拓馬は週に二日休みがあるだろ。」

じゃー、帰る。と言って、僕は拓馬とわかれ、帰路に着く。


真昼間の道、一日で一番暑い時間帯だ。体から汗が止まらない。

この暑さは悩ましい。帰り道にある歩道橋の階段は途方もなく長く感じる。上を見上げると太陽が眩しい。

菊田先輩も眩しかったな。

「僕じゃ届かないよな。」

あの二人には…

『寂しい顔。』


突然、女の人の声が聞こえた気がした。

今までいなかったはずなのに目の前に黒いパーカーを来た人が、そして僕の胸を押す。

僕は力を加えられるままに歩道橋から落ちた。

『寂しい顔。』


……………


目が覚めると僕は知らない天井を見上げていた。

えーと、確か僕は化物に襲われて…

「あっ、目が覚めましたか?」

視線を左にずらすと茶色の長髪に赤い帽子をかぶった、可愛らしい女の子がいた。

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