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ダンジョン&ドラゴンズ  作者: 速水
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旧時代の覇者

「どうにも妙だ、数字が大きすぎる」


ダンジョン攻防戦が始まってからおよそ2時間が経った。俺はすぐに引っ込めるように森林エリア最奥でヘイムダルと一緒に待機しながらダンジョンメニューを睨んでいた。時折伝令役のゴブリンがやってきては身振り手振りで報告をしてゆく。作戦の成功失敗程度の大まかなものであれば十分伝わるし、こちらの指示はきちんと伝わっているのであまり問題にはなっていない。


「数が大きすぎるとはどういうことだ?カイト」


「DPが増加していく数字がちょっと前から加速度的に増えた。ゴブリン達の報告と噛み合わない」


「報告といっても細かな所までは伝わらぬであろう?こちらが思っているよりも善戦しているということではないのか?」


「そういう誤差の範囲を超えてるんだ。ダンジョンメニューに死亡によるDP加算のログがかなり出てるけど、今回の作戦は地の利を生かしたゲリラ戦を仕掛けて向こうを肉体的、精神的に疲弊させることを優先するよう指示してある。こんなに死者が出るはずがないんだ」


開戦後から今までで計上されたDPはおよそ20,000ポイント。DPが加算されるとダンジョンメニューで確認できるため、戦況の把握に使えるのではと先ほどから眺めていたが妙に死亡によるDP加算が多い。およそ100名程、ロッソの偵察によって向こうがおよそ千名であることが分かっているので一割程度ということのなる。ちなみに、ゴブリン達ダンジョン側のモンスターがやられてもDPが発生することは無い。


「劣勢ならともかく優勢なのであればあまり気にせずとも良いのではないか?」


「負けてるより良いのは確かだけどね、どうにも違和感が気になる。作戦としても死者より怪我人がたくさん出る方が嬉しいし」


「確か、継戦能力がどうとかいう話だったか?」


ヘイムダルがこちらに首を向け聞いてくる。こんな時だがこういった込み入った話をするときのヘイムダルは困ったように眉間に皺が寄っていて滑稽だ。妙な癒しを感じる。


「うん、軍隊というやつにとってみれば負傷兵っていうのは大きな負担になるはずなんだ。怪我人を抱えながらの行軍ならその速度は遅くなるし、治療にも手間がかかる。もちろん、魔法のある世界だから治癒の魔法もあるだろうけどそれだって魔力を使うだろうからね無尽蔵というわけにはいかない」


聞きかじった知識だからそこまで詳しくないけどね、と付け加えながらヘイムダルへ目を向ける。


「致命傷にならずとも傷をたくさんつけて消耗戦を仕掛けるということか」


「そんな感じかな、向こうで言われているように損耗率三割なんて数字で撤退してくれるとも思えないけどこちらのほうが数では圧倒的に負けてるんだ出来ることは全部やらないとね」


今日が丁度ダンジョンが出来てから30日目なのでゴブリン150体、グリーンキャタピラー90体が生成されていた。そしてロッソが連れてきたマイコニド達はダンジョンが気に入ったのか同種の仲間達をちょくちょく連れてきていてなんと今では160体ほどになっている。丁度合わせて400体。これにヘイムダルを加えれば今のダンジョンで使える全戦力となる。


数の差はおよそ2.5倍。


ドラゴンという弩級の戦力がいるとはいえ楽観できる数じゃない。


「駄目だ、圧倒的に情報が足りない。一体何が起こってるんだ、こんなことならもっと真面目にダンジョン外で活動できる仲間の確保をしておくんだった・・・」


最初のひと月は足場を固めるべきとモンスター達の連携訓練とダンジョン機能の把握を優先したのが裏目に出ただろうか。安全の確保出来ていない外界への恐怖があったのも確かだ、この世界の人たちからすれば俺なんてモヤシも良いところだ。一応ロッソが居るが、彼一人ではとても人手が足りなく、山周辺の地理やモンスターの調査も終わっていない。やるべきことに対して圧倒的にリソースが足りていなかった。


「カイト、我が居る。多少の不利なぞ蹴散らしてやるからそう悲観するでない」


ヘイムダルが自信たっぷりに声を寄越す。どうも弱気になっている俺を気にかけてくれたようだ、気の良いドラゴンだよ全く。


「そうだな、事ここに至っては大きな変更も出来ない。ヘイムダル、悪いけどかなりの無理をしてもらうことになるかもしれないぞ」

「是非もない、闘争こそ竜の本質。我が牙、我が爪はカイトの敵を屠るために使うと決めたのだ。奥でくつろぎながら我らの勝利を待っているが良い」


ヘイムダルはそういって歯をむき出しにして笑う。獰猛なその笑みは、出会った頃なら確実に腰を抜かしていただろう。今はただ、その姿が頼もしい。その背後から、ポツポツとゴブリン達モンスター混成部隊が帰ってくる。ロッソも、偵察から戻ってきたようだ。


「旦那、そろそろ相手の軍勢が予定の位置に到着します。森の中で散々叩いてやったのが効いたのか、良い感じに固まっていますよ。それとどうも正規兵だけでなく冒険者もちらほら交じっているみたいでさ、勘鋭いのが多いんであまり近寄れませんでしたが」


「そうか、冒険者も徴兵してたのか。となるとイレギュラー要因はそこか・・・?いや、今考えることじゃないな」


「なにか気になることがあるんで?」


「あるにはあるが計画に変更はない。皆、予定通り最後の詰めを頼む!撤退時期を見誤るなよ巻き込まれたらただじゃすまないぞ!!」


「ギャッギャ!」

「ギュビビビ」


了解!とばかりに鳴き声を上げながら森へと散っていく。モンスター達を戦場に送り出すことに心苦しさを覚える。戦いに対する根源的な忌避感が沸き起こってくるが、降りかかる火の粉は払わなくてはならない。全員無事に帰ってきてくれよと、心の中で強く祈った。


「ロッソ、確認したいことがある一緒にマスタールームに来てくれ。ヘイムダル、後は頼んだ。此処が正念場だ」


「我が志もカイトと、ダンジョンと共にある。此度の危難、我が牙にて噛み砕き、我が爪にて切り裂いてくれよう」


マスタールームで待っていろ。そう言い添えるとヘイムダルも前方へと向き直る。

戦いの喧騒が近づいてきていた。もう、あと少しで俺達の運命が決まる。なにがなんでも生き延びる、そう胸に抱いてマスタールームへ続く扉を潜った。





ゴールドマン領正規兵達は探索に手応えを感じつつあった。序盤こそモンスター達の連携に戸惑っていたものの、それを織り込み済みで慎重に対応することで翻弄されることが急激に減った。冒険者パーティ『魔風』のメンバーが手分けして索敵を行ってくれたのも大きい。パーティ全員が一定以上の探索能力を持つ『魔風』の特性を遺憾なく発揮した形だった。


「やはり『魔風』は違うな、我がゴールドマン家が贔屓にするだけのことはある。父上の依頼ではないと中々動かん頑固者共だが今回連れて来れたのは僥倖だった。アウルムで一番と噂の『昼行燈』よりも役に立つのではないか?」


兵達の様子を少し離れた後方より見守りながらしきりに頷いているのはランディだ。その傍にはクルトと、ゴールドマン家お抱えの魔法使いが3名、こちらは探索には加わらずランディの周囲に結界魔法を張り安全を確保している。3人いるのはローテーションで結界を維持していくためである。


「妙、ではありますな。あの者達は御屋形様直接の依頼以外は受けないはずなのですが」


顎に手をあてながら、兵達を的確に誘導している『魔風』を見つめながらクルトが疑問を口にする。


「奴らとて此度の事が首尾よくいけば父上からの覚えもさらに目出度くなる。そう不思議な事でもないだろう」


「そのような者が御屋形様に重用されるでしょうか・・・おや、噂をすれば何やら報告があるようですな『魔風』が来ます」


部隊から離れ、一人こちらに向かってくるのは『魔風』のリーダー、エザカムである。体つきは冒険者にしては細く、戦いを生業にする者には見えない。顔だちも凡庸で面と向かって話をしても別れた後にはその印象を思い出せそうにないような印象を受ける。そんな男だった。


「ランディ殿、いくつか報告があります。裁可を仰ぎたい」


エザカムは後方の陣へたどり着くなりそう切り出した。特徴の薄い顔の中にあって、鋭い眼光だけが妙に光っている。


「聞こう」


上機嫌なランディは鷹揚に頷きながら先を促した。


「この先を進軍していた部隊のいくつかが拘束されたまま放置されている友軍を発見、罠の有無を確認しながら現在救助を行っています。」


「罠の可能性が高いということか?」


ランディは罠という言葉に嫌そうに顔を顰めながら続きを促す。


「現状では判断がつきませんね。拘束後、どこかに運ばれていく途中で急に彼らを放り出して森の奥へ消えていったそうです。かなり慌てた様子だったとの報告が上がっています。また、現在のところ罠の確認はされておりません」


「慌てて逃げていった?少々前から我が手勢が優勢になってきている、魔物ながら少しは知恵が回るようだから不利を悟って逃げたのだろうよ。罠もないのならそれで決まりだろう」


自軍有利の証拠のような報告を聞いて渋面が一転、喜色に変わる。総大将としてそのまま救助の続行を許可する。


「次ですが、この森にはマイコニドの群生地が点在しているようです。正面から突破するのは消耗が大きいので多くの部隊が迂回ルートを取っていますが、そのためか中央と右翼左翼との間が少々詰まってしまっているようです。また中央前線にいたはずの『災禍』の姿が突入後しばらくしてから見当たりません。その影響か中央の消耗が激しくなっています」


「『災禍』めBランクだからと法外な依頼料を吹っかけてきたわりに敵前逃亡とは。部隊については一度休息を取った後、再編して展開しなおすこととする。捕らえられていたものの救助が済んだらまずは一度休息だ。細かい指示は・・・クルト」


「承知いたしました」


主の命に恭しくクルトは一礼を返すと即座に伝令を走らせにいった。しかし、すぐに慌ててたように引き返してくる。


「ランディ様、前方及び右翼左翼の端から狼煙のようなものが上がっているとの報告が来ています」


「何、どこだ」


「あちらで御座います」


クルトの指す方へ眼を向けてみれば確かに煙のようなものが上がっている。報告どおり、三方向全てから立ち上っているようだ。


「ランディ殿、今すぐ戦闘態勢を!何かが不味い!!」


長年培ってきた勘がひりつくような感覚をエザカムに訴え、衝動に駆られるまま叫んだその瞬間―地面から立ち上った一条の光が、部隊の中ほどを薙ぎ払った。





あれは、何だ。

ある兵士はそう自問した。


数瞬前までの森の様相とはそこはもう、何もかもが変わってしまっていた。

一瞬の閃光、一拍後に轟音と凄まじい熱波。対処する間もなくさらに全身を襲う浮遊感。落下し叩き付けられる感覚に息が詰まる。

土煙で周りがよく見えない、うめき声がそこかしこで上がっている。状況確認するべきだと、即座の対応をしろと理性が告げる。


だが、だが!


土煙の向こう、うっすらと浮かび上がる影はあまりにも巨大で。熾火のような赤が二つ宙に浮いている。

目を離すことが出来ない。徐々に土煙が晴れていく、影を覆い隠していたヴェールが剥がれていく。


見上げるほどの巨体、輝く紫色の鱗、爛々と紅く燃える瞳。

侵略者達を睥睨するのは一匹のドラゴン。絶対の強者が突如彼らの前に姿を現した。




GAAAAAAAAAAAAAAA!!


大地を揺るがすほどの咆哮と共に炎が吐き出される。射線上にいた何もかもが、炎に包まれる。

尾の一撃が大地を砕き、爪が大気を引き裂く。命の灯が一つ、二つと抵抗すら出来ずに消えていく。まさに蹂躙という言葉が相応しい。


「あ、ああ・・・」


兵士の喉から、絶望が漏れる。自分達の対峙するそれは死の顕現だった、紫の竜が動くたび命が散る。

剣を構えてなんになる?盾を掲げてどうするというのだ?抵抗の意思なぞ竜が現れたその時に折られていた。



GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!!



かつて、神と呼ばれた生き物の咆哮が響き渡る。その視線は戦う意思を無くした者達の上を通り過ぎ、崩れて地肌がむき出しになっている森の斜面の先へと向かう。赤の視線が射止めるは、一人の男。


「何故だ、何故此処にドラゴンがいる!?このダンジョンに『竜』の文字は無かったはずだろう!!」


謎の光と共に突如として前方の地面が崩壊。後方に居たため巻き込まれたなかったことは僥倖といって良いだろうか。離れ、俯瞰できてしまうからこそ眼下に広がる大地に現れた存在のすべてを認識できてしまう。そして今、ドラゴンは間違いなくこちらへ意識を向けていた。


「ドラゴンが待ち伏せを行うだと・・・」


竜の視線に居竦められへたり込むランディの脇で、エザカムが呆然と呟く。

拘束されたまま放置された味方、点在するマイコニドの群生地、妙に撤退の上手いゴブリン達。彼の頭の中でバラバラだったピースが音を立てて嵌っていく。最後の1ピースは今も踏みしめる大地。おそらくこのフロアの地面は傾いている。


森林という地形、散発的な魔物の襲撃による注意の分散によって気づかぬうちに自分達は登らされていたのだ、眼下のドラゴンが隠れられるほどの高度まで。


誘導され密集していた部隊はドラゴンのブレスによって既に半壊している。崩落に巻き込まれていないのはおよそ450名、訓練を受けた兵士がこれだけいれば戦うことは不可能ではない。ただし、


「そ、そうだ『魔風』!貴様ら冒険者だろう!ドラゴンはお前達に任せる!!」


優秀な指揮官がいればの話だ。視線の圧力から逃れようと必死に後ずさりながら命令してくるこの男では、この事態の収拾はつけられないだろう。喚く依頼者に見切りをつけると決めたその時。


ドラゴンの咢が開く。奥底には赤々と燃える炎、当然その意図とは。


「まずいっ!防御結界最大出力、ブレスが来るぞ!!」


エザカムがそう叫んだ直後熱線が押し寄せ、世界を白く染めた。

色々悩んでいたら数日かかってしまいました。

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