『赤毛熊』
ゴールドマン領の中心地アウルム。
そこそこの施設に中々旨いと飯を出す宿屋の一階はいつもと異なる様相を見せていた。
「専門外だ、他を当たりな」
「そっそこをなんとかお願いまっ!?ぐっ・・・」
「お帰りはあっちだよ」
振りぬいた手を戻すともう興味を失ったのか視線も向けず、そのままテーブルの料理へと手を伸ばす。
獅子の鬣のような髪、燃える様な赤は見るものに鮮烈な印象を与えるだろう。長くて入りきらないのかテーブルの外に投げ出されている大樹の幹のような脚、赤銅色の肌に覆われた全身からは野生の獣のような暴力的な力強さを発散させている。
『赤毛熊』、ランクBへの昇格も近いと噂の冒険者だ。身長は二メートルを越えているだろうか、異名も頷ける体躯の持ち主である。
「今日のところは帰ります、ですが必ず受けて頂きますよ」
向かいに座っていた男が頬を抑えながら立ち去る。張りつめていた空気が弛緩し、いつもの昼下がりの喧騒へと変わっていく。
「良かったんですか~?リコ姐さん」
話が終わったのを見計らって一人の女性がやってきた。先ほどまで使われていた椅子を退けて別のものを持ってきて座るあたりに訪問者への心証が伺える。
「領主直属の使いならマズいがね、ありゃ例のお馬鹿様の子飼いだよ。相手にするだけ無駄ってもんだ。それと姐さんはやめな」
「えぇ~いいじゃないですかぁ。わたしと~リコ姐さんの中じゃないですかぁ~」
「あぁもう隣でキンキン喚くんじゃないよっ。ほら、そろそろ出発の時間だろう?仲間を待たせるものじゃない」
「リコ姐さんも~一緒にどうですかぁ~?」
「あたしはこれからゲルドの爺さんところへ行く。大体もうDランクになったんだろう?あたしが居なくても大丈夫だろうに」
「残念ですぅ~。また今度一緒に依頼受けましょうねぇ~」
「わかった、わかったからさっさと行きな」
返答に満足したのかまとわりついていた女性は機嫌よさげにローブをはためかせ出て行った。後には妙な雰囲気とその中心にいる一人の冒険者。
「呆けてないであんたたちもさっさと仕事にいきな!」
今日一番の怒声がフロア中に響き渡り、それに押し出されるようにたむろしていた男達が飛び出していく。後には、赤毛の女一人が残った。
「まったく・・・どいつもこいつも・・・」
中心街から少し離れた裏通り、知る人ぞ知るといった風情の場所にひっそりとその工房は建っていた。
勝手知ったるなんとやら、といった感じで店の戸を潜り声を張り上げる。
「ゲルド!得物を取りにきたよ!!」
「まだ耳が遠くなるような歳じゃないわ!そんなに叫ばなくとも聞こえとる!!」
同じく怒声を上げながら髭だらけの小男が現れる。短い手足、寸胴の体躯に気難しそうな顔が乗っている。
「ドワーフ」酒と鉄が大好きだが偏屈で人付き合いの苦手な半妖精族である。
「普通に呼んだらなかなか出てこないじゃないのさ」
「そういうのはドワーフの嗜みというんじゃ。風情も解さぬ粗忽者めが大体・・・」
「粗忽でも反骨でもなんでもいいからさっさと出しな」
ゲルドの声を遮って早く寄越せと掌を出す。
「まったく・・・あの小娘がどうしてこう・・・・・・」
ゲルドと呼ばれたドワーフはぶつくさと呟きながら一度奥へ引っ込むと、すぐに二丁の手斧を持ち出してきた。
「ほれ、頼まれてた斧じゃ。総黒鉄製、精製段階から強度強化の魔法を付与した硬度重視の代物じゃ。その分かなりの重量になっておるがお前さんなら問題ないじゃろう。久々の会心の出来じゃよ」
そう言いながら手渡す斧は両側に刃が付いたタイプのもの。手斧というには少々大振りなそれは使用者に合わせたものか。
受け取り、そのまま工房の裏手にある広場で試し振りをしてみる。
一閃、二閃、三閃―
振るうごとに鋭く、力強くなっていく。切り裂くというよりは叩き潰すような荒々しい動きながら、下半身は一分の乱れもなくどっしりと地面を掴んで安定している。
チラリと、ゲルドへと目線を送る。頷き一つ返されたのを見ると、広場中央に半壊した鎧を括りつけられている丸太へと歩み寄る。
スゥっと集中のための一呼吸。次の瞬間、爆発的に闘気が膨れ上がる。
「インパクト!」
振り下ろされたのは右腕。鎧と共に丸太を圧し折るだけでは止まらず、轟音と共に地面を一撃し爆ぜさせる。
朦々と立ち上る土煙が収まった頃には、丸太のあった位置は大の大人が3人は寝転がれそうな穴が出来上がっていた。
「うん、心地良い重さだ。礼を言っておくよゲルド」
「少しは加減を考えんか馬鹿者!そんなんだから『赤毛熊』なんて名を貰うんじゃ!」
「言わせたい奴には言わせておけば良いんだよ。斧、貰っていくよ」
「ふんっ好きにするが良い。・・・それより、いい加減まともな防具を作る気はないのか?お前さんもそろそろBランクになるのだろう。いつまでも今のままでは」
申し訳程度にブレストプレートを付けたのみ。あとはほとんど防具らしい防具をつけていない得意客への心配が、ゲルドの瞳には浮かんでいた。着けているプレートさえ数打ちの粗悪品であるのが一目でわかる代物だ。そもそもサイズも合っていない。
「ゲルド、その話は止めとくれ」
「しかしだな」
いつになく食い下がるゲルド。これまでなら引き下がるところだったのに今日は随分と粘る。
「・・・なにか掴んでるのかい、ゲルド」
「どことは言えんがの、ここ最近どの工房も武器や防具の発注が相次いでおる。腕の立つ冒険者へも軒並み依頼が来ているようじゃ。魔物の討伐遠征か、どこぞの紛争かはわからぬがの、備えておくに越したことはない。お前さんも目を付けられておるだろうしの」
「なんだいそれは、そんな大事になってたのかい、あのお馬鹿様の依頼は」
「なんじゃ、もう来とったのか」
「ダンジョンの攻略なんて言い出すからね、ひっぱたいてお帰り願ったよ」
再現するように右手を一振りする様に苦笑いを返すゲルド。
「なんと、ダンジョンが出来ておったか。断るのは当然じゃな。そこらの魔物を狩るのとはダンジョン攻略はまた別の経験が必要、生半可な覚悟や急増のチームで手を出すべきものではない。じゃが・・・」
「あぁ、どうにもキナ臭い。わかった、この肩当を貰っていく。それで勘弁してくれ」
「そ、そうか。いい仕事をさせて貰ったからな、その肩当はオマケにしておくぞい」
「なら、遠慮なく貰っておくよ」
「ちゃんと定期的に手入れに顔を出すんじゃぞ!素材も買い取るからな!!」
ゲルドの嗄れ声に送られながら工房を出る。両腰には受け取ったばかりの手斧が吊り下げられており、心地よい重さを感じる。
「さぁて、今日も一仕事いくとしようかね」
向かいから来る人皆が道を譲るように空間を開けていく。それを特に気にするふうでもなく、飄々と『赤毛熊』は中央通りを通り抜けていった。
同時刻、とあるダンジョンの一室にて―
「ははははは!でかした、でかしたぞロッソ!!さぁ、新しい仲間の歓迎会と行こうじゃないか!」
「あ、ありがとうございます。マスター様」
狂喜乱舞している鎧がいた。その両手には7、8歳児くらいの大きさのキノコが掲げられている。奇妙なことにキノコには手足のようなものが生えていた。
「ナノナノ~」
よく見れば鎧が抱えているキノコよりも一回りほど小さいが似たようなキノコがたくさんひしめいている。奇妙な鳴き声を上げながら左右に揺れ、時折毒々しい色の胞子をばら撒いているが、この場で気にしているものは一人を除いて居ない。
その一人は胞子に巻かれないよう、十分に距離を取りながら堪えきれずに呟きを零した。
「俺、此処で生きていけるんだろうか・・・母ちゃん・・・」
その後、ドラゴンを交えての宴会に卒倒したロッソを顧みるものは居なかった―
可愛いヒロインは何処に。