薄闇の会談
岩肌が揺らめき、濃淡が入れ替わる。小柄な人影が捧げ持つ灯は闇を払うには余りにも頼りない。
カシャン・・・カシャン・・・
高い、擦れる様な音が響く。
灯を持った魔物の後から這入ってきたソレは、鈍色の光沢を放っていた。
―人か、それとも魔か―
現れたのは、一領の甲冑。
無言で牢を睥睨した甲冑は、付き従っていた魔物が差し出す椅子へ腰を下ろし相対する。張りつめた空気が、部屋に立ち込めた。
『さて―』
(これで本当に誤魔化せれば良いんだけど…)
俺は牢の中の三人へ語りかけながら甲冑の中で大いに冷や汗をかいていた。中に人が居ることがわからないよう松明をもつゴブリンを逆光になるような位置に立たせたりしてみては居るものの不安は拭えない。
『まずは自己紹介からといこうか。余がこのダンジョンの支配者、名は―・・・いや、人の名残なぞ不要か。好きに呼んでもらって構わんよ』
異世界に来てロールプレイすることになるとは。今回の役柄はアンデッド系モンスターの定番リビングアーマー、所謂「不死の鎧」である。
「貴様がダンジョンの主か!ならば早くこの拘束を解けっ!!無礼者めが!私はこの地の領主ゴールドマン子爵家の次期当主だぞ!」
地面に転がりながらこちらを睨み付け怒鳴り散らしてくるのは確か、ランディだったか。やはりダンジョン入り口がある土地の貴族だったらしい。
『ふむ、そちらは貴族の方だったか。お怒りは理解するが、自宅に押し入ってきた者を取り押さえるのは正当防衛ではないかね?』
「我が領地にあるものは我が家のものに決まっておるだろう!どのように扱おうが私の自由だっ!!」
血走った目がこちらをにらみ据えてくる。マズい。このランディとかいう貴族はマズすぎる。ある程度予想はしていたけれどここまで酷いとは。
『貴族の特権とは果たすべき義務を背負う故だと私は記憶しておるのだがな。余が目覚めるまでの時の中で変わってしまったのかな』
「魔物風情に貴族のなにがわかる!早く私を解放しろっ!!溜め込んでいる財宝も接収してやる、さっさと這い蹲って許しを請わんか!!」
クルトと呼ばれていた老人は主人の狂態にオロオロするばかり。もう一人の男の方は唖然としている。
『魔物風情、か。次期当主殿よ。魔物とは人の法を守り、身分の貴賤を尊重する存在か?』
このために用意してきたというべき手札を切る。こちらが言いださなくても察して欲しかったものだが。
「なっ・・・なっ・・・私に、逆らうというのか!?」
『従う道理が無いと言っているのだよ。人の法は所詮人の法だ。魔には魔の理がある』
「そ、そんな・・・私は領主の長子なのだぞ・・・」
余程ショックだったのか、それともようやく身の危険を理解したのか。ランディは怒りに赤く染まっていた顔を青くしてくずおれてしまった。
「ランディ様、ここはわたくしがなんとか致します。安心してどうか心を落ち着かせください」
主人の変調に従者としての本分を思い出したのだろう。爺さんが庇うように前に出る。蓑虫状態なので格好良くはないが。
「わたくし、ゴールドマン家において次期当主ランディ様の従者を勤めさせて頂いておりますクルト、と申します。我が主は少々不慣れな環境に参っておりましてな。先ほどの発言、どうかご寛恕願いたい」
『構わぬよ。刻の理より解き放たれたせいか、気も長くなったのでな』
「有難う御座います。それで、ダンジョンマスター殿は何用でこちらにいらしたのでしょうか」
『なに、人間を捕らえたとの報告を聞いたのでな。戯れに話でもと思い立っただけよ』
そういって肩を竦めてみせる。ガチャリと、思った以上に大きな音が鳴った。
「左様で御座いますか。魔に属する方がお気に召す話を出来るかはわかりませんが、なにかご希望なぞは御座いますか?」
『ふむ、その前にその様子では少々話も聞きにくい。解いてやれ』
ゴブリン達に命令して拘束を解く。甘いのかもしれないが、やはり老人が縛られたまま転がされている図というのはどうにも心にくるものがあって落ち着かなかったのだ。
「有難うございます。・・・不躾で申し訳ないのですが、我が主の拘束も解いては頂けないでしょうか。仕える者として主が拘束されたままでいるのは非常に苦しいのですが」
『道理である。クルト殿の忠義に敬意を表しよう、そちらも解いてやれ』
格子越しにグリーンキャタピラーの糸を切断して拘束が解かれる。クルト爺さんが即座に助け起こし、衣服の乱れを直した。なにかを呟いていたようにも思えたが聞き取れない。ランディ自身は恨めし気にこちらを睨んでいるがそれ以上なにかを言ってくる気はないようだ。
「ダンジョンマスター殿の寛大なご処置に感謝致します。わたくしが答えられる限りで宜しければ喜んでお答えしましょう」
『そうか、ならばまずは最近活躍している強き者の話を聞かせてくれ。英雄譚とはいつの時代もやはり心躍るものよ』
ダンジョン運営をやっていく上で突出した戦力をもつ個人、もしくは集団なんかは知っておくに越したことはない。コアルームまで到達されてダンジョンコアを破壊されてしまえばそこで俺の生は終わってしまうのだから。
「そうですな、我が領はここ100年程大きな戦乱もなく平穏だったおかげで英雄と呼ばれる者は出ておりませんな。冒険者でよろしければ、Bランク冒険者『昼行燈』を筆頭に『災禍』・『魔風』などが有名ですな。最近では『赤髪熊』というのがBランク間近だとの話も聞きます。」
『中々面白そうな名前の連中ではないか、どのような者達なのだ?』
「又聞きの話になりますが…」
さすがと言うべきか、それとも意外というべきか中々にクルト爺さんの話しぶりは上手くまた中身も面白かった。
目的を忘れないようにしながら、不自然にならない範囲でそれとなく領地や国の規模そして国家関係などへ水を向けてみる。
ダンジョンの入口が出来ているのはナハイラ王国ゴールドマン領内にある中程度の山の山腹付近。山自体は特に開発されておらず、地元の人間が時たま入る程度のようだ。
ゴールドマン領は王都からは少々遠く、国境線からもまたそれなりに離れた中途半端な位置にある土地らしい。譜代というには近くなく外様というほど遠くもないという距離感といったところだろうか。クルト爺さんは色々と自慢してはいたが聞く限りは独自性のある産業があるわけでもなく、かといって武功を立てられるような位置にあるわけでもないなんとも平凡な領地というのがゴールドマン領の実態だろう。
「危険な魔物もそれほど生息しておりません。この老骨にとっては住み良い土地ですな。最も、これからは少々騒がしくなるかもしれませんが」
『ほう、何故だ?』
「此処ができましたから。この穏やかな土地では力が余ってしょうがない冒険者など多く居るでしょう」
『いつの時代も血の気の多いものは居るだろうからな』
「それに迷宮踏破の栄誉とダンジョン内で得られる財宝などに魅力を感じない者のほうが少ないでしょうな。実は本日こちらを伺ったのもそういった者達の歯止めをかけ、またダンジョン自体の危険度の調査だったのですよ。」
ここでそれを持ってくるか。妙に領地の話を詳しくしてくれると思ったらこのための布石だったらしい。
『それは、領地を治めるものの責務としてということかね』
「はい。ダンジョンの中には非常に質の悪いものもあると聞き及んでおりますし、ダンジョン内から大量に魔物を吐き出すものもありますから。大抵は、竜族の戯れのようなものらしいですが」
ランディの言葉から考えれば領民のことなんて考えてないのは丸わかりだがこういうのは言ってしまったもの勝ちだ。ゴールドマン家自体はまともであるという可能性だってあるしな。
それにしても、ドラゴン達はそんなことしてんのか、はた迷惑な。ヘイムダルの話を聞く限りダンジョン自体お遊びなんだろうし価値観の違いってことにしておいた方が穏当だろうか。
『そちらの事情は理解した。それで、どうするかね?』
「図らずもこうしてダンジョンの主殿と話す機会が得られました。調査としては十分でしょう、虫の良い話とは存じますが私達と解放して頂ければと思います」
『拒否すると言ったらどうする』
「ランディ様は長子、長期間連絡も付かないとなれば捜索隊が組まれるでしょう。こちらに来ていることはすぐわかることだと思いますので領軍を率いて此処を攻略することになりますな」
一瞬、クルト爺さんの目が剣呑な輝きを放つ。
『騒がしいのは好かぬ。良かろう、細かい点を詰める必要はあるが解放はしよう』
いくつか重要な情報も手に入ったし、解放するのは当初の予定通りだ。軍隊とか御免被る。ヘイムダルが処理しきれるかどうかも解らないし、返り討ちに出来たとしても今度はそれ以上の戦力をつぎ込んで来るだろう。泥沼の戦いになってしまえば消耗戦だ、非常に分が悪い戦いになってしまう。
結局、魔の理だとかなんだと言って戦利品の装備類などは接収したがランディとクルト爺さんはそのまま解放した。
「俺、これからどうなっちまうんだ・・・」
盗賊Aがオマケで付いてきたけど。
今回の迷惑料替わりらしい。領主一族が領民に対して罰則を与えるという特殊魔法で犯罪奴隷にされてしまっていた。そうそう簡単に使えるものではないらしいが今回は直接的な被害を受けているため問題ないのだとか。
男だし盗賊だしで貰っても嬉しくない、モンスターが良い!!とは思うものの人手が必要なのは確かなので貰っておくことにした。
大丈夫、ブラック企業よりはマシな就業体制にするから。
いい加減、かわいい女の子が書きたい。ヒロイン的なやつ
次回こそは!