バカが貴族でやってくる!
なだらかな山肌にぽっかりと空いた洞、これといって特徴のないただの洞窟のようだったが入口上部に一つ目を引くものがあった。
『光の洞窟』と、古代語で彫り込まれたその文字は陽光の中で独特の存在感を放っている。
「名付き、しかもトカゲ共の支配ではないダンジョンか。やはり私は神に愛されているらしい」
華美な装飾を施された銀色のハーフメイルに身を包んだ男はそう言いながら引き連れてきた男たちを見回した。
「さすがは御屋形様だ、一流の冒険者でも未発見の名付きダンジョンなんてなかなか見つけられませんぜ!」
「そうだろうそうだろう。しかし、私はまだ次期当主の身だ『御屋形様』は少々、早いな」
「へっ、こら失礼を。なにぶんこちらとら無学な冒険者なもんで」
先ほど合いの手を入れた男が恐縮したように首を竦める。
「良い、私は平民へも寛大な男だからな。はっはっは!」
機嫌良さそうに笑う男を前にザグと呼ばれた男は曖昧な笑みを浮かべる。このやり取りは此処に至るまでに何度となく行われたものであり正直うんざりしているのだが、目の前の雇い主の機嫌を取るには最善であることも確かなのだ。
「ランディ様、出来立てとはいえ名付きともなれば不用意な探索は事故の元です。お考え直し下さい。」
「クルトよ、確かにダンジョンの探索は危険が伴う。それは私も理解している」
「では・・・」
「だが!今回探索に赴くのは私なのだ!そう、ゴールドマン家次期当主。今後、ナハイラ王国にランディありと言われ語り継がれていくであろうこの私!華々しい私の経歴の最初の一ページがこの探索なのだよ!」
ランディと呼ばれた、立派な銀の鎧を着た男は大仰なまでの身振り手振りをしながら続ける。
「従者であるクルトの心配もわかる。だからこそ彼らを雇ったのではないか、冒険者として実力のあるもの達を揃えた。成功は約束されている」
「その通りでさぁ、従者殿は大船に乗ったつもりで待っていりゃあ良い」
冒険者の集団からそんな声が上がる。クルトと呼ばれた初老の男性はそれに顔を顰めながら、飽きらめたように一つため息をついた。
「わかりました。しかし、少しでも危ないと思ったらすぐにお戻りください。ランディ様はゴールドマン家の大切な跡継ぎなのですから」
「わかっておる。ではザグよ!出発するぞ!!」
「へい!ジグ、オメエは従者殿と馬車の護衛だ。この辺りなら二人ほど連れていけば十分だろう」
ザグはそう言ってダンジョン探索を6人、留守番を3人と振り分けテキパキと指示を出していく。手慣れたその様子に、クルトがこれならばと少々の安堵を覚えていたその時
「なにをしておる!速く行くぞ!!」
待ちきれなかったのであろうか、ランディの声が届く。彼は既に洞窟の入口の真ん前、いや既に片足ほど中へ踏み入れている。
「御屋形様!先頭は我々が警戒しますので先には・・・!」
「わかっておる、記念すべき第一歩だけは私が踏み出したかっただけだ。さぁ、はやくこちらに・・・」
そう言いながら片足を踏み出し完全に洞窟内へと這入り込んだ瞬間―
パカリと、地面が消失する。
ザグ達の目の前でランディの姿が消え、一拍後硬い何かが叩き付けられるような音が鳴り響く。
「ラ、ランディ様!?」
「ちっ、これだからお貴族様は。テメェらロープだ!すぐ用意しろ!!」
バタバタと洞窟入口へと全員で駆け寄っていく。ポカリと空いた穴は直系3メートルほど、底が見通せるほど浅くはないようだ。
「暗くて見えねえな、灯りもってこい。それと奥からモンスターが出てくると厄介だ、図体のデケエ奴は周囲の警戒をしておけ。ロッソ!お貴族様が自力でロープを上るのは無理だろう、身軽なオメエが降りてロープ結わえてこい。俺たちで引っ張り上げる」
「ランディ様!ご無事で御座いますか!?」
オロオロと落とし穴の端から覗き込み声をかけるクルト。
「ク・・・ルトか。冒険者達は、どうした。早く、私を助けろ・・・!」
苦し気ではあるもののランディの声が返ってくる。そのことにクルトが安堵している横で、冒険者達の準備が整う。
「これから一人ロープを伝って降ろします!そいつと一緒にロープで引き揚げますんでお待ちを!!」
左手に松明を持ち腰にロープを結わえ付けた状態でロッソと呼ばれた冒険者が穴の中を降りていく。中ほどまでいくと、松明の灯りが届き、底にいるランディが見えてきた。
「早く、早く降りて来ないか!何のために雇ったと思っているんだ、役立たず共め!!」
落下の衝撃から立ち直ったのか先ほどよりもしっかりした声が届く。早くと言われても降ろす速度は上でロープの片側を握っている仲間たち任せなのでどうにもならないのだが。
不意に、松明の灯りが大きく揺れた。同時に横からの風がロッソの頬を撫ぜる。
反射的にそちらへと松明を向けた先には、子供ほどの背丈の茶色い人型が立っていた。
「ギャギャギャ!」
「ゴブリッ・・・!」
ロッソが最後まで言い切る前にゴブリンは手に持っていた鉈を閃かし切り裂いた。ロッソにではなく、彼を支えるロープを。
「ぐっ!?貴様!平民風情で貴族たる私の上に落ちてくるとは何事か!!ええい早く退け!!!」
「クソッ、あのゴブリン後で必ず殺してやる・・・」
落ちた距離が短かったせいか、すぐに立ち直るとロッソは恨み言をこぼしながら立ち上がろうとする。
ヌチャ・・・
身を起こそうとすると妙に体が重い、身軽さが身上の彼が味わったことのない抵抗を地面との間に感じて手元を見ていると地面と己の間に白い糸状のものが夥しく絡まっているのが見て取れた。
「ギュビビビビ・・・」
唖然とする間もなく天井からの物音に目を向けるとそこには巨大な芋虫が天井に張り付いていた。落下時に取り落とした松明の光にチロチロと照らされたその姿は陰影を濃くし妙な迫力をもっている。
それが、全部で10体。すべて、落下してきたロッソとランディのことを見つめている。
「か、頭ァッ!!穴の底にモンスターが居やがる!!はやく応援を・・・」
みなまで言う暇は与えられなかった。
シュシュシュと、10体の芋虫から一斉に糸が吐き出され絡めとられていく。万全の状態ならばともかく、すでに半身を地面に縫い付けられている状態では抵抗のしようが無かった。
「こ、この。虫風情が私にそのような無礼を働いていいと思っているのか?!冒険者!早く私を助けっ…グムッ」
喚いていたランディも同様に糸に巻き取られていく。
「ランディ様っ!!冒険者よ!はやく助けに行くのだ、このままではランディ様のお命が・・・!」
クルトがその様子を見てザグに縋りつく。上からでは詳細はわからないが聞こえてくる内容で切迫した状態なのは十分伝わっていた。
「新しいロープを持って来い。それと…ジグ」
目線を送れば、彼の弟であるジグはすぐに頷いた。そのまま周囲の警戒にあたっていた冒険者達をさりげなくクルトの裏へと集める。
「従者さんよ、悪いが予定が変わった。・・・やれ」
ザグの命令と共に、冒険者達が一斉にクルトへと飛びかかり、ロープで拘束してしまう。
「ザグ殿!?これは一体どういうことです!」
「どうもこうもねぇや。こちらとら元々アンタ等から適当にふんだくってずらかる予定だったんだよ。まさかこうまで前倒すことになるとは思ってなかったがな」
「そんな・・・まるで盗賊ではないですか。冒険者としての矜持はないのですか!」
「あいにくオレ達は『盗賊』が本業なんだよ。これに懲りたら次はちゃんと冒険者組合で正規の依頼を出すんだな。ま、次があればだけどよ」
ザグはそういって金の入った袋を奪い取るとそのまま落とし穴へとクルトを突き落とす。そこには微塵の躊躇も無かった。
「さて、後はモンスター共が始末してくれるだろう。テメエら、馬車の中物色したらさっさとズラかるぞ!」
「頭、ロッソはどうするんで?」
「ふん、どうせもう食われちまってるだろうよ。行くだけ無駄だ、くだらねえこと言ってる暇あったらさっさと出発の準備をしろ!腐っても貴族に喧嘩売ったんだ、バレる前に山を越えて隣の領地に逃げるぜ!!」
手下達も自分の身を危険に晒してまで助けようとは言わず、ザグの号令に従い動き出す。
半刻後。そこには馬車の車体だけが置き去られ、洞窟は何事も無かったかのように佇んでいた。
コンコン、と控えめなノックの音が居間に響く。
「ん、もう定時連絡か。ちょっと根を詰めすぎたかな、今日はこの辺にしておこう」
机の上を片付けながら一人呟く。この世界には正確な時計がない。この一週間で増えたゴブリン達へ見回りのローテーション及び、報告のルーチンワークをさせるになってから数日。俺はファンタジー物の定番ともいうべき魔法の練習をひたすら行っていた。
ダンジョンで出来ることのほとんどはダンジョンコアそのものに付与された機能だったが、こと「契約」という行為に関してはなんとダンジョンマスターとしての俺本人に与えられた魔法だったのだ。
契約の日の夜風呂などないため体を拭いくだけという日本人には辛い行為をしていたところ、右肩の付け根あたりにドラゴンの頭部のような見慣れない模様を発見。慌ててヘイムダルのところに半裸のまま駆けて行って妙な目で見られてしまった。
以降、毎日せっせと契約魔法の修練に臨んでいるというわけだ。
「おお、今日もお疲れさん。なにか変わったことは・・・ってなんだそれ」
「ギャギャギャッ!」
家を出て、報告に来たゴブリンを労うとゴブリン達はなにやら大荷物を差し出して来る。使い古された皮鎧や鉄製であろう刃物の類にに交じって一際輝く銀色が目を引く。
「これは・・・ミスリルか・・・?」
どこか青みがかった銀色は見覚えがあった。そのままコアの鑑定とリンクしてみるとやはりミスリル製のハーフプレートだった。細かな装飾といい随分と立派な装備だ。
「よくこんなの装備してるような侵入者に勝てたな。えっ、落とし穴?グルグル巻き??」
ゴブリン達の身振り手振りで大まかに言いたいことは伝わった。あの落とし穴、引っかかったら良いな程度にしか考えてなかったんだけどな・・・
「あそこに落ちて確保済みってことは魔力牢に入れてあるんだろ?それならちょっと様子見に行ってみようか、話してる内容でなにか情報拾えるかもしれないし」
移動のためにグリーンキャラピラーを呼びつけて乗る。速度はそこまででもないが割と乗り心地は悪くないしタフなので移動に便利なモンスターだったのだ。もちろん触れてかぶれることもない。
落とし穴の先に設置した小フロアには森林フロアの一角へ繋がる道があり態々入口から罠に引っかからなくても行けるようになっている。フロアに設置した魔力牢を使用した時のことを考えてそのようにしたのだが、まさか最初の侵入者で使うことになるとは思わなかった。なお魔力牢は衝動的に回したガチャの景品である。
「さぁて、どんな人が来たのかな。外の様子がわかる話が聞けるといいんだけど」
「なんとかならんのかクルト!従者だろう!!」
「申し訳ございません、ランディ様。どうにもこの牢、魔力を吸っているようで如何ともしがたく・・・」
「そんなことはわかっているっ。ええい平民の冒険者風情が私を虚仮にしおって・・・ここから出た後には貴族を謀った罪を必ず償わせてくれる・・・!クルト!早く何とかせよ!!」
「ランディ様。今頃お屋敷の方にもランディ様の動向が知らされていることでしょう。二、三日もすれば捜索隊が組まれるはずです。今は気を落ち着かせて体力の温存を図るべきかと・・・」
「ええい!そのようなことになればますますフルスの奴がつけ上がるではないか!!忌々しい、弟の分際で・・・」
首から下を糸でがんじがらめに拘束されながら喚き散らす金髪の男と宥める初老の男。ランディとクルトである。
牢の中にはもう一つ糸の塊があるのだがそちらは二人とは関わらず隅で丸まって小さくなっている。
(うーん、なんだかメンドクサそうなのが来ちゃったな。あの様子じゃ話を聞くのも大変そうだ。これは一旦戻ってヘイムダルと相談かな・・・)
牢から死角となる物陰から様子を伺ってみたが、牢の中は中々にエキサイトしていた。まぁ、あの分なら早々に衰弱死するということもないだろう。ゴブリン達に森林フロアで採れる木の実や果実を差し入れておくように指示して戻ることにした。
「と、いうわけなんだけどどうしようか。ヘイムダル」
「しばらく監禁しておいて弱ったところで交渉を持ちかければ良いと思うが、あまり日数が経つと捜索隊が来るのだったか?」
「うん、日数的に考えるとダンジョン周りの土地の貴族なんじゃないかと思うんだよね。外の状況が全く分からない状態で地元の貴族と事を構えるのはリスクが高いし、どの程度の規模の軍事力を持っているのかもわからない。それにもう一つ問題がある」
「ふむ、我には思い浮かばんがなんだ?」
「捕まえたのが貴族だってこと自体だね。以前ヘイムダルから聞いた話から推測するとこの世界は地球でいうところの中世くらいの発展度だと思う。封建社会の身分制度っていうのは中々に厄介なんだよ」
どこの生まれかもわからない身元不確かな人間なんて平民以下の扱いだろう。土地に所属していない分、守ってくれる権力者さえ居ないのだから普通に街で暮らし生きている人たちよりも立場的には弱い。
「俺が出て行っても向こうは立場を笠に着て交渉にならない可能性が高い。捕らえているという立場でごり押せばその後の報復を招くだろうし」
「かといっていっそなかったことにしてしまおうにも、捕らえたものが戻ってこなければ捜索隊が組まれるというわけか」
人間とは面倒なものだ、と目の前のドラゴンは呟く。竜社会も人間を真似たという話だったが、根っこのところの価値観として強ければ良いというシンプルな思想のせいで人のそれほど面倒はないのかもしれない。
「カイトよ、いっそのこと発想を変えてみるのはどうだ」
「というと?」
「そもそも、人族がダンジョンマスターとなっているということのほうがおかしいのだ。ダンジョンの主はモンスターと相場が決まっておるが故、な」
「それってヘイムダルが代理で交渉に出るってこと?出来なくはないだろうけどあまりやりたくはないなぁ・・・此処マスタールームの近くだし」
「いや、そうではない。我が代理になるのではなくその逆だ。カイトがモンスターになるのだ」
「・・・は?」
そういうことに、なった。
引きがアレですが、人外化とかそういった予定はありません。