ドラゴン今昔
ラナドラ大陸
神話の時代からドラゴンが棲みつき、気ままに生きていたという。
飢えれば狩り、飢えなくても狩り、興味本位で狩り、といった具合だったそうだ。
まさに生きる災厄。
そんな存在とどう付き合っていくのか。
対抗しようとするものも居たがそれは少数で、大半の者たちの答えは単純でありふれたものだった。
崇めたのである。
貢物をし、生贄を捧げ、ひたすらに慈悲を請う。
そう、人という種は個人では弱くともそれだけの種族ではないのだから。
ドラゴンを、神というシステムとして確立し社会に組み込むことで生き延びたのだった。
「はー、手法はありふれてるけどそれを実現させたことには頭が下がるね」
地球でも抵抗しようのない大きな力に対して崇めて治めるってのはあったけどそれはどちらかというとこちらが納得するための方言という性質のほうが強かったと思う。こちらでは実際に意思を持ってる災害だったわけだから、その分交渉の余地があると考えたのかもしれないが。
「人という種のしぶとさは驚嘆に値するというのは我も同意見だな。我々ドラゴン種にはない強さだな」
時にそれが忌々しくもなるがな、とヘイムダルは付け加えた。他種族からみたらある無駄に生命力のある群体とか気持ち悪く感じるかもしれないしそれは仕方ないな。
「今でもドラゴンは神様として祭られているのか?ヘイムダルと契約してしまったのはもしかして物凄い目立つ行為なんだろうか」
言いつつ違和感を覚える。確かに強いことは強いのだろうがそこまで隔絶した強さなのであればモンスター大全の説明でもっと仰々しく書かれてていても良さそうなものなんだが。
「今でも崇められているドラゴンも居るが少数だな、大抵は各氏族ごとの巣で暮らしている。」
「そりゃまたどうして。人類にとって見ればそっちのほうが良いだろうけどさ」
やっぱりなにか変化があったのか。危険度AAなんてよっぽどじゃないと手を出したくないランクなんだろうけど逆に言えばよっぽどの状況だったら事を構えることが出来なくもないってことだろうからな。
「竜族としての力が衰えたこと、人族達が魔法を扱うようになったことの二つが合わさったからだな。それでも竜族のほうが地力は高いのだがな、対抗手段を手に入れた人族達は力弱き同胞たちを次々と殺していったそうだ」
「同じ人間ながらそう聞くと心にくるね。種族としての膨張本能はかなりどうしようもない生き物だって自覚はあるつもりだけどさ」
「ふむ、面白い表現をするな。まぁ、竜族の価値観では弱い方が悪いというのが一般的故、特に気にする者は居なかった。むしろそれをきっかけに遊び始めたくらいだ。」
「なんとも剛毅だが、遊びとは?」
「ダンジョン経営だよ。丁度そのころ妖精族から限定的な異界を作り出す装置が開発されての、それを使ったダンジョンを作りそれまで溜め込んでいた財宝をそこへ収めた。そして…」
「多少は竜族へ対抗出来るようになった人族を誘い込んで遊戯としてるってことか?」
「竜族の間で共通のルールを設けて、な。単純にいって種族として飽いていたのだよ、いくら力が落ちたといっても他との差はまだまだあるから大抵のことは力づくでなんとかなってしまうからな。力が落ちた以上に深刻な問題だった、その倦怠を払う遊びとしてダンジョン経営が提示されて以来、竜族は氏族ごとに1つのダンジョンを経営しその隆盛衰退によってお互いの力量を競っている」
力押しに飽きたから絡め手で遊び始めたって辺りだろうか。ちょうど人族が魔法を手に入れて多少なりとも対抗できるようになったのもタイミングとして良かったのだろう。有象無象を相手にするのは面倒だがダンジョンを踏破してくるような猛者なら闘っても楽しそうとかそんなのだと思う。
「さっきから出て来てる氏族って?」
「そうだな、人族でいうなら家と言えばいいのか?現在の竜族の社会形態は人族の貴族とかいうのを参考に作ったらしくてな、それを思い浮かべて貰えばおおよそは間違っていないのだが、カイトの世界にはそういったのはあったか?」
ダンジョンの経営はダンジョンマスターとして氏族の長が行っている。とヘイムダルは付け加える。
「細かい部分で違うかもしれないけどそういった制度はあったからなんとなくはたぶん理解できるよ」
世界が違っても同じ人間だ、大きく違いすぎる制度ということもないだろう。もちろん今後その辺りの調査もするが今は手持ちの知識で補完しておくしかない。
「そうか、なら続けるぞ。竜の力が低下したと同時に寿命についても大幅に縮んだのだ。今の平均寿命はおよそ200年、人族に比べれば長いが竜族からすれば目まぐるしく代替わりが行われることになった。それすらも、先ほどの遊びに組み込まれていったがな」
今ではダンジョン内の財宝と合わせて保有DPの多寡も氏族のステータスとなっているのだとか。貴族参考ってことはそれをまとめる王族なんてのもいるのだろうか。
「家の相続とか婚姻関係とかそういったのが重要になってきそうだね」
「実際その通りだ。権力闘争というのか?直接力を使わない戦いに興味を示した竜族はそれを採用して竜社会を営んでいくことになった」
「うーん、真っ当なファンタジー的なドラゴンを思い浮かべるとがっかりのような、それはそれで面白そうな…なんとも複雑だ」
ドラゴンが血族ごとに固まってダンジョン経営しながらお家騒動とか権力闘争してるとか聞く人が聞けば怒るんじゃなかろうか。
「それで、な。竜族の現状を理解したところで我の目的なのだが、その……」
急に歯切れが悪くなったヘイムダル。話す内容が権力闘争関係であればそうなるのも仕方ないだろうか。本来、各氏族のダンジョンに居るはずのドラゴンがこんなところにいるのだからなにか事情があるのは確かだろう。
「契約時にも言ったけど、ヘイムダルの事情は可能な限り優先するよ。ひょんなことからダンジョンマスターなんてものになっちゃったせいでダンジョンの防衛は必須だからね、ヘイムダルとはいい関係を築いていきたい」
「そう、か。では言うが、我という戦力の対価として2年後までに3億DPを用意して欲しい」
「3億とはこれまた桁違いな数字が出たね…」
「我とて非常識な額だと理解しておる。しかしどうしても必要なのだ」
目の前のヘイムダルは沈痛といっていい表情をしている。言葉遣いは堅苦しいが、本当によく表情の変わるドラゴンである。
「それだけ必要ってヘイムダルの一族の懐事情はそんなに大変なのかい?」
権力闘争なんてやってるんだからそりゃ浮き沈みもするだろう。ダンジョン経営失敗してしまったんだろうか。
「我が氏族は竜族の中で末端であり裕福でないのは確かだが…それが原因ではない。氏族ではなく我が、我個人が願うことなのだ。昔恩を受けた人が今困っておる。その人を、助けたいのだ」
「3億DPがあればそれができると?」
「社会構造が変わっても竜族の価値観はそう変わっておらん。力あるものが正しい。今は財としてのDPも力の一種として認められておる」
ヘイムダルの瞳には熱があった。どこか懐かしい、必死さ。それは、俺が今まで生きていくなかですり減らしてしまった大切な何かのように思えた。
「2年で3億となると光の玉だけじゃ足りないな…さっきの感じだとフロアに使ったDPの十分の一が一カ月の収入になるみたいだし、それを考えるとしばらくはダンジョンの拡張をしていけば最終的な収支は…」
俺はブツブツと呟きながら考えを纏めようとする。タイムリミットが厄介だ、目標に対していつ何をどうするのかの計画を立てておかないと無軌道にダンジョン拡張するだけでは間に合いそうにない。
「カ、カイトよ。本気で手を貸してくれるのか…?」
ヘイムダルが戸惑ったような声を上げる。ドラゴンという存在を、戦力をもってしてもダンジョンマスターと交渉するにあたって3億DPという数は法外なのだろう。
「2年ってのがネックだけれどそんなので契約したモンスターをないがしろに出来るわけないじゃないか。それに、ヘイムダルにとって大切なことなんだろう?」
例えダンジョンのことがなくたって、ここまで真剣な頼みを断るほど腐ってはいないつもりだ。
「ああ、我にとっては非常に大切なことだ。そのためにドラゴンが管理していないダンジョンへ行けるよう、手配してもらったのだから」
「そうか、ならまずは2年頑張ってDP稼ごう!改めてよろしくな、ヘイムダル」
「宜しく頼む、カイト。最初は戸惑ったが、我はカイトのダンジョンに来て良かった」
「ところで…ヘイムダルさんや」
「なんだ、カイト」
口角が自然と吊り上がっていくのを抑えられない、ニマニマという表現がおそらく正しいであろう顔になっていることを自覚しながら俺は小指だけを立てた左手をかざす。
「その恩人って、ヘイムダルのコレ?」
「なっ、なっ、なっ!何を言い出すのだカイト!!」
伝わるかちょっと不安だったがジェスチャーはきちんと伝わったようだ。ヘイムダルの鱗が全身赤紫色になる。
「そこまで必死になるなんて、あやしぃ~なぁ~?」
「わ、我はルルリア殿のことをそのような目で見ては居らぬ!居らぬぞ!?こら、カイト!聞いておるのか!?カイトぉおおお!!」
GYAAAAAOOOOOOOOOO!!
その日、とある出来立てのダンジョンでドラゴンの咆哮が鳴り響き、ダンジョンの外まで届いたそうな。
ここまでが前フリといったところでしょうか。最低限の形としてここまで書いてからの投稿だったので一気に4話までの連続投稿でしたが・・・
次回から、物語として動き出す予定です。
なるべく早く投稿できるよう頑張って書きます。