「竜の枷」
「すいませんでしたぁっ!!」
五体を投地。
額を床へ擦り付け、低く低く。絶対的な謝罪の意を示すための型。
DOGEZA
俺は今、あらゆるものをかなぐり捨ててDOGEZAを敢行していた。事ここに至ってはもはやこれしかないと思い詰めたのである。なぜこんなことになっているかといえばそれは、月末の襲撃後に遡る。
出血による気絶から復帰した俺は傷跡もなく回復した左手を繁々と見つめながら今回の襲撃の後始末に追われていた。
主にヘイムダルの咆哮で気絶した兵士達の搬送がメインだったが、「災禍」のように少数精鋭で潜り込んでいる存在が居ないかどうかをロッソを中心に調べて貰いその報告を待っている所だった。
そこに、ヘイムダルが現れ爆弾を落としたのだ。確か、こんな風だった。
「カイト、カイトよ。今回は中々面白い闘争だったな!こういうのは月に一度くらいあってもいいぞ!!やはり竜族たるもの闘争に生きなければな」
ここ一カ月の間で一番といって良いほどご機嫌な様子でヘイムダルがのしのしとやってくる。
「俺としては今回みたいのはもう一生要らない。マジで死ぬかとおもった。というか死んでておかしくなかった」
「なんだだらしのない。我の主であればもっと覇気を持たねばいかんぞ!」
「規格外の戦闘力をもつドラゴンと一緒にしないでくれ。こっちはタダの人間なんだ、あんなふうに地層ごとひっくり返せるような生物と同じには生きていけないよ」
妙にテンションの高いヘイムダルにうんざりしながら森のそこかしこを指してみせる。どこもかしこもきれいな森だったのが荒野かといわんばかりの有様になってしまっていた。その光景を見つめるグリーンクロウラー達はそこはかとなく元気がない。
「しかしやはりダンジョンマスターが弱弱しいのは問題だ。そこでだ!我がカイトのために良いモノを拾ってきてやったぞ!!」
「良いモノ?」
「これだ!」
なにやら背中のあたりをゴソゴソとやると何かを咥え、こちらへと放ってきた。
「うわっ!?急にこっちに投げるな!というかなんだ!!」
ベチャリと落下したそれは結構な大きさで全長2メートル弱ほどだろうか。
頭部と思われる箇所からはくすんだというより煤けて元の色がわかりにくいがおそらく赤毛であろうものが生えている。
全身を鎧う筋肉は力強さを感じさせながら、しかし無駄なく引き締まった様は野生の肉食獣のような印象をうける。それでいて独特の丸みをその肢体は持っていた。うつ伏せになってしまっているので確実とは言えないがそれは―
「人間!しかも女じゃん!!拾って来たってなに!?」
ドン引きだった。というか意味がわからない。なんか煤けてるし全く動かないというか全身に力が入っているように見えないけどこれちゃんと生きてるよね?
うつ伏せなのを苦労してひっくり返す。良かった、薄くではあるけど呼吸はしているみたい。しかし全身ボロボロだ、全身血だらけだしコレこのままほっといたらマズいのでは?もちろん着てるものもボロボロなので目のやり場にも困る。
「攻めてきた人間の中で一人だけ立ち向かってきた剛の者でな。気に入ったから拾ってきた」
頭上からは呑気なヘイムダルな声。戦闘の様子は目覚めた後に少しだけ聞いてはいたけど、俺の予想以上にヘイムダルと侵攻してきた兵士との差は大きかったらしい。咆哮一発でバタバタと気絶するばかりでつまらなかったと言っていたはずなのだが。
「皆、気絶してつまらなかったとかいってなかった?」
「うむ、ソレ以外は不甲斐ないものばかりだったわ」
「で、抵抗してきたのがこの人?」
「単騎で突っかかってきてな。ちょっと遊んでやろうかと思っていたら牙を一本折られた、ハハハ!」
何故か嬉しそうに笑うヘイムダルを見れば確かに根元から圧し折れている牙が一本あった。もうドコから突っ込んだらいいのかわからない。
「なんで牙折られて嬉しそうなんだよ。いや、まずはこの人ちゃんと治療しないと!あぁでも起きた時に敵対されると面倒だし・・・」
あぁもうなんでこんなことに。人とドラゴンなんだし考え方なんて違って当たり前だけど全く持って意味がわからない!
「治療の必要もないし、敵対もされないぞ」
「へ?なんで??」
「なかなか強い人間だったのでな、『竜の枷』をかけておいた」
なんだそのヤバそうなのは。勝手に使って良いモノっぽい名前じゃないぞ。
「平たくいえば眷属にするようなものだ。かけられたものは竜に準ずる者として力を得る代わりに枷をかけた相手には絶対服従だ。手っ取り早く気に入った人間を従者にするためのスキルでな」
「オイ、人権を完全に無視した行為じゃねーか!」
似たようなものでロッソを受け取ってしまってはいるがアレは一応、犯罪を犯したからという理由はあった。この人はダンジョンに攻めてきたのは確かだが知らない間に絶対服従とかいうやばいものをかけられてしまうほどのことはしてないと思う。無力化に成功したなら穏便にお帰り願うプランというのはヘイムダルにも伝えたハズなんだが・・・
「ジンケン?とやらが何かは知らぬが勝負に勝ったのは我なのだからコレの全ては我のモノだ。中々に力強い個体であったからな、カイトの番としても悪くないだろう?カイトは頭はともかくひ弱すぎる、次代の事を考えれば強き雌を迎えるのが良い。なに、我もルルリア殿の件で迷惑をかけるからな。礼なぞはいらんぞ?」
そう得意気に宣うヘイムダル。完全にドヤ顔だ。物凄い腹立つな!!
「いきなり何言いだすんだこの歯抜けドラゴンは!なにも良くねーよ!!」
「まぁそう恥ずかしがるなカイト。ホントは嬉しいのだろう?」
「絶対服従させて無理やり嫁にするとかいう高度すぎる趣味はもってねえよ!というかお前、いつもルルリアとかいうので弄られてた仕返しだろコレ!」
まさか、ドラゴンの色恋とか面白すぎてつい事情を聴くついでにからかっていたのがこんなところで裏目にでるとは!
「なんのことかわからんなぁ~我は主の行き先を心配しただけなのに。そのように思われるのは心外だぞ」
白を切るヘイムダル。完全に目が笑っていて思惑がバレバレだ。くっ俺がモンスター相手に好意以外の感情を持つ時がこようとは想像もしなかったぞ。
「いいか、そういうのはもうこれから絶対にするなよ!!やったらこのダンジョンから追い出すからな!!」
「わかった、覚えておこう。ブフッ」
神妙そうに答えるが声が笑っている。というか最後吹きだしたよな!?コレが落ち着いたらしばらく、反省させるためにイビリ倒してやる・・・
「で、敵対されないのはわかったけど治療の必要が無いってのはどういうことだ?」
「先ほどいったであろう、竜に準ずる者として力を得ると。それにふさわしいように身体のほうも作り替えられるからな、その過程で怪我なども治るだろうよ」
「おいいいいいい、一大事じゃねえか!!」
「別に大したことにはならんぞ。ちょっと鱗が生えたり、尻尾が生えたり、羽が生えたりするくらいだ。人族の形を逸脱しすぎることもない。番としても問題無い」
「大アリだよ!生えてばっかじゃねーか!!本人の了承得ないでやっていいことと違ううううう」
「なんだ、尻尾や羽は嫌か。そのあたりは確定ではないしな、上手くいけば生えないかもしれんし。あ、羽生えてきそう」
「え!?」
ヘイムダルの言葉に釣られてもう一度ひっくり返してみると背中、肩甲骨のあたりが不自然に盛り上がっていた。というか微妙に動いてる。
「うわーっ!生えるな!生えないでくれえええええ!!」
反射的に蠢いている辺りを手で押さえる。皮膚のしたでモゾモゾと蠢くナニカが気持ち悪い。
その後、しばらく動いていたが次第に静かになり羽が生えることはなかった。こういうファンタジーはノーサンキューだった。
「なんだ、羽生えないのか。つまらん」
「ヘイムダル・・・マジで後で覚えておけよ・・・。ロッソ!ロッソ!!」
呪詛をまき散らしながらロッソを呼ぶ。今すぐこの人を安静にさせた上で妙な変態をしないように監視しなくてはならない。ゴブリン達には悪いがマスタールームの片付けを急がせて新しい住居に運び込まなければ。
そして、襲撃のあった晩は一睡もできない夜となった。
なんとか背負って自宅に女性を運び込んだ俺は、血や埃で汚れた彼女を清め、寝室で経過を見守った。
清める段階ですでに俺の精神ゲージはレッドゾーンを振り切っていた。もうこれメロンじゃなくてスイカだよねっ!?とかはしゃいだりなんかしてない。そんな余裕はなかったからな!!
その夜は悲惨の一言だった。
再三生えようとする尻尾や羽を押さえつけ、硬質化して鱗になろうとする皮膚に鱗にならないでくれと懇願し、体温の調整のための機能が狂ってしまうのか異様に発汗し始めれば濡れ手拭いで冷やし、拭き取り。逆に青白くなって震えだせば毛布を引っ張り出して温め、ひと時も目の離せない事態が収束した頃には翌日の昼頃になっていた。
それから今日まで三日。
容体は落ち着いたているものの目覚める気配はなく、彼女はひたすら眠り続けていた。
それが、漸く目覚めた。ならばやるべきことは一つである。
というわけで俺は現在、全力のDOGEZAを敢行しているのだ。
「ちょっとちょっと、急に床にへばりついてアンタはなんなんだい。というかここはドコだ。あたしは確かダンジョンに居たはずなんだけどね」
頭上から降ってくる声は福音にも等しい。数日寝込んでいたことを感じさせない張り、不自然な掠れなどもないことから、おそらく声帯などの変化も無いだろう。表面からの観察しかできなかったので体の内部がどうなってしまっているのかという懸念はこの数日ずっと俺に付きまとっていたのだ。
「良かった、本当に良かった・・・!」
這いつくばりならが俺は安堵していた。もし自分が逆の立場だったらと思うと本当に気が気でなかったのだ。しかし、こうして接してみても人間を逸脱したところが見当たらない。これなら、人の世界で生きていくことが出来るだろう。いや、もしかしたらこのファンタジー世界のことだし普通に尻尾や羽の生えている人種もいて住民権を獲得しているのかもしれないが。
「あぁもう一体なんだってんだ。そこのアンタ、いい加減頭を上げてくれ!居心地が悪いったらないよ」
「これは失礼をした。ここはダンジョンの中だ、だけどモンスターが襲ってくることはないから安心してほしい。貴方は三日ほど寝込んでいたんだ。体調のほうはどうかな?」
「三日も経っているのかい。体は・・・特に違和感はないね。しかし、ダンジョンなのにモンスターが襲ってこない?ダンジョン内にはそういった『安全地帯』があるという話は聞いたことがあるけどそれかい?」
「正確には違うんだがそのようなものかな。起き上がれるようならそのあたりの詳しい話は居間でしよう。この部屋は元々は俺の部屋とはいえ今は貴方の部屋だ。意識が戻ったと聞いてつい駆けつけてしまったが女性の部屋に入り浸るというのはあまり良いものではないし、三日も寝ていたんだ小腹も減っているだろう?軽くつまめるものを用意するよ」
起きていきなり敵対ということにならずに済みそうなことに胸を撫で下ろしながら用意していた台詞を言う。落ち着いて話をするのにこの寝室は向いていないし、少し間をとることで彼女自身が考える時間も取っておくべきだと思ったkらだ。
「来ていた鎧等は酷い有様だったからね。一応汚れ等はとってそこのカゴに入れてあるけど着れたものではないと思う。女性の服はよくわからないから適当に見繕ったものがそこのクローゼットに入っているから遠慮なく使ってくれ」
「あ、あぁ・・・」
なぜか狼狽えたような返事をする彼女を置いて寝室を退出する。正直服云々関係の話をするのは心中穏やかではなかった。さすがに緊急時でもないのに女性の着ているものをどうこうするのは心理的抵抗が大きすぎたのだ。そのままにしておくのも女性に対して酷かと思い蒸しタオル等で拭き清めてはいたもののそこへ言及するつもりはない。このまま墓場まで持っていく所存である。
尚、クローゼット内の服はダンジョン機能の物質生成で用意した。
近場の街へ買いに行くにも通貨も持っていないし、買いに行ける人員も居ない。ロッソに買いに行かせようかとも思ったが彼が女性ものの服を大量に買ってくるというのもそれはそれで問題がありそうなので他に手段がなかったのだ。
物質生成に関してはこの数日でいくらか感覚がつかめており、「対象のイメージを正確することができる」と「対象の価値を正しく定義することができる」の二点が揃えば生成できるようだった。大学の頃のバイトで服飾関係も齧っていたことがこんなところで役にたつとは思わなかったが。
価値に関してはそのまま日本円の値段に置き換えることで安定させている。「1リットル198円の牛乳パック」と念じながら利用することで日本のスーパーに並んでるモノそのままを出現させることに成功した。もっとも円=DPなので圧倒的に変換効率は悪い。
だって今回の侵攻で相手の兵士を死亡させた場合の平均DP収入が大体150DP~200DPほどだし。
さっきのモンスター達の維持コストも考えると明らかにDPを入手するよりも支出として出ていくDPのほうが高くなる傾向にある気がする。ヘイムダルが掲げる3億DPのことが無くても、もっとDP産出が出来る体制は整えなくてはならないだろう。
今後のダンジョン経営を思い描きながら作り置いておいたシチューを温め直していく。こちらもすべて物質生成産だ。食料事情の改善はまだされていないので俺とロッソの食事は未だに干し肉と黒パンが主だが、さすがに寝込んでいた人間にそれは酷だろうと思っていくつか作り置きのものを用意しておいたのだ。
焦げ付かないように注意しながら温めていると、ガチャリと戸の開く音がして潜るように人影が入ってきた。Tシャツにジーンズというラフなスタイルにしたようだった。もっとも大きさが合わなかったのかへそが見えてしまっていたり、ジーンズが七分丈の様になってしまっていた。彼女はキョトキョトと落ち着かなさげに部屋を見回している。
「ああ、すまない。こっちに座ってくれ、もう少しで食事も出来る」
今のテーブルへと案内し、座れるよう椅子を引き促す。また何か、慌てているようなそぶりをしたがなにかマズかっただろうか。
『ロッソ、食事の用意の続きを頼む』
『へい、わかりやした』
「念話」で残りの作業をロッソに頼むと俺は一言断ってから向かいの席へと座った。
「無事快復しているようで良かった。まずは挨拶かな、俺の名はカイト。そのままカイトと呼んでくれ、貴方のことはなんと呼べばいいかな?」
「迷惑をかけたようだね、治療には感謝してる。あたしは・・・アウルムの街のBランク冒険者だ。同業者からは『赤毛熊』やら『赤毛の』って呼ばれることが多い。アンタも好きに呼んでくれればいいさ」
「うーん。いくら通称といっても女性を呼ぶのに熊だのなんだのはなぁ・・・差し支えなければ名前を聞かせてくれないか?」
所謂通り名というやつなのだろうがあまり良いイメージではない。こちらの世界では気にならないことなのかもしれないがどうにも俺としては引っかかってしまうのだ。大体、目の前の女性は確かに大柄という枠に収めるのもためらわれるくらいの背丈はあるがだからといって「熊」はないだろう。大柄であることが好みとして分かれるのは仕方ないにしても、客観的にみて彼女は美人の部類にそれもかなりのという形容がつくソレと言える。それを「熊」だなんてなんだか付けた人の僻みのようなものが感じられていい気分はしない。
「妙なことに拘るヤツだな、カイトは。あたしの名前なんて・・・」
「そこをなんとか、『赤毛熊』なんて呼ぶのは俺にはハードルが高すぎるよ」
「こっちは助けられた身、仕方ないね。あたしの名はリコリスだ」
「その髪色とも良く合ってる良い名前じゃないか!」
リコリス、日本だとヒガンバナといったほうがイメージしやすいだろうか。完全に同じものではなかったと思うが、どんな花かは大体合っていると思う。色々曰くがあったりとかして賛否分かれる花だったと思ったが、個人的にはあの色彩は好きだった。目の前のリコリス赤毛から付けられたのだろうか。彼女の髪色も、美しいと思う。
「な、なにを急に言ってるんだい!それより状況を説明しておくれよ!!」
褐色の肌を薄く染めながらリコリスが催促してきた。なにかマズイことを言っただろうか、どうにも俺は女性の思考を理解する能力に欠けるということを失念していたようだ。向こうに居た頃からそうだが男同士なら会話が弾むのに女子ととなると途端にお通夜状態になるのが常だったからな・・・
「そうだな、なにから話すべきかな・・・」
いきなり『竜の枷』の話をしていいものだろうか。ショッキングすぎるしなにか別の話題で一つクッションを置くべきだろうか。
「丁重に看護してもらったのは理解できたから疑うわけじゃないんだが、まずカイトが何者なのかを教えてくれないかい。ここは、ダンジョンなんだろう?」
「じゃあそこからいくか。俺はこのダンジョンのダンジョンマスターだ。やっていることはダンジョンの管理業務で戦闘とかは専門外だけどな」
「ダンジョンマスターだって?ダンジョンの最奥にいる存在だとは聞いたことがあるけど人間がダンジョンマスターだっていう話は聞いたことがないね。ここのダンジョンマスターはリビングアーマーって聞いていたのだけどね」
リコリスから疑うような眼をこちらに向けられる。ヘイムダル達も聞いたことがないって言っていたし本当にこの世界初なのかもしれないな。
「そのあたりは信じてもらうしかないな。どうすれば証明できるのかもよくわかってないんだ、ダンジョンマスターとしては新米でね。リビングアーマーに関しては俺が鎧を着てただけの話だ。暗がりだったから勘違いしたんだろう」
そういって肩を竦めて見せる。モンスターにみえる様に誘導したことまでは言う必要もないだろう。しかし、せめてちゃんとゲームの時点でチュートリアルをちゃんとやっておくんだったというのはここ最近でずっと思っていることではあった。言っても通じないだろうけど。
「じゃあその自称ダンジョンマスターのカイトはなんであたしを助けたんだい?あたしがダンジョン攻略に来た冒険者だってことはわかっているんだろう?」
「基本的に俺はこの地方の人達と敵対するつもりはないんだよ。さすがに降りかかる火の粉は払わないといけないから応戦はしたけれどね」
「ドラゴンなんて随分苛烈な歓迎だったと思うけどね・・・」
リコリスは目の前で遠い目をしている。一人でヘイムダルに立ち向かったという話だったし、それはもう壮絶な戦いだったに違いない。なにしろドラゴンのほうが気に入って要らぬスキルを使って持って帰ってきてしまうくらいだし。
「此処は出来立てでね、他の戦力は大したことないんだよ。アイツを投入しなければ俺は死んでいただろう」
「確かに妙な動きはするものの他にいたのはゴブリンやグリーンクロウラー等の低級モンスターばかりだったね・・・じゃあ、それはいいや。あたしが気絶してから後はどうなったんだい、まさか・・・」
「いやいやいやいや!抵抗が無くなった時点でこちらからの攻撃は止めさせたよ!!拘束してこのダンジョンから叩き出しはしたけどそれ以上は何もしてない!」
リコリスから物凄い圧力がかけられたので急いで弁明する。ホントコレ絶対服従状態なんだろうか、凄い怖いんだけど。
「なら、あの子は無事なんだね・・・良かった」
プレッシャーを引っ込めると目の前のリコリスは初めて笑った。獰猛な、という形容が似合うような攻撃的な雰囲気を放っている人が急にそういう柔らかい表情をするのは反則だと思う。妙に鼓動が早くなってしまう。
「あ、あー。こちらからもいくつか伝えておかないといけないことがあるんだ。その、リコリス自身のことについて。」
「あたし自身について?なんだい、この後あのドラゴンの餌にでもされちまうってのだったらお断りだよ」
リコリスが冗談とも本気ともつかないような口調でそんなことを言ってくる。
「助けておいてそれはないだろう。いや、正直助けたといって良いのかどうかも俺は迷ってるんだが・・・リコリスはその、『竜の枷』というスキルは聞いたことはあるか?」
「いや、聞いたことは無いね。なんだかあまり良いスキルじゃなさそうだけど」
「そうか。ウチのアホドラゴンがな、その『竜の枷』というスキルをリコリスに使ってしまったみたいなんだ。そんなものがあると知っていれば絶対に止めたんだが・・・いや、これは言い訳だな。俺の監督不行き届きだ、すまん」
「その何とかってスキルはあたしに害のあるものなんだね?」
リコリスの目が鋭さを増す。
「害、と言っていいだろうな。『竜の枷』というスキルは竜を主として人間を従者にするようなものらしい。元来ドラゴンが気に入った人間を従属させるために使っていたものらしくてね。アホ竜は『竜に準ずる者として力を得る代わりに枷をかけた相手には絶対服従』とかなんとか言っていた」
「つまり、これからあたしはあのドラゴンの下僕ってことかい?」
「いや、主として俺を指定したそうだ。あのドラゴンは俺の配下だからな・・・」
「目が覚めたら奴隷に落ちてたってわけか、確かにこれは害以外の何物でもないねぇ」
困ったとばかりに眉根を寄せてリコリスがため息をつく。それを見る俺の心が物凄く痛い。
「すまない、俺のミスだ。俺としてはリコリスを命令で縛るつもりはないし、今までと同じように活動してもらって構わない。なるべくリコリスが不自由しないように出来る限りこちらで便宜を図るつもりだ。といっても外の世界への伝手など今は無いからあまりできることも無いんだが・・・」
「は・・・?」
「いや、やはり嫌だよな。こんな見知らぬ人間が急に主になっていただなんてそれだけで不快指数が限界突破してもおかしくない。すまない、本当に想定外だったんだ。可能な限りの援助は惜しまないどうか許してくれないだろうか?」
自分で言葉を重ねているほどに憂鬱になってくる。どうしてこんなことになってしまったのだろう、こんな非人道的な行為に手を染めるつもりはなかったのに。
「ちょっとまってくれカイト!アンタは一体なにを言ってるんだ!?」
欝々と沈んでいく俺にリコリスが待ったをかける。何か、妙なことを言っただろうか。
「何って、リコリスの今後の話なんだが。俺としては今までと同じ生活が出来るように援助を・・・」
「そこだそこ!なんでそうなるんだ!?」
「だっていきなり絶対服従の従者になっていたなんて嫌だろう?」
「それはまぁ嫌だけど」
「だから、俺から頼むことはしないで今まで通り暮らしてもらおうかと・・・」
「あたしは、カイトの奴隷みたいなものになったんだよな?」
念を押すように聞いてくるリコリス。その事実を思い知らさないでほしいが事実なので頷くしかない。
「ああ、命令には逆らえないらしい。どの程度なのかはわからないけどドラゴンのやることだし規格外なのは確かだろう」
「それなのにあたしにカイトはなにも要求しないのか?」
念を押すように確認される。もちろん、そんなことをするつもりは一切ない。
「するわけないじゃないか。そりゃ俺の住処であるダンジョンへ侵攻されたことは困ったことだけど、それで奴隷するようなことはしたくない。リコリス達にだって生活もあれば柵もあるだろうからね」
「なんだいそれ、それじゃあ別に害なんて無いじゃないか」
飽きれたようにリコリスはこちらを見つめてきた。え、実害ないってそんなのでいいの?思い切りよすぎじゃない?こっちがその気になったらいくらでも前言撤回出来るんだよ?
「急に従者だなんだって言われて混乱はしたけどね。カイトがあたしを手厚く看護してくれたことはわかってるんだ。無茶な要求なんてしないだろうって程度には信頼できるさ」
「そう、か。そういってもらえると俺としては有り難いよ。たださっき言ったことは本心だ、何か俺が出来ることがあれば言ってくれ。せめてもの罪滅ぼしだ」
「ならカイト、一つ頼みがある」
「おう、なんでもいってくれ」
「いい加減、ハラが減った」
そういってリコリスはニッカリと笑った。
確かに、三日も食べていないのだ。そろそろ準備も終わっただろうし遅めの夕食としよう。
リコリスが細かいことに拘らないさっぱりとした人で本当に良かった。
なんとかぎりぎり、日曜の内に投稿できました。
ようやく本名出せました。次もなるべく間をあけずに投稿したいと思っています。