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9杯目

「匠君! お代わり!」

「おい遥、ちょっと飲みすぎだぞお前。そこら辺にしとかないと明日に響く――」

「お・か・わ・り!」


ドン!とジョッキをカウンターに叩きつけるこの少女の名前は遥。

現役小学生兼魔法少女見習いである。


俺はジョッキをガンガンカウンターに叩きつける遥にタメイキを吐きつつ、ジョッキにお代わりを注いだ。

……やれやれ。

どうてもいいがガンガンカウンターは何かガンガンを計測するカウンターみたいだ。


「はぁ……。お前なぁ、酔い過ぎだぞ?」

「酔ってらいの!」

「いや酔ってるって」


目の焦点はぼやけ、顔を真っ赤にして、呂律が回っていない人間は確実に酔っているだろう。

もしくはクスリで飛んでいるかだ。


そもそも……


「何でコーラで酔うんだ?」

「酔ってらぁいの! わらしは全然よってらいのぉ! たつみ君!」

「匠です」


遥は夕方の4時頃に来てコーラを飲み始め、それからずっとこの調子だ。


しかし本当に何故コーラで……


俺が遥を眺めつつ、そんな思考に耽っていると、カウンターの上に赤い影が見えた。

影はチョコチョコと動き、俺と遥の間に移動した。


――蟹である。


どこからどう見ても蟹だった。

川で見かける様な、5cm程の蟹だった。


はて、この蟹はどこから?


「その答えはワタクシがお答えします」

「……蟹が喋った」

「どうも初めまして。ワタクシこういうものです」


蟹はその小さなハサミで俺に名刺を差し出してきた。

どれどれ。


『三代目魔法少女お供・マスタークラブ』


マスタークラブ……。


「お供……」

「ええ。遥さんとは三ヶ月の付き合いになります」

「ソウデスカ」


蟹が喋るという驚きの事態に俺の思考は麻痺しかけていたが、スクール水着で日常を過ごす女がいるなら、まあ喋る蟹もいるだろうと納得した。


「三代目、なのか?」

「はい。前代が不慮の事故により亡くなった為にワタクシが」

「不慮?」

「はい、あれは不慮の事故でした……」


ヨヨヨと目から涙を流しつつ、宙を見上げる蟹。


「先代も蟹だったのか?」

「いえ、猿でした」

「……猿」


猿かぁ……。

魔法少女のお供ってのも時代によって移り変わっていくんだなぁ。


「ええ、あの糞猿……コホンっ。あのお方とは学生時代からの付き合いで、ワタクシを見るなり柿をしこたまぶつけてきやがったあの糞猿が――失礼」


口から泡を吹き出しながら憎憎しげに呟く蟹。

相当仲悪かったんだろうなぁ。


「初代は?」

「蜂です。ちなみに寿命で……」

「ああ……」


蜂と来て猿、蟹か。

次に来るなら臼かそれとも……いや、やめておこう。


さて、コーラで何故酔うかの話だが……。


「はい、何故このコーラでアルコールを摂取した時と同種の現象が起こるか、ですねカニ?」


何故ここに来て、個性を発揮しだすのか……。

しかし語尾で個性を発揮するのはいい考えだな。

俺もしてみようか。


「それについては古来から魔法世界において、研究されてきた現象でした――何故炭酸飲料で魔法少女は酔うのか」

「何故なんだクミ?」


炭酸全般なのか。

そして語尾は微妙だからやめよう。


「まだその答えは出ていません。魔法世界の科学者達が現在も片手間に研究を続けていますが……」

「片手間なのかよ」

「ええ、片手間です。原因は未だに全く不明です。片鱗すらも解明されていません」

「使えねー」

「最近では『もうどうでもヨクネ?』といった意見すら出ている有様で」

「適当だなー」

「そもそも自分達が使っている魔法すら良く分かっておりません」

「ひでえ!」

「『何か便利だしどうでもヨクネ?』といった意見すら出ている有様で」

「魔法世界やべーな」

「お恥ずかしい限りで」


蟹は体をほんのり赤くして、ハサミでつかんだハンカチで体を拭いた。


結局何も分からず仕舞いか……。

まあ正直どうでもいいんだが。


俺と蟹がその様などうでもいい話をしていると、突然蟹の頭上にジョッキが落ちてきた。


がんッ!


蟹は「カニィッ!?」といった悲鳴と共に素早いフットワークでそれを横へ避けた。


「クー君!」


ジョッキを振り下ろした人物――遥は蟹を見下ろして怒気を含ませた声で言った。


「クー君、じゃま!」

「な、ななな何をするんですカニ!? ワタクシもうすぐでカマボコになってしまうところだったじゃないですカニ!」

「カニカニうるさいカニ!」


ドドンと再びジョッキがカウンターの上に振り下ろされる。

その度に蟹は「カニっ!?」とか悲鳴を上げながら右往左往した。


「今わらしが匠君と話してるのぉ! クー君は邪魔なの!」

「そ、そんな子供みたいに駄々こねられても困るカニ」

「子供だもん!」


べしべしと両手を使いカウンター上に掌を雨を降らせる遥。

俺はそれを見て、今日の遥はいつもと違ってテンションが高いなぁと思った。

普段は大人ぶっているが、今日はとても子供らしく見えた。

そしてさっきの技を『ハンドクラップレイン』と名付けることにした。


「いいからぁ! くー君はあっち! あっちに言ってなさい!」

「で、ですが……」

「行かないと茹でるよっ」


掌に炎を生み出し蟹に近づける遥。

そのままだと茹で蟹より、焼き蟹になってしまいそうだったが、俺は蟹を焼いて食べる方が好きなので特に口出しはしなかった。


蟹は「分かりましたカニー!」と叫びながら、逃げていった。

あ、そっちは厨房なんだが……まあいいか。


真っ赤な顔でこちらを見て「うーうー」唸る遥の方へ向き直る。

仕方ないので、いつもリセにする様に頭の上に手を置き、軽く撫でる。

ちなみにリセにする時は、乗せた手を万力の様に締め上げ「ギガントクラッシャー!!」と技名を叫ぶ。


「で、何だ。今日何があったんだ? お兄さんに話してみるといい」

「……えへへ」

「な、なんだよ」

「今日の匠君はやさしーね」


そういうお前は変だね、と心の中で呟く。

こいつとの付き合いは結構長いが、こんな姿を見せたのは初めてだ。


ふと、思い出す。


この小学生が始めてこの店に来た時の事を……。



■■■



「こんな所に喫茶店、初めて知ったの」

「いらっしゃい。――ああ! コンボ途切れた!? もうヴァイスリッターは信用ならんな!」

「お客さんが来てるのにゲームしてるの」

「だってお前、客が来てる時に一人でスイカ割りしてた方がもっと変だろ?」

「その理屈はおかしいの」



――。



「また来たの」

「誰だお前は?」

「もう忘れてる……これは酷いの」


――。



「今日も来たの」

「パチュ恵さん?」

「違うの、全然違うの」

「じゃあ……パチュ恵さんの妹か」

「違うの。会った事ないけど絶対似てないの」



――。



「昨日に引き続き今日も来たの」

「丁度いいところに! スイカはどっちだ!?」

「スイカ割りしてるの!?」



――。



「おお、遥か」

「……もう一回」

「は?」

「さっきのもう一回」

「シュ、シュバインセイバー!」

「違うの。さっき匠君が練習してた必殺技なんてどうでもいいの。わたしがお店に入って来たときのをもう一回」

「え? ああ。おお、遥か?」

「……うん」



――。 



「酷い目にあったの」

「何でスクール水着を……」

「有無を言わさず着せられたの」

「またあいつか」



――。



「何か魔法少女になっちゃったの」

「マジで?」

「福利厚生が完璧なの」

「……俺もなろうかな」

「取り合えず、最初にスクール水着の人を退治したの」

「それであいつ焦げてたのか……」


――。


「た、匠君……わ、わたし……やっちゃったの」

「……」

「ほ、本気じゃなかったの! まさかほんとに当たるなんて……!」

「……セクハラの代償、か」



――。



■■■



回想終わり。

思っていたより普通だった。


「それで西園寺光がこんなこと言うの! 『背伸びしている子供は見ていて滑稽じゃのう』だって。自分も子供なの! わたしより小さいのに! この前のテストでわたしが悪い点数取ったときも『あまり妾を失望させるでない。普段から授業を聞いておけば、その様な些細な誤りを犯さぬぞ』……大きなお世話なの!」


さて、遥の話はクラスメイトについてだった。

どうにも我慢ならないメイトがいるらしい。

その子のせいでクラス征服計画が進まない、と。


しかし話を聞いてる限り面白そうな子ではある。


「それからの前二人きりになった時になって言ったと思う? 『妾のクラスであまり好き勝手するでないぞ? あまり妾の気分を害するなら……くくく』だよ? 勝手してるのはあなたじゃないっ、何で一人だけ着物きてるの!? わけ分かんないの!」

「着物ぐらいいいじゃん。俺の時なんてスクール水着とかゴスロリのやつとかいたぞ」

「そーいう問題じゃないのっ!」

「俺はパンツ履いてなかったしな」

「匠君! うるさいの!」


怒られた……。


しかしアレだな。

何だかんだ言いつつも、遥も子供なんだな。


気に入らないクラスメイトがいる、なんて良くある悩みじゃないか。

少し安心した。


その子とも何だかんだで上手くやれそうだしな。


――ドタドタドタ


む、この淑女さに欠ける足音はリセか。

あいつはあいつでもっと大人になって欲しいもんだ。

コーラを口に含みながら、リセの将来が不安になる俺だ。


「てんちょー! てんちょーっ!!」


やれやれ。

一体なんだろうか、またどうでもいいことだろうが。


ドタバタと厨房から駆けて来たのは頭上に何かを掲げているリセ。




「ゴキブリホイホイに喋るカニが入ってましたっ! 今日はカニ鍋にしましょー!」



コーラ噴いた。

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