5杯目
『連続下着泥棒、未だ捕まらず!』
『目撃者皆無!』
『被害件数200件突破!』
『特別対策班、結成!』
『懸賞金200万!』
『赤い魔法少女、今回も圧勝! 対戦成績50戦49勝1引き分け!』
「……うーむ」
けしからんな。
実にけしからん。
新聞をとじる。
「下着泥棒か……。全く世も末だな」
何が下着だ。
あんな物ただの布だろうが。
全く犯人の気持ちがこれっぽちも分からんな。
何が下着だ。
「下らん」
「実にその通りだよ」
……。
……ちょっと驚いた。
声の主を見る。
「全く……犯人に一言、言ってやりたいものだ」
俺の顔の真横に顔があった。
近い。とても近い。
少女、歳は不明だが少女は新聞の記事を見て憤慨している。
そして相変わらずのスクール水着っぷりだ。
神出鬼没のスク水少女が現れた。
何故か全身びしょ濡れだ。
「どこから湧いた?」
「そんなことはどうでもいいだろう! 全く下着泥棒なんて、クズだね! 人間のクズだ!」
この少女が怒りの感情を示すのは珍しい。
何がこいつをここまで憤慨させるのか?
「――どうしてスクール水着を盗まないんだッ!!」
ドン!
机を叩き、声高々に奴は告げた。
「君もそう思うだろう!? 下着? ハッ、あんなものただの布さ! 下着で川に入ったらどうなる? 透けてしまうだろう? 下手をすれば水流で脱げてしまう! その点スクール水着は素晴らしい! 水に対する抵抗、保護性、見た目、触り心地、味、匂い、隠密性、全てにおいて完璧だ!」
「今週のカボちゃんはシュールだなぁ」
スク水少女の演説に全く興味が無い俺は、無視して新聞の4コマを読み始めた。
『ほのぼの漫画・カボちゃん』
「どうして人はスクール水着に惹かれると思う? 学生という嘗ての思い出を刺激するからか? 教育に使われているという背徳感があるからか? ――それもあるだろうさ」
カボちゃん『ねえねえお母さん』
母『どうしたのカボちゃん?』
「それもある。だがね、そんな言葉で表す必要は無いのさ」
カボちゃん『ポチの様子がおかしいの』
母『ポチが? どれどれ――』
「人は生まれながらにスクール水着に対して神聖さ、崇高さ、神秘を感じている」
母『ポ、ポチ……死んでる。この切り口は……はっ!?』
カボちゃん『一手、気付くのが遅かったね。――ダークスラッシュ』
母『ガハッ!』
「何故だと思う? ――遺伝子に刻まれているのさ、記憶が。母の胎内、羊水の中に浸っていた幼い自分の記憶」
カボちゃん『容易い。こんなものか、<金色の狼>、その名も堕ちたものだな。ならその名、これから俺が名乗ることにしよう』
母『――いいえ、あなたではムリよ、カボ』
カボちゃん『な、に……?』
母『殺った、とでも思った? あなたではムリよ。いくら不意をつこうがね。あなたはまだ神威を習得してないのだから』
カボちゃん『か、むい……だと?』
――母は強し! カボの一撃が母を貫くことは無かった! 一体神威とは!? 母の狙いは!? そして地面の養分になりかけているポチの運命は!? トイレから出ることが出来ないおじいちゃんは!? 次回、その全てが明らかになる!
「羊水の中でスクール水着を着ていた最初の記憶。ボクの最初の記憶さ。ボクはずっとスクール水着と共にあった。君達もそうさ、ただ忘れているだけだよ」
あいかわらずカボちゃんのインフレっぷりは凄いなあ。
最初はストリートファイトものだったのに、ここに来て特殊能力的なものがでてくるとはな。
目が離せないぜ。
「ボクはね、ただスクール水着を流行らせているわけでは無いんだ。ただ思い出して欲しいだけなんだ。人類はみな、スクール水着を着ていたことを……」
「腹減ったな」
なんかあったかな?
おお、昨日のカレーがまだ残っていたか。
……旨い。
一晩熟したカレーはこれ以上無く旨い。
「――というわけで君もスクール水着を着てくれないか」
「いやだ」
前フリが長い。
胸の隙間から取り出されたスクール水着を払いのける。
「ど、どうして着てくれないんだい!? さっきのボクの話しを聞いてくれただろう!?」
「もうお前帰れよ」
毎度毎度、人にスクール水着を着ろ着ろと……。
何がスクール水着の伝道者だよ。
なぁにが、『神はまず、スクール水着をお創りになられた』だよ。
胡散臭いことこの上ないわ。
「どうしても着てはくれないのかい?」
「ああ」
「君が着てくれるのなら、ボクはこの身を捧げてもいいよ」
「死ねよ」
「死んだら着てくれるのかい!?」
「着ねーよ」
もう怖いよ、こいつ。
病んでるよ。
「……はぁ。今日も駄目だったか。まあ仕方ない、時間はいくらでもあるさ」
やれやれ、とスクール水着を着ているスクール水着の中に収納する(ゲシュタルト崩壊しそうだ)
あの中どうなってるんだ?
四次元か?
「いずれ自分からスクール水着を欲しがるようになるさ、フフッ」
「コーヒーかけるぞ」
この俺が作ったコーヒー……なんか下水の臭いがする。
「さて、今日は用事があるのでね、そろそろお暇させてもらうよ」
スク水型時計を見ながら、スク子は言った。
用事?
俺が訝しげな目で見ていると、スク子は何故か巨乳を強調させて言った。
「この後ね、講演会があるのさ――スクール水着のねッ!」
その講演会に来る人間、全員死ねばいいのに。
「君も来るかい? スクール水着を着ていたら無料で会場に入れるよ」
「会場に隕石落ちろ」
「ハハハ、ではまたね」
ははは、と笑いつつスク子はトイレに向かった。
奴は何故かトイレから現れ、トイレから去る。
入り口から入って来たのを見た事が無い。
……ふぅ。
つかれたな。
客も来ないし、もう店を閉めるか。
「て、店長!」
店の看板をcloseにしていると、後ろからリセに声を掛けられた。
「あ、あの人は帰りましたかっ?」
「あの人? ああ、スク子か」
リセはカウンターに体を隠し、こちらを窺うように見ている。
「帰った」
「そ、そーですか……ふぅ」
「なにお前? あいつ嫌いなの?」
「い、いえ別に嫌いなわけではないです。でもちょっと怖いです」
「怖い?」
「あの人、隙を見てはリセにスクール水着を着せようとするんです!」
ああー、そういえば初めてリセに会った時から、着せようとしてたなぁ。
『彼女はスクール水着を着る為の生まれてきたのさ! スクール水着神に愛された子、まさかこんな所で見つけるとは……』
みたいなことを言っていた。
まずそのスクール水着神が分からん。
どこの国の神だよ。
「着てやればいいいじゃん」
「やーですよ! リセはもう大人ですよ!」
「大人ってお前……裸エプロンとか絶対似合わないだろ」
「普通の大人は裸エプロンなんてしないですよ!? それはだたの店長の趣味ですっ!」
「でも俺は裸エプロンが似合う人しか大人と認めない」
あと、メイド服が似合う人。
全く、この世の中自称大人な子供が多い。
裸エプロンが似合うようになってから大人って言えよな。
「店長の趣味なんて、今はいいです。……店長、リセに何か謝ることは無いですか?」
何故かスカートを押さえながら、咎める視線でこちらを見るリセ。
謝る? 何を?
「お前に謝ることなんて無いが。仮にあったとしても謝らんが」
「そこは謝りましょうよ!」
俺は子供には頭を下げたくない。
それが大人ってものさ。
「……しらばっくれるつもりですか?」
「何の話だ」
「……ふぅ、いいでしょう。ではズバリ言います!」
何故か一回転した後に、ビシリとこちらを指差す。
キリッとした表情。
「――リセのパンツを返してくださいッ!!」
無人の店内にリセの声は響きわたった。
……タメイキ。
「なにお前、俺がお前の下着を取ったと? そう言いたいのか?」
「そうですっ。さっさと返してください! 今ならまだ一時の過ちとして許すこともやぶさかではありません!」
「カカカッ、面白いことを言う。俺がお前の下らない下着を取ったと、そう言うのか?」
「下らなくないです! 確かにリセは可愛いです。巷では妖精なんて呼ばれています」
何を言い出すんだ。
「ファンクラブが出来るほど可愛いです。店長がリセの魅力にノックアウトされてしまうのは仕方ないです」
「……」
「でも泥棒は犯罪ですっ! お願いです、店長。リセに返してください……まだ引き返せます」
「……」
「ゴメンなさい。今までリセが思わせぶりな態度を取ってたから、店長は勘違いしちゃったんですよね」
「……」
「前々から気付いてはいたんです。ご飯の時もチラチラとリセのことを見てましたよね? リセが転んで下着が見えちゃった時も顔を真っ赤にしてましたよね?」
飯の時に見るのは、お前がアホみたいに飯をこぼすからだよ。
転んだときに顔を真っ赤にしてるのは、料理を床にぶちまけてキレてるからだよ。
つーかこいつ前からそんな風に思っていたのか。
……アレだな。
ちょっと最近調子に乗りすぎだな。
最初の頃こそ、大人しくしていたんだがな。
最近では飯も当たり前のように、5杯食うしな。
当然の顔で食うしな。
寝相も悪いし。
人が風呂に入ってるのに、後から寝ぼけて入ってきて覗き扱いするしな。
……ちょっとここらで教えてやらんとな。
「警察には言いません。流石に店長が逮捕されるのは夢見が悪いですからね。ま、まあ代わりと言ってはなんですが、これからリセのおかずを一品増やす方向で」
「……」
「って、あれ? て、店長、どうしたんですか? そんな怖い顔して。ど、どうして窓の鍵を閉めるんですか? な、何でカーテンを下ろすんですか? そ、そのロープはなんですか!? ハ、ハチミツを何に使うんですか!? そ、そんなに大量の輪ゴムをどうする気ですか!?」
「……」
「こ、来ないで下さい……! だ、誰か……! あ、あわわわわわ……」
「……」
――。
――。
――。
「多分、巷で評判の下着泥棒だな」
「そ、そうですね」
「ここだけの話、俺も何枚か取られてる」
「店長もですか?!」
「ああ。てっきりお前が持ち出して何らかに使っているものだと思っていたんだがな」
「使うわけないですっ!」
「……」
「つ、使うわけないじゃないですか、もー店長ったら、あはは……」
全身をハチミツでコーティングされたリセが言った。
これからリセはハチミツに対してトラウマを持つだろう。
「で、でもアレですねっ。一体どこの誰でしょうね! 犯人さんには早く自首して欲しいですね!」
「……そうだな」
犯人、ね。
多分犯人は自首なんかしないだろう。
俺の予想が正しければ……アイツはこれを罪だとは感じていない。
アイツ。
そうアイツだ。
この無差別な手口。
ここまでしても捕まらない。
――アイツしかありえない。
アイツが……帰ってきた。
「……クク」
「ど、どうしましたか店長? な、何か怖いですけど」
「ククク……クハハハハハハハハハッッ!」
「ひ、ひぃ! も、もうハチミツはやです……!」
ククク、いいだろう。
久しぶりに昂ぶってきた。
見つけてやるよ……!
――この日から、丁度一週間後。
俺はアイツと対面することになる。