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3杯目

「……」


……。


……。


「暇だ」


暇である。


相当暇だ。


現在午後4時。


店内に客は無し。


というより開店してから客が一人も来ていない。


スクール水着を着た巨乳少女が来店したが、何も注文せずに帰っていた。


次来た時は俺のコーヒーをぶっかけてやるぜ!(体に付着すると虫が寄ってくる。あと臭い。痒くなる)


「……」


……。


……客来ないなー。


リセでも弄って遊ぼうか。


どうせ今頃ゲームしてるか、寝てるか、醤油舐めてるかだからな。


うん、そうしようか。


よし、スク水女が置いていったこの覆面を被って……。


「フフフ……」


これで今の俺は強盗に見えるだろう。


リセのリアクションが楽しみだ。


こんな感じだろう。



『へへへ、俺は強盗だ! 嬢ちゃん、手を挙げな!』

『にゃーん!? にゃんごろにゃーん! ふにゃーん! \(>w<)/』




何で猫語?


そして何故にあのスク水女がこの覆面を置いていたのかは謎だ。


「よーし、行くか」


と、俺が厨房に向かおうとした時。


『――オイ、客が来たぜ』


と中田譲治の様な渋い声が店内に響いた。


声の主は店の入り口に置いてある人形だ。


客が来ると反応して、声を発するのだ。


これもスク水女が置いていった。


「……ちっ、客か」


思わず舌打ちをする。


折角リセで遊ぶところだったのに。


……まあ、仕方ない。


「……何今の渋い声? それにしても相変わらず汚い店ねー」


失礼な事を言いながらこちらに向かってくる客。


帽子にサングラスを掛け、少し怪しい。


「はーい、久しぶり。元気にしてた……って誰!? 何で覆面してんの!?」

「覆面店長だからだよ。それよりお前こそ誰だ! サングラスに帽子までして……強盗か!?」

「どちらかと言えば強盗はあんたでしょ。……つーか声で気付きなさいよ」


そう言って、帽子とサングラスを外す客。


長い黒髪が帽子から零れ落ちる。


そして現れるかなりの美人。


……ああ、何だこいつか。


「高橋パチュ恵さん、久しぶり。コンガは楽しかったか?」

「高橋じゃないわよっ! あたしよあたし! もしかして忘れたの!?」


……。


……ん。


……あ。


「昨日店の前で溝に嵌ってた高校生?」

「ちっがーう!」

「マンホールに嵌ってた方か」

「違う! つーかどんだけ嵌ってんのよ!?」

「近所では嵌りスポットとして有名なんだ。全国から嵌り好きな人間、通称ハマラーが絶えず来るぐらいだからな」


ハマラーは嵌れる場所を見つけたらとにかく嵌る。


タンスの隙間、落とし穴、買い物カートのかご、HDDの空き領域。


嵌る場所を問わない。


上級者に至っては、本棚の隙間に嵌って一日を過ごすと言う。


初心者は学校のロッカーなんかがオススメだ。


浜崎あゆみ好きな人とは若干違う。


「滝山美香よ! あんたの幼馴染の! 本当に覚えてないの!?」


俺の肩をガクガクと揺すりながら怒鳴る。


滝山……滝山……!


「俺にゲートボールを教えてくれた?」

「それおばあちゃん! 何でそっち覚えててあたしを覚えてないのよ!?」

「おばあちゃんっ子だからな」


だからなんだ、という話だが。


「冗談だよ。久しぶりだな美香」

「……久しぶりに会った幼馴染に酷い事するわね」

「つーかそんな簡単に忘れるわけないだろ」

「あんたならあり得ると思ったのよ」


ジト目で見てくる。


昔こいつに虐められていたので、会うたびに仕返しをしているのだ。


「まあ、カウンターの上にでも座れよ」

「座らないわよ」


俺はたまに座るが。


美香がカウンター前の席に座るのを見てからカウンターに入る。


「それにしても久しぶりだな。何ヶ月振りだ?」

「ちょうど半年ね」

「仕事の方はどうなんだ?」

「ぼちぼちよ」

「昨日は何人殺したんだ?」

「誰の仕事が暗殺者よ!? 殺すわよ!?」


この人怖い。


「何か飲むか?」

「結構よ。あんたの作る飲み物マズイから」

「何か飲むフリでもするか?」

「しないわよ! 何よフリって!? ……水でいいわよ」


失礼な奴だ。


俺が作る飲み物より水道の水がいいとは……。


まあ、俺でもそうするが。


蛇口を捻りコップに水を入れる。


「昨日テレビ出てたろ」

「……ん、見たの?」

「ああ見たぜ。クイズ番組とかにも出るんだな」

「まーね。最近は色んな仕事が回って来るわ」

「もう少しテンポのいいネタの方がいいぞ」

「CMの間にネタやる芸人じゃないわよ!」


「全く……本当は歌に集中したいんだけど……」とダルそうに言う。


アイドル歌手も大変だな。


しかし、アイドル歌手なんて小学生の夢みたいなものになるとは……凄いな。


未だにテレビに出ているこいつを見ると普段とのギャップに笑ってしまう。


この間なんて司会者の質問で、


『ミカルン(芸名)は恋人とかいるの?』

『ミカルンの恋人は……ファンの皆でーす! きゃるーん☆』


とか言ってたからな。


俺爆笑。


「この前二枚目のCD出たな」

「あー……あれね。個人的には微妙なんだけどね。……もしかして買ったの?」

「二枚買ったぜ」

「……ふ、ふぅーん」


別に買わなくても言えば送ったのに……と少し照れくさそうな美香。


何だかんだで嬉しそうだ。


買ったかいがある。


「一枚はコースターに使ってるよ」

「は!? ……ってこれ私のCD!?」


水の入ったコップを持ち上げ、コースター代わりのCDを手に取る美香。


「あんた何に使ってんのよ!? 聴きなさいよ!?」

「別にどう使おうが俺の勝手だろ。でもそのコースター使ってるとお前の歌が聞こえてくる気がするぞ」

「気のせいよっ!」


気のせいなのか……。


「あ、あんた! もう一枚は!? もう一枚は何に使ってるの!? ちゃんと聴いたの!?」

「忍者ごっこをしてたら……」

「手裏剣代わりにするなーっ!!」

「ち、違うでござる! 足の裏につけて水蜘蛛に使ったんだよ! 全然浮かなかったけどな!」


お陰で風邪を引いてしまった。


「……っっ! ほら!」


顔を真っ赤にした美香が鞄から取り出したものを俺に押し付ける。


何だこれ?


「……CD?」

「今度はちゃんと聴きなさいよ! 聴かなかったらほんとに殺すわよ!?」


押し付けられたのは美香のCDだった。


……うーむ、冗談だったんだが。


3枚も同じCDを何に使えと。


「いいわね!? 聴いて感想文出しなさいよ! 絶対よ!?」

「あ、サイン書いてる」

「あたしのサイン入りだからレアよ――家宝にしなさい!」

「うr――」

「売ったら店に火つけるわよ」


マジ顔で言われた。


――。


――。


適当に最近の出来事などを雑談する。


アイドルの面倒さを愚痴られた。


テレビの裏事情とか知りたくなかったんだが……。


「この店はどうなの?」

「ぼちぼちだな」

「今日の客入りは?」

「お前だけ」

「……はぁ」


深く溜息をつかれた。


「……大丈夫なの? よく潰れないわね」

「いざとなったら脱ぐ」

「あんたのヌードなんて誰も得しないわよっ」


……。


自信あるんだがなぁ、ヌード。



――ドタドタドタ!



厨房からのやかましい足音。


リセだ。


「てんちょーっ!」


DSを手に持ち、興奮した様子でこちらに駆けてくる。


「てんちょー! 店長! 見て下さい! き、金色のギャラドスが出たんですよ! 何ですかこれ!? リセの秘めたる力の一端ですか!?」


知らんわ。


何だよ秘めたる力って。


勝手に秘めとけよ。


興奮した様子のリセは俺の顔面にDSを押し付けた辺りで美香に気付いた。


「わ、わわっ! お、お客さんでしたか!? ……し、失礼シュライザー!」


何やら技名の様なものを叫びつつ、厨房に戻っていくリセ。


失礼しました、と言いたかったんだと思うが。


リセが去り、美香が俺に視線を向けてくる。


「……なにあの子?」

「妹」

「嘘つけ! あんたの妹、金髪じゃなかったしあんなに小さくなかったでしょ!? どうしたのよあれ!?」

「……バイトだよ」

「明らかに年齢的にアウトでしょ!?」

「ああ見えて18歳なんだってさ」

「アレであたしのタメなわけないでしょ!? 言いなさい! どこから誘拐してきたの!?」


誘拐ってこいつ……俺をどんな人間だと思ってるんだ。


……しかし、どうするか。


何とか誤魔化さんとな。


うーん、定番なネタで。


「ほら、あれだよあれ。俺の遠い親戚でな、外国に住んでるおじさんがいてな……そのおじさんが誘拐してきた」

「誘拐してるじゃないの!」

「ああ、いや違った。……そのおじさんを俺が誘拐して、身代金代わりにリセを頂いて……これでいいだろ?」

「いいわけあるかっ!」

「じゃあ誘拐されたおじさんの中から出てきた! これでいいだろ!?」

「何でキレ気味なのよ!?」


誤魔化すのは苦手だ。


俺はあまり嘘が得意な人間じゃない。


面倒だな……。


美香も答えを聞くまで帰る気は無さそうだし。


いっそ本当の事言うか?


……でもなぁ。


「――リ、リセのパパさんがでしゅね!」


いつの間にか当の本人が隣に。


話を聞いてたらしい。


しかも噛んでいた。


「そ、その……店長のお父様と知り合いなんです!」

「知り合い? ……あなた日本人じゃないでしょ? 日本語は上手いけど……」

「店長のお父様が海外出張した時に知り合ったんです! そ、それでですね……最近こっちに引っ越してきてですね、その、日本の事をお勉強する為にこの店で……お手伝いをしてるんです、はい」

「……そうなの匠?」

「す、凄い新事実だ」

「店長!?」

「……匠はこう言ってるけど?」


美香が怪しむ様にリセを見る。


リセが涙目でこちらに寄って来た。


「店長! リセの話に合わせて下さい!」

「何か面倒臭い」

「リセがこのお店に居られなくなってもいいんですか!? リセここ以外に行く所無いんですよ!?」


俺の服の裾を引っ張りながら涙目で訴えてくるリセ。


……仕方ない。


リセがいなくなったら、コーヒーを作る人間がいなくなる。


……別に寂しいとかではない。


「あー、美香。こいつが言ってる事は本当なんだ」

「そーです、そーです!」

「……ほんとーに?」


疑いの目を向けてくる。


「ほ、本当だって。えーと、リセの父親と俺の父親が友達以上恋人未満の関係で……それで最近こっちに引っ越してきたリセの家族が俺の家族と異常に仲良しで……」

「店長! 以上とか異常とかいらないですっ」

「それでリセを預かる代わりに俺のおじさんがリセに家に行くという交換留学が発生したんだ」

「おじさんとかいらないですよ!」


ほんとだ……何でおじさん出てきたんだろう。


「……」


そして相変わらず疑いの視線を向けてくる美香。


「だ、だからだな。リセの家族は忙しくてな、日本の事を教えることが出来ない……だから仕事柄時間がある俺が預かることになったんだ。ここにいれば色んな人間が来るから日本の事を学べるし、交流も出来る。理に叶ってるだろ?」

「はい、そうですっ。とても勉強になります!」

「それで俺のおじさんはリセの家族の下で奴隷同然の生活をしている。つまりギブアンドテイクだよ!」

「だからおじさんとかいらないんですっ」


こ、これで何とかなるか?


いや、びっくりする程滅茶苦茶な話だったが。


俺の話を聞いた美香は呆れた顔で渋々と頷いた。


「……まあいいわ」

「そうか! よくやく分かったか。……あ、ちなみに俺の家族に本当の事を聞くとか無しだぞ」

「分かったわよ。はいはい信じる信じる。……あんたが嘘を吐くって事はよっぽどの事情なんでしょうよ」


ん?


今何か言ったか?


美香が席を立つ。


「じゃ、そろそろ行くわ」

「仕事か?」

「ええ、今から収録。……じゃあね、リセちゃん」

「は、はいっ! お疲れ様でしたー!」


リセがブンブンと手を振る。


俺は美香と共に出口へ。


『オイ、客が帰るぜ』


知ってるよ。


ドアをくぐり、こちらに振り返る美香。


「面倒な事抱え込んでるんじゃないでしょうね?」

「いや、別に」

「……ふーん、そう。ならいいわ」


帽子とサングラスを付け、俺に背を向け歩き出す。


「……あ」


その歩みが止まった。


「最後に一つだけ言っとくわ」

「なんだよ」

「――あの首の無い趣味悪い像……置かない方がいいわよ」


……。


そう言って美香は去って行った。


俺は覆面を外し、呟いた。


「――あのメイド……早く首返してくれないかなぁ」


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