10杯目
「はい、お兄ちゃんこれあげゆ」
「ん?」
ある日の午後、部活帰りだろうかジャージを来た妹が訪ねて来て、リボンでラッピングされた箱を手渡してきた。
はて?
「誕生日じゃないぞ?」
「知ってるよっ。もう、今日が何の日か覚えてないの?」
小さく頬を膨らませて、そんな事を言う妹。
……今日?
何か祝日だっけ?
それにしてもプレゼントをもらう様な日だったか?
今日は2月13日。
2月13日……。
「……はぁ、やっぱり忘れちゃってるんだ」
「まあな!」
「何で誇らしげなの?」
やれやれとかぶりを振りながら「忘れっぽいんだから」と呟く。
人差し指を立てて、顔を近づけてきた。
「今日は――2月13……おにいさん(0213)の日、だよ!」
「……!」
そうか……!
そういえばそうだった。
ちなみに妹の日は9月6日らしいぞ(マジで)
「ちゅーわけでこれを進呈。バリバリと開けて……ってもう開けてるし」
妹の発言が終わる頃には開け終わっていた。
包装紙をバリバリ剥がす事には定評がある俺だ。
昔はよく美香に「やめて!」と言われた。
バリバリ剥がして出てきたのは……
「ノート、か」
「うん、それはね――」
「デスノートか」
「違うよ」
「どれどれ……『このノートに名前を書かれた人は……語尾にデスをつけてしまう、か』……ははっ」
「だから違うよ」
「あとは『髪が一本だけになって、常にパンツが見える様になって、声優が謎になる、か』……ははっ」
「はいはい、面白い面白い」
妹が本気で下らなそうな顔をしたのでやめる。
引き際が肝心だ。
さて、表紙に書いてある文字は『ダイアリー』
つまり日記だ。
この歳で日記を書け、と?
「お兄ちゃんはちょっと物忘れが激しすぎなんだよ」
「まあな! たまにトイレに行くのも忘れるからな」
「……そんなお兄ちゃんだから、日記を毎日つけて記憶力の強化をするべきだと、私は思ったのですよ」
素晴らしい妹だしょ?と顔で聞いてくる妹。
大きなお世話だ……と言いたいところだが、最近の俺の物忘れは加速し続けている。
この間も目が覚めて知らない少女が隣で寝ていたので、泥棒かと思い縛り上げたらリセだったぐらいだ(ちなみに起きなかった)
ここは妹の心遣いに感謝する事にしよう。
「ありがとな。……べ、べつにお前の為に礼を言ったんじゃないんだからな!」
「そのツンデレはおかしいよ」
「ありがとなっ(ミカッ☆」
「それ美香ちゃんのモノマネ?」
■■■
☆月○日 晴れ
というわけで日記をつける事にした。
……はて、日記って何を書けばいいのだろう?
カウンターの前で唸っていてもしょうがないので、店内を掃除しているメイドに聞いてみた。
「日記、ですか? その名の通りその日に起こった出来事を記す、というものですが」
変な顔で?
「……いえ、普通の顔で。しかし日記、ですか」
箒を片手に少し小馬鹿にした顔でこちらを見てくるメイドに憤慨しつつも興奮して「何だよ?」と聞いた。
「……断言しましょう。あなたの様な面倒くさがりが日記を毎日つけるのは不可能です。……長くて一週間、ですね」
やはり小馬鹿にした顔で『フフフ……』と笑うメイドに「メタルジェノサイダー!」と俺は叫んだ(特に意味は無い)
絶対に毎日つけて、このメイドを見返してやる……!
☆月△日 晴れ
特にこれといって面白いことは無かった日だった。
今日の面白かったと思う一言
リセ「店長? ――プリンに醤油をかけると……もう言いたいことは分かりますね、フフフ」
☆月×日 晴れ
特に無し。
今日の一言
リセ「さっき転んじゃって、おでんをお客さんにかけたらお礼を言われちゃいました。不思議ですっ」
☆月■日 はれ
無し。
一言。
遥「市街地殲滅級の魔法が完成したの。でも特に使い道が無いの……残念」
☆月×日 スクール水着を着たくなる様な天気
やあやあ! ボクは匠!
もう今日はほんとに暑くてね、思わずスクゥールミズゥギィを着てしまったよ!
こ、これは……スゴイぞ!
なんだか良く分からないけど……スゴイ。
あ、ああ、ああああああああああ。
み、見える……あ、あなたがスクール水着神様……!
はぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ……!
す、すごい、すごいぞぅ!
な、なんでボクは今まで着てこなかったんだ……!
ボクの人生の今までは何て無駄だったんだ……!
い、いやポジティブに考えよう。
――ボクの人生は今日から始まるんだ!
ああ、何て清清しい気持ちなんだ!
ヒャッホウ!
思わず店の外に飛び出しちゃったよ!
おお! あそこにいるのはボクにこの神器を託してくれた■■■■■じゃないか!
キューティクル!
今日もスクール水着が似合ってるぞっ。
思わず押し倒しちゃったよ!
そしてボクは■■■■■のスクール水着を脱がせない様に気を付けつつ、濡れそぼった(省略されました。続きを読むにはスクミズスクミズと連呼して下さい。
☆月A日 晴れ
何だか良く分からんが、昨日の分の日記が書かれていた、ラッキー。
多分俺が無意識の内に書いたんだと思う。
しかしこの日の日記を何故か水で濡れたかの様にしわしわだ。
・一言
遥「やっぱりお蔵入りにするのは勿体ないから、月に向かって撃ってみるの」
☆月B日 雨です!
今日は待ちに待った雨の日です!
思わず外に走り出したら、スゴイ音が上から聞こえて、転んじゃって怪我をしちゃいました!
なので今日はお部屋でお休みです。
リセは大丈夫って言ったんですけど、店長が嫌がるリセを無理やりお部屋に押し込みました。
鬼畜ですっ。
退屈なんでお部屋を探索していたら、このノートを見つけたので、今こうして日記というものを書いています。
店長はズルイです!
こんな面白いものをリセに内緒にするなんて!
というわけで今日からは内緒でリセが書きます。
・今日の店長の一言とか
「好きだ!」
「俺の味噌汁を一生作ってくれ!」
「結婚しよう→うん」
「俺はメイド好きじゃない。たまたま好きになったのがメイドさんだっただけさ」
「俺を毎日罵ってくれ」
「一緒にノーパン健康法を続けてみないか?」
「奴隷でもいいから傍に置いてくれないか?」
「……うーん、いい感じなプロポーズが思い浮かばん」
☆月C日 あー、晴れです
何か晴れました。
天気予報では雨が続くって言ったのに、嘘をつかれました。
もう何かどうでも良くなりました。
あとなんかニュースで言ってたんですけど、月が欠けたらしいです。
あー、どうでもいいですー。
今日の店長と美香さん
「亀をカメ! 鶴を釣るぞ! 猿が去る! 犬はいぬ! 猫がネコ! 棒がボー!」
「あんたって本当にダジャレが下手ね」
「あんたって本当にダジャレが下手ね(ミカッ☆」
「何それ、あたしの真似? ぶち殺すわよ?」
☆月ダ日 曇り
今日、新曲のレコーディングが終わって店に来たらリセちゃんにこの日記を渡された。
「バトンタッチですっ」
とのこと。
え、なにこれ? 交換日記?
と、とにかく今日の日記を書けばいいのよね?
今日は仕事が休みだったから、ここに来たんだけど、入る時にメイドさんと擦れ違った。
……え、誰あれ?
新しいアルバイトかと思って、匠に聞いたけど「気にするな(ミカッ☆」と笑顔で言われたので、普通にむかついた。
気にするわよ。
何なのあのメイド?
リセちゃんが言うにはほぼ毎日来てるみたいじゃない?
いえ、別にいいのよ?
でも、ほら匠ってアホだから絶対に変な女に騙されると思うのよ。
だからあたしがしっかりとしないといけないのよ、幼馴染だし。
そういえば昔っからあいつの周りには変な人間が集まるのよね……。
その度にあたしが迷惑を被るのよ。
だからあたしが傍にいてやらないと駄目なのよね。
やれやれ、多分これからもそうなんでしょうね。
全く、もうあきらめたわ。
・今日の匠の一言
「リトルシスターは萌えないのに何でパンツ見ようとしてしまうんだろ……これがゲーマーのサガか」
☆月ガ日 晴れ
変なノートを見つけたの。
良く分からないけど、今日の事を書くといいの?
今日はお店の中で匠君と卓球をしたの。
楽しかったけど、匠君はすぐに変な自分ルールを導入するからちょっと面倒くさいの。
今日も途中で負けそうになった匠君が
「今から打ち返す時にガンダムの台詞で打ち返すこと! 僕が一番ガンダムの――ああ!?」
台詞が長すぎて空振りした匠君は少し可愛かったの。
でもいくら小学生に負けたのが悔しいからって泣くことは無いと思うの。
・今日の匠君の一言
「おっぱいバレーに対抗してお尻バスケはどうだろう?」
☆月ウ日 晴れ
今日は天気も大変良く、いいお散歩日和でしたので、頼子さんに内緒でお店に来てしまいました。
ですが、残念なことに匠さんはいらっしゃいませんでした。
今日は可愛らしいゴミ袋さんが店長代行をしているようです。
ゴミ袋さんが言うには匠さんは修行に行かれたらしいとのことです。
おいしいコーヒーを頂いているとゴミ袋さんにこのノートを渡されて今こうして書いています。
何を書けばよろしいのでしょうか?
ああ、そうですわ。
私今日始めてホームレスさんを見ました。
このお店に来るときに公園を通ったのですが、そこで会いました。
とても変わった格好をしていましたが、大変美しい方でした。
ダンボールのお家の傍で素振りをしていました。
気品を感じさせる方でしたが、一体どの様な事情があるのでしょうか?
私が近くの屋台でたい焼きを買ってその光景を見ていると、とても物欲しそうな目でこちらを見てきました。
そこで私がお裾分けをしようとしましたところ
「施しは受けん!」
とそっぽを向いてしまいました。
仕方ないので、私はうっかり買ったたい焼きを置き忘れて去りました。
草むらからこっそりと彼女を見ていると
「……公園の美観を損ねるわけにはいかんな、仕方ない。ああ、全く仕方が無いな」
と誰か聞かせる様に言って、召し上がられました。
とてもいい笑顔でした。
・今日の頼子さんの一言
「……今日はどのメイド服にしましょうか」
☆月†日 曇り
動物の足跡とよだれらしきモノがついている。
☆月!日 雨
たくみのにおいがするのでひろった。
まだれんしゅうちゃうなのでもしをかくのはむすかしい。
きょうはさかなをたへた。
油揚げたへたい。
☆月?日 雨
どーいうことだ!
何でお兄ちゃんにあげたはずの日記が近所の森の落ちてるの!?
今日学校の授業で散策してたら見つけたよ!
いみわかんなー!
しかも獣くさい!
■■■■
「こらぁ! お兄ちゃん!」
「ファイナル……ディバイン……オメガ……」
「もうお兄ちゃん! 必殺技なんて考えてないで妹の話しを聞けっ!」
特にこれといってやることがない今日この頃、リセとどっちがカッコイイ必殺技を作ることが出来るかの勝負を控えていたので、必殺技を考えていたら妹が扉をぶち破るかの勢いで入店してきた。
やはりファイナル、ディバイン、オメガは固い。
どうにかして組み込みたいものだ。
……いや、待てよ。
何も取捨選択する必要は無いんじゃ?
そうか!
「ファイナルディバインオメガァァァァア!!!」
「うっさい!」
「オメガディバイン・ファイナルの方がいいか?」
「どうでもいい!」
バンをカウンターを叩き、何やらノートをこちらに差し出す妹。
ノートは年季を感じさせる汚れと獣臭さにまみれていた。
「何これ?」
「日記だよ、日記! 私があげたやつ!」
「……?」
「忘れてるし!」
ほれみたことか!とノートを俺の顔に押し付けてくる。
く、くさい……。
だがどうやら、これは以前に俺がもらったものらしい。
よくよく見ると、このノート、見覚えがある。
「ご、ごめん。じ、実は……ファイナルディバイン・オメガを使うと記憶が無くなっていくんだ」
「何その予想外の言い訳!?」
俺が妹に必死で謝りつつ、どうやってご機嫌を取ろうかと考えていると、リセが「オメガバースト・オメガ!」と必殺技を叫びながら、走って来て妹にぶつかったので、日記については有耶無耶になった。
「ちょっとお兄ちゃん! この子誰!?」
日記については有耶無耶になったが、新たな問題が浮上した。
世の中生きていると、嫌なことや面倒くさいことがたくさんある。
そんな問題の数々をファイナルディバイン・オメガで消し飛ばせたらいいなぁ。
そんな現実逃避をしつつ、リセについてどう説明したらいいものかと、考える俺であった。