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ベア・サモナー  作者: ハヤマ
紫龍の正体
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怪物紫龍、その正体

この回から改斗の試練です。

目的のためにがむしゃらにやってきた改斗を襲うのは・・・。




 改斗と明由美は、この期に及んで隠すのも余計に混乱させるだけだと思い、話すことにした。紫龍(しりゅう)退治のために二人召喚をし、意志のある魔物を呼べてしまったこと。それで学校から追われている可能性があること。そのために無理を押しきって運送に便乗したことを話した。



「それが本当なら、君たちが追われているのは間違いないな。勝手に召喚を行って学校が黙っているわけないし」



 本当なら、と言葉の冒頭につけ足されて、明由美は諦め半分、悲しみ半分の表情になった。



「信じて……もらえませんか?」


「う~ん。にわかには信じられないね。だって二人召喚なんて例外中の例外。それに加えて意志を持つ魔物の召喚。二つを同時にやってのけるなんて、あのクリスみたいな天性の才能がなきゃできないことだ」



 最強の召喚士まで持ち出して称賛を受けるほどのことなのかと、改斗も明由美も首を傾げる。できてしまったことは夢でも幻でもない。


 人に言われて、改斗と明由美は改めて自分たちがしでかした事の大きさを知ることになった。よくカナもギルも見て見ぬ振りをして送り出してくれたものだと、今さらながらに思う。それだけ信用してくれていたということだろうか。



「じゃあやっぱり、信じられないと?」



 遠慮気味に改斗。まだ罪悪感が胸の内を支配しているので、恐縮している。こんな改斗は珍しい。

 後輩二人に不安な顔をされ、先輩召喚士は笑って答えた。



「いいや、信じるよ。信じるしかないだろ? ベート……だっけか、が実際ここにいるんだから。こんな流暢にしゃべれる玩具なんて、彩流が入ったものくらいだろ?」



 彩流の影響を受けない木の飾りに命が宿るとなると、それは召喚以外にあり得ないのだ。



「しかし頑張ったね。召喚士として、先輩として、労うよ。本当に、凄いことだ。あとは公に認められる勇気が必要だね」



 信じてもらえたことへの安堵とともに漏れる、ため息。認められないと思ったから学校を出た。二人召喚はいけないことだと言われたから、それを公認してもらう進言もしなかった。いけないことだと決めている学校に納得してもらう時間など二人にはなかったし、拘束されるのが目に見えていたからだ。



「でも、時間がなかったと思わせるほど追い詰めるその怪物、通称、紫龍。そんなに脅威なのかい? 現実に被害を見ていないから軽いこと言えるのかもしれないけど、もう二百年は生きてるって聞いた。でも人々は生活している。襲われた村は不幸だけど、あれのおかげで街は警備されるようになった。召喚士も必要とされる度合いが増えた。今はもうほとんど倒そうなんて思ってる奴、いないよ? それでもやるつもりなの?」



 そういう共存が、今は成されている。紫龍も頻繁に人里に下りてくることはないので、脅威であっても倒さなければならない相手ではなくなっていた。



「それで片づけられないから、倒したいんだ」


「親の仇だから?」



 深刻に改斗はこくっと頷いた。



「……やめておいた方がいい」



 ヤンスクードの言うことはもっともだ、分かっている。倒すほどの相手じゃない。もちろん人間にとっては倒しておいて損はない怪物だ。しかしリスクが大き過ぎる。倒さなければ世界が滅亡するとなれば話は別だが、生活していける以上、命をかけるほどのことではない。皆が皆、やめておけと口をそろえて否定する話だ。


 それでも改斗には、やらなければならない理由がある。



「あいつは大切なものを奪っておきながら、のほほんとこの世界を誰にも邪魔されずに歩いてる。それが許せない。本能のまま生きてる怪物なんか、倒して召喚の器にする方が何倍も貢献するだろ!」



 語尾に近づくほど増していく感情が、言葉に表れていた。先輩への罪悪感もこの時は消えている。

 ヤンスクードは静かにそれを受け止め、目を閉じた。張り詰めたような体で再び瞼を上げ、また静かに言う。



「あれが魔物でも、同じこと、言えるか?」


「!?」



 魔物。それはつまり人間が野生の動物を器にして彩流を流し込み、命を与えたもの。



「あれが魔物だから皆、歯が立たないんだ。君たちにも勝ち目はない。やめた方がいい」



 いきなり意味不明なことを言われても、改斗が納得するはずもなかった。



「ちょっと待てよ。魔物って……なんだよそれ。召喚士なんかついてなかったぞ、奴には」


「召喚士がついていなくても、召喚されたのならそれは魔物って言うんだよ」


「あり得ないだろ! 魔物は召喚士を失えば魔力の供給源を失って器から四散するって聞いた!」



 召喚士は魔物にとっては言わば生命線。魔物の生命を握る召喚士がいなくなれば当然、魔物は存在できずにいずれ残った彩流を消費し尽くし、器から消え去る。魔物だけ残ることはないはずなのだ。



「そうだよ。魔物は召喚士を失ったらこの世界にとどまることはできない。またこの空気中に漂う彩流に戻るんだ。でも、魔物には召喚士を失ってもこの世に存在し続ける方法が一つだけある」



 ヤンスクードは瞼を半分下げ、少し物憂げにテーブルに乗ったカップに目を落とすと、哀愁を湛えたまま視線を上げた。



「その方法とは、自分を召喚した召喚士を食らうこと」



 紫龍が魔物ということにも驚きを隠せず声を荒げた改斗は、息をつく暇もないその追い討ちに息を呑むしかなかった。

 ヤンスクードは説明を続ける。



「もちろん、人を丸飲みにできる大きさの魔物に限られる。そして食らえば、魔力の供給源は腹の中だ。いつでも取り放題。しかも尽きることはないときた。そうだろうさ、彩流は僕たちの体の周りに集まってくれる。だから瞳の色はずっとこの色に染まっている。それと同じことが魔物の腹の中で起こるわけだから、際限ないよな」



 緊張感のない声に戻ったかと思えば、次の言葉にはもう、表情にも声にもその名残はない。



「だからやめろと言っている。力の尽きない魔物に立ち向かうのは不利だ。しかもあんな強大な魔物。自殺行為に等しい。先輩としては止める……」



 改斗が立ち上がった。



「あの魔物も、召喚士を食ったから生き永らえてるのか?」



 改斗は立ったまま顔を伏していた。体が震えている。召喚士を食らうという事実に戦慄したからではない。



「そうだよ」


「じゃあ父さんと母さんは、召喚を甘く見た、軽薄な奴のせいで死んだってことかよ!」



 未熟な召喚士は魔物に侮られた時、死の危険にさらされる。つまり両親が理不尽な死に方をした原因を作ったのはその召喚士とも言えるのだ。

 怒りで立ち尽くす改斗に、誰も、何も言えなかった。



「お兄ちゃん、座ろ……」



 落ち着かせるためにとりあえず座らせる明由美でさえ、それ以上の言葉は出てこない。ずっと一緒にいる明由美でさえ、なんと言っていいか分からなかった。

 明由美に促され、改斗は力なくソファに腰かける。


 直後、ソファに横たえられたベートから思いもしない言葉が漏れた。



「改斗、召喚を甘く見ていたのはお前も同じだ。一歩間違えば、お前は妹さえも失う状況にいたことを忘れるな」


「!?」



 改斗の体に、熱くて重い衝撃が走っていった。まるで、さっきまで頭に上っていた怒りがそのまま自分の中に痛みとなって返ってきたようだ。



(俺、も……?)


「ベートさん、今そんなこと言わなくても……あ、お兄ちゃん!」



 改斗は顔を伏せたまま、乱暴にドアを開けて外へ飛び出していってしまった。



「お兄ちゃん!」


「放っておけ」


「でも!」


「一人にさせておけ。改斗も馬鹿ではない。一人で考えさせろ。明由美にもやることがあるだろう?」


「……」



 気持ちをぐっと堪えて、明由美は再びソファに腰を下ろした。目の前の青年を見る。

 明由美がやっておかなければならないこと。



「私はそんなこと、授業で聞いた覚えはありません。なぜ、ヤンさんは知っているんですか? やっぱり学校側と何か繋がりが?」



 そうなれば、逃げる算段をまた取らないといけない。

 明由美はこの人は信じられると結論づけた自分の勘を信じたかった。

 ヤンスクードは穏やかに微苦笑して手を振る。



「ないよ。一度だけ、紫龍とは別の魔物退治を引率したことがあってね。その時学校から聞かされたんだ。あそこまで合格者を厳しく判定して、間違いを起こさないようにしている学校側としては、魔物が単体で存在するって余計な知識は与えたくないんだよ。僕は事実を教えた方が、召喚士としての覚悟が備わるとは思ってるけど。だからこうやって教えて、紫龍との戦いのリスクを考えてくれるなら、バラしもする。命を粗末にするなってね」



 彼の瞳には相手を見据える色がある。



「まだそうと決まったわけじゃありません」



 明由美の瞳にも真摯な色が宿っている。



「明由美ちゃんも仇討ちがしたいの?」


「お兄ちゃんがやり遂げたいなら手助けしたい。そういう気持ちです」


「それで二人とも命がなくなったとしても?」


「まだ決まってません」



 先に目を逸らしたのはヤンスクードだった。肩を竦めて苦笑。



「明由美ちゃんも強情だね。それはお兄さんに似たのかな?」



 ようやく解放されたかのようにソファに深々と体を預け、ヤンスクードは長い脚を組んだ。手は(もも)の上へ。



「これ以上言っても気持ちは変わらないんだろうな。さっき出ていっちゃったけど、改斗君も大丈夫そう?」



 明由美は兄が出ていったドアの方を気にして、横顔をさらした。頬を隠す焦げ茶色の髪が、哀愁を漂わせる。



「大丈夫です。だから進むために、その魔物について何か情報をください。勝手を言っているのは分かってます。本当はこんなお願い、できる立場じゃないんですけど、お願いします。些細なことでも聞いておきたいんです」


「分かったよ。僕で教えられることならなんなりと。でもちゃんとデートのことは考えてもらうよ」


「あ、はぁ……」



 ヤンスクードの軽い雰囲気で、深刻だった空間はまた少し温かみを取り戻した。





  

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