episode_03_01
夜の海って怖いだけだと思う(´・ω・`)
episode_03 疑惑
無我夢中で走って辿り着いた場所は海だった。
その波打ち際で、優羽は両膝に頭を乗せる形で座り込んでいた。
陽は落ち、辺りはすっかり夜の闇に包まれている。あれからどれくらいの時間が経ったのかは覚えていなかった。
(これで良かったのか? 私は一体、どうなったんだ?)
思考が停止したかのように、優羽はそればかりを延々と考え続けている。
美紀の仇は討った。そこに悔いはないが、けれど、自分があんな姿になっているとは思っていなかった。
夢の中で見た光景は、自由に動けなかったとはいえ自分の眼で見える範囲しか解らず、実際に変身した後も、パトカーの黒い窓に映し出されるまで気にもしていなかった。
第三者の視点から自らの姿を見て、ただひたすらに恐怖していたのである。
(あれじゃあ、どっちが化け物か解らないじゃないか)
多くの人を犠牲にした巨大狼と、その巨大狼を一刀両断した甲冑の騎士では、果たしてどちらを化け物と呼ぶべきなのだろうか。
「私は、化け物になってしまったんだ……」
知らず、口が開いていた。
仇を討てた喜びなどとうになく、自分が変貌してしまったことへの恐怖と不安、それを良しとしてしまうほど怒りに狂っていたことへの自己嫌悪が絡み合い、混ざり合い、優羽の精神はヘドロのように粘ついていた。
「人間は極端な感情に苛まれた時、確かに常識外の事をすることもある」
「ッ!?」
突然後ろから聞こえた声に、優羽は振り返った。
誰もいないと思い込んでいたのだが、いつの間にかスーツ姿男性がそこにいた。
「だが、人間は人間である限り、人間以外の者にはなれないよ、優羽ちゃん」
「あ、貴方は、鷺谷教授?」
暗くて良く見えないが、声や格好でなんとなく判別できる。その男性、鷺谷は拓馬が何度か家に招待していた事で見知っていた。
拓馬が大学生の頃から恩師と呼び、卒業後には鷺谷率いる研究グループに入ったほど、拓馬にとって重要な人物だった。
考古学者であり、優羽がもらったペンダントも拓馬と鷺谷が見つけた物だ。
ここ数日、母親が「鷺谷教授とも連絡が取れない」と言っていたことから、優羽は拓馬と同じく鷺谷も行方不明になったと思い込んでいたため、まさかここで遭遇するとは予想すらしていなかった。
「久しぶりだね。こんな所で会うなんて思いもしなかったよ。一体、どうしたんだい?」
鷺谷もどうやらこの偶然に驚いているようだったが、温和な表情で傍まで歩み寄り、心配そうな声をかけてくれる鷺谷は、拓馬が敬うに足る人物に相違なかった。以前見た時よりも顔に刻まれた皺が増えているようにも見えるが、その優しげな雰囲気は変わっていない。
「それは……。教授こそ、こんな所で何をされてるんですか?」
自分の事を説明する言葉が出てこず、優羽は結局質問で返すしかなかった。
鷺谷は一度深いため息を吐く。
「逃げに逃げて、気が付いたら此処にいたんだよ」
鷺谷は先ほどとは違い疲れた声で告げると、優羽の隣に座って暗い海を見つめた。
「逃げて……って、どういう事ですか?」
優羽は鷺谷を見る。
逃げて来たとはどういう事だろうか。それではまるで、己の変貌した姿に驚いて逃げ出した自分と同じではないか──、優羽は疑問に思う。
確かにスーツは所々汚れ、頭髪も汗で固まっている。ここが潮風に満たされた場所でなかったら、体臭も漂って来ていたかもしれない。
風呂には入っていないようで、服装を変える余裕もなかったのだと想像出来た。
「思えば、あんな物を見つけるべきではなかったんだ……」
鷺谷はまるで懺悔するかのように、優羽の方は見ないまま語り始めた。
西オーストラリアの砂漠地帯で二年前から行われている遺跡調査にて、出土した品が事の発端だった。
遺跡の名はナコタス。
壁面に描かれていた古代文字を解読した結果、そう読めたという。地下には一面びっしりと古代文字が刻まれた空間もあり、解読出来た部分は全て鷺谷のパソコンに記録されている。
調査を進める内に、太古に栄えた狩猟民族を埋葬するための墓所であると判明し、それを証明するかのように、出土した物は全て何らかの武器の形を模したアクセサリーだった。
初めはそのアクセサリーが出土した事に浮かれていたが、アメリカのミスカトニック大学に調査を依頼した事から事態は一変する。
調査の結果、アクセサリーは近代の技術によって作成されたものだと判明したのだ。それはつまり、出土品は最近になって何者かが埋めたものであり、捏造されたものだということに他ならない。
だが、事前に掘り返したような痕跡は見当たらなかった事から、鷺谷は調査結果に不信を抱かずにはいられなかった。
そんな思いをよそに、世間に捏造事件として公表される寸前まで追い込まれたが、チームのメンバーにまで汚名を被せるわけにはいかず、多少の汚い手は使ったものの何とか処理を済ませ、相応の役職を持っていないメンバーには秘匿することにした。
当然、拓馬にもこの事は教えていない。
とはいえ、アクセサリーを本当の出土品として扱う事も出来ず、表向きには大量に出土した事から希少な物ではないと結論付ける事で『考古学的には価値のない物』という、ある種の共通認識を持たせることで扱い方を決定することになった。
この時拓馬が「それなら一つ貰って良いですか?」と尋ねてきたが、断る理由が思いつかず、また、変に断ってしまえば裏事情が拓馬にもバレてしまい、汚い事をさせてしまうことになると判断し、一つだけアクセサリーを譲っている。
遺跡の調査自体は継続されたが、調査費用の削減はどんな手を使っても止められず、規模は縮小、内容も地質調査へと方向転換しくことになった。
そんな中、鷺谷はアクセサリーの調査を独自に続け、つい先週、重大な事実に辿りついてしまったのだった。
測定結果、一~三億年前。
その、出土品の年代測定の結果を見て愕然とした鷺谷は、偽の結果を示したミスカトニック大学に問い合わせた。
しかし、大学側は鷺谷が出した結果こそ偽りだと断じ、以降は応じてくれる事もなくなってしまった。
事が起こったのはそれから間もなくの事。つい先週の話だ。
鷺谷と拓馬は何者かに襲撃され、逃亡。拓馬の事は信頼のおける人物に託したが、自分は単独で逃げたために今は無事を確認しようにも連絡手段がなかった。
拓馬が狙われている理由は、おそらくアクセサリーの一つを持ち帰ったためだろうと予測している。
何故調査結果が噛み合わないのか、何故命を狙われるのか、それは鷺谷にも解らない事である。
「そんな、まさか……ッ」
優羽は話の内容に、思わず息を飲んだ。
「明確なのは、私と拓馬君はこの件が解決するまで、姿を隠さねばならないという事だ」
鷺谷は言い終わると、再び深いため息を吐く。
暗いため判別し辛いが、微かに見える表情と声からは、とても嘘を言っているようには聞こえず、事実として拓馬は行方不明だ。
加えて、ペンダントの秘密を身を持って経験した優羽は、狙われる理由もなんとなくではあるが想像できてしまう。
「警察には相談しなかったんですか?」
礼儀との喧嘩以降、警察に良い感情を持っていない優羽だが、命が関わっていれば別である。少なくとも拓馬は実際に行方不明になっているのだから、話せば身辺警護くらいはしてくれると思えた。
鷺谷は優羽の問いに頭を横に振る。
「駄目だったよ。最初の内は信じてもらえて、警護の話も出たんだがね。そのすぐ後、話しを聞いてくれた警察官とは違う人物がやってきて「警護に適した場所を用意する。そちらに来てもらいたい」と言われたよ。有無を言わさない物言いだったし、他の警察はみんな目が泳いでいた。それに、拓馬君の居場所を執拗に聞いてきたこともあって、信じることは出来なかった。思わず逃げ出して、そのままさ」
落胆するかのように肩を落とす鷺谷に、優羽はかける言葉に迷う。
鷺谷の話から察するに、警察も信用できないのだろう。最悪の場合、警察も二人の命を狙っている者に関係があるのかも知れない。
だが、それは実の父である礼儀を疑うことにも繋がってしまう。
(父さんは関係ないはずだ。でも……)
いくら喧嘩しているとはいえ、優羽は実の父を疑いたくなかったが、それでもやはり疑ってしまう。会話を避けてきたため、今の礼儀が何を考えているのかも解らない。
解らないからこそ、疑ってしまうのだ。
もちろん、警察内部が一枚岩ではないだろうことも予想出来るが、だからといって礼儀が関与していないとは限らなかった。
鷺谷は優羽に視線を向ける。
「人を信用出来くなった時、それは自分を信用出来なくなった時だ。人が信じられないのならば、まずは自分を疑ってみなさい」
最初に声をかけて来た時の毅然とした表情でそう告げ、けれど、次の瞬間には疲れた表情に戻っていた。
「今まで、生徒にはそう教えてきたんだがね。今回ばかりはそんな事を言っている場合ではなかった」
最初はこちらの心理を見抜いたのかと驚いたが、どうやら自分に向けた言葉だったようだ。
今の言葉に考えさせられる事はある。巨大狼を斬り殺した今の優羽は、まさに自分で自分を信用出来ない状況に陥っている。
自分の事なのにどうなってしまったのか解らず、感情に任せて動いた結果、目的は達成したはずなのに後悔しているのだ。
会話を避けてきたのも、広い目で見れば自分の凝り固まった思考が原因だろう。
「私は、どうすれば良かったんでしょうか……」
鷺谷も疲れている事は承知しているが、優羽は助けを求めざるを得なかった。
拓馬が信用している存在だ。きっと助けになってくれる──、優羽はそう思えた。
「優羽ちゃんに何があったのかは解らない。けれど、後悔しているだろう事は予想がつく。結果は変えられない。ならば、前を向くしかない。私も同じだ。後悔はしているが、この状況に甘んじるつもりもない。今は優羽ちゃんも私も疲れているだけだ。疲れているならゆっくり休み、再び立ち上がれば良い。それが、人が持つ強さじゃないかな」
そう言って、鷺谷は優しく微笑んだ。
刻まれている皺がさらに深くなったが、それが逆に鷺谷の人生経験を彷彿とさせ、前向きな姿勢と優しさに、優羽は安心感に包まれる。
「そう、ですね」
優羽は少しだけ元気が戻ってきた気がした。
(私は望んで力を手にしたんだ。自分で決めたことくらい、受け止めなきゃな)
今までは目の当たりにした己の姿を否定したい一心だったが、鷺谷の言葉で余裕が生まれた優羽は、どうすれば許容できるかを考えて行こうと決めた。
「教授、ありがとうございます。そちらも大変だと言うのに、すみませんでした」
優羽はそう言って立ち上がる。
「いや、気にしないでくれ」
鷺谷もつられて立ち上がる。
「私もここ数日、誰とも話していなかったから優羽ちゃんと話せて気が紛れたよ。それに、いくら拓馬君の家族とはいえ、こちらの事情を話すべきではなかった。すまない」
「やめて下さい。兄の情報が得られて良かったです。……無事、なんですよね?」
鷺谷は頭を下げようとするが、優羽が止めた。
拓馬を信頼のおける人物に託したと聞けただけでも安心できるのだ。謝罪されるようなことではない。
「ああ、不自由はあるだろうが、無事だろう。それに、拓馬君自身、こんなことで死ぬような弱い人間じゃないさ」
鷺谷は優羽の肩を優しく叩き、微笑んだ。
優羽が頷くと、鷺谷は表情を毅然としたものに変える。
「ただ、私が話してしまったせいで君まで狙われかねない。この話は忘れてくれ」
そう告げると、鷺谷は背を向けた。
「一緒にいると見つかった時に迷惑がかかってしまう。私はもう行くとするよ」
「あの、ありがとうございました」
踵を返して去って行く鷺谷の背に、優羽はもう一度感謝の言葉を向ける。
暗闇でその姿はすぐに見えなくなってしまった。
『ぐぁ!? だ、誰だ!? 何をする! やめ──ぎゃぁぁあああああああああ!』
鷺谷の大声が暗闇の奥から聞こえてきたのは、その直後だった。
夜の浜辺でおっさんがJKの傍らで語らい肩を優しく叩くという事案
なお、おっさんは直後に粛清された模様
優羽の心理描写が少なかったかも知れません。
その内加筆修正する可能性もあります。