episode_01_01
そんなこんなでここから物語が始まります。
残酷な描写は今回はなかった気がしますので、たぶん大丈夫だと思いますが、これからそういった描写が増えるかもしれません。
※ちなみにクトゥルー神話要素がありますので、そういった要素も苦手な方はご注意ください。
episode_01 開戦
「優羽? ねぇ、優羽ってば」
「っ!」
突然の声に、八代優羽は驚いた。
声の方を向くと、隣に女子生徒が立っていた。
その人物は女の優羽から見ても顔立ちが良く、スタイルも良い。こちらに向かって屈んでいる姿勢は胸が協調されているように見えた。どうしても視線はそこに向かい、優羽は顔より先にその部分で誰であるのかを判別する。
「ああ、なんださくらか。どうしたんだ?」
「ちょ!? ど、どこ見て返事してんのよ!」
その人物、桜井さくらはとっさに胸を隠し、身を逸らす。中学生の頃に出会ってからほぼ三年間ずっとネタにしてきたというのに、相変わらず恥ずかしいようだった。
「良いじゃないか。減るものじゃないだろ? むしろ半分よこせ」
「無理に決まってるでしょ!?」
恥ずかしそうに声を小さくして周囲を見渡すさくらに、優羽は口元に笑みを浮かべる。
「で、どうしたんだ? 今は授業中のはず……、じゃなさそうだな」
さくらにつられて視線を巡らせるが、クラスメイトはほとんど残っていない。何人かが集まって、自分たちのように雑談している程度だった。
つい今しがた本日最後の授業が始まったばかりなのに、これはどうしたことだろうと、優羽は首を傾げる。
「授業なんてとっくに終わったわよ? てか、あんた大丈夫? 授業中からぼうっとしてたみたいだったし、ホームルームもまともに聞いてなかったでしょ」
さくらは怪訝な表情で顔を覗き込んできた。
言われて、優羽は先ほどまで眺めていた携帯電話へ視線を戻す。
「……なるほど」
待ち受け画面に表示されている時刻は、ホームルームが終わってから五分が経った時刻を表示している。
携帯電話を机の影に隠して眺め始めたのは、最後の授業が始まってすぐのはずだった。いつの間にこんなに時間が経ったのだろうか。
少なくとも優羽の体感時間では五分も経過しておらず、そう感じるほど熱心に待ち受け画面を眺めていた割には、時刻表示の進みに気付かなかった自分に驚いた。
「ねぇ、なんか最近ぼうっとしてること多いんじゃない? 悩みとかあるなら話しなさいよ?」
さくらは、すでに空席となっていた隣の席に腰かけて顔を覗き込んできた。
「さくら……」
優羽は待ち受け画面からさくらへと視線を戻したが、けれど、結局うつむいた。
悩みというわけではないが、さくらに心配されるだけの理由は確かにある。
(どうする。さくらに言うか?)
優羽は授業中から眺めていた待ち受け画像を見つめた。それは、兄のデジカメからデータをコピーさせてもらったオーストラリアの風景だった。
兄、拓馬と優羽は十歳も年が離れている。優羽は共働きの両親よりも拓馬に懐き、よく一緒に遊んでもらっていた。
拓馬は学生の頃から旅行好き、というよりも冒険好きで、休みの日は何処かに出かけることが多く、優羽も何度か冒険に連れて行ってもらった記憶があった。
自由奔放で大雑把なところもあるが、自分が決めたことは最後までやり通す強い意思があり、優羽はそんな拓馬の生き方に憧れている。
だからだろうか。優羽は、いつか兄のように世界を自由に飛び回りたいと、そう思うことが多くなっていた。
そんな拓馬と連絡が取れなくなって、もう一週間。以前は拓馬の方から定期的にメールや電話があったというのに、今はこちらから連絡をとろうとしても、一向に応答がない。
父親が警察官ということもあって捜索願はとっくに出されているが、未だ発見されていない。優羽も最初は楽観的に考えていたのだが、流石に一週間も経過している今、心配になってきていた。
ずっと待ち受け画面を眺めていたのも、もう一度メールを出せば返信があるかも知れないという淡い期待と、どうせ返ってこないという不安に板挟みにされ、どうしようか悩んでいたのである。
いっそ、さくらに打ち明けてしまった方が楽になれるかもしれない。
(いや、待て)
相談するのは簡単だが、さくらは大事な親友だからこそ無用な心配はさせたくないとも思う。仮に相談するにしても、この時期はタイミングが悪かった。
(さくらは案外脆いところがあるからな)
しばし悩んだ後、優羽は頭を横に振った。
「止めておく。県大会も近いだろう?」
「え? うんまぁ、そうだけど……」
さくらは幼い頃から空手を習っていて、中学生の頃から大会で好成績を残していた。
高校入学前からインターハイへの出場を期待され、その出場をかけた県大会が今月中旬に行われる。大会まではあと二週間あるが、さくらにとっては『二週間しかない』と言いたいところだろう。心身の調子を整えておくためにも不安要素は極力避けておいた方が良い。
「心配するな、大会が終わったら話す。そう思い悩んでるわけでもないし」
「優羽がそう言うなら聞かないでおくけどさ。別に私のことなら心配しなくて良いんだからね? 大会だっていつものことだし、インターハイも期待されてるけど、なんかこう……、すごいことってのは解るんだけどいまいち実感ないのよね。周りが勝手に盛り上がってるだけっていうかさ」
あっけらかんと答えるさくらに、優羽は少し驚く。もっと緊張しているかと思ったが、そうではないようだった。
「なんだ、前はもっと慌てていたのに。予選くらいは余裕か?」
「余裕ってわけじゃないけど、自信はあるかな。それに、もう高校生だからね。そろそろ優羽やお姉ちゃんに頼ってばかりもいられないでしょ」
否定しながらも、さくらは胸を張る。多少強がっている部分はあるだろうが、けれどそれは単なる楽観や慢心ではなく、これまで積み上げてきた経験と実績があってこその強だりだった。
優羽もかつて積み上げていたものがあった。その気持ちは理解できる。
「応援してるぞ」
そう言って微笑んだ。
いつもならここで元気よく頷いて返されるのだが、さくらは一瞬俯いた。
「優羽だって……」
少し言いよどみ、けれど顔を上げて言葉を続ける。
「ねぇ? 優羽、あのさ──」
「その話はなしだ。それと、わざとらしく神妙な表情を作るな」
さくらが言い切る前に、優羽は言葉を被せた。
何を言おうとしていたかなど聞かなくても解る。どうせまた、「剣道やらないの?」と言いたいのだろう。
案の定、さくらは肩を落として見せた。
「はぁ、もうっ。相っ変わらず頑固ね~。二年も経つんだし、そろそろ許してあげたら? どうせあれからずっとお父さんと口きいてないんでしょ? 流石に可哀想じゃない」
とたんに態度を一八〇度反転させるさくらだったが、優羽はそうもいかなかった。
「私は責任をとるために剣道を止めたんだ。口をきかなくなるのも当然だろう? だいたい、警察官だからって何に対しても厳しくすれば良いわけじゃない。話を聞こうともしない奴にこっちから話すことなんてないんだ……!」
優羽は苛立ちを隠せず語気が荒くなってしまった。
思わず携帯電話を握る手に力が入り、その感触で今自分が苛立っていることに気付く。
優羽はさくらに頭を下げた。
「……すまない」
「いや、私の方こそごめん」
そう言って、さくらも謝る。
この話はとっくに結論がでている、蒸し返す必要などない。それでもたまにこうやってさくらの方から話を振ってくるのは、やはりもったいないと思われているからだろう。
さくらと同様、剣道を止めるまでの優羽は有名な選手だった。今も続けていたとしたら、さくらに並んでインターハイ出場を期待されていただろう。
だが、それはもうありえない。二年近く前にその未来は終わっているのだった。
「ん?」
ふと、優羽は携帯の待ち受け画面を見た。
「さくら、そろそろ時間だぞ」
いつの間にか時間も頃合いになっていたらしい。優羽はさくらに待ち受けを見せて時間を確認させる。
「あ、ホントだ! 部活行かなきゃ!」
さくらは慌てて立ち上がり、スカートの裾を正すと、
「じゃあまた明日ねー」
いつものように手を振って、駆け足で教室から出て行った。
「ああ、怪我するなよー」
優羽はその背中に向かって返事を返し、教室から出て行くのを見届けた。
さくらの姿が見えなくなり、優羽は一息吐く。
(おせっかいというか……まったく、頑固なのはさくらも同じだろう。いい加減諦めても良いと思うんだがな)
毎月こんなようなことがある。そろそろ剣道の話は話題に上げなくても良いというのに、さくらは諦める気配がなかった。
(ま、そこがさくらの良い所でもある、か)
剣道を止めた時も、さくらが一番反対していた。実際、優羽も止めたくはなかったのだ。
自分の気持ちを誰よりも理解してくれるさくらには、感謝してもしきれないだろう。
それでも優羽は二度と剣道はやらないと決めている。さくらには悪いが、もう竹刀を握ろうという気持ちは湧き上がってこないのだった。
(……私も帰るか)
優羽は鞄に教科書を積めると、そのまま教室を後にした。
以前はリリカル(笑)でマジカル(笑)な話を書いていましたが、どうしてこうなったのか、内容は真面目な感じになってます。おそらく。
なお、意見や感想がありましたら遠慮なくお願いします。
悪いところのみの指摘でも構いません。
※ただし、物語の中枢にかかわるような指摘は反映しかねますのでご了承ください。