prologue
この物語は少々残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
内容は真面目な感じですが、作者は真面目な感じを醸し出しつつ書いてるだけなので、穴があったら遠慮なく指摘して下さい。
ちなみに、台詞と説明文の間に改行を入れるのは初めてなので、おかしなところで改行が入っていたらすみません。
その辺も合わせてご指摘下さい。
八代優羽は、恐怖よりも驚きによって硬直した。
「なッ──」
何が起こったんだ──、せめてそう呟きたかったが、喉が詰まって声が出せない。
たった一瞬で身体は傷だらけになってしまった。地面を転がったせいで制服は泥と血に塗れ、所々破れている。全身に衝撃が奔ったが、吹き飛んだ原因は腹部に一撃をもらったことによるものだろう。腹部全体が熱を帯び酷い痛みを感じ、確認するまでもなく出血していた。
前方では嫌な音が響いている。
人間を噛み砕く咀嚼音。さっきまで笑顔で笑い合っていた友人が噛み砕かれている。
その現実は見えているのに、頭が理解を拒否していた。
眼に映る赤い血が優羽の肌を逆撫でる。
鋭い牙が生えた口から垂れ流れ、地面に落ちて血だまりを作るその中に、真っ赤に染まった衣服の切れ端と肉の塊が浮いていた。赤黒いというよりも薄桃色の肉片は何故か、綺麗という形容が似合っていた。
「うっ……」
吐き気がする。
目の前の巨大な生物は、遠目に見れば狼に見えたかも知れない。だが、いつ襲いかかってこられても不思議ではないこの距離では悪魔にさえ見えた。目算で十メートルは離れているだろうか。その距離が短いと感じるほどに、ソレは巨体だった。
優羽は脳内を焼き切られるかのような衝撃の中、何一つとして現状を理解できていない。否、しようとしても感情がそれを拒否してしまっていた。
高校に入学して二カ月。学校に残る用事はなく、友人と連れだって下校し、家に帰れば喫茶店の手伝いをする予定だった。
それが、どうしてこんなことになったのだろうか。
「グゥゥ……ッ!」
一歩、化け物の前足がアスファルトを踏み砕いた。
巨体故にアスファルトが砕けるという、どこか嘘くさい現実が目の前にある。
四肢で立ち、悪臭をまき散らす口を紅く染め、黒茶色の毛並は剥げている部分が目立つ。見えている地肌はやけに黒ずみ、ドロドロしていた。
腐った狼──、優羽はそんなことを思った。
「くっ……」
優羽は地面を這いつくばって後ずさるが、痛みと恐怖と混乱によって上手く身体が動かない。
生存本能だけが醜くも正常に機能している状態だった。
「つっ!」
腹部に走る激痛がさらに身体の自由を奪っていく。思わずあてがった掌が温かくぬめる。やはり出血しているようだった。それも、かなりの大怪我であることが解る。
今度は優羽を喰らうつもりなのだろう。牙がすぐそばに迫っていた。
「く、くるな!」
優羽は奮える口を大きく開いて叫んだ。同時に視線を巡らし誰かに助けを請おうとするが、近くに人影はない。周囲の悲鳴を聞きとれなかっただけで、周りの通行人はとっくに逃げ出していたようだ。
辛うじて、遠く離れた場所にこちらを窺っている通行人が数人見えたが、こんな巨大な化け物の近くにいたいと思う人間は誰もいないだろう。当事者の優羽とて、出来ることなら今すぐにでも逃げ出したい。襲われたのが違う人だったなら間違いなく逃げていただろう。
「ゥゥゥウウ……ッ」
目の前まで近寄った巨体は、頭を地面すれすれまで下げて姿勢を低くした。
今までになく牙を剥き、皺の寄った眉間と殺意の籠る眼光はまさしく獣。太陽を遮る巨体は地面に大きな影を生じさせ、その薄暗さが絶望を駆り立てた。
喰われる──、そう直感した。
震えと冷や汗と涙が止まらず、常識の範囲を超越した恐怖は怒りへと変わっていった。
それは精神を保つための防衛反応だったのだろうか。
それとも生き延びるための反抗心だったのだろうか。
この時の優羽はそんなことも解らないまま──、
(兄さん!)
とっさに手を伸ばし、胸元のペンダントを掴んだ。
「ガァァァァアアアアアアアアッ!」
「くるなぁぁぁぁああああああ!」
二つの大きな声が街中に木霊する。
直後、握りしめたペンダントが質量をもたらした──。
とりあえずprologueということで、次からが本当の始まりです。
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